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第13話 似た者同士

 教会の扉を押し開けた瞬間、外の市場に満ちていた熱気が背後へ引き戻されるように消えた。


 高窓から差し込む午後の光が長椅子の背を淡く照らし、石造りの礼拝堂にはいつもの静けさが満ちている。その穏やかさが、つい先ほどまで怒号の中心にいた二人の姿とあまりにも噛み合わず、私は思わず小さく息を吐いた。


 背後では、籠を抱えたままの職人と騎士様が足音を遠慮がちに響かせている。互いに視線を合わせようとせず、しかし置いて行かれまいと同じ歩幅でついて来ている。


「おやおや。これは珍しいお客さんだね」


 穏やかな声が奥から聞こえてくる。私は声の方向へ振り向くと、そこには神父様が長椅子に腰を掛けてこちらに微笑んでいた。掃除の途中だったのか、袖を少しまくり上げ、手には放棄が握られている。


「おかえりダガーちゃん。クラリスちゃん」


「うん。ただいま」

「ただいま戻りましたわ」


 まずダガーさんと私に視線を送り、次に騎士様と職人さんに向けられ神父様の目がわずかに細まる。


「そして久しぶりだね。レオン君にレオニダスさん。なにか問題でも?」


「あ、えっと、久しぶりです神父様……」

「あーちょっと色々あってな……」


 そんな神父様の言葉に、職人さんは気まずそうに頭を掻き、騎士様は反射的に背筋を伸ばした。


 私は内心で納得する。女神教の神父様であれば、この街の人々の顔を知っていても不思議ではないし、


神父様はゆっくり私へ向き直った。


「さて、どうやらお二人は、説明が難しいらしいね。クラリスさん。何があったのか教えてくれるかな?」


 問いかけは柔らかく、私を責める響きはまったく感じない。私は市場で起きた出来事を順に説明する。口論の経緯、周囲の様子、そして教会へ連れて来た理由まで話し終えると、神父様は途中で遮ることなく最後まで聞き、静かに頷いた。


「なるほどねえ……」


 少しだけ考えるように視線を落とし、それから軽く手を叩くと、神父様は懺悔室へ視線を向けた。


「……それじゃあ、一人ずつお話を聞こうかな。同時だと、どうしても互いに衝突してしまう。順番に話した方が、二人もきっと楽だろう」


 神父様の言葉は何処までも温かく、二人のことを思いやっている言い方だった。二人もそれを理解しているからか、文句を言うわけでもなく素直に従ってくれるようである。


 神父様の言う通り、この選択は最善と私も思いますわ。ここで二人の行いを咎めてもきっと、互いのプライドが邪魔をして上手くことは進まないでしょうから。


「まずは……そうだね。レオニダスさんから先にどうぞ」


 職人は一瞬戸惑ったが、やがて小さく頷き、懺悔室の扉を押して中へと入り扉が閉じられる。


 そして神父様は懺悔室に入る前に、ダガーさんと私に視線を向けた。


「ダガーさん、シスターを呼んできてくれるかな。荷物は倉庫に入れてしまおう。せっかくの買い出しだしたものが悪くなってしまうからね」


「……分かった」


「それから、クラリスさんはレオンくんと少し待っていてくれるかな?」


「わかりましたわ」


 ダガーはレオニダスさんから受け取った籠を、長椅子へ一度置く。その去り際、ほんのわずかだけ私を振り返った。


その瞳にはどこか不安の様な感情が入り混じっている。私はそんな彼女を安心させるため、優しく微笑んで小さく頷いた。


「ダガーさん。私は大丈夫です」


 私の言葉を聞いたダガーさんは短く頷き、シスターエトワールの待つ勉強部屋の方へと歩いていった。


 私と騎士様だけ残された礼拝堂に静寂が走る。外の市場の音はここまで届かず、懺悔室の中の声も壁に吸われて聞こえない。広い空間の中央に二人きりで立っていると、先ほどの騒ぎがどこか遠い過去のように感じられた。


 横を見ると騎士様は落ち着かない様子で立っている。荷物を抱えたままどうしていいか分からないようで、視線が床と天井を行き来していた。


「お名前。レオン様でよろしいのですよね……? まずは座りましょうか。荷物も椅子に置いて構いませんわ」


「あ、ああ……」


 私がレオン様に座るよう促すと、彼は少し動揺したような素振りを見せる。やがて彼が口を開く。その声は先ほど広場で聞いたものよりずっと小さく、どこか後悔の色を含んでいた。


「その、さっきは……見苦しいところを見せてしまって申し訳なかった……」


 それは謝罪だった。私は何も言わずレオン様の続く言葉を待つ事にした。


「別に……あの職人を困らせたいわけじゃなかった。ただ、その……」


 言葉を選ぶように沈黙が挟まれる。


「休戦になってから、任務が減ってな。訓練ばかりで実戦はない。でもいつ再開するか分からない現状に不安が強くなっていたんだ。だから武器の状態だけは、どうしても気になって……その」


