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第33話 闇夜の襲撃者たち

 深夜の調理場。そこで私は翌日の炊き出しの仕込みをしながら、今日市場で買ったばかりの食材と向き合っていた。手元の大鍋には、明日使う岩麦が計量されて並んでいる。その隣には、マルタさんからおまけでいただいた紫詰むらさきづめが、薄紫色の表面を蝋燭の灯りにきらめかせていた。


 この紫詰、刻んで粥に入れるとほんのり甘みが出るという話だった。生のままかじると舌がしびれるが、火を通すと甘みが際立つ。子供たちでも食べられるくらいの刺激なら、明日の炊き出しで試してみるのもいいかもしれない。岩麦と一緒に炊いて、青翠葉せいすいようの爽やかさと組み合わせれば——。


 私は手帳を開き、配合のメモを書きつけながら、もう一つの紙包みに手を伸ばした。乾物の店で買った山紫蘇やまじその乾燥品だ。紙を開くと、爽やかな青い香りがふわりと立ちのぼり、私の鼻腔をくすぐる。


 いい香り。そう考えたとき、ふと背筋に冷たいものが走った。


 私は木匙をそっと置き、足音を忍ばせて調理場の入り口へ近づいた。そして壁に背を預けながら、ゆっくりと顔だけを出して廊下を覗き込む。


 蝋燭の灯りが届かない廊下の先は闇に包まれている。何も見えない。音もない。けれど——確かに、何かがいる。


(足音もしないし、姿も何も見えない。なんだか分からないけれど……不気味ですわね)


 私はとっさに、ソフィアがダガーさんに魔法を教えていたときの言葉を思い出した。


『魔力を目に集中させることで、魔力の流れの変化や痕跡を探せるんですよ。これを魔眼まがんって呼びます。慣れれば誰にでもできる基礎中の基礎ですから、クラリスさんも練習してみてください』


 あのときは何度試しても、目をつぶって深呼吸しても、自分の中の魔力の在り処さえ掴めなかった。でも何故かわからないが、今これができなければ恐ろしい目に合う。そう確信できるほどの何かを、私は闇の奥に感じていた。


 私は壁に手をつき、静かに深呼吸する。そしてまぶたを閉じ、体内の魔力をゆっくりと目の奥へ集めていく。ソフィアの声が脳裏によみがえる。


『目はね、ただ見るだけのものじゃないんです。感じるものなんです。魔力の波を、光の揺らぎみたいに感じ取る——水面を見てその表面の揺らぎを、太陽光の様々な反射を、そして奥の魚の気配を探るように。そういうイメージでやってみてください』


 私はゆっくりと目を開いて、先程よりも明るくなった視界に驚愕する。いや、明るくなったのではない。闇の中の微か形の起伏と揺らぎを感じる。きっとこれが魔力の痕跡なのだと、理屈ではなく感覚として理解できた。同時に廊下の奥、何かが近づいてくる。一人ではない。何人もの気配が、じわりじわりとこちらへ迫って来るのを認識した。


——できた。私、いま、魔力を操作できた。


 しかし、その小さな達成感に浸る間もなく、胸の奥に不穏なものが広がりはじめる。近づいてくる気配は、まるで忍び寄る獣のように静かで、それでいて確実にこちらを目指している。敵意——とまでは言えないが、友好的な訪問者ではないことは明らかだった。


 私は急いで調理場に戻り、まず鍋の下の火を消した。次に壁際の蝋燭を吹き消し、もう一本、机の上の蝋燭も消す。調理場は完全な闇に包まれた。窓から差し込む月明かりだけが、かろうじて影の輪郭を浮かび上がらせている。


 私は息を潜め、調理場の奥にある冷暗室へと足を運んだ。野菜や乾物を保存しておく小さな部屋で、棚の隙間に体を滑り込ませれば、外からはまず見えないはず。


 ひんやりとした空気が肌に触れ、乾燥させた香草の匂いがほのかに漂っている。私はその隅に身を縮め、両手で口を覆った。


(恐らくあれは、シスターや神父様ではない。子供たちはもう眠っている。ではいったい誰……?)


