第3話 誓いと決意。そして頑固な覚悟。
牢獄を出てまず初めに目に入った景色は、澄み渡った晴天の空、きれいに整えられた木々、色とりどりの花々が植えられら花壇。そして奥に見える純白の城。
【聖光都城】
3000年前に初代国王のシャトー・ド・リュミエールが、女神ルミナスから祝福を受けたという逸話のある城だ。私が初めて殿下と出会った時の記憶では、時間が経っていることもあり石灰岩質の地味な色合いだった。だがここ数年で老朽化を直すのと同時に、漆喰塗りを施す事で【聖光】の名に恥じない美しい見た目へと変貌を遂げていた。
そんな美しい聖光都城へと続く道を進んでいる最中、正面より十数人からなる鎧を着込んだ集団が近づいてくるのが見える。
「ストップ。騎士団のお目見えだ。少し端によるぞ」
「……わかりましたわ」
私はマーカスさんの指示に素直にしたがう。すると前方から近づいてきた騎士団員の先頭に立つ人物が、こちらに視線を向けて話しかけてくる。
一瞬「まさか私を逃がすのは嘘だった?」という考えが脳裏に流れたが、マーカスさんと騎士団員会話から、それが単なる杞憂であるとすぐに判明する。
「マーカス。これから罪人の移送か?」
「これはベルクール様。ええ、マルシェリエへ移送中です。神の御前、滞りなく務めますのでご安心を……」
ベルクールと呼ばれた騎士団員は、屈託のない笑顔を作ってマーカスさんを落ち着かせる。
「緊張せずともよい。そなたの仕事ぶりは殿下より聞き及んでいる。それに我々も移送中だ」
「そ、そうですか。お勤め、ご苦労さまです!」
「だから緊張気味せずとも……まあよい。それで、もしや横に居るのが例の?」
生真面目なマーカスさんの態度に口元を引くつかせるベルクールは、目を細めながら私の方に視線を移した。会話から察するに、どうやら私の事情を知っているらしい。
―――どうやら考えすぎだったようですわね。
私のことを知っていることや、マーカスさんの事を伝え聞いている事からわかるように恐らく彼は殿下の手の者。そもそも騎士団にはいくつか派閥がある。
殿下。つまり第一王子であるアルベール・ド・リュミエールの穏健派閥。
第二王子のギヨームの武家派閥。
第三王子のテオドールの聖光派閥。
第四王子ジュリアンと、第五王女セラフィーヌの中立派閥。
穏健派、武家派、聖光派、中立派の四派閥が主流となっている。他にも位階の低い王家血筋の派閥は存在するが現状、影響力が無視できないほど強いのは上記の四派閥がとなっている。
私たちに近づいてきた段階で色々と考えていましたが、どうやら眼の前の騎士団員たちは殿下率いる穏健派閥だった。
私は緊張を解くために深く息を吐くと、マーカスさんが心配そうに見つめていることに気がつく。
「……大丈夫か?」
「ええ、問題ありませんわ。ベルクール様一つお聞きしたい事柄がございます」
なおも私を静かに見つめるベルクール様は、何故か少し気の抜けた表情をする。
「えっと、何か……?」
「あ、ああ。なんでもない。聞きたいことか……普通なら俺が付き合う道理はないが、殿下から釘を刺されてるからな」
殿下から釘を刺されているとはどういう事かわかりませんが、今はそれよりも気になることがある。それは騎士団に囲まれるように、私同様のボロ布を被って移送されている罪人。
顔は見えないが布から見える拘束具を付けられた足と腕が、いつも見ている自分自身の手足にそっくりなのである。よく見ると左腕には、小さい頃に負った火傷痕まで再現されている。
「その後ろの方は私の……」
「待て、それより先は口にするべきではない」
私の言葉を遮るように、ベルクール様が手を前に出して静止してくる。
「後ろにいるのはクラリッサ・ド・ベルフォール。第一王子であるアルベール・ド・リュミエール様を毒殺しようとした不届者だ。そうだろう?」
そう言うとベルクール様後ろを振り返り、ボロボロの布を被った罪人に向けて語りかける。すると罪人は自らのボロ布を脱いで、その姿をあらわにする。
「はい。わたくしはベルフォール家の長女。クラリッサ・ド・ベルフォールですワ」
布の下にあったのは鏡で毎朝見る姿であり、その声はまさに私の口から発せられる音と同じであった。ただ違いがあるとすれば言葉使いが不慣れである事と、声が恐怖なのか緊張なのかで震えていること。その理由は言うまでもない。
「……」
「どうかしたか? っておい!?」
「ちょ、何してるんだクラ……お前!?」
ベルクール様が私の顔を覗き込んでくる。しかし私はその言葉には返答せずに、今だ状況を掴めず固まっているマーカスさんと、何故かボーッとしている騎士団の隙間をぬってクラリッサ・ド・ベルフォールを名乗る人物の前に躍り出る。
