009 正義の味方
「恐ろしい技を使うね、無月」
「正気じゃなかった」
「ハラキリで自らの魂を刃に塗りつけて、敵の魂を直接傷付ける荒業。
名付けて『雪月摺』と言ったところかな。どうだい? 僕のネーミングは」
「ありがたいが、二度と使わねぇ技だぜ」
興奮する瀧院へ応えながら、一つの答えに辿り着く。
恐らく、宮本は同じことをやったのだろう。
ただし、痛みを教えるためだというのであれば、指先を御魂斬で傷つけて魂の残滓を塗ればこと足りる。
些細な切り口でも、痛みは痛みだ。最強の男は、最小限の自傷行為で同じく苦難を突破したのだろうと無月は結論付けた。
「なら、どうしてあんなにインパクトある方法をとったの?」
さり気なく隣に座り、無月のシャツを捲って腹の様子を探る。
もちろん切傷はないが――代わりと言わんばかりに古傷の銃創をしっかりと確認すると、痛々しさに思わず零れそうになった涎を拭い首を傾げる夜叉。
「余裕がなかっただけだ」
呟き、夜叉の脳天にチョップを落とす。夜叉は「あにゃ」と声を漏らして頭を抑えた。
「というか、次はお前の番だろ。夜叉。行ってこいよ」
「うん? あぁ、そうだったね。
でも、私が負けるわけないもん。時間ギリギリまで恋人の傷を心配する、優しい女の子をやってあげるの」
「そうかい」
呆れてものも言えない無月だった。
「……なぁ、無月。今の傷は?」
銃創を見て、さしもの瀧院も戸惑いの色を隠せないようだ。
「撃たれた」
「だ、だろうけれどさ。そうか、それはまたヘビーな――」
「気ぃ回す必要はねぇよ、瀧院。
ただ、喧嘩の延長線でブチ抜かれたんだ。この傷を受けたから強くなろうと誓ったとか、親を失った理由になってるとか。そんな過去はねぇよ」
「……あぁ、そう」
あまりにもあっさりと語る無月に、瀧院は膝の力が抜けてドサッと座り込んだ。
「どうして話してくれる気になったの? 私、なんとなく聞いちゃいけないものだと思ってたけど」
「聞いちゃいけないこたぁねぇだろ、俺が隠そうと思ったら絶対に見えないように隠すっての。
ただ、まぁ……なんだ。お前らには助けられちまったからな。俺なりの誠意だ」
「助けてないけど」
「霊泉の情報を持ってきてくれた、サイコパスについて教えてくれた。それがなきゃ、ぶった斬られてるのは俺だった」
……夜叉と瀧院は、淡々と礼を口にする無月を見つめ、思わず頬を綻ばせた。
そして、そんな無月自身もまた驚きと同時に自分へ酷く呆れている。
懐かしい気持ち。
それは、彼がずっと昔に忘れてしまっていた『信頼』によく似た感覚だった。
「真田ユキナリ、夜叉キリコ。舞台へ上がりなさい」
控え室にアナウンスが響く。
その声を聞いて、夜叉は名残惜しそうに無月を見ていたが、彼が人さし指で出口を指すと、何も言わずに立ち上がり舞台へ向かった。
「彼女、勝つかな」
「さぁな。ただ、強ぇぞ。俺は負けた」
「既に手合わせ済みだったのか。
けれど、それなら安心だね。無月のお墨付きだなんて、夜叉もなかなかどうして強者じゃないか」
「エリート様だよ、お前と同じ」
「僕と同じ……か」
どこか、後ろめたそうに俯く瀧院。
しかし、無月は特に何も聞かず、黙って中継モニターへ視線を移した。
「次は、参組の真田ユキナリと肆組の夜叉キリコ。
雑草とエリート……いや、正義のヒーローと姫夜叉が激突する、注目の一戦だ!」
「巴先生、こんなテンションで実況してたのか。いつもの厳しいキャラと違うぞ」
「テレビ中継されてるからね。盛り上げるためにやってるんだろう。
因みに、キミの紹介は『冷酷無比のトリックスター』だったよ」
「……悪い気はしねぇな」
少しだけ、年相応な無月だった。
「悪いことは言わない、降参するんだ」
一方、舞台上では二人の剣士が火花を散らしている。互いに興味のなさそうな表情だが、その先に見ているものは同じだった。
「あら、風邪でも引いたのかしら。耳がおかしいみたい」
「俺は、何としてでも無月と戦わなければならないが――だからと言って、無闇に女の子を斬りたくないんだよ」
「……あ〜。いるよね、あんたみたいな時代錯誤の化石みたいな思考の男。
女だからとか、男だからとか、そういうクソみたいな口説き文句使う奴は嫌いだよ」
「いや、口説いてるわけじゃ――」
「善人面で落とせるのは、ヴァージン破ってない生娘だけだ。バーカ。この私に、交渉持ちかけるなんて十年早いんだよ」
「……まさか、人を斬ったのか? 真剣で」
瞬間、夜叉の脳裏に蘇るあの日の出来事。
目出し帽の上からでも分かる余裕の笑みを浮かべ、まだ十三歳だった夜叉に銃を向ける男の姿。
そんな男の一瞬の隙を狙い、彼女は――。
「さぁね」
夜叉キリコは、この学校のシステムを理解していた。
無月の導き出した『居合』という剣術が、真剣勝負なら正解であることを知っていたのだ。
……一体、なぜ?
