第7話 純粋な歓迎の意
教会の内部へと足を踏み入れた瞬間、私は外観との落差に静かに驚いてしまう。焼け跡や補修の痕跡が目立っていた外とは異なり、内側は想像以上に整えられていたから。
正面にある礼拝堂は決して広くはないが、女神ルミナスの象へと自然に光が差し込む構造になっており、過度な装飾を排した空間はここが祈りの場であることを強く印象づけるつくりとなっている。
奥へ視線を向ければ小規模な書庫と子供たちのための学習室が続き、整然と並べられた机や椅子には日常的に使われている痕跡が残っており、そのまま繋がる食堂と台所は動線を意識した配置となっている。きっと限られた資源の中でも、どうにか工面してやりくりしていたのだと想像ができる。
そこまでようやく、私は修道女として務めることになるのだと実感が湧いてくる。
その時だった。
「クラリスお姉ちゃんー!」
甲高い声と共に、複数の子供たちが一斉にこちらへ駆け寄ってきて、気付けば逃げ場を塞ぐように周囲を取り囲まれていた。
その距離の近さと遠慮のなさは社交界では考えられないものであり、無邪気さゆえの圧力とも言えるその勢いに対して一瞬だけ思考が遅れるてしまう。
「どこから来たの?」
「お姫様みたーい」
「一緒に遊ぼーよ!」
「すげー髪がクルクルしてるー」
次々と重なる声は整理されることなく押し寄せ、ただ純粋な私への興味と好奇の目線で埋め尽くされていた。
――これは、拒むものではありませんわね。
「ええと……順番に、お願いいたしますわ」
軽く手を上げてそう伝えると、子供たちは顔を見合わせた後、揃って「はーい!」と元気よく返事をした。その反応の素直さたるや、初めてあったにも関わらずある種の庇護欲を感じるほど。
「皆さん、あまり迷惑はかけないでくださいね」
視線をずらすと少し離れた場所で、シスター・エトワールが穏やかな微笑みを浮かべて見守っていた。子供たちはその言葉に、再び元気よく返事をするが、その視線は変わらずこちらへ向けられたままであり、関心が逸れる気配はない。
年の離れた子をあやした経験はないですが、私はその状況を受け入れる形で応対を続けることにした。名前や出身といった基本的な問いに答えながら会話を重ねていくと、最初に感じていた戸惑いは徐々に薄れていくのを感じる。代わりに打算や遠慮を一切含まない純粋な関心だけで構成された視線に対して、これまで経験してきた社交的な関係とは異なる種類の感覚を覚え始める。
それは扱い方を誤れば無遠慮にもなり得るが、同時に偽りがないという意味では非常に分かりやすく、感情の読み取りという点においてはむしろ単純であるとさえ言えるため、私は次第にそのリズムに順応しながら、彼らとの距離を測っていった。
――子どもをあやすというのも案外、嫌いではありませんわね。それどころか楽しささえ感じていますわ。
そう感じ始めた矢先、入口の扉が開く音が静かに響く。視線を向けると、水桶を抱えた修道服を着た少女が戻ってきていた。
「少しだけ、よろしいかしら。あの方にご挨拶をしたいのです」
子供たちにそう声をかけると、彼らは特に不満を示すことなく素直に道を開けた。
ふふ、とても聞き分けが良くて可愛らしいですわね。
そんな私の様子を見た少女が、わずかに目を見開く。そしてすぐに、警戒へと切り替わってしまった。
「……なにか?」
短く抑えた声と共に向けられる視線は、単なる不機嫌さではなく明確な防御反応を含んでいるとすぐ理解できた。少女は相手を観察しながら距離を測っていることが伝わってくるため、私は不用意に踏み込まないよう注意しながら、その場で膝をつき視線の高さを合わせた。
「初めまして。私はクラリスと申しますわ。本日から、こちらでお世話になります」
名乗りながらも相手の反応を観察する。少女は水桶を抱え直し、わずかに力を入れ直す仕草を見せた後、ほんの一瞬だけ間を置いてから口を開いた。
「……ダガー」
短い名乗りだけで、それ以上の情報はない。周囲の音が一歩引いたように感じられる中で、私はその空白をどう扱うかを即座に判断する必要があった。
彼女の反応は内気な人の反応というよりは、精神的に疲弊した人物のソレににている気がする。ここで詰めればきっと、心を閉ざしてしまうかもしれないですわね。
「お仕事の後でしたのね。お疲れ様ですわ」
「別に……いつものこと」
私の発言に返ってきた声は素っ気ないが、拒絶の色は感じられない。
「では、その“いつも”に、私も混ぜていただけるよう頑張りませんと」
軽く笑みを添えてそう言うと、少女の視線がわずかに揺れ、警戒の奥にある反応が一瞬だけ表に出るが、すぐに抑え込まれる。
「……勝手にすれば」
投げるような言い方。しかし、完全に拒絶する響きではない。どこか言葉と感情が一致していない気がするのは私の気のせいでしょうか?
私は頭の中に流れた疑問を一旦片隅へと追いやり、まずは彼女との対話に意識を向ける。
「ええ、そうさせていただきますわ。ご迷惑はおかけしないようにいたしますので」
距離を保ったまま言葉を返すと、少女はそれ以上何も言わず、小さく頭を下げてそのまま横を通り過ぎていった。すれ違いざまに感じた空気は冷たいものではなく、むしろ一定以上踏み込ませないための均衡を保とうとするものに近く、意図的ではなく習慣的に形成された距離感であることが理解できた。
「また、お話しできれば嬉しいですわ」
背に向けて告げるがダガーさんは足を止めず、振り返りもしない。その様子を横で見ていたシスター・エトワールの視線に気付き、私はそちらへ向き直る。
「何か、ございましたか?」
横で何やら楽しそうにしているシスターの姿に入り問いかけると、彼女は穏やかな微笑みを保ったまま口を開く。
「あの子は、少しだけ心に傷を抱えているのです」
傷を抱えている。それはこの領地が過去に帝国との戦争を行った際に負ったものなのか、はたまた別の原因があるのかはわからない。しかし一見、楽しそうにしているシスターの瞳から覗く、言いしれぬ雰囲気からそれがとても闇深いものだというのは何となく察しがつく。
「ですから、あまり急がなくて構いませんよ」
そう続けながら、シスターは自然な動作で私の頭に手を置き、ゆっくりと撫でるが、その所作には慰めというよりも受け入れの意思が含まれているように感じられた。
「あなたも、もうこの教会の子です。困ったことがあれば、私でも神父様でも、遠慮なく頼ってくださいね」
その言葉と共に伝わる温もりは、単なる接触以上の感覚として残り、胸の奥に静かに広がっていく。
「……ありがとうございます」
私が短く応じると、シスターは満足そうに微笑んだ。私はその余韻を完全に断ち切ることなく、しかし意識を切り替えるように子供たちの方へと向き直る。
「さて……続きをいたしましょうか」
「やったー!」
弾けるような声が響き、再び子供たちが距離を詰めてくる。その勢いは先ほどよりもどこか受け入れやすく感じられ、私はその中心に立ちながら、自然と力が抜けている自分に気が付く。そんな騒がしさの中で、視界の端。部屋の扉の隙間から視線を感じながら。
今は焦る必要はない。いずれ、あの距離もきっと埋まる……いいえ、必ず埋めてみせますわ。そうでなくては国の腐敗を正すなど、夢のまた夢ですもの。
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