014 将軍の令
× × ×
「無月カゲロウ! 覚悟ォ!」
翌日、早朝の見廻りにて闇討ちに合う無月。霧の中から突き出された刃を上体反らしで躱し、腰の鈍繰を抜こうとするが――。
(クソ、マジで重いな)
居合封じ。
無月は、一夜にして宮本の考えにおおよその見当がついていた。
要するに、無月から失われたのは一撃必殺だ。怪我が回復した無月にとって、恐らく、一年生の全生徒が脅威となり得ない。
なら、どうすれば成長を望めるか。
答えは簡単。無月カゲロウを、弱くしてしまえばいい。
――ギィン!!
「む……っ。受けた?」
驚いたのは刺客。
当然だ。無月カゲロウの我流居合は、柳生ジュウザの全陰流、宮本武蔵の二天一流に続き、全校生徒に轟いている。
それを研究し、居合を突破することから戦術を組み立てていた刺客は――しかし、ニヤリとほくそ笑む。
(どういうつもりかは知らんが、弱体化とは愚かな!)
(チャンバラに付き合うしかないが――なるほど)
鈍らに加え、十キロ超もの重量。
これは、ブンブンと振り回していられる代物ではない。つまり、稼働制限のタイムリミットも与えられている。
長期戦は不可能。閃光も放てない。
無月は、この窮地に対するアンサーを、必死に探していた。
「そこだ!」
蹌踉めいたような無月へ刺客は刀を振るうも――これは罠。
素早く反対側へ移動すると、ホルスターの留め具を外し鈍繰を空中へ浮かべ、横移動で鞘から引き抜く――横薙ぎ一閃。
「遅いぞ! 無月カゲロウ!」
バックステップで躱し、更に追撃する刺客。それを見て、鈍繰の解析が不十分であることを悟ると、ふと思い出したのは夜叉の技術――無刀取りだった。
「な……俺の刀を……っ!?」
――斬。
交差する刹那、刺客の肘を折り曲げテコの原理で敵の刀で脳天から斬り伏せる奇策。
見様見真似で成功したのは偶然だ。刺客の実力がもっと高ければ、決して成功しなかっただろう。
「クソ、思ったよりキツいな」
呟き、風紀委員室へガラパゴスケータイで電話をかけた。
「柳生だ」
「会長? なぜ、そこに?」
「お前に用があって待ってたんだ。使いを送るから、そこに居る生徒は任せて帰って来い」
「……分かりました」
一体何なんだ!
宮本といい、柳生といい、都合の悪い連中ばかりが俺に構いやがる! 誰が頼んだってんだよ! チクショウ! こんな理不尽な学園生活があるかよ!?
……という長ったらしい文章を空に描き、ワシャワシャと掻き消す。
心の中に、恨み辛みを置いておくことは平穏を遠ざける。復讐を辞めた無月は、こうして悩みをその場へ投棄するのだ。
「失礼します」
自分の所属する組織の室へ入るのに失礼もへったくれもあるか。そう、セルフツッコミを入れながら指導室へ入った。
「よぉ」
「なんです? 会長。こんな朝っぱらから用事って」
「俺は忙しいからな。こんなクソ朝っぱらじゃないと時間が取れんのだ」
脚を組み、欠伸をして組んだ手の指を車輪のようにクルクルと回す柳生。
「さて、単刀直入に行こう。お前、『一門隊』に入れ。無論、こいつは侍への近道だ」
一門隊。
それは、各校の中でも特に武芸に優れた生徒たち五名で構成される、学芸銀座の治安維持部隊である。
そして、一門隊の隊員には資格が与えられる。他の生徒を率い、学園のみならず町の秩序の維持に尽力する資格を。
「そりゃ、断る理由もないですけど……なぜ今の俺なんです? どうせ知ってるでしょう、俺の得物はこれなんですよ」
言って、鈍繰を持ち上げる無月。柳生は、不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「欲しいのは、お前の思想なんだよ」
「どういうことです?」
「俺は、今の侍社会に限界を感じている」
なんだ、急にバカみたいにスケールのデカい話になったぞ。
質問も遮られ、無月の困惑は膨らむ一方だ。
「そして、現代大日本帝国の縮図こそがこの場所――学芸銀座だ。
ならば、ここすら変えられない男が、侍社会を変えることなんて出来るわけもない。そう思わないか?」
よく分からないので、とりあえず頷いておく無月。
しかし、思い返してみれば辻斬りだの闇打ちだの誹謗中傷だの、闇の一端を経験している無月にとって、それは既知の事実であった。
「だから、俺が学芸銀座を変える。その野望のために、お前の思想が必要なんだ」
「何度も言うようですが、俺は俺個人の幸せにしか興味がありません。そして、そのために国の腐敗したシステムを利用して幸せに暮らそうと考えてます。
つまり、俺にとって現代の侍制度が変わってしまうことは不都合なんですよ、会長。同意出来ません」
「分かってる。だから、お前が欲しいと言ってる」
「……は?」
「お前ほど、腐った連中を見抜く目に優れた者は他にいないだろう。俺にない素質を持つお前が、俺に必要な最後のピースだ」
……将軍。
ずっと覚えていた違和感。その正体は、柳生ジュウザの侍っぽくなさ――仕えるのではなく、支配側の人間であるということ。
こいつの目には、一体何が見えているのだろう。宮本に続き、またしても知的好奇心を揺さぶられた無月は、一歩を踏み出して手を差し出した。
「分かったよ、柳生会長。俺は、あんたの作った世界で抜け道を探す」
「……クッハッハッハ!! あぁ、やっぱり面白いな!! お前は!!」
そして、柳生は手を取りガッチリと握手を交わす。
「無月カゲロウ。これにて、お前は一門隊第五号生だ。忠義なんていらん。ただ、俺に知恵を貸せ」
「仰せのままに、会長殿」
こうして無月は、また一歩侍に近付く。
そして同時に、彼がやがて『ラスボス』と呼ばれることになる道へ足を踏み入れた、第一歩でもあった。