 そんな疑問が頭の中を支配する。しばらくして、調理場に複数の足音が入ってきた。忍ばせているつもりだろうが、静まり返った夜の厨房ではわずかな靴音さえもはっきりと聞こえる。そして男たちの低い声が、闇の中でかすかに響いた。


「誰もいないな。火は消えているが——まだ鍋が熱い。ついさっきまでここにいたんだろう」


「ロウソクも消されたばっかだな。溶けた蝋が固まりきってねえぜ」


「俺達の気配に気づくとはな。標的は魔法が使えないんじゃなかったのか?」


「無駄口はよせ……それに標的はまだ、どこかに隠れているはずだ。散らばって探せ」


 冷暗室の外から男たちの声と、食器棚や家具を動かす音が聞こえてくる。その音を聞いて心臓が早鐘を打つ。私は棚の隙間で必死に息を潜め、王都でポーロ様から頂いた聖印を握りしめた。冷たい金属の感触が、かろうじて私の心を現実に繋ぎ止めてくれる。


「……おい、ここ。入り口付近に、まだ新しい魔力の残滓がある。かなり微弱だが、ついさっき誰かが魔法を使った痕跡だ」


 ——魔力の残滓。その言葉に、私は心臓を掴まれたような衝撃を受けた。


「おいおい。それはつまり、魔法が使えてるって事じゃねえか。話が違うぞ」


「痕跡は魔法だけで出来るものじゃない。簡易的な魔力操作でも出来ることはある」


 彼らの会話から私は、ソフィアが言っていた事を思い出す。『魔眼は基礎中の基礎ですけど、使うとほんの少しだけ魔力の痕跡が残るんです。普段はすぐに消えるから気にする必要はないですけど、相手が魔法使いだった場合は感づかれる可能性もあります』


(なんてこと。私が魔眼を使ったせいで、ここにいることがばれてしまう。初めて魔力操作に成功したのに、それが裏目に出るなんて……!!)


 自責の念が胸に渦巻くが、今は後悔している場合ではない。私はさらに体を小さく丸め、息を殺した。冷暗室の扉が、ゆっくりと押し開かれる音がした。


「これは倉庫か? 残滓はここに続いているな」


「食材の冷暗室か。恐らく内部は袋小路だが、人一人隠れる分のスペースくらいはあるだろう」


「……開いたぞ。お前はそこの棚を調べろ」


「ああ、そっちは死角だから気をつけろよ」


「ははっ、小娘一人に何が出来るってんだよ」


 男たちの声と足音が次第に近づいてくる。私はぎゅっと目を閉じ、祈るような気持ちで聖印を握りしめた。


(誰か、来て。お願い)


 その瞬間、冷暗室の外で別の声が響いた。


「おい、そっちはどうだ」


「まだ見つからねえ。痕跡はここで途切れてる。この辺りにいるはずなんだが——」


冷暗室の扉が、きしりと音を立てて開かれた。私は棚の陰で身をすくめ、呼吸を完全に止めた。暗がりの中で、男の足音がゆっくりと近づいてくる。一歩、また一歩——。


「こっちは居ねえぞ。そっちはどうだ」


「後はこの裏だけだな」


 冷たい汗が背中を伝う。指先が震え、聖印を握る手に力がこもる。闇の中で、複数の足音が冷暗室の中を這うように動き始めた。棚をひとつひとつ確認する音。床を踏む靴音。そして——すぐ隣の棚に、誰かが手をかける気配。


「……いたぞ」


 声が真横で響いた。次の瞬間、太い腕が棚の隙間から私を引きずり出した。床に転がされ、視界に冷暗室の天井が映る。二つの黒装束が私を取り囲み、その手には短剣が握られていた。


 心臓が早鐘を打つ。息が詰まりそうになりながら、私はとっさに後退した。手近にあった木箱を掴み、襲撃者たちめがけて投げつける。私の腕を掴んだ男の頭部に、木箱が命中する。そしてよろめいた隙に、私は立ち上がって調理場へと走り出した。


「ああ、クソッ!! 痛ってえじゃねえかクソアマが!!」


「そっちに逃げるぞ。捕まえろ!」


 背後で響く声を無視して、私は調理台を盾にするように体をずらし、手当たり次第に調理器具を後ろへ投げつけた。鍋が落ちる音、木匙が床を転がる音。机を倒し、道を塞ぐ。重たい木机が床に倒れる轟音が、闇の中でこだました。


(これで逃げ切れるわけがない。でも、時間を稼げば、この音で誰かが気づくはず……!!)


