第35話 掘り出し物の事故物件
大学進学を機に、私は格安の「事故物件」に住み始めた。
不動産屋からは「昨年、この部屋で住人が首吊り自殺をした」と聞いていたが、室内は綺麗にリフォームされているし、私自身は霊感の類も一切ないので、特に気にしていなかった。
それに何よりも、このアパートの住人たちが皆、本当に優しいのだ。
最初は隣人トラブルなどがないか警戒していたが、そのような心配は皆無だった。
どの住人も愛想よく接してくれて、廊下で顔を合わせると楽しそうに世間話もするようになっていた。
皆、このアパートにはかなり長く住んでいるらしい。
私が生活で困っていると、我が事のようにみんなが助けてくれて、本当によくお世話になっている。
同じアパートに住む大家さんも、この街には10年以上いるらしく、このあたりの隠れた名店などをたくさん紹介してもらえて、非常にありがたかった。
ある日、大学の食堂で友人たちと会話をしているときだった。
「お前、あんなことがあった部屋によく住めるな。マジでヤバイだろ」
私が事故物件に住んでいることをどこかで聞きつけたか、友人が呆れた様子で言った。
「ああ、まぁ、最初は気味が悪かったけど、今のところは幽霊も出ないし何ともないよ」
そんな私に、なおも友人たちは怪訝そうな視線を向けてくる。
「いや、それもそうだけどさ。隣人トラブルで狂った奴に、住人全員が惨殺されたアパートなんて、もはや事故物件ってレベルじゃないだろ」
それに同調するように頷いた別の友人が言った。
「しかもそれ、まだ去年の話なんでしょ? 犯人は全員を殺した後、自室で首を吊って自殺したって……」
それは、完全に初耳だった。
なんと、私はそんな恐ろしい大事件の現場に住んでいたのか。
友人の話が本当なら、私の住んでいる部屋こそが、その殺人鬼の部屋だったことになる。
さすがにそれを聞くと、少し引っ越したくなった。
だが、いま私を囲んでくれている、あの温かい住人たちと離れてしまうのは、いささかもったいない気もしてくる。