当然、そんな行動を目の当たりにした全員が驚愕の表情を浮かべて、私と《《彼女》》を拘束しようとしてくる。だが最初は驚いていたベルクール様が、何を思ったのか周囲の騎士達に手で指示を出して停止させる。
「あの、わたくしになにか……?」
いまだ状況を掴めていない私を名乗る人物は、眉をひそめながら見つめてくる。
さて、つい衝動的に近づいてしまいましたが、これからどうしましょうか。いや、やるべき事は一つですわね。
私は目を真っ直ぐ見つめ返しながら、彼女の一番心配であろうことに踏み込む。
「私は約束を違えません。渦中に巻き込まれたのならば、最後までとことん付き合いますわ」
心配なこと。そんなものは彼女の娘に対する処遇以外ありません。そもそも彼女達が起こしたテロ事件は、とある少年がある貴族の暴力によって、命を落としたことが全ての始まりだった。
それによって元々多かった不満が爆発。せめて子たちが少しでも良い生活ができる様にと、国の法を改正させる為に彼らは立ち上がった。ですが結果は彼女の結末の通り。
「そんな言葉をどう信じろと言うのですか」
彼女は怒りに満ちた瞳で私を睨む。
そうですわよね。何度も我々王国貴族に裏切られ、踏みにじられ、もはや暴力以外では自分たちを救う術を見いだせなかった彼ら。自分たちですら残酷な手段に手を染めるるしかなかったのに、どうしてより残虐な私達貴族を信じれるのか。
きっと恩赦の件、信用して受け入れたわけではないのでしょう。でも、少しでも救える可能性があるのならと……そう考えたのだと思う。もちろん、これも私の予想でしかなく、実際のところはわからない。でもそんな事は関係ないですわ。
「信じろ、とは言いませんわ。これは誓い。そして決意ですわ……ふふっ」
信じないならそれでもいい。彼女がどう思おうと私は見捨てる気など更々ない。だって私はすでに誓っているから。殿下との誓い。私の決意。誰が何と言おうと、私は決して諦めませんわ。
「……何を笑っているんだ」
「いえ自分ながら、らしくない事をしていると思っただけですわ」
つい漏れてしまった私の笑みに、彼女は懐疑の目を向けている。どうやら少し管理街をさせてしまったようですわね。
お父様は勝算のない事には首を突っ込むなと、それは愚か者のする事だと仰っていました。そして私も、その教え通りに生きてきた。そんな私が、国を救うだなんて。
今思うと学園に通う前の私では、絶対に有り得ない約束をしたものですわね。これも殿下やソフィ達の、ヒトたらしが伝染ってしまったのかしら。まあ、そうなるまで多く衝突もしたものですが……。
「コホンッ……。失礼しました。私が言いたいのはただ一つ。私は皆様が思う以上に頑固という事ですわ。何と言われようと、疑われようとやると決めたら……」
「最後までとことん付き合う……ですか?」
私は彼女の―――レオポルド・シャテニエの言葉に微笑んで手を差し伸べると、《《彼》》は何かを考えた後に私の手を力強く握った。
―――その手は彼の想いという熱がこもっている。だがそれ以上に冷たい。死へ向かう者の凍てつく手というよりは、もっと別の"何か"を感じざるを得なかった……。
そんな彼の行動に周囲の騎士達が慌てて腰の武器に手をかけたが、ベルクール様がその行動を静止している。
「おいっその手を……」
「待て」
「しかしベルクール様!」
「二度言わせるな」
「!? はっ!」
本当にベルクール様は空気の読める優秀な方ですわね。殿下が今回の重要な任務に当てるだけのことはありますわ。
「さて、話は済んだな」
「ええ」
「はい」
ベルクール様は私達の返事を聞いて、頭を縦に深く振った。
「では我々は行くとしよう。マーカスあとは頼んだぞ」
「は、はい! お任せください!」
「……もうツッコむまい。それでは失礼する」
緊張が全く抜けないマーカスさんに呆れ気味のベルクール様は、一度背筋を伸ばすと騎士団式の敬礼をした。同時に後ろに並ぶ騎士達も同じく敬礼の姿勢をとる。その光景は騎士団特有の洗練された、一糸乱れない統率の取れた動作であった。
敬礼をやめたベルクール様たちは、私たちが歩いてきた方角へと行進して行く。その方角にあるのは王都の市街地。きっとこれから刑場へと向かうのでしょう。
「さっきも言ったが……」
「わかっていますわ。わかって、いますわ……」
私は彼女に握られた手に残る熱と、これから死に行く者とは思えない、あの力強い意識を何度も、何度もその手に反芻させていた。
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