第21話 誰もいないはずのビジネスチャット
日付が変わる直前。私は一人、暗いオフィスで残業をしていた。
周囲のデスクの明かりはすべて消え、私のパソコンの画面だけが白く周囲を照らしている。
早く終わらせて帰ろう。そう思いながらキーボードを叩いていると、画面の隅でピコン、と通知が鳴った。
社内のビジネスチャットツールに、新着メッセージが届いたのだ。
こんな時間に誰だろう。
不審に思いながらチャット画面を開いた私は、心臓が凍り付くのを感じた。
送り主のアカウント名は、半年前、このオフィスで過労のために突然死した先輩のものだった。
当然、アカウントはすでに削除されているはずだ。
メッセージには一言だけこう書かれていた。
『まだ会社にいるの?』
悪質な乗っ取りか、あるいは悪戯か。
いずれにせよ、死者の名を騙る行為に私は憤りを覚え、頭に血が上るのを感じながら、『どちら様ですか』と打ち込んだ。
すぐに「入力中...」の文字が出て、次のメッセージが送られてきた。
『危ないから、早くオフィスを出たほうがいいよ』
えっ、と思い、私は辺りを見回した。
オフィスは静まり返っている。他に誰かがいる気配もない。
まさか、先輩の名を騙る変質者が、私をオフィスの外に誘い出して襲おうとしているのだろうか。
急に恐ろしくなった私は、やはりもう少し残業をしていくことに決め、メッセージは無視して再びキーボードを叩き始めた。
だが、突然肩を叩かれ、私は悲鳴を上げて振り返った。
そこにいたのは、黒いビジネススーツを着た、首から上が『真っ黒な虚無』で満たされている異形の存在だった。それは長い腕を伸ばし、私の胸元へと容赦なく突き立てた。
「あ、が――」
心臓が、爆発したかのような激痛に襲われる。
パソコンから、新着メッセージを告げる通知が鳴った。
『だから言ったのに……』
翌日、オフィスで私の死体が発見された。
死因は「過労」として処理された。




