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第14話 目的地

 夕刻の台所には、柔らかな灯りが落ちていた。


「さて、それでは皆さん。料理器の準備をお願いしますわ」


「「「「はーい!」」」」


 返ってきた声は四方八方から同時に弾け、狭い台所が一瞬で色づくようだった。子供たちの足音が駆け回るなか、私は材料を並べながら手元を整えていく。


「……なに、これ?」


 背後から静かな声が刺さる。振り向くとそこには、ダガーさんが入口に立ち、台の上に広げられた材料を無表情のまま眺めていた。


「何と言われましても……。明日の朝。騎士団の訓練所にお邪魔するので、簡単な軽食をお持ちしようかと……」


「それは見ればわかる。私が聞いてるのは、なんで騎士団の施設に行くのか」


 まあ、至極もっともな疑問ですわね。


 私はこほんと一つ咳払いをしてから、なるべく自然な顔で答える。


「社会科見学ですわ」


「また訳のわからない単語……」


 ダガーさんの眉間にわずかな皺が刻まれる。この反応も、もうすっかり見慣れてきましたわね。


「教会だけで社会の仕組みを学ぶのは限界があります。なので今回はレオン様にお願いして、皆さんに社会とはなにか学ばせていただこうと思ったのですわ」


「それなら街で買い物でも良かったんじゃ……」


「見慣れた風景であっても得れるものはありますが、それらを見つけるには知見を広げる必要がありますわ」


「知見?」


 小首を傾けるその仕草は、どこか子供たちと重なって見える。もっとも、本人に言えば怒られるから黙っていますが、普段の素っ気なさに対して、とても愛らしい仕草に思える。


「ええ、知見です。新たな体験を通して、知らぬものを探し、考え、理解を深める。そうする事で普段では気が付くことの出来なかった、新たな発見を出来るようになるのです」


 私は目の前に置かれた麻袋を二つ開けて中身を確認する。中には種類の違う麦が入っていた。そうして中身の状態を確認しながら、言葉を続けてダガーさんの方に振り向いた。


「ですので街に出ての社会科見学は、それが出来るようになってからの方が良いと私は考えますわ」


「分かった。それじゃあ次の質問」


「あら、まだありますの? まるで尋問ですわね」


「茶化さないで……。その蜜とかスパイスは何処から持ってきたの?」


 ダガーさんの鋭い視線が、台の隅に置いた小瓶と蜜壺へと向けられている。


「ああ、そんな事ですか」


「だから茶化さないでと……!」


「茶化してなどいませんわ。これは今朝、レオン様が届けてくださったものですわ」


 私がそう説明すると、ダガーさんの目がわずかに丸くなった。


「あの騎士様が?」


「何やら先日の迷惑料だと言っていました。教会として当然のことですので、気にすることはないのですが、せっかく頂けるのでしたら断る理由もありません。ですのであくまでも寄付という形で頂戴しましたわ」


「シスターと神父様はこの事を……」


「もちろん。お二人からは了承を得ていますわ」


 ダガーさんは短く息を吐くと、それから少しだけ間を置いて、いつもより幾分か静かな声で続ける。


「……そう。でも次からは私にも教えて。倉庫の管理は私にも任されてるから」


 その言葉に、私は思わず手を止める。そういえば、倉庫の管理を彼女も担っていると、以前シスターが仰っていましたわね。これは完全に失念していましたわ。


「あ、あら、そうでしたの!? 申し訳ありません。失念しておりましたわ……」


「いい。次は教えて。びっくりしちゃうから」


 怒るでも、責めるでもない。ただ静かに、そう言って頷く彼女の横顔を見て、私は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


「はい。次からはお伝えしますわ!」


 そう答えた直後、台所の奥からルネ君が顔を覗かせてくる。


「クラリスお姉ちゃん。準備できたけど、これで良いー?」


「ええ、十分ですわ」


 机の上に並んだボウルと木べらを確認し、私は静かに口元を緩める。さあ、ここからが本番ですわ。


「ボウルに木べら……これは何を作ろうとしてるの?」


 ダガーさんが改めて台の全体を眺めながら問う。私はその問いかけを待っていたとばかりに、ゆっくりと振り返った。


「フッフッフ。よくぞ聞いてくださいました! 今回作るのは―――子供でも簡単に作れて美味しく食べられる戦闘糧食ですわ!!」


 ダガーさんの視線の先、料理台の上に置かれていたのは、種類の違う麦二袋、乾燥した豆、ドライフルーツ、蜜にスパイス。


 つまり、低脂質、高タンパクな食材で作れ、保存も効く。そして何よりも冷めても美味しい。それがプロテインバーですわ!!


「せんとーりょーしょく?なにそれー!」

「何かかっけー!」

「何かお姉ちゃん楽しそー」

「ねー」


 子供たちが口々に騒ぎ立てる。その反応に、私の心が跳ねる。ええ、こういう反応を待っていましたわ。


「また訳のわからない単語が出た……」


 ダガーさんが呆れたように息を吐く。まあ、それも予想の内ですわね。この時代、戦闘料理自体はあれど、ほとんどがパンと塩漬け肉、それにワインや水など単体では味気ないものが多いと聞きます。


 そこに甘味や辛味を加えることでより、料理全体の味のバランスを取ることが出来るだけでなく、戦場で不足しがちなビタミンB群やミネラルなどの栄養もしっかり補える。


 さらにここへ来るとき馬車の護衛騎士の方々から聞き取りをした、あったら士気が上がる食べ物である。単体としてのデザート。その役割も果たせるプロテインバーは、まさに一石二鳥……いや三鳥な料理と言えますわ!!


