第32話 ストーカー撃退アプリ
ここ数週間、私は執拗なストーカー行為に悩まされていた。
郵便ポストが勝手に開けられていたり、無言電話がかかってきたり。
警察に相談しても、「実害がないと動けない」と相手にしてもらえなかった。
ノイローゼ気味になっていた私は、友人に勧められてストーカーの位置を特定するというアプリをスマホにインストールした。
友人曰く、相手の素性がわからなくても、自分に対して強い執着を持つ端末――つまり、私のSNSアカウントへのアクセス回数が多いものや、電話をかける回数が極端に多いものを自動で感知し、その位置をマップ上に示してくれるというものらしい。
少なくとも、これがあれば、ストーカーが近づいてくる前に逃げることができる。
気休め程度かもしれないが、それでも、ないよりは物理的にずっと安心できた。
ある日のこと。最寄り駅から自宅への暗い道を歩いていると、スマホが細かく震えた。
あのアプリからの通知だった。どうやら、ストーカーが半径50メートル以内に接近してきたらしい。
私は怖くなって、足早に歩を進めた。しかし、マップ上に示された赤いピンは、執拗にこちらへと近づいてくる。
パニックになった私は、途中にあった公園の公衆トイレの個室へと駆け込み、そこに身を潜めた。
だが、なぜか赤いピンは、私が逃げ込んだ場所へ向かって迷わず近づいてきていた。
恐ろしくなった私は、藁にもすがる思いで友人に電話をかけた。
「助けて! ストーカーがすぐ近くまで来てるの!」
恐怖のあまり、私は繋がるなり叫ぶようにまくし立てた。
「待って。今すぐ行くから、そこから出ないで。大丈夫」
友人はそんな私を、いつも通り優しい声で諭してくれた。
それを聞いて、少しだけ気持ちが落ち着いた。
私は「うん」とだけ答えて電話を切り、息を潜めて友人を待った。
だが、手元の画面を見ると、犯人を示すピンはもう目の前まで来ている。
直後、公衆トイレの床をピチャピチャと踏み鳴らす、不快な足音が響いた。
マップ上のピンが、私の現在地と完全に重なる。
ドンドン、ドンドン!
何度も、激しく個室のドアが叩かれた。
不審者がすぐ外にいる。――怖い。もうだめだ。殺される。
私は必死に耳を塞いで恐怖に耐えた。
最悪な想像が頭をぐるぐると巡っていた、その時だった。
「私だよ。犯人は逃げていったから、出てきていいよ」
個室の外から、聞き慣れた友人の声がした。
慌ててアプリを見ると、確かに犯人を示すピンは、逃げるように私から遠ざかっていっていた。
恐る恐る個室から出ると、友人が優しい笑顔でそこに立っていた。
私は安堵のあまり涙を流し、抱きつくように彼女の胸に飛び込んだ。
「安心して。これからはずっと、私が傍にいるから」
友人は優しく私を抱きしめて、そう言ってくれた。
その温かな体温を感じながら、私には、目の前の彼女が暗闇から救い出してくれた本物のヒーローのように感じられた。




