016 ペテン師
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放課後になり、無月小隊は蒸気機関と赤レンガ建築、そして壁に巨大な歯車や配管が張り巡らされた学生の街、『学芸銀座』をパトロールしていた。
街の中心には機関車の鉄道駅。これが横浜と横須賀への交通を繋ぎ、大量の物資や人を運んでいるのである。
「ここが俺たちの担当するエリアか」
馳せ参じたのは、徳川学園からほど近い繁華街。
大日本帝国は、侍を目指す子供の徹底した自立を促すため、神奈川県の海岸沿線に総人口六万人のコンパクトシティを建設した。
街の中心となるのは、三つの小中一貫校、五つの全寮制高校、そして帝国唯一の侍大学。その全寮制高校が集うエリアこそが『学芸銀座』である。
とりわけ、徳川学園の生徒会長が従える一門隊は目立つ。故に、犯罪抑止に最も効果がある反面、最もゴロツキに狙われやすい立場となるのだ。
「変な武器をぶら下げてる奴もいるな。ありゃなんだ?」
「あれ。無月さん、もう一ヶ月以上も徳川に通ってるのに、学芸銀座に来たことなかったんですか?」
「用事がなかった」
端的な返事に、思わず言葉に詰まる仄目。
「彼らは、侍を目指すのを辞めた生徒たちですよ」
「へぇ」
「使えなくなった御魂斬の刀身を、あんなふうに鎖鎌や槍に再加工する裏鍛冶がいるんです。
もちろん、どの学校でも校則で禁止されていることですが――彼らが欲しいのは卒業資格だけですから、好きな武器を使ってるんですって」
仄目の説明に感心する無月を見て、夜叉は目の奥を暗くする。
もちろん、無月は夜叉の表情の変化には気が付いていたが――面倒なので、当たり前のように放置した。
「よし、そろそろ手分けしよう。仄目は俺と来い。夜叉、瀧院を頼む」
「ねぇ、なんで私が瀧院と一緒なの?」
「お前は風紀委員の予備メンバーだ。序列的に言えばサブリーダーにあたる。瀧院と仄目には指揮を任せられない」
「……そっ。なら、仕方ないか」
暴れ出さなかったのは、仄目が女子であることに気が付いていないからだろう。
夜叉と瀧院は商店街方面へ、無月と仄目は駅前へと向かった。
「手袋でもしておけ、小さな違いからバレるぜ」
「……へ?」
「女だろ、お前」
すると、仄目は次第に顔を赤くして俯いた。
「別に探るつもりはない。お前と決闘してた奴のことだって、調べるつもりは一切ねぇよ」
「なら、どうして気付いた時点で勧誘を止めなかったんですか?
リスクのある存在は、最初から抱えておかない方がよろしいかと」
「後ろめたい奴は、扱いやすい」
……あぁ、思った通り。
本当に思った通りの男だと、仄目は思わず頬を綻ばせる。
この男には、自己の利益の追求に一切の妥協がない。
侍を目指す者として、あまりにも相応しくない彼が、まるで失敗作である自分を肯定してくれているような気さえしている。
「分かりました、途中の店で買ってきます」
仄目は、笑った。
無月は、どう見たって女の笑顔にしか見えないだろう……と、ため息をついた。
通りかかった衣装屋で黒い手袋を買い、大人しく装着した仄目は、特に何も言わずブラブラと歩く無月について行く。
会話のない時間。時折、空に何かを描く無月に疑問を感じなかった訳でもないが――質問をして、彼の邪魔をするのは嫌だった。
そんな二人が裏路地を曲がると――そこでは、誂えたように別の学校の生徒同士が争っていた。
「見廻り組だ。そこ、喧嘩を止めろ」
一対一じゃない。つまり、あれは決闘ではない。
刀の柄に手を置き、開いた学ランの下、ワイシャツのボタンを一つ外す無月。
普段ならば見逃すことも考えただろうが――鈍繰を解析するのに実戦は不可欠だ。
「なんだ!? コノヤロー!!」
敵意を向ける者、六名。既に転がっている者、二名。追い詰められている者、二名。
得物が刀に限らないということは――なるほど、壁際の二人を襲っている連中は、ドロップアウトした生徒たちというわけか。
『要するに、そういうカスから侍を諦めてねぇ奴を守るのがお前の仕事なんだ』
柳生の言っていた言葉の意味が、よく分かった。
「今すぐ喧嘩をやめろ。さもなければ――」
「っせぇ! バーカ! こいつらボコったら次はテメーだ!」
「よし、手を貸すぞ。あんたら、そっちの二人は頼む」
あまりの切り替えの速さに、襲われていた二人も呆気にとられたが――。
「わ、分かった!」
「やるぞ、仄目。一人、誘い出してくれ」
「はい」
さて、仕事だ。
見廻り中、ずっと考えていた新たな戦術。
それを試すには、少しばかり準備が必要となる。
(やろうか)
必要なのは『嘘』。
無月は、相手が動き出した瞬間、急に右足で踏み込み、視線を誘導すると、更にもう一度右足で疾走った。
「……は?」
警戒する対象を散らされたことにより、不良の攻撃は虚しく空を斬る。
彼の視界には、刀身が生み出した長さ70センチ、幅3.2センチの死角のラインが現れた。
「ヌルかったか」
その角度をなぞる様に放った、あの閃光の見る影もない鈍速の斬撃が――。
「がは……っ」
不良の魂を、袈裟真っ二つに斬り裂いた。
「ご……げは……っ」
斬られた彼は地面をのた打ち回り、魂が流れ出る感覚を最後まで味わったのだろう。ガクッと首を落として気絶。
「なるほど、ゆっくり斬ると痛いのか」
ゾクリ。
相対する二人の不良が、無月のセリフに悪寒を覚える。
こいつ、一体どういうつもりだ? なぜ、戦っている俺たちのことを見ていないんだ? 人体を貫通する刀でゆっくり斬るなんて、どんな目的なんだ?
……俺とこいつに、そこまで差があるのか?
「そんなわけねぇッ!!」
向かってくる得物は槍。
再び視線で攻撃個所を予見させ、今度は左足でズダン! と踏み込み大きな音を立てる。
緊張と、その音に驚いた不良は無防備に槍を突き出してしまい――またしても、死角のラインが現れる。
(この辺りか)
線をなぞり、十キロ超の鈍らを振るう無月。
「おご……っ」
どれだけ遅い攻撃でも、見えなければ避けられるはずもない。
この二撃である程度、技術の輪郭を掴んだ無月が最後の敵に実践したのは――。
「あんた、靴紐が解けてるぜ」
「るせぇな……ん」
――斬。
「く、口三味線……かよ……っ」
都合三名、討伐完了。
縛りプレイを強要される無月が生き残る為に手に入れたのは、『視線誘導』という余りにも原始的な戦術だった。
「無事ですか」
取ってつけたような敬語を使い、襲われていた二人の安否を確認する無月。
しかし、彼らはそもそもが自己研鑽を続け、侍を目指している。修行を止めてしまった者と戦って、一対一で負ける道理などない。
彼らを見送ると、不良たちを縛り、現場を引き継ぐまで待機した。
「仄目」
「はい、なんでしょうか」
音も無く、無月の影を使って背後から忍び寄り、一撃の下に首を掻っ切り勝利した仄目。
この女、何か底の知れない不気味さがある。思わず強力なカードを手に入れていたことを自覚すると、無月は――。
「よくやった」
そう言って、小さく笑った。




