003 ヤンデレ剣士
「ねぇ、無月くん」
「また、あんたか」
授業が終わり、放課後の裏庭で空を見上げていると、またしても夜叉が現れた。
こんなところまでお節介とは実に非合理……というか、普通に意味不明過ぎて怖い。
無月は、なんとなく両手をフリーにして夜叉の正面を捉えた。
「私、知ってるんだよ。柳生会長と戦ってたよね」
「見てたのか」
「それだけじゃないよ。この一週間、見廻りしてるところも、決闘してるところも、ご飯食べてるところも、読書してるところも。全部見てた」
変な奴に目をつけられたな。無月は確信した。
「目的はなんだ、夜叉キリコ。ストーキングがお前の趣味か?」
「これ見て、無月くんの寝顔。昨日、ここでお昼寝してたでしょ? かわいいから撮っちゃった」
(人の話、聞けよ)
「こんなにかわいい顔して寝てるのに、風紀委員の先輩を倒しちゃうくらい強いんだもん。びっくりだよ」
盛り上がるわけでもなく、まるで常識を淡々と語っているような姿がかえって不気味だ。
「剛力先輩は俺をナメてたからな。まともにやりあえば、勝てなかったかもしれない」
あの結末が、油断を刈り取る不意討ちによる産物だということくらい、無月は充分に理解している。
「それでね、私、思ったの」
「なにを」
「こんなに強い男の子だったら、私を負かしてくれるのかなぁ……って」
夜叉の頬が赤く染まる。 次の瞬間――金属の擦れ合う鋭い風切り音と共に、夜叉の白刃が無月を襲った。
上半身を捻って躱し振り向くと、ダランと腕を下げて空を向き、しかし目だけはしっかりと無月を捉えている立ち姿の夜叉。
「んふふっ」
なぜ、どうして。そんな無意味な疑問を掻き消して戦闘に備える。どう考えても、話が通用する相手ではないのは明らかだった。
「一応教えてあげるけど、これ、告白だよ」
「なら、立会人は必要ねぇな」
夜叉の目に映る無月は、やはり、どう見ても素人丸出しだ。
しかし、油断は決して出来ない。剛力が、柳生が、その他挑んだ生徒たちが、彼の異常な強さを教えてくれているから。
「それじゃあ、やろっか」
狂っているが、夜叉もまた達人だ。
彼女は、一切の妥協なく無月を見据えた。
「こないのか?」
「無月くんの攻撃は居合だもん。自分から突っ込むなんて絶対にダメだよ」
そして、無月の刀による攻撃が居合と蹴り『だけ』なのも知っている。異常な身のこなしは、常に全体を捉えていれば訳もない。
夜叉は、中距離に腰を落として待ちの戦法をとった。
(そういう感じか)
実を言うと、無月は辛抱強い性格ではない。
いや、むしろ我慢が利かない方である。そのため、彼女の思惑を読むと「どうせ俺が根負けするだろうな」と、諦めを含んだ上で解決策を探す。
無理なものは無理。
それが、彼のモットーだ。
「私、無月くんみたいな人がタイプなの」
無月は返事をしない。夜叉の構えに寸分の狂いもない。
「不憫で、不幸で、努力家で。そういう、私が持ってるもの全部持ってない男の子って、凄く惹かれるの」
目は暗く、目と同じ程に頬を赤らめながらも、夜叉はドッシリと腰を落としている。
柳生を思い出して直感する。
恐らく、独学で剣を学んだ自分には、この形に入った剣士を切り崩す術がないのだろう……と。
(なら、今作ればいい)
思考の刹那、無月は一歩を踏み込むと腰で刀を引き抜き、閃光と見紛うほどの速度で刃を振るう。
「だから、それじゃダメなんだって――」
――斬。
「いや、これでいい」
無月が考えた方法は、至ってシンプルだ。
刀が閃いた刹那、迎撃のために刃を走らせた夜叉の懐へ、無月の足がもう一歩、前へ踏み込む。
即ち、フェイント。
死闘ですら労力をかけたくない無月が導いた答えは、ゼロ撃目を繰り出すという圧倒的な省エネ剣法だった。
「因みに、告白の答えは『ノー』だ。好みじゃない」
血を振り払うような仕草を見せてから、鞘にしまって背を向ける。
膝をつき、夜叉の表情を確認する。気絶しているようだ。しかし、決闘でない以上、このまま放置しておくというのは流石に――。
「浅いよ」
後ろを向いた瞬間に抱き着き、夜叉は無月の耳元で囁く。
明確に、明らかに、トドメを刺さなかった無月の敗北だった。
「手加減なんてするから、こうやって仕留め損なうのかも」
無月は、深いため息をつくと頭を振った。
「やれよ、あんたの勝ちだ」
「うぅん、やらない」
「あん?」
「いいよ、このままおんぶして保健室連れてって。倒れる時、頭打っちゃったから」
「……本当に変な奴だな、あんた」
しかし、生殺与奪の権利を奪われた無月に従う他ない。
すっかり暗くなった校舎裏を、彼は少女を背負い、静かに歩いた。
「何が悪かった?」
「フェイントのアイデア自体は悪くなかった。でも、無月くんの本命の軌道は薙ぎ払いだよね」
「薙ぎ払い?」
「水平軌道ってこと。けれど、今回は超インファイトだったから、自然と切り上げの軌道になった。
そのせいで、いつもより少しだけ遅かった。だから私は防げたのかも」
「……なるほど」
無月は、全力で振り抜いたつもりだった。
しかし、軌道一つでここまで結果が違ってしまうとは――まだまだ修行が足りていないと認めざるを得ない。
「姫夜叉って名前くらいは聞いたことあったけどよ、あんた、マジに強いんだな」
「んふふ」
「やっぱ、道場で技術を積んできた正統派の連中に、俺の技は通用しねぇのかな」
刀を交わしたからだろうか。それとも、異常な彼女が年相応の反応を見せたから?
抱えていた不安が、思わず口を出てしまう。
「勘違いしてるよ、無月くん」
「……ん?」
「真剣なら私は死んでた。本気のやり取りなら、あなたは必ずトドメを刺してた。
だから、無月くんのやり方は正しい。一撃で仕留めること以上に、合理的な戦闘なんてないから」
姿勢を直し、少しだけ抱きつく腕に力を込める。
不気味な体温、妙に甘い香り。冷たい息が、首筋を濡らす。
「けれど――ここは学校だから。それを、教えてあげたかったの」
……合理に欠けていたピースの一つが、カチリとハマったような気がした。
「それが、お前の武士道か」
「ふふ、そういうこと。それに、明日も明後日も会う人には、本当に奥の手は隠しておかないと……ね」
お前も何か隠しているのか?
そんな、剣士として当たり前のことを疑問に思ってしまう時点で、きっと俺は負けていたのだろう。
無月は、空を見上げながらそう思った。
「ねぇ、私たち付き合おうよ。私って、きっと役に立つよ」
「それは無理だ、タイプじゃない」
「じゃあ、タイプの女の子教えてよ。全員殺せば、あなたは私を好きになるでしょ」
「キメぇよ、夜叉」
こうして、無月は一つ学んだ。
明日からの比武では、恐らく無月カゲロウを研究し尽くした奴らが敵となるのだろう。
それでも、負けるわけにはいかない。
侍という安定した将来のため、波乱の学園生活へ身を投じる彼の想いを、夜叉は熱い体ごと静かに抱き締めていた。




