005 宮本武蔵
× × ×
午前九時。
全生徒は、武道館に整列していた。
これより、同学年で争う比武の開会式が行われる。『比武』は、冬に行われる『決刀』と並ぶ大イベントだ。
勝ち上がることで風紀委員への参加資格が得られる、侍への特急券。
そして、ライバルたちとの格付けを行う、非情で残酷な決闘の儀式でもある。
壇上では、既に巴教諭がマイクを握って開始の儀の進行を務めていた。
「初っ端は乱闘だ。教室ごとに戦い、残った二名がトーナメントへ進出する。一人だと、運で残る奴が出るからその措置だ。
戦国時代の合戦では、右も左も敵だらけの場所で勝ち残った者が武者として讃えられ、侍となった。ここで勝ち残れないようじゃ、資格は得られないぞ」
一学年は四クラス。最初は壱組からで、無月の所属する肆組の出番は最後だった。
「それでは、早速始める。壱組以外の生徒は上の席に行け」
巴の号令で、生徒たちは行進し観覧席へ向かう。
流石、徳川学園の生徒たち。集団移動一つとっても、乱れのない理路整然とした動きだ。
一方、無月は風紀委員として警備を行なっていた。
(……痛ぇ)
風紀委員の序列として、見廻組は最も地位が低い。
自分の参加するイベントの警備をするというのは、なんとも奇妙な話ではあるが――特例は認められないというのが、柳生の出した結論であった。
強力な痛み止めを飲んではいるが、脇腹に違和感は残る。
なるべく体力を温存すべく、刀を杖にしながら会場を見守っていると、壱組の生徒だろう、突然現れた男子が無月の頭を引っ叩いた。
「寅丸チョウジ、壱組の生徒だ。あんた、無月カゲロウだろ?」
寅丸の後ろにいた連中も、面白くなさそうに無月を見ている。 入学式で向けられた畏れとも、剛力戦の後に感じた警戒とも違う 露骨な侮りだった。
「果たし合いでもないのに見知らぬ生徒の頭を引っ叩くなんて、イカれてんのか?」
「あぁ?」
「どう見ても仕事してんだろ、タコ。あんたの出場資格は剥奪するぞ」
「は、はぁ!? いやいや! 俺はお前と戦うってことを宣言しに――」
無月が合図をすると、待機していた二年生の風紀委員が不承不承といった表情で集まってきた。
更に、生徒指導の裏神までやってくる。一連の騒動で比武は中断されたが――間もなく再開されるようだ。
(相手してられるかよ)
肋が折れているのだ。今の無月に、構ってやれる余裕なんてあるわけがないのだが――しかし、武人たちの目に無月の事情は映らない。
(あいつ、戦いから逃げやがった)
侍としての矜持や誉れを尊ぶ生徒たちにとって、果たし合いの申し出を風紀委員権限で潰す行為は敗北以上の恥辱である。
権力を使ってライバルを除外した薄汚い卑劣漢。
そんなふうに見えて仕方ない生徒たちは、例え刺し違えたとしても、奴に学園の秩序を任せるわけにはいかないという強い怒りを燃やす。
もちろん、無月はそのリスクを理解していた。
「ほっほ〜、嫌われたね〜」
――ゾクリ。
今までに感じたことのない悪寒。声の方を向くと、そこにはボサボサの髪を無造作に結い、上下ダボついたジャージにスリッパ履きで、大小二振りの刀をぶら下げた男が立っている。
「会長が面白いって言った理由、一発で分かったぜぇ。お前、バカだな〜」
瞬間、無月は理解する。
「あんた、もしかして柳生会長の言ってた――」
「最強の男?」
周囲の音が消える。
無月の意識は、完全に、ジャージの男へ吸い込まれていた。
「はじめましてぇ、カゲローちゃん。俺様、二年の宮本武蔵」
こんなにも納得したのは、初めてのことだった。
規律と道徳を重んじる徳川学園が、誰よりも自由でダラシない彼を罰することの出来ない現実に、無月は深く思い知った。
宮本武蔵は、最強なのだ……と。
「……なんの用ですか、宮本先輩」
「ん〜、柳生先輩に聞いたからよぉ。俺様が座らなかった席に、一年をスカウトしたって。