「なぁ。俺、そんなにキミに嫌われるようなことしたっけ」
「カゲロウくんの生き方を否定した、それだけであんたは極刑ものの罪人だよ」
「何がキミをそこまでさせるんだ」
「恋」
瞬間、真田のどの感情よりも心配が上回る。
「キミは騙されてる、そんな惚れ方は普通じゃない」
結果に関してはどう考えてもその通りだが――経緯や理由の一切がズレていることに、夜叉は更なる不快感を覚える。
「一度、立ち止まって考えるんだ。洗脳かもしれない。或いは、無月は目的のために合理的な方法を選んでるだけで――」
「あんた、よく分からないな。急に出てきて、親の敵みたいにカゲロウくんを否定して。なんのつもりだ?」
「俺は、俺の正義に従っているだけだ。あんな自分勝手な奴が侍になってはいけない」
「カゲロウくんを否定したからって、別にあんたが正しいことにはならないだろ」
「……なに?」
「まぁ、いいや。もう戦おう。
あんたは私にとって、カゲロウくんに褒めてもらうための餌でしかない」
「そうか……なら仕方ないな。
アンフェアなのは嫌いだから、先に言っておく」
「まだ何か?」
「俺には、未来が視える」
何を世迷言を。
一蹴して刀を持ちぶら下げ切っ先を床につける夜叉。一方、真田は力を抜いて手に刀を持ち、見慣れない独特の構えで夜叉を見据えた。
「開始ィ!」
夜叉が見せたのは、縮地と呼ばれる移動方法だった。
目にも留まらぬ超神速で移動し、下から来るかと思えば、逆の手で上から刀を振りおろした。
「甚振るのは嫌いなんだ、すぐに終わらせる」
しかし、真田は半歩後ろへ下がるだけで躱す。
更に夜叉の追い打ち。刀をクルリと半回転させると、柄を向けて腹へ叩き込むが――これも防がれる。
「なら――」
蹴りを放ち、退路へ刀を振り下ろす。洗練された動きに真田が体勢を崩すと、それを待っていたと言わんばかりにセーラー服を脱ぎ捨て真田の顔面へ投げつける。
「あ、無月の技だ」
控え室で、瀧院が呟く。
「くたばれぇ!!」
視界を奪い、次の動作を阻害する様は正に達人芸。
薙ぎ払うように繰り出された真田の刀をアンダーシャツだけ斬らせ、縮地による移動。
水流のような動きで、間髪入れず一閃――。
「なんで……っ」
その、寸分の狂いもなく放たれた鮮やかな一撃を、真田は完璧に見切ってカウンターを見舞った。
「ごめんね、夜叉キリコ。俺は、こんなところで負けられないんだ」
驚くべきは、その手前。
真田は、明らかに、夜叉の飛び込んだ場所へ剣撃を置いていたのだ。
「勝負あり!」
未来視。
巴教諭の声と共に、運営委員の生徒たちが夜叉を救う。完全に気を失っている。
ここまで圧倒的な差があるとは、彼らも思っていなかったのだろう。
やがて、巴教諭の腕の中で目を覚ました夜叉は、舞台へ向かって礼をするとセーラー服を手に持ちその場をあとにした。