 レオン様は頭をかきながら、申し訳なさそうにこちらを見つめている。彼の言葉はどこか考えがあやふやで、まだ頭の中の整理がついていないという風に感じられた。


「つまり、その……仲間を守る立場なのに、折れるかもしれない剣を持たされるのが怖かったんだ」


 その一言で私は理解する。彼が抱いていた怒りの本質。それは騎士として真っ当な恐怖だった。


 戦争が終わったわけではなく、一時的に止まっているだけの街。戦う者も、支える者も、終わらない緊張の中で立ち続けている。


「……当然の理由ですわね」


 私がそう言うと、騎士様は驚いたように顔を上げた。弱き存在を守るべき自分が、その弱気存在に手を上げたのである。きっと責められると思っていたのだろう。


「命を預ける道具ですもの。不安になるのは、騎士として誠実な証ではありませんこと?」


 騎士様は言葉を失い、ただ目を大きく見開いて固まっている。


「ですが、あの方も同じですわ。限られた材料で、少しでも折れない武器を作ろうとしている」


「……」


 彼は何も返さない。ただ、握っていた籠の取っ手に入っていた力が、ゆっくり抜けていくのが分かった。きっと彼も最初から理解しているのだろう。レオニダスさんは自分たち騎士の力になろうと、最善を尽くしていることに。それでも戦争の恐ろしさを知っている彼は、どうしようにも負けてしまったのだ。騎士としての恐怖に。


 そんな彼をいたわるように、私は彼の背中を優しく撫でてあげる。


「私はレオン様の考え自体は間違っていないと思っていますわ。ただその伝え方を少し誤っただけ。きっとレオン様の気持ちは、レオニダスもわかってくれているはずですわ」


「……そうかな」


「ええ、そうですわ。だからレオニダス様が戻ったら、いま私にしてくださった内容をそのまま伝えてみてください。もちろん暴力わいけませんわよ?」


 そう言うと私は微笑みながらウィンクをする。レオン様はそんな私を見て、苦笑いを浮かべているが、直にその表情が決意を固めたように凛としたものへと変わった。


 なるほど。きっとこちらの表情がレオン様の素の表情なのでしょう。


「さあ、どうやらあちらも終わったようですわね」


「……!?」


 私は懺悔室の方に視線を向けると扉が静かに開いた。懺悔室の向こうから、神父様の穏やかな笑い声がかすかに聞こえる。



 私はその音を聞きながら思う。この街の問題は決して、住む人々が原因ではない。皆、同じ明日を向いて生きているのだから。


 だからこそ私は、今この街に必要なのは裁きではなく理解なのだと確信する。そう住民と国との相互理解なのだと。


「あー、神父様。その、すまなかったな」


 最初に現れたのはレオニダス様だった。入る前よりも肩の力が抜けており、先ほどまで顔に張り付いていた険しさがわずかに和らいでいる。怒りが消えたというより、吐き出す場所を得て熱が冷めた――そんな印象だった。


 後ろから神父様が続く。


「先程も言った通り謝罪は不要ですよ。私は貴方の話を、ただ静かに聞いただけなのですからね。野次馬根性と言うやつです」


「それで良いのかアンタ……」


 レオニダス様は照れ隠しのように鼻を鳴らすと、それから騎士様へ穏やかに視線を向ける。


「あー、その。さっきは悪かったな……」


 レオン様は一瞬だけ私を見る。逃げ場を探すような視線だったが、やがて覚悟を決めたように頷き、レオニダスに近づく。


「俺も……さっきは、その……言い過ぎた」


 レオニダス様は即座には反応しない。腕を組んだまま視線を少し下に逸らしている。それでも騎士様が続ける。


「武器の出来に腹を立てたんじゃない。その、不安だったんだ。戦場で、こことぞ言う場面で折れるのが……」


 レオニダス様の指がわずかに動く。隣に佇む神父様は何も言わない。ただ頷きながら、二人を見ているだけだった。


 今度はレオニダス様が低く呟く。


「……鉄がな。もう昔みてえに手に入らねえ。だが品質を落とすのは俺らのプライドが許しちゃくれねえ……だから質が悪けりゃ新たな方法を模索する。数がなきゃ別の物を流用だってする」


 彼の声には疲労が混じっていた。


「いい鉄がありゃ、ワシだってもっとまともなの打てる。だが今ある材料で折れねえもん作るのが精一杯なんだ……だが一つだけ言わせてくれ」


 レオニダス様が顔を上げる。初めて、真正面から互いを見る。


「俺らの剣はあんたら……騎士団の数百年の技術に負けじと、研鑽を積んできたんだ。ある時は曲がり、ある時は刃が欠け、ある時は折れる。そのたびに俺らは頭と腕を働かせ続けた」


 レオニダス様はいきり立つ情熱を抑えるように、その震える手を強く握りしめる。


「あんたらの命と技術にかけて、戦場で折れる刃など絶対に持たせるものか」


「ああ、ああ。そうだな。すまない」


「ふん。謝る必要はねえさ。俺もアンタをボコボコにしちまったからな。お互い様よ!」


 彼の熱い思いがレオン様の心に刺さったのかはわからない。だが最初に喧嘩していた時の二人とは、明らかに雰囲気が変わっていた。


「な、ボコボコにはされてないぞ!」


「あん? 俺の傷とアンタの傷の数を見てみりゃ一目瞭然だろ!」


「い、いや、これはただ……そう。弱者を守るのが俺の仕事だから手が出せなかっただけだ。決して負けたわけじゃない!」


「ああ!? 誰が弱いだとゴラァ!」


 先程までの雰囲気は何処へやら。血気盛んな職人レオニダス様となんだかんだでプライドの高いレオン様の二人は、またしても喧嘩を始めてしまう。流石に教会の中で暴れらても困るので、神父様は慌てて二人の間に割って入る。


「ハハハ。まあまあ、せっかく仲直りしたのにしょうがない方々ですねえ」


「……ええ、全くですわ」


 そんなどこか似通った二人の姿に私は、ただ苦笑いを浮かべることしか出来なかった。

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