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公務員(サムライ)を目指していたらラスボスになっていた  作者: 夏目くちびる


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004 新たな技

 × × ×



「そういえばさ、無月くん。あなたって、まだ学園支給の『黒鉄(くろがね)』を使ってるよね」



 朝。



 見廻りのために一般生徒よりも早く寮から校舎へ向かい、朝靄と冷たい空気の中を歩いていると、どこからともなく現れた夜叉が挨拶もなしに会話を始めた。



「おはよう、夜叉。挨拶くらいしろよ」


「言ったよ、三十分くらい前に。聞こえてなかったみたいだけどっ」


(怖ぇよ)


「私の愛刀『桃水(とうすい)』は、実家の家宝の真剣を模造して作ったんだよ。まぁ、実はちょっぴり軽くしてもらってるけど」



 入学前のガイダンスで学園から伝えられた言葉を思い出し、腰にぶら下がった支給品の黒鉄を見つめる無月。



 現代における刀は、戦国とは異なり使い手に合わせて作られる。故に、宝とはならずとも、最強の一振りとして無数に存在するのだ。



「言われなくても分かってた。けど、金がねぇよ」


「だろうね、かわいそっ」



 心の底から楽しそうにクスクスと笑う夜叉。振り切った悪趣味だが、無月は不快には思わなかった。



 そんなやり取りの中、夜叉は、無月の脇をすり抜けると、職人技のような指の滑らかさで彼の腰の刀を抜き取り話を続ける。



「黒鉄はいい刀だと思う。色んな人の手に馴染むし、刀身も高校生向けに調整されてる。撃ちやすく、防ぎやすい。まさに、最良の一振りって感じだよね」


(今のは……無刀取りだったっけか) 



 幾ら隙があったからと言って、手からではなく鞘から盗む技術は、明らかに尋常ではないだろう。無月は、夜叉の技術へ密かに敬意を払った。



「でもね、カゲロウくん。カゲロウくんみたいな一点突破の剣士にとって、こんなに使い難い刀は他にないよ。

 これはチャンバラ用の刀だもん。一撃を賭けるには、頼りなさ過ぎる」



 完全に図星を突かれた自覚はあったが、悲しいかな、無い袖は振れないのが現実である。

 お陰で、しれっと名前呼びになっていることに無月は気が付いていない。



「でも、いいんだ。俺は黒鉄で比武に出る」


「私が奢ってあげてもいいんだよ?」


「何言ってんだ、お前が持ってんのはお前の親の金だろ。そんなもん、死んでも受け取れねぇよ」


「あ〜ん! だから大好きっ!」


(キッショいなぁ)



 適当に夜叉の歪んだ愛を躱しながら、校舎周辺の見廻りをこなす無月。

 やがて、朝靄が晴れてくる。何か妙な気配。二人が裏庭に差し掛かった頃、その輪郭はユラリ揺らめいた。



「見廻り組です。そこの生徒、何をしてますか?」



 声に振り向いたのが分かった。



 彼の人影の下には、生徒が三人倒れている。その様子を見て、無月は先日、柳生に聞いた話を思い出していた。



『この時期は、新入生を虐めて楽しむ辻斬りが出没する。

 決まって、侍になれないと悟った連中の憂さ晴らしなんだが――これがかなりタチが悪い。

 落第生とはいえ、それでも新入生との差は歴然だからな。鬱屈したやり方に、心折られる奴が後を絶たねぇ』


『誉れもへったくれもないですね』


『これだけ人が多ければ、そういうクズもいてしまうものなんだよ。

 だから、気を付けろよ無月。お前は、確実に目ぇつけられてるからな』



(……こいつか)