 冷暗室を出た私は周囲を見渡す。しかし、すでに別の襲撃者が入口を固めていた。正面の台を挟んだ先に二人、左右に一人ずつ。じりじりと包囲を狭められる。私は調理台を背に、手探りで包丁を探した。


「無駄な抵抗はやめろ。おとなしくしていれば、危害は加えない」


 正面の一人が無感情にそう話す。


「……誰の命令で、こんなことを」


「答える義理はないな」


 そのとき、正面のもう一人が懐から奇妙な道具を取り出す。鉄の筒のような、見たこともない形の物体——。男はその筒を片手で構え、もう一方の手で金具を操作しようとした。かちり、という小さな金属音。


 しかし、それよりも早く、リーダー格の男が動いた。


「馬鹿かお前は!」


 リーダー格の男が、筒を持つ男の腕を強引に押さえつける。


「"あの御方"は出来る限り無傷で連れて来いと仰せだ。そんなものを使うなと、何度言わせる」


「だが、このままじゃ埒が明かないだろう。脚くらいなら——」


「傷は一切つけるな。これは命令だ」


 金属筒を持つ男に命令するリーダー格の男の声は、酷く冷たく抑揚がなかった。まるで文章を読み上げているだけのような、感情のこもらない口調だった。金属筒を持った男は舌打ちをして、しぶしぶといった様子で武器を下げる。しかしその目は、まだ何かを考えているようだった。


 しかし、そんなことよりも、私の注意を引いたことがある。それは金属筒を持た男。


 その男の腹部には、見覚えのある包帯が巻かれている。月明かりに浮かび上がるその包帯は——今朝、ベアトリスさんの店で買ったばかりのものと同じ、織り目の細かいものだった。


心臓が、とくん、と大きく跳ねた。


「その包帯は―――」


 路地裏の男。壁にもたれてうずくまっていた、痩せた体の男。脇腹から血を流し、助けを拒みながらも、かすれた声で「ありがとう」と言ったあの男。私が手渡した包帯が、いま、襲撃者の一人の腹に巻かれている。


(まさか。いいえ、でも―――)


 頭の奥が妙に鮮明になる感覚と、背筋が凍るような感覚が同時に押し寄せる。


 そのためか私は気が付く。リーダー格と筒を持った男が、まだ小声で言い争っている。包帯の男の意識も、二人のやり取りに向けられている。他の襲撃者たちも、リーダー格の怒声に気を取られて、私からわずかに視線が外れていた。


(今しかない!!)


 私は調理台の上に手を伸ばし、先ほど手探りで見つけておいた包丁を掴んだ。柄を握りしめ、歯を食いしばる。私は殿下のように剣術の心得などない。でも——この一瞬を逃せば、もう二度と機会はない。


 私は勢いよく飛び出し、一番近くにいた襲撃者の腕めがけて包丁を振り下ろした。刃が外套を裂き、その下の肉に食い込む感触が手に伝わる。男が短い悲鳴を上げ、腕を押さえてよろめいた。


「ぐあっ……!」


「こいつっ!!」


 叫ぶ男を切った刃の先には血がついていたが、恐らく傷は深くはないでしょう。剣術素人の私では、肉を少し抉っただけで致命傷にはならなかった。しかし——その一瞬の隙で十分だった。


 襲撃者たちが一斉に私に注目する。リーダー格の男が「何をしている、捕まえろ!」と叫ぶより早く、私は悶える襲撃者の横をすり抜けて、調理場の入り口めがけて走り出した。包丁を握ったまま、床に散らばった破片を蹴散らし、廊下へ通じる戸口まであと数歩——。


