010 悪党
「……負けちゃった」
控え室に戻って隣に座ると、無理に笑って告げる夜叉。
それを見た無月は、一度だけ頷いて口を開く。
「時代劇の殺陣みたいだった。まるで、お前が最初から真田に刀を当てる気がないみたいにな」
「……うん」
「どういうカラクリだ?」
「な、なぁ、無月。ひょっとしてキミ、夜叉が傷ついてるのに次の対策を考えてるのか?」
「おかしいか?」
「おかしいよ。労いの言葉の一つくらい、かけてやってもいいんじゃないか?」
合理主義者が合理的思考を貫くことに合理性はない。
ふと、柳生のそんな言葉を思い出した無月は、ため息をついて目を逸らす。
「俺は、お前が勝つと思ってたよ。夜叉」
「それは追い打ちだよ、無月」
「……難しいな。えっと……なんだ、運が悪かったな」
「どれだけ不器用なのさ。もう少し、社会性というものを身につけた方がいいんじゃないか?」
そんなやりとりの中、真田が現れる。
後ろには四人の女子生徒。いずれも無月を見て、何か言いたげな表情を浮かべた。
「なんだ」
「夜叉は、お前の真似をしたから負けた」
「そうか」
「あの戦い方に誉れはない! 侍は、命が散る瞬間まで正々堂々と生きなければならないんだ! お前が彼女を間違った道へ進ませた!」
これはマズいと瀧院は夜叉へ目を向けたが、意外にも彼女は悔しそうに俯いているだけだった。
どうやら、よっぽど心にダメージを負っているらしい。それに対して、真田は更なる怒りを燃やす。
「分かるか!? お前のようなやり方に感化されてしまう者は必ず現れるんだ!
そして、その生き方はまた別の者へ伝染し、やがて侍そのものの価値を脅かす!」
「個々の自制心の無さを俺のせいにすんなよ」
「そうじゃない!! お前がお前自身の影響力を理解していないことを咎めているんだ!!」
すると、無月は立ち上がって瀧院と夜叉を背中に隠した。
「酔ってんなぁ、あんた。なんで、俺が俺以外の奴の人生の責任を持たなきゃいけねぇんだよ」
「……は?」
「悲しい過去も正しい理由も侍としての誉れも、俺には関係ない。欲しいのはただ、未来だけだ。
その過程に何があったとしても、俺の知ったことじゃない。俺は、俺のやるべきことをやってる」
「ふざけるな!」
「ふざけてんのはテメーだろ!!」
叫び声が、控え室の中へ響く。
「分からせようとか、理解させようとか、んなもん全部、強い奴のワガママだ。
夜叉の考えを否定して、戦い方を否定して、挙げ句に生き様まで否定か?
テメーの言う正義ってのは、他所様ぁこき下ろしてまでやらなきゃなんねぇことなのか!? あぁ!?」
真田には理解できるはずもない理念。返す言葉が見つからず、唖然として立ち尽くす。
「悪がいなきゃ成立しないグロテスクなもん信仰してる奴が正しいとは、俺ぁ思わねぇ」
……なに熱くなってんだ、俺。
そう思った時にはもう遅い。
その場にいる者たちは、皆一様に軽蔑の目を向けている。
更に、モニターに映っているのはこの部屋の映像。インターバルの間を繋ぐために、全国へ中継されていたのだ。
「……それでも、お前は間違ってる。正しさこそが報われるべきだ」
こうなれば、もはや弁解は不可能。
ただでさえ嫌われ、恐れられていた無月が決定的に疎外されるには十分過ぎる言葉であることは、無月が誰よりも理解している。
ならば、このまま突き進むしかないのだ。
「お前の暑苦しい物語に、俺を巻き込むな」
言い放つと、出ていくわけでもなくふんぞり返って眠る無月。
いよいよ彼を見兼ねたようだ。真田は、頭を振ると何も言わずに控え室から出ていった。
四人の女子も、彼を追う。
彼女たちを見送りながら、無月は「結局あいつら何しに来たんだ」とだけ思った。
「やっちゃったね、カゲロウくん」
「あぁ、やっちまった」
「これで、カゲロウくんは私を騙してる悪党だね。
この学園の味方は、私だけなんだよ」
「僕も味方だよ! カゲロウ! なぜなら、キミの剣技はセクシーだからさ!」
「っさいなぁ! カゲロウくんが私に惚れるいいシーンなんだから、瀧院は黙っててよ!」
とは言え、この状況で味方をしてくれる二人には感謝の念を抱かずにいられない。
絆は濁る。馴れ合いは弱さだ……けれど、自分を信じて戦った奴が、正義というお題目のもとに踏みにじられたのは、どうにも計算が合わない。
無月は、密かに『仇討ち』の文字を描き、骨が鳴るほどの力で握り潰した。
……それから、第四試合は滞りなく終わり、第一ブロックの準決勝。
「出番だよ」
瀧院の声で目覚めた無月は、何も言わずに一人で舞台へ向かう。
会場のボルテージは悪役を叩きのめせという声援で最高潮。
相対す壱組の女子生徒、猿飛サエコは怒りの表情で無月を見ている。彼女は、先ほど真田の後ろにいた女子の一人だった。
「くたばれ〜! カス〜!」
「お前なんか死ね! 外道野郎!」
「猿飛さん! 早くそのボケを斬り刻んでくれ!」
中継されたやり取りの効果は絶大だ。
こんなにも嫌われた生徒が、嘗て一人でもいただろうか。異常事態に誘われてやってきた、二人の最強が観客席の隅で静かに口を開く。
「あひゃひゃっ。カゲローちゃん、やってくれんね〜」
「想定外だ。俺は、地道に功績を積み上げ、合理的な方法を選んで、最後には確実に侍となる地道なルートこそ奴が選ぶものだと思っていた」
それを聞くと、宮本はニヤリと笑い手すりに寄りかかる。
「だから、今あいつが守ってるものが、あいつの『武士道』なんだよ。柳生先輩」
……巴教諭は、無月を見て不安げだ。
彼は、こんなにも嫌われるようなことしたのだろうか。だとすれば、嫌われる理由を作ったのは侍のイメージを作った大人たちなのではないか。
しかし、自分は役割を全うしなければならない。
大人である自分が、生徒たちの秩序に介入しては決してならない。
それが、学芸銀座のルールだから――彼女は、意を決して大声で叫んだ。
「勝負開始!」
――斬。
「……え?」
開始直後。
無月は、刹那を斬り裂くように刀を振った。
「そ、そんな……っ」
猿飛が青黒い稲妻に斬られたことに気が付いたのは、一秒も後のこと。
「しょ、勝負ありっ!」
無月は、何も言わず、刀を仕舞うことすらせず、舞台を後にする。
見るものすべてを置き去りにする圧倒的な速度に全生徒が覚えたのは、彼を責め立てた言葉と、取り残された猿飛への心配すら忘れるほどの圧倒的な恐怖。
無月カゲロウ、決勝進出決定。
その栄光を褒め称える者は、月のない真っ暗な空のように一人もいなかった。




