007 優雅な昼食
学食のテラス席で食事をする二人の元へ、一人の高貴な雰囲気を持った少年が興奮冷めやらぬ様子で現れた。
「やぁ! キミ、強いね。さっきの回転居合は痺れたよ!」
「あ、あぁ。どうも、ありが――」
「さしずめ、『満月薙』と言ったところかな。どうだい? 僕のネーミングは。いいセンスだろう?」
なんだ、こいつは。
またしても現れた不合理の存在に、無月の変人センサーがアラートを鳴らす。
一方、夜叉は不満げだ。大方、デートタイムを邪魔された報復の段取りでも考えているのだろう。
「申し遅れたね! 僕は瀧院アラタ。 誇り高き瀧院一族の子孫にして、キミと同じく侍を志す者だ!」
「よろしく」
「比武では惜しくも負けてしまったけれど、実力は折り紙付きさ。当然、僕の活躍は見ていてくれただろう?」
「悪いけど、警備で見逃しちまった」
「そっか、仕方ないなぁ。そのお詫びに、僕に居合を教えさせてあげてもいいよ?」
「遠慮しておく、人様に教えられるような技じゃない」
「なるほど、門外不出の奥義ってことだね。確かに、見たことのない型だった。どこで学んだんだい?」
「我流だよ」
「ひょっとして、生まれたときから使えたっていうの?」
「或いは」
冷たく当たるのは、夜叉が鬼のような形相で瀧院を睨んでいるからだった。
しかし、そんなことはおかまいなしに興味津々な瀧院。更に、自分の刀を抜いて無月に見せびらかす。
「見なよ、この刀を。美しいだろう?
名は『竜宝』刃文は足長丁子、鍔は金の瀧院の家紋を彫刻した特別製。
柄も現代の技術を遺憾無く発揮したカーボン合金で、軽さと丈夫さを兼ね備えてるんだ」
「へぇ」
「いつか、『村正』や『あざ丸』のような名刀に数えられる逸品になるよ」
(そりゃ妖刀だろ)
心の中でツッコむ無月であった。
「ところで、キミは次の相手のことを知ってるかな?」
「あぁ、弐組の霊泉だったか。詳しいことは知らんが、名の売れた奴なのか」
「出自は知らないけれど――気を付けなよ、無月。彼は、初戦の乱闘で妙なところがあったんだ」
「妙?」
「彼は、間違いなく首に斬撃を受けたんだよ。僕はハッキリ見ていた。それなのに、なぜか気を失わなかったんだ」
夜叉の表情が曇る。
その表情で、瀧院の言葉が明らかな異常を示していることを無月は知った。
「なぁ、夜叉。仮にそれが瀧院の見間違いじゃなかったとすれば、どういう意味になるんだ?」
「魂の不感症。つまり、何も感じないサイコパスだってことかも」
「サイコパス……お前みたいな奴のことか?」
「し、失礼だよ!?」
今のは無月が悪い。
「サイコパスは、魂と肉体の接続異常という俗説がある。
一方、御魂斬は魂を経由して脳へ『死の錯覚』を送り込む刀だから、魂と脳の回線が切れている奴にはダメージ信号が届かない。
故に、そういう人間の魂を斬っても効果が発揮されないと言われているのさ」
解説役のお株を奪われたからだろうか、夜叉は不貞腐れてそっぽを向く。
「なんだそれ、無敵じゃねぇか」
「もちろん、ノーダメージレベルは珍しいよ。けれど――そんなサイコパスを斬り伏せた化け物が、去年の比武にもいたらしい」
「へぇ、誰だ?」
「宮本武蔵」
……その名を聞いた瞬間、全身の毛が逆立つような気がした。
「斬り伏せた? 殴り飛ばしたんじゃなくてか?」
「斬ったんだよ、方法は知らないけれど」
(嘘くせぇな)
「あ、疑っているだろう。キミだから特別に教えてあげているというのにっ!」
しかし、それが本当だとすればなぜ宮本は斬れたのだろう。
無月は考える。何かカラクリがあるはずだ。魂の不感症に対して、死の恐怖を与える方法が。
「なぁ、夜叉。お前ならどうする?」
夜叉は無月を無視した。
どうやら、乙女心が著しく傷ついたらしい。
しかし、返事がないと判るや否や、すぐに気を取り直して考えるのが無月カゲロウである。
「……ふぅ。まぁ、なんだ。霊泉について調べる時間もないし、俺は俺に出来ることをするよ」
「自信があるのかい?」
「ない。でも、勝つ」
立ち上がってラーメンどんぶりが乗ったトレーを持つと、無月は食器を返しに向かう。
ズキリ、激しい痛みが無月を襲う。どうやら鎮痛剤が切れかかっているらしい。控室へ戻る前に飲んでおかなければ。
「おや、どこか痛むのかい?」
瀧院も彼に続き、テラス席に残ったのはいじけて脚を組み、既に花が散った桜の木を眺めている夜叉だけだった。
(き、傷ついてるのに無視ですか。酷いよダーリン)
「行こうぜ、夜叉」
「え!? う、うん! 行く!」
夜叉は、好きな男に一声かけられただけで元気を取り戻してしまう、少し都合の良過ぎる性格だった。
「でも、私はサイコパスじゃないんだよ? 女の子は、好きな男の子の前ではこんなもんなんだよ?」
「へぇ、そうなんだ」
「てか、私がサイコパスならカゲロウくんはとっくに監禁されてるよ。でも、私は清くて賢いから我慢してあげてるの。分かってる?」
「偉い偉い」
「……なぁ、無月。彼女はなんだい? 健全な思考回路の持ち主とは、とても思えないんだけれど」
「知らねぇ」
「ひょっとして、恋人? 確かに顔はいいけどさ……ふぅん、キミって変わった女性が好きなんだな。
もちろん否定する気はないし、それくらいで僕らの友情が壊れる心配もないんだよ」
(……もう勝手にしてくれ)
肋が治ったら瀧院をぶった斬ることを密かに決めた無月は、尚も蕩けている夜叉と共にトーナメント進出者の控え室へ向かったのだった。