「チッ……。だから脚を撃ったほうが良いと言っただろう」


 包帯の男が悪態をついて、先程の金属筒を向けているのを感覚で察知する。しかし包囲は乱れ、私と戸口の間には誰もいない。あと少しで廊下に出られる。


「待て、何をしている! 傷をつけるなと言ったはずだ!」


 後ろでリーダー格が鋭く制止する声が響く。しかし包帯の男は構わず筒を持ち上げ、私の脚に狙いを定めている。確かにそう感じる。


「……このままじゃ、取り逃がす」


「命令だ、下ろせ!」


(——だめ、お願い)


 私が無意識に聖印を強く握りしめた、そのときだった。


「どけ、俺がやる!」


 先ほど私を掴んだ男が、包帯の男の腕を強引に弾き飛ばして、包帯の男の金属筒が私から逸れる。


 瞬間、轟音が調理場を裂いた。耳をつんざくような破裂音とともに、私のすぐ横の花瓶がはじけ飛び、陶器の破片が雨のように降り注ぐ。


「きゃあああっ!」


 私は思わず悲鳴を上げ、頭をかばって転んでしまう。破片が床に散らばり、月明かりを反射して無数の星のようにきらめく。耳の奥でキーンと音が鳴り、心臓が鷲掴みにされるような衝撃が身体に響く。


「は、はやく……逃げないt――痛っ!?」


 私は立ち上がろうと手を床につくが、あまりの激痛に咄嗟に手を見ると、私が持っていた包丁が手を貫いていた。


「ああ、傷物になっちまったじゃねえか! 無傷で連れて行けと、あれほど——」


「まあ、良いじゃねえか。これで捕まえられた。任務は完了だろう」


「いや、痛い。やめてっ!」


 私は一人の男に腕を掴まれる。それも包丁が刺さった方をわざと乱暴に。


「おい。これ以上は……まて、誰かが来るぞ」


 リーダー格の男がそこまで言うと、廊下からドタドタと二つの足音が近づいてくるのが聞こえてきた。どうやら音を聞きつけて、誰かが来てくれたらしい。


 そして調理場の入り口から姿を表したのは、シスターとダガーさんだった。シスターの手にはなぜか燭台が握られており、ダガーさんはソフィアから継承したハンドロッドを持っている。


「こんな夜更けに何者……クラリッサ様!?」


「ああ!?なんだてめ―――ぐばっ!?」


 シスターは私を見た瞬間、手にした燭台で私を掴んでいる襲撃者を容赦なくぶん殴る。それはもはや修道女のそれではなく、情け容赦のない戦士の一撃だった。


 そうして鈍い打撃音とともに、男が白目を剥いて崩れ落ちる。同時にダガーさんが、私に近づき抱きしめてくる。瞬間、手に痛みが和らぎ始める。


「クラリスさん。大丈夫!?」


「え、ええ。大丈夫……ではないですわね」


 ダガーさんは包丁を引き抜きながら、心配そうに私を覗き込む。そんな彼女に私は苦笑いを浮かべることしかできなかった。


「治癒魔法だと? クソッ。時間をかけすぎた……散れっ! 裏口から出ろ!」


 リーダー格の男が鋭く叫び、残った襲撃者たちは蜘蛛の子を散らすように動いた。しかし、その動きを読んでいたかのように、シスターの背後からダガーが飛び出していた。


「……逃がさない!! 【アイス・スティッキー】!!」


 ダガーがハンドロッドを前に突き出す。次の瞬間、床を這うように氷の膜が広がり、逃げ遅れた二人の襲撃者の足元を一瞬で凍りつかせた。みしり、と氷が膨らむ音がして、男たちの足首から下が白い塊に覆われる。


「くそっ、足が——」


「なんだコレ。動けねえ!」


 氷に拘束された襲撃者たちがもがく声を背に、シスターはさらに奥へと走る。包帯の男が裏口へ向かっているのを捉え、修道女とは思えぬ速さで距離を詰めていく。その手はすでに、次の一撃を放つべく燭台を握り直していた。


