011 二つの過去
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無月カゲロウの強烈な個人主義は、一つの事件に由来する。
「……こんなの、絶対に間違ってる」
ある日、家に帰ると父と母が首を吊って死んでいた。
事業に失敗し、多額の借金を背負った父が、母と無理心中を決行。彼らは、自らの死によって負債を清算し、息子にゼロからのスタートを残したのだ。
――金がないことは、そんなに悪いことなのか。
まだ七歳だった無月が、世界に絶望するには充分過ぎる出来事だったが、更に不幸だったのは、何も知らない無知な彼を食い物にしようとハイエナが集まってきたことだった。
奴らは、幼かった少年に甘い言葉を吐き、残された僅かばかりの遺産を毟り取り、挙げ句、家まで奪い去ると、ランドセルすら失った無月を野に放った。
そうして、流れて、流されて、途方に暮れていたある日――少年は、河原に捨てられていた一本の刀を拾う。
血で錆びた刀身と飾り気の無い柄に鞘。なぜ、そこに置かれていたのかは不明――恐らく、殺人に使われて投棄された物だったのだろうが――その刀が、彼の生き方を決定づけたことに間違いはない。
少年は、すべての者への復讐を誓ったのだ。
……来る日も来る日も、殺すための術を磨いた。
幾度となく打ちのめされて、大人と正面からぶつかり合えば必ず敗北することを知った。
ならば、必要なのは、油断した相手に近づき一瞬の元に斬り伏せる一撃だ。
都合のいい妄想を排除し、徹底的に方法を研ぎ澄ませ、「小さな自分が大人に勝つ方法は他にない」と悟るまで、彼はどれだけの思考を重ねただろう。
だからこそ――居合。
幼いながら、未だ戦前の匂いが残るドヤ街『上野バンカラ町』で孤独に生き延び、やがて七年が経った頃。
少年は、自らの刃が悪党の喉元へ届くことを確信し、遺産を奪った詐欺師の元へ向かった。
本当は、父と母の仇を討ちたかった。しかし、両親を殺したのは金そのものだ。幾ら金を斬ったって、国が殺されることはない。
詐欺師への復讐は憂さ晴らしだ。
もちろん、そのことについて少年は理解していたし、自分が間違っていることも知っていた。
それでも、過去と決着をつけなければならない。そう信じて、あの日、刀を手に取ったハズなのに――少年は、復讐を果たすことは出来なかった。
詐欺師は、既に悪人を辞めていた。
娘と、妻と、三人で楽しげに歩く姿を見てしまったからだ。
「おぉ……っ。おぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
無月は、孤独がどれだけ辛いことかを知っている。
無月は、復讐心に駆られる人生がどれだけ虚しいかを知っている。
無月は、この世界で最も苦しいことを知っている。
なのに。
「俺は、あの何の罪もない娘に同じ思いを抱かせるのか……?」
これが、無月カゲロウの過去。
誰にも理解されない、徹底的な個人主義の理由。
彼が剣の道の末に辿り着いたのは、自らの復讐心すら斬り捨てる合理性……いや、合理性に従ったのだと思い込まなければ正気でいられない、それは無我の境地。
故に、侍を目指した理由は『大日本帝国を内側から変えたい』だなんて、高尚な野望を掲げたからではない。
ただ、そう生きてしまった自分の技術を活かせる職が、他に存在しないから。
それが、己の利益を尊ぶ無月カゲロウのすべてなのだ。
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決勝進出を決めた真田は、尚も深く落ち込む猿飛を励ましていた。
「一礼も無しに斬り掛かってくるなんて、武士としてあるまじき行為だ。サエコは負けてないさ」
その言葉に顔をあげる猿飛。
「仇はユキナリが取ってくれるよ」
「無月なんて卑怯な奴なんかに、ユキナリくんは絶対に負けない。そうでしょ?」
普段は恋のライバルの霧隠イブキと由利ナナカも、今は猿飛を心配している。
真田の勝利を疑わない二人のセリフで、猿飛も徐々に元気を取り戻してしてきたが――。
「そんなに甘く見ていい相手なのかな」
静かに目を閉じていた海野リッカが徐に、そして、重々しく口を開く。
「どういうこと? リッカ」
霧隠が訊く。
「確かに無月は卑怯者かもしれない。けれど、戦績だけ見たら化け物だよ。
気付いてる? あいつは学園支給の黒鉄を使って、すべての試合を一分以内に片付けてるの。そんなこと、普通は絶対に無理」
「……大丈夫だよ。だって、ユキナリには未来が視えてるんだもん」
真田は、深く頷いて海野の不安を取り払うように笑いかけた。
……幼少の頃、事故で両親を失った真田は施設で育った。
そんな彼が剣の腕をひたすらに磨き続けたのは、二度と大切な人を失わないためだ。
侍になれば、人々を正しい道へ導くことが出来る。
そう信じて七年間、道場の仲間と共に修行を積み重ねた末、真田の目には一つの能力が宿った。
予見。
類稀なる才能を持って生まれ、原石を磨き続けた彼が手にしたのは、相手の思考をトレースし先の動きを見切る力。
一人では決して辿り着けなかったと、真田は確信している。
そして、同時にこうも思う。無月カゲロウと自分がここまで違ってしまった理由は、一体なんだったのだろう……と。
だからこそ、救わなければならない。
真田ユキナリは、無月カゲロウを憂う。
真の仲間に出会いさえすれば、本物の正義の尊さを知れば――そんな機会に恵まれなかった彼の、きっと、暗くて孤独な人生を憂う。
「……行ってくるよ」
そして、彼は刀に誓った。
活人の剣はここにある。必ずや、無月カゲロウの闇を払い、ここに帰ってくると。
「いってらっしゃい」
猿飛の声に拳を突き出し、舞台への廊下を進む。
会場の盛り上がりは最高潮。無月の強さに震えた生徒たちへ、準決勝で真田が希望を与えたからだ。
彼を称え、鼓舞する言葉。
体の芯まで響き渡り、胸がジンと熱くなる。
「絶対に負けられない」
呟き、一歩を踏み出す。
現れた正義のヒーローの姿を見て、侍を夢見る生徒たちは歓喜の声をあげた。