スゲーじゃん。どんな面してんのかな〜って、興味湧いちゃってさぁ。んで、見に来たってわけ」
「なら、遠慮せず感想でも言ったらどうです」
「思ってたより、侍っぽい」
耳鳴りが響く。
「皮肉ですか」
「さぁ、どうだろう」
ポケットに手を突っ込んだまま、悪戯に笑う宮本。あまりにも不気味で侍らしくない。そんな立ち姿が、更に無敗を証明している。
「用事が済んだなら帰ってください。ここは、先輩が来るような場所ではありません」
「『侍っぽさ』が何なのか、訊いたりしねぇの?」
「徳川学園に来る時点で、全員ある程度は侍っぽいでしょう。
つまり、あなたから見た俺は凡百ということです。そして、その価値観を覆す気もありません」
「うわ、かわいくね〜っ! でも、せいか〜い!」
言いながら、宮本は無月の肩を抱く。
ズキリと肋骨が痛む。どうせ、これも分かってるんだろうなと思い、サッと離れて再び刀を杖に立った。
「お前のこと、嫌いじゃねぇな。クソ生意気で、強がりでよ。かわいいぜ」
(早く帰れよ、ダルい先輩だな)
「全試合、一分以内でカタぁ付けろよ。カゲローちゃん。じゃねぇと、お前のことブッタ斬りたくなりそうだ」
「……は、はぁ?」
「好きな奴に裏切られっと、殺したくなるだろ〜?」
訳がわからない。
宮本といい、柳生といい、夜叉といい。こいつら、一体なんなんだ。なぜ、俺に目をつけて無理難題を吹っかけてくるんだ。
無月は、あまりの理不尽に目眩を覚えた。
「んじゃな、カゲローちゃん。俺様、ちゃんと見てっからズルすんなよ〜」
そう言い残して、宮本は観客席へ向かう。
面倒をふっかけられたことよりも、目の前から脅威が去ってくれた安心感が上回っていることに、無月は名状し難い悔しさを覚えていた。
「ここにいたんだ」
壱組の試合が始まって少し経った頃、夜叉がやって来た。
どうやら、比武そっちのけで無月を探していたらしい。機嫌が悪いのを誤魔化そうともせず、膨れっ面で横に立つと人さし指で自分の肩を指す。
「使っていいよ」
「……悪い」
なるべく周囲に見られないよう、入場口の陰に寄って夜叉の肩へ手を乗せる。
(た、たまんね〜っ!)
夜叉はほうっと熱い息を吐き、うっとりと頬を染めていた。
「ねぇ、共闘しようよ」
「急にどうした」
「どうせ、カゲロウくんは最初に皆に狙われるでしょ? タイマンじゃ勝てないって諦めてる人も多いだろうしさ」
「どうだろうな」
「そこで、私と協力して最後まで生き残るの。
クラスの連中、どいつもこいつもカゲロウくんのこと悪く言ってるからお仕置きしてやらないと」
「お、おう」
「あぁ、なんか久しぶりにブッ殺すって覚悟、既に決まっちゃってるなぁ」
「へぇ」
「……じゃなかった、どう? いいアイデアでしょ? 怪我もしてるわけだしさっ」
(怖ぇよ)
無月の中にはルールがある。
それは、彼の言う『何でも使う』というのはあくまで自分だけで完結する方法を言うのであって、人を使った方法は好まない。
というよりも、極まった孤独のせいで、人の手を借りるという発想に至らない。
だから、いつだって個人で完結するやり方に合理性を追求するのだ。
従って、共闘は無月にとって――。
(あれ?)
ふと、宮本の言葉を思い出す。
(一分以内って、最初のバトロワも一分以内なのか?)
彼は、『全試合』を一分以内に終わらせろと言った。
トーナメントだけでなく、『全試合』である。
無月は、脇腹に手を当てて深呼吸をした。
……。
「共闘しよう」
「決まりねっ!」
夜叉の重すぎる好意にタダ乗りするのはリスクだが、背に腹は代えられない。
(柳生と宮本に同時に恨まれでもしたら、マジでゲームオーバーだからな)
自分に言い聞かせ、夜叉と握手を交わし来たる時を待つ。
高まる緊張感の中、無月は生まれて初めて『共闘』について考えていた。