 顔面にグルグルと包帯を巻いた巨躯の男が、両手に刀を持って立ち尽くす。



 背中から、強烈な強者の闘気が放たれている。しかし、この狂気は生まれながらではない。立ち姿から覚える修練によって身につけた確かな技術が、彼の挫折を物語っていた。



 細く開かれた目が、無月を捉える。



「き、貴様……ッ」



 その声には、聞き覚えがあった。そして連鎖的に思い当たる闘気。

 入学式。公衆の面前で対峙した時に感じたものと、あまりにも酷似した代物に無月は唾を飲む。



「あんた、剛力先輩……か?」



 剛力タケル。



 無月に敗北し、風紀委員を追放され、侍としての道を閉ざされた男。彼を破滅と怨嗟の怪物に仕立て上げたのは、他でもない無月カゲロウだ。



 無月は、初めて自分の選択によって堕ちた人間の姿を目の当たりにした。



「貴様に敗北して一週間。俺が、どんな惨めな思いをしたか分かるか?」



 口調はあやふやで、呂律も回っていない喋り方だった。



「さぁね。ただ、一回の負けで諦めるようなら、最初から向いてなかったんじゃねぇの」


「ク……ククッ。流石、何も持ってねぇ雑草は理解力に乏しいな。

 俺の家は、二人も侍を輩出した名家だ。その息子が格下に、それも公衆の面前で撃沈……そんなもん、致命傷に決まってる」


「他の方法を探せよ、最強じゃなきゃ侍になれないわけじゃない。風紀委員だって、道の一つに過ぎない」


「武士道も知らねぇ貴様には!! 俺のプライドを理解できるわけもねぇ!! それ以上、薄汚ねぇ口を開くなぁッ!!」



 無月は、痺れるほどの狂気を受けて、さり気なく夜叉を背中に隠し黒鉄に手を置いた。



「……贅沢な悩みだ」


「あぁ?」


「残念だが、悪いとは思ってないぜ。剛力先輩。俺は、俺の夢を叶える最短ルートを行っただけだ」


「クク、ククク……っ」


「ただ、供養はしてやる。あんたが、二度と弱い者虐めしないようにな」


「もう一度、あの居合が通用すると?」


「思っちゃいない。だから、試させてもらう」


「そうか……なら、いざ尋常に」



 堂に入った瞬間、正気を手にする剛力。



 一対の刀を上下に構え、どの角度からの攻撃にも対応する隙のない佇まい。高校生離れした巨躯は、この為のものだったようだ。



 警戒している剛力に死角はない。そんな剛力に対して、無月が取った策は――。



「刀を……抜いた……?」



 夜叉が驚くのも無理はない。



 居合しか知らない無月が、剣を抜いて向き合ったのだ。

 これでは、まるで牙の抜けた獣。武器を捨てる奇策に、しかし、剛力は一切の油断をせず敵を見据える。



「どういうつもりだ?」


「さぁ、どうだろうね」



 ジリジリとにじり寄る二人。間合いは、剛力の方が遥かに広い。



 届く距離に入れば一の太刀を放つが、その後八つの攻防までを見据えている。右から、左から、剛力の剣法は敵のすべてを封殺する鉄壁の剣法なのだ。



(ククッ、フェイントか……っ)



 先に仕掛けたのは無月だ。



 夜叉戦で見せたフェイントを、抜き身の刀で繰り出すが――当然、そんなものは通用しない。

 インファイトのインファイトを仕掛けるステップに、剛力は左手の刀で対応。懐へ潜り込まれる前に防ぐと、無月は煙のようにすり抜ける。



「相変わらず小賢しい!」



 剛力は、着地を狙って右の刀を繰り出す。



 握る音が聞こえるほどの力を込められた刀が、三日月を象り斬ったのは――制服。

 脱ぎ捨てられ、広げられた学ランが宙に浮き、右の刀は包まれるが――それも読んでいる。



「またそれかよ!?」



 剛力は、ニヤと口元を歪ませ全力で蹴り上げた。



「おご……っ」



 見えていない無月の腹を捉えた。



 肋骨にヒビが入った感覚。

 とはいえ、確かな手応えを感じても剛力は冷静。追撃することなく距離を取り、布陰から再び現れた無月の全貌を確認。



(今のは……っ)