「待ちなさい!」


「そう言われて、馬鹿正直に待つと思うか?」


 シスターの声が調理場に響き、包帯の男は振り返らず走る。すると包帯の男は懐に手を入れて、先ほどの鉄の筒とは別のもの——円柱型の、手のひらに収まるほどの小さな金属の塊を取り出す。


 そして包帯の男はそれを無造作に、自分の足元へ落とした。次の瞬間、調理場全体を白い光が満たされる。


 網膜を焼くような、筆舌に尽くしがたい閃光。同時に、耳をつんざく破裂音が響き渡る。私はとっさに目を覆ったが、それでもまぶたの裏まで焼き尽くされるような感覚に襲われ、思わずうずくまった。


「ぐああああっ!」


「チッ、魔道具ですか!?」


 リーダー格の男の物と思われる絶叫が聞こえてくる。恐らく包帯の男のすぐ近くにいた彼は、あの光を直視してしまったのだろう。両手で顔を覆い、身を丸めて激しくもがいているのを感じる。あまりの激痛に、床に膝をついて呻き声を上げ続けている様である。


 シスターは——背後からでよく見えなかったが、包帯の男が円柱型の物体を取り出した瞬間、ぎりぎりで目をつぶっていたように見えた。しかしそれでも、まぶたを透過するほどの強烈な閃光と、鼓膜を打つ破裂音に、シスターの動きが一瞬止まっている。そんな中でも彼女は舌打ちをしながら、薄目で次の攻撃に備えている。


「ジャン……! てめえ——」


 リーダー格の男が、光に焼かれた目を見開き、包帯の男の名を叫ぼうとした。しかしその声は、最後まで紡がれることはなかった。


 またしてみ耳をつんざくような轟音がキッチンに響くと、リーダー格の男の頭部が激しく後方へ弾かれる。まるで見えない誰かに襟首を掴まれて、無理やり引き倒されたかのような不自然な動きだった。男の叫びかけた口が、そのまま開かれたまま止まり力なく床に崩れ落ちる。


「仲間を……なぜっ!?」


 シスターは目の前の光景にまたしても硬直してしまう。対する包帯の男は、倒れたリーダー格を一瞥もせず背を向け、そして裏口の闇に吸い込まれるように消えていった


 調理場に重い静寂に包まれる。床には、氷に足を取られて動けなくなった二人の襲撃者と、最初にシスターが昏倒させた一人、それから——頭を撃ち抜かれて絶命したリーダー格の男だけが残された。私は震える足でなんとか立ち上がり、壁に手をついて呼吸を整える。


「……今のは」


 ダガーが私の隣に来て、不安そうに顔を覗き込む。彼女もまた、いまの光景に言葉を失っているようだった。


「わかりません。でも——」


 あのジャンという、路地裏で私が手当てをした男。彼は最後、なぜシスターではなく、仲間であるはずの男を射殺したのか。あの金属筒や、異様な光を放つ物体は何だったのか。


 疑問が渦巻く中、シスターがゆっくりと私のもとへ歩いてきた。その目はまだわずかに充血しているが、声はいつも通り落ち着いていた。


「クラリスさん、ご無事ですか」


「ええ、なんとか。シスターもお怪我は」


「私は大丈夫です。それより——あの男、ただ者ではありませんね」


 シスターは倒れているリーダー格の男を一瞥し、眉をひそめた。


「仲間を殺してまで逃げるとは、ただの拉致犯の動きではありませんね。それに、あの光を放つ道具——まるで太陽の光を直接、目に叩き込まれたかのような衝撃……帝国の新たな魔導兵器でしょうか」


「……さあ、少なくとも私は、あの様な魔道具は聞いたことがありませんわ」


 私は頷きながらも、心の奥で別のことを考えていた。いま、リーダー格の男は包帯の男を【ジャン】と呼んでいた。きっとあの男の名前だろう。


 魔眼を使えるようになってから、私は彼らの敵意や殺意といった感情を読み取ることができた。でもジャンと呼ばれた男からは、そういった感情を一切感じなかった。それどころか―――。


「どうして、私を助けたの……?」


 そんな私のつぶやきは決して、誰の耳にも届くことはなく闇夜に吸い込まれて消えていった。



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