「プロテイン。つまりタンパク質が豊富に含まれている携行食ですわ」


「その、タンパク質ってのがわからない……」


 そう言うダガーさんや子供たちが、眉をひそめながら私の言葉に首を傾ける。そんな彼女たちに上手く伝わるように、私は頭の中で言葉を選びながら続ける。


「簡単に言うと筋肉を作る栄養ですわ。騎士様方は毎日大変な訓練をしているとお聞きしています。ですが激しい運動の後はなかなか食が進まないもの」


 街でお会いしたレオン様の姿を思い出す。彼が語っていた戦場への備えと仲間を守りたいという思い。その高潔な想いに反して、力仕事をしているとはいえ一般人に力負けしてしまうほどの体力。だからこそ、この一品にはきちんとした意味を持たせなければならない。


もちろん、これだけでは体を作るには不十分。プロテインバーはあくまでも、即時栄養補給を目的としたもの。本当の目的は別にある。しかし現状の私ではその目的に達することは難しく、だからこそ先ずはじめに信頼を勝ち取る必要がある。


「かと言って食をおろそかにすれば、いたずらに体が傷つき続けてやせ細ってしまいます。そこでこのプロテインバーの出番です!!」


 まあ、それはそれとして真実を話してしまうと絶対怒られてしまうので、まず今はダガーさんを納得させるために、材料を手に取りながら説明を続ける。


「今回使う材料はこの2種類の麦と乾燥豆を混ぜて、スパイスと乾燥フルーツをねったもの……ですが運動後の栄養吸収効率は、焼いた肉をそのまま食べるよりも遥かに高いですわ。そして何よりも味の変化が自由自在!!」


 子供たちの目が材料へと吸い寄せられていく。その反応が嬉しくて、つい説明にも熱が入ってしまう。


「主原料が2種の麦なのですから、塩味、甘味、酸味、果ては苦味に辛味まで何にでも合いますわ。と言っても空腹時に刺激の強い味は内臓に負担がかかってしまうので、基本は塩味か蜜の甘味。そこに少量のスパイスなどで味変する程度になります」


「甘い食べものにスパイス? スパイスってピリピリするのだよね?」

「えー辛いもの混ぜたら台無しじゃんー」

「クラリスお姉ちゃん。わたし辛いの苦手かも……」

「わ、わたしも……あまり得意じゃない、かな……」


 四人が揃って眉をひそめる。その一様な困り顔に、私は思わず笑みがこぼれてしまった。


 たしかに、はじめスパイスをデザートに混ぜるなんて、違和感しかないと思っていました。しかしよくよく考えてみると、普通の料理でも砂糖とスパイスを混ぜた料理が沢山ある。違いは分量の差だけ。


 誰が言ったか、料理は計算を突き詰めた学問であると。工程も味も全ては数値で弾き出すことが出来るという。ならば、すでに相性の良い組み合わせとして確立しているこの材料たちは、分量さえ間違えなければ合わない道理はありませんわ。


「あら、甘味とスパイスは案外、相性の良いものなのですわよ」


「「「「えー?」」」」


 声を揃えた四人の顔が信じられないと言わんばかりの表情で並ぶ。


 そんな中、ダガーさんだけは少し離れた場所で材料を眺めたまま、じっと黙っていた。何かを考えているのか、あるいは迷っているのか。私がそちらへ視線を向けていると、やがて彼女は小さく口を開いた。


「……なんかいつも以上に変な気がする。でも貴方の料理に関する腕は信用してる。だから教えてその……プロテインバー?って料理」


 その言葉に、私の胸が静かに弾む。彼女の口からその信用という言葉が出てくるようになったことが、嬉しくて仕方がない。


「うふふ。信頼してくれて嬉しいですわ。ダガーさん」


「別に信用はしてるけど、信頼ってほどでは……」


 慌てたように視線を逸らすダガーさんを、子供たちが黙って見逃すはずがなかった。


「あーダガーお姉ちゃん。何だか顔赤ーい」

「ダガーさん体調悪い?」


「もう、二人とも鈍感! きっとこれが乙女心よ!」


 マリーちゃんが得意げに胸を張る。その隣でリゼットちゃんが静かに首を傾けた。


「マリーちゃん。それはちょっと違うと思う、なー?」


「えー?」


「う、うるさい! そんなんじゃない!」


「「「「わー、ダガーお姉ちゃんが怒ったー!」」」」


 台所に笑い声が弾ける。ダガーさんは耳まで赤くしたまま子供たちを睨んでいるが、その目に本気の怒りはない。こんな光景も、少し前までは想像できなかったことですわね。


 私は静かに一呼吸おいて、皆に向き直る。


「うふふ。仲が良いのはいいことですが、あまり埃は立てないでくださいね? 折角の料理が台無しになってしまいますわ。それでは作りましょうか。騎士団の皆様に満足してもらえる品を……ね」


「「「「はーい」」」」


「……なんか納得いかない」


 ダガーさんの小さな呟きが、子供たちの声の隙間に滑り込んでくる。私はその声を聞こえていないフリをしながら、ボウルに材料を入れ始めた。


 台所に、麦の素朴な香りが漂い始める。


 騎士団の皆様に届けるこの一品が、明日の朝、誰かの力になれるとしたら。そしてその積み重ねが、いつかこの街を、この王国を少しずつ変えていくとしたら。


 ――そのためなら、例えおかしいとバカにされようと、認められるまで何皿でも作ってみせますわ。

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