015 無月小隊
柳生と別れてから、無月はずっと考えていた。
色々とやるべきことはあるのだが――今、最も面倒なのは鈍繰を使って戦わなければならないことだ。
恐らく、これから先も決闘を挑まれ、或いは闇討ちに遭い続けるだろう。
負けるような気は一切していないが――研究され、毎度毎度、敵の裏をかく方法を考えるのはコスパが悪過ぎる。
ならば、たった一つで、どんな奴でも何度でも欺ける方法はないだろうか。
「珍しく難しい顔をしてるね、カゲロウ」
「よぉ、瀧院か」
昼休み。
校舎裏で寝そべり、空へ思考を描いては消しながら思想に耽っていると、お坊ちゃま剣士である瀧院アラタが現れた。
彼は、無月の隣に寝そべって頭の後ろに手を組む。
まるで、外国の大きな犬みたいだ。瀧院の仕草を見て、無月はそんなことを思った。
「何か困りごとかい?」
「まぁ、困り事と言えば困り事なんだが――」
言いながら、鈍繰とはまた別の困り事を思い出す。
とぼけた顔だが――こいつ、道場育ちだって言ってたし、それなりに強いんじゃないだろうか。
何より、瀧院は味方だ。それは、きっと、疑いようもない……ハズである。
「お前、俺の小隊に入らねぇか?」
「小隊? 一体なんのことだい?」
「今朝方、一門隊の第五号生に選ばれた。恐らく、今日中には正式な辞令が出るだろうが――俺は、お前に来てほしいと思ってる」
「……ははっ、ナイスジョークだよ。カゲロウ。そのネタ、どこに売ってたんだい?」
しかし、黙って答えを待つ無月。
そんな態度に真実味を覚えたのか、瀧院は段々と表情を強張らせた。
「本当に言ってる?」
「言ってる」
「僕が、君の部下に?」
「部下っつーか、仲間っつーか。まぁ、定義は何でもいいんだけどよ……来てくれ」
一瞬の間。やがて――。
「もっちろんじゃあないかぁ!! カゲロウ!! いいだろう!! 僕に任せたまえ!!」
大喜びの瀧院だった。
しかし、それも当然のこと。学園外で例えるなら天皇を護衛することに等しいのだから、一門隊に入るということは、もうそれだけで学芸銀座の名誉なのだ。
「それじゃ、お前の強さを教えてくれ。俺とここでやりあってもいい」
「いや――」
そんな二人の会話を劈くように、少し先の広場で決闘が始まった。
そういえば、無月は自分が巻き込まれるばかりで他人同士の戦いを観察したことはなかった。
いい機会だ。
どうせ、無月小隊のメンバーを集めなきゃならないのだから、手っ取り早く勝った方を誘ってしまおう。
そんな適当なことを思い、無月は瀧院を連れて歩き出す。
「はぁッ!!」
どうやら、一年同士の戦いらしい。
周囲の状況から察するに、ハイネックで口元を隠している小柄な生徒に味方はいないのだろう。
野次を飛ばす連中は、もう一方、余裕の笑みを浮かべている金髪の生徒の仲間に違いない。
「止める?」
「いや、止めない。形はどうあれ決闘だ、風紀委員にも遮ることは許されない」
「ふぅん」
ポケットに手を突っ込みながら、輪の中へ合流する。野次の一人と肩がぶつかる。「あぁん?」と上を向くガラの悪い男。その視線の先には――。
「な……っ! 無月カゲロウ!?」
その声で、場の全員が無月へ恐れの目を向ける。
どうやら、一年生たちの間ではこういう扱いらしい。彼らを一瞥した無月は、やる気のない表情で戦う二人を見た。
「……っ」
刹那、背の低い生徒が駆けた。
彼は――彼だけは、戦う相手から目を逸らさずに隙を狙っていたのだ。
「な……っ!?」
彼の脇差が、金髪の喉元を喰い破る。
ドサッと倒れた後、無月は背の低い少年の元へ歩み寄った。
「やるな、あんた」
「え……っ!? む、無月さん!?」
少年の目に、光が宿る。
それは、明らかな羨望の眼差しだったが、無月は、自分を知っているなら自己紹介の必要もないだろうとだけ結論付け――。
「俺の隊に入ってくれ。内申点、上がるぞ」
信じられないくらい、交渉事が下手くそな無月であった。
「た、隊?」
金髪は白目を向いて気絶し、野次馬も何が起きているのか分からず固まっている中、淀みなく事情を説明する無月。
一方の少年は、憧れの男のなんの嘘もない、一つも偽りもない勧誘に驚いていた。
「ダメか?」
「い、いえ。滅相もありません。ボクでよければ――」
「あれ、あんた」
ふと、彼の声に違和感を覚える無月。
男にしては、やけに肩が丸いような気がする。
手が小さく、首は細く、何より尻がデカ過ぎる。
(……まぁ、いいか)
何か理由があって隠しているのだろうから、人前で明かしてしまう必要はない。
無月は、半歩だけ下がって距離を取り、改めて彼女の伏し目がちな顔を見た。
「名前は?」
「仄目です。仄目ヨル」
「そうか。仄目、ついて来てくれ。総務委員室で、そっちの瀧院と一緒に登録してもらう」
「よろしく! 仄目! 僕は瀧院アラタだよ!」
「う、うん。よろしく」
「いやぁ! キミも珍しい剣術を使うんだね! 実に鮮やかな手前だったよ! まるで、忍者のような戦い方だった!」
侍の誉れ。
徳川学園で、幾度となく聞いた言葉を無月は思い出す。
もし、仄目が使う剣術のルーツが忍者ならば、彼女も彼女なりに生き辛いだろうな、と無月は思った。
「……あれ、カゲロウくん。こんなところで何してるの?」
徳川学園校舎内、渡り廊下にて偶然、無月たちは夜叉と出会った。
「あぁ、ちょうどいいところに。夜叉、お前も俺の隊に入ってくれ」
(無月さん、思ってたよりずっとフランクだなぁ)
心の中で密かにツッコミを入れる仄目だった。
そんなわけで、さっそく登録を済ませる三人。一号、瀧院アラタ。二号、仄目ヨル。三号、夜叉キリコで速やかに――。
「ちょっと待って!? なんで私が三号なの!?」
「誘った順番だ」
「ぬわぁんで私を一番最初に誘わないの!? おっかしいでしょうがッ!」
「下らないことでモメようとするなよ、夜叉」
「やだ! 私が一番じゃなきゃ絶対やだ! やだやだやだやだやだやだやだ――」
「……瀧院」
「あ、あぁ。僕は別に、何番目でもいいよ」
(姫夜叉って、こんなに大人げない子だったんだ)
無口ながら、中々に毒舌な仄目だった。




