008 サイコパス
控室のモニターには、第一試合の様子が映し出されている。
どうやら、第一試合は既に始まっているらしい。無月が参加する第二試合まで、そう遠くはない。
「見なよ、無月。ここからは、テレビ中継もされる本当の力比べだ。
民間の警備会社やスポーツ医学の研究者は、比武を観戦して目立った生徒を直接スカウトすることも多いのさ」
「……お前、なんで負けたのにここにいるんだ?」
「固いこと言うなよ。別にいいだろ?」
(それを決めるのは俺じゃねぇけどな)
「とにかく、それだけ徳川学園という場所は特別であり、同時に、侍が生半可な努力と才能では到達し得ない職業であることを示しているんだよ。分かるだろ?」
「全国に向けて格付けを晒すだなんて、クソ悪趣味だな」
「そういうの、嫌かい?」
「なんとも。ただ、侍ってのがそういう屍の上に立つ者のみに許された職業だってことは分かってる。
ガタガタ言うつもりもないし、俺は侍以外の職業に就く気もない」
「さっすが、僕が認めた男だ!」
(お前も晒された被害者の一人なんじゃねぇの?)
(この男、カゲロウくんに馴れ馴れしいんだよ。ひょっとして自殺志願者かしら)
「ははっ!」
三者三様、それぞれの思惑をよそに第一試合は動きを見せた。
互いに「先に動いた方が負ける」と理解していたのだろうが――突如、切っ先をぶつけ合いながら読み合いの膠着状態を切り裂く金切り声。
「イヤァ!!」
唐竹を叩き割るよう、一直線に振り下ろされた刀を迎え撃つのは参組の女子生徒。
最小限の動きで手を撃ち刀をはたき落とすと、壱組の生徒の顔面に切っ先を向けてビタッと動きを止めた。
「勝負あり!!」
重量の軽い御魂斬の特徴を活かした鮮やかな手並みだが――無月の思考にヒントを与えたのはそこではない。
「手首を斬られても、意識は失わねぇわな」
「当たり前だろう? なに言ってるのさ、無月」
疑問符を浮かべる瀧院をよそに、思考を巡らせる無月。なぜ、実際に斬られた経験もないのに、俺たちは痛みを知っているのだろう。
しかし、迸る思考パルスを遮るように、控え室へアナウンスが響く。
「それでは、第二試合を行います。
霊泉キョウスケ、無月カゲロウ、舞台に上がりなさい」
無月と同時に立ち上がったのは、制服の上からでも分かる鍛え上げられた肉体の持ち主。
拳を見ると、骨が潰れて丸みを帯びている。明らかに格闘技を経験している者の手だった。
「徒手戦はキツそうだな」
「……え?」
聞き返す夜叉。そんな彼女に、『物理的にブチのめす』という単純な方法からは勝機を見出だせない無月は、呆れたような笑みを向けた。
「しゃーねぇ、探してみるか」
「なにを?」
「サイコパスの魂を斬る方法」
舞台に立つと、無機質な目で霊泉が待ち構えていた。
柳生や宮本とも違う、明らかに異質な才能。侍になるための素質ではなく、徳川学園で勝ち上がる素質。
そんなイレギュラーが、なんの感情もなく、無月を見据えていた。
「勝負開始ィ!!」
巴の声に反応するや否や、飛び出して無造作に無月へ刀を振り抜く霊泉。
それを躱し――一閃。無月の黒鉄は確実に霊泉を斬ったが、やはりダメージがない様子。
それどころか、刀を地面へ突き刺したかと思うと支えにして体を横向きに一回転。
独楽のような遠心力から繰り出される強烈な蹴りが、肘と膝を間に無月の脇腹へダメージを与える。
(ぐぇ……っ!)
