006 無双
各教室の代表が決まり、いよいよ肆組の登場。
戦いの舞台に降り立った無月は、各教室の生徒から罵声を浴びせられていた。
「死ね! 腰抜けのドクズが!」
「風紀委員ナメてんのか! お前なんて侍になる資格ねーよ!」
「マグレ勝ちでイキってんじゃねーぞ! このハゲ!」
プレッシャーに負けまいと息を落ち着けていると、既に刀を抜いてまさに今、客席に突っ込んでいこうとする夜叉の姿が目に入る。
「やめとけ」
「離して! あのタコスケを斬り刻まないとダメなの!」
「今日の敵はクラスメートだぜ、夜叉。前だけ見ようや」
「……そんなかっこいいこと言って、もっと好きにさせようとしてる?」
あまりにも不憫な無月であった。
「言い辛いんだが、理由あって一分以内にカタをつけなきゃならないんだ。
頼む、夜叉。俺の言うことを聞いてくれないか?」
「一分? ……あははっ。あぁ、そんな心配してたんだ」
「おい、笑い事じゃ――」
「いらないよ、そんなに」
「……え?」
夜叉の不敵な笑み。あまりにも剣士らしい、そして強者らしい不遜な態度である。
「カゲロウくん、また勘違いしてるよ。
多分、柳生会長とか剛力先輩とか私とか、強い人とばっかり戦ってるからだと思うけどさ。そんなの、ちっとも気にする必要ないもん」
「どういう意味だ?」
「すぐに分かるよ」
意味深な言葉に大きく首を傾げる無月へ振り返り、夜叉は妖しく笑った。
「忘れないで。私たちの刀は、魂を斬るってこと」
その時、無月に電流走る。
「それでは、肆組、開始ィ!!」
巴教諭の声で、生徒たちは刀を抜き一様に右を警戒して無月へ目を向けた。
一太刀目を防ぎ、返り討ちにしようという魂胆だろう。示し合わせたに違いない。彼らは、陣形を組んで四方八方から迫りくる。
(……そういうことか)
――斬。
「かは……っ」
「うご……っ」
「……げぇ」
無月が右手を刀に添えたのを見て、左側(無月にとっての右側)からの抜刀一閃を警戒し、連中は右側に回り込もうとした。
しかし、無月はその予測をあらかじめ計算し、右足を軸にあえて逆方向(左回り)に体を反転させながら刀を引き抜いたことで、敵が自ら、カゲロウの軌道へと飛び込んでいく形となった。
「人体は、貫通するんだったな」
血振りの仕草の後で、糸が切れた人形のようにドサッと倒れる生徒たち。
その速度を見て驚き足が竦んだ連中を、夜叉が後ろから切り結びツーダウン。
(回転斬り……ふふ、やっぱ面白いね。カゲロウくん)
本来、推奨されることのない満月を描く剣技。それを通用させたのは、疑いようもなく極限まで研ぎ澄まされた無月の速度と、一切の迷いも見せない大胆さ。
我流故の発想。夜叉すら驚かす応用力に、対応出来る者はない。
「でも、油断しないで。カゲロウくん」
……いや、一人いたようだが、白い歯を見せた瞬間、夜叉に斬られてしまった。
一度、攻防が発生したが、敵は流れるような剣裁きに翻弄され、事切れたようだ。
敵の死角を突く剣技。恐らく、相手には夜叉の刀が消えたように見えただろう。
「助かった」
「貸しだよ」
「な、なぁ、夜叉さん。あんた、なんで無月の味方なんてしてんだ?」
クラスメートの一人が、まるで信じられないような表情で尋ねる。
当然だ。クラス一の美少女で、名門道場を実家に持つ生粋のお嬢様。彼らからすれば、そんな女子が脈絡なく――。
「好きだから」
「な……っ」
あまりにも迷いのない言葉に、額を抑えて頭痛を堪える無月。
しかし、復水盆に返らず。もう知れ渡ってしまったのだから、沈黙を貫くことだけが、唯一自分に出来る処世術であると思った。
「さぁ、やろうか」
こうなれば、もはや勝利は揺るがない。
パニックになり、破れかぶれに突っ込んでくる敵を迎え撃つ。恐れ慄き、待ちに徹しようとする敵を翻弄する。
そうして、斬り伏せ続けること四十五秒――。
「しょ、勝負あり!」
誰もが凄まじい熱戦を期待していた。しかし、そこで行われたのは、他人の心理を逆手に取った冷徹な『作業』だった。
無月カゲロウ、討伐数32名、夜叉キリコ、討伐数16名。
屍の中心で、無作法に刀を収める無月。その姿は、およそ学園の生徒が抱く『侍の誉れ』とはかけ離れた、冷酷な怪物のそれに見えた。
「助かったぜ。ありがとう、夜叉」
「……え、えへへ」
そして、一つの可能性に思い当たる。
一分以内という、どう考えてもマルチキル前提の制限時間は、ひょっとすると、既に方法を知っているが故の課題だったんじゃないだろうか。
(まさか、宮本は俺を育てようとしているのか? でも、何のために――)
最強。
その言葉の裏側に、幾つの屍が転がっているのだろう。
無月は、空に『健康第一』という文字を描くと、それをサイドポケットにしまって歩き出した。
「トーナメント進出だね。私、みんなの裏切り者になっちゃったけど」
「……そうだな」
「後悔? うぅん、してないよ。だって、私は全人類とカゲロウくんを天秤にかけたってあなたを選ぶもの」
「勝手に話を進めるなよ」
「んふふ」
「あと、重い。百歩譲って受け入れるとしても、時期が早い」
ところで、なぜ夜叉はこんなにも俺に執着するのだろう。前に聞いた好みの要素なら、他に持ってる奴もいるだろうに。
そんなことを考えたが、なんだか小っ恥ずかしい気分になってきて、無月は自分のほっぺを叩き正気を取り戻す。
感情は合理的じゃない。
それは、無月が唯一理解している非合理だった。
「まぁ、何はともあれ私も風紀委員になる資格を手に入れたわけだね。これからは、毎日一緒に見廻りできるねっ」
「入るのか」
「入らないとでも?」
これまでの行動を鑑みて、流石に今のは愚問だったと反省する無月だった。
……それから、巴教諭のアナウンスにより、この後の予定が語られた。
「へぇ。トーナメントでは、同じクラスの生徒はブロックが別れるのか」
「決勝戦は私たちで戦おう……的な約束でもしておく?」
「そういうの、死亡フラグって言うんだぞ」
こうして話していると、ジョークも使える普通の理性的な女子なのだが――。
「さて、トーナメントは午後スタートだ。学食にでも行こうぜ」
「え!? カゲロウくんがデートのお誘いを!?」
この恋愛脳だけはどうにかならないものかと、無月は心から思った。