 夜叉は、見ていた。



 学ランの裏で、無月が一度刀を鞘に収めていたのを。

 しかし、剛力の攻撃の方が僅かに早いことを悟ったからか、彼は刀を抜くことなく蹴りを防ぐために使った。



「ほぅ、立つか。無月」



 息を切らせ、苦しさに大量の汗を滲ませながらも刀を握る無月。



「死なねぇ限りはやるさ」


「ククッ。居合しか知らん貴様に、これ以上なにが出来るというんだ」



 地面から石を拾ってぶん投げる剛力。その礫を額に食らったが――それでも、無月は視線を逸らさない。



「貴様も使えよ、環境利用は得意技だろ」


「いいや、それじゃ意味がない」


「あぁん?」


「試したいことがある。そう言ったろ。先輩」


「ククッ、強がりを」



 ふと聞こえた金属音に振り向くと、顔面蒼白の夜叉。

 魂ではなく、実際に肉体を破壊されたのだ。もはや、学生同士の決闘の域を、優に超えている。



「手ぇ出すなよ、夜叉」


「で、でも、これは決闘じゃ――」


「くっちゃべる余裕があんのかァ!?」



 振り下ろされた右の刀。



 鞘で受けるも、地面に叩きつけられるが、その同時に納刀。



(なるほど、学ランの裏でこんなことやってたのか)



 無月の思惑を察した剛力は、繰り出されるであろう居合の一撃を警戒。視線は刀から逸らさない。



 一歩、踏み込まれると同時に拳へ力が込められるのが分かった。

 しかし、妙だ。明らかに無月の射程じゃない。この距離で振っても俺には届かない。にも関わらず、全力で斬り伏せる構えに入っている。



 まさか、ここに来てハッタリ?



 そんなことを、剛力が思った刹那だった。



 ――斬。



「……ぬかった」



 ゼロ撃目の、応用型。



 腰から離れた鞘を、無月は遠心力によって飛ばし剛力の顔面へ一撃を放つ。



 見事に防いだ剛力だったが――意識を鞘へ逸らされた瞬間に雌雄は決していた。



 無月の攻撃は、あくまでも居合。鞘を射出したのはあくまでも抜刀であり、一(・)度(・)目(・)の攻撃にまで注意が及ばなかったのだ。



(こ、これが、カゲロウくんの『試したいこと』……っ)



 最初から鞘を抜いていたのは、飛び道具としての警戒を解くため。

 学ランを投げたのは、居合の軌道を隠すという意図へ相手の想像力を集中させるため。



 すべては、布石だ。



「悪いな、先輩」



 無月は、またしても合理の上に勝利を手にした。



「俺は、侍になりてぇんだ」



 夜叉キリコは思う。



 恐らく、無月が試しかった方法というのは『鞘飛ばし』という単純な奇策じゃない。



 疑ったのは、居合という技術そのもの。



 先の一連の出来事は、一撃で終わらせるために極限まで研ぎ澄まされた居合の『拡張性』を推し量るための戦い。



 彼女は、また一つ、無月カゲロウの正体を知ったような気がした。



「……いってぇ。何かっつーと、腹やられるな。俺は」



 制服のシャツをチラと捲って確認する。そこには、弾痕のような傷が残っていたのを夜叉は見逃さなかった。



「カゲロウくん。比武は――」


「出るぜ、夜叉」


「……え?」


「勝ち残らなきゃ風紀委員もクビだからな。遠ざかるだろ、安定した将来が……さ」



 言って、朝の空に『残業代』と描いて尻ポケットにしまう。



 比武まで、残り三時間余り。



 夜叉は、安定した生活を渇望する無月の過去を想い、静かに目を閉じた。

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― 新着の感想 ―
〉ジリジリとにじり寄る二人。射程距離は、剛力の方が遥かに広い。   オマエラはカタナを投射するのか?w とオモたら、あとで無月が鞘投げてて草   まぁ、ソレはソレとして。格闘白兵なら「間合い」や「…
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