軋む体、疾走る鈍痛、蹌踉めく足元。
これが、折れた肋に叩き込まれれば確実に内臓がイカれる。
そう恐怖してしまえば、当然、強気に前へ出ることが出来ない。恐怖を教え込むはずが、逆に教え込まれ窮地に追い詰められた。
「やっぱり、自分を強ぇと思ってる奴をよぉ」
「……あ?」
「ボッコボコにぶん殴って言うこと聞かすのは、気持ちがいいよなぁ」
「急に何言ってんだ? あんた」
「ひゅーひゅー息切らして血のアブクを吹いてさぁ。『許して』って喚いてさぁ。
この世界で一番ムカつく奴に縋らなくちゃならねぇ気持ちってのは、どんなんだろうなぁ?」
「さぁ、知らねぇな」
「侍ってのは、そういうもんが許されるんだろぉ? なりてぇよなぁ?」
「ダメに決まってんだろ。あんた、侍をなんだと思ってんだ」
「特権階級」
更に、霊泉の拳が突き出される。ワン、ツー。リズムよく放たれたパンチを皮一枚のところで見極め、左右の二連撃を脚へ放つが――ダメ。
もはや普通の攻撃に意味はないと考え、一度距離を取ろうとバックステップで跳んだが、これがマズかった。
「捕まえた」
痛み止めを貫通する鈍痛に動きが鈍り、無月は霊泉の万力のような握力で胸倉を掴まれてしまったのだ。
明らかな絶体絶命。
しかし、突如として、無月はニヤリ笑った。
「……あぁ、いい方法を思いついた」
「はん、気の利いた命乞いのセリフか?」
「いいや、もっと素敵な代物だ」
瞬間、無月は胸倉を掴まれたまま霊泉の背中へ勢いよく黒鉄を突き刺し、自分の腹ごと貫いた。
「な、何してんだぁ!? テメー!?」
ハラキリ。
侍が自らの命を終わらせる最期の儀式。
御魂斬で、自らの魂を傷付ける者など見たことも聞いたこともない。
戦いを見届ける生徒たち、そして中継カメラの向こうの大人たちが一斉に黙りこくり、会場には恐ろしいほどの静寂が訪れた。
「俺の恐怖をくれてやる」
「あぁ!?」
「うおぉぉぉぉぉッ!!」
刀を引き抜き、無月が痛みに吼える。
内蔵を斬り裂く感覚が全身を駆け巡る。
そうして無月の魂を斬った刀身には、魂の残滓がまとわりついている。
まるで、月の砂のようにざらついて、通り過ぎる魂を削るように撫でつけた。
「い、いぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
夜叉は、サイコパスを魂の不感症だと言った。瀧院は、脳からの信号がないからこそ、ダメージを受けないのだとも言っていた。
ならば、魂に直接ダメージを流し込まれれば、いくらサイコパスといえども拒絶反応が起きてしまうはずだ。
無月は、本来干渉することの出来ない魂を攻略するため、自らの魂を媒介にしたのだ。
「一回痛みを覚えちまえば、もう想像はつくわな」
破れかぶれの一撃。しかし、無敵に胡座をかいてきた霊泉の刀は、植え付けられた未知の『恐怖のイメージ』に肉体がすくみ、虚しく空を切って静止する。
「弱ぇよ、お前」
――斬。
刃に薙ぎ払われた霊泉の魂は、今度こそ敗北を認めた。
白目を向いて、地に伏せる。無月は、いつものように血払いの仕草を見せると、黒鉄を鞘へしまってため息をついた。
「しょ、勝負あり」
一戦目よりも驚いた表情で固まる巴教諭。
そんな彼女に取り繕うような笑みを向けて、無月は静かに舞台を去る。
勝者を称える声はなく、会場を包むのは『圧倒』。彼らは、満月薙に続く規格外のハラキリに、ただ言葉を失うのみ。
その身の毛もよだつ光栄な光景に、歓喜を爆発させていたのは夜叉と瀧院だけだ。
あんなイカれた男を、勝たせていいのか?
生まれた一つの疑問は、やがて一年生たちに使命感を宿らせる。
自分たちの世代を代表する最強の座が、あんな奴に奪われるなんて許されるはずがない。
「……なぁ、無月カゲロウ」
そんな無月の元へ、一人の少年が声をかける。
彼は、眉間に皺を寄せて震えていた。まるで、心の底から無月を心配しているような、そして怒っているような複雑な表情だった。
「さっきの戦い方はなんだ? いや、入学式の時からそうだったが――お前の剣に正義はあるのか?」
しかし、無月は無視をした。
その態度に、少年は更に感情を揺さぶられる。
「侍とは、人々を助ける存在だ!
それを、お前はなんだ!? あんな方法で救われる人々の気持ちを、お前は考えたことがあるのか!?」
「誰だよ、お前」
熱い言葉にも、至極冷徹な返事をするだけで歩く無月。
今はとにかく、休みたい。
しかし、熱く滾る少年は使命感に駆られているのだろう。素早い動きで先回りすると、無月の道を塞いで絞り出すように言った。
「覚えていろ、無月。
俺が……この真田ユキナリが教えてやる。『本物の侍の戦い方』というものを」
「好きにしろ」
それだけ言って、控え室に帰る無月。
部屋の隅の壁に背中を預けると、そのままズズズと滑り落ちる。
天井へ文字を書こうと思ったが――今回は言葉が思い浮かばず、静かに息を整えることしか出来なかった。




