表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アリス・イン・ワンダーログ ー今日から俺はアンドロイドのマスターらしいー  作者: tomato.nit
収束条件:f(呼称) → Alice

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/22

第二十話 重なる青


——ピンポーン。


 インターホンが鳴った。


 「こんな時間に誰だよ」


 玄関のモニターを確認する。


 映っているのは、人型の宅配用アンドロイド。


 無機質な白い外装。無駄のない動作。胸部に配送会社のロゴ。


 手に抱えているのは、小さな段ボール箱。


 扉を開ける。


「お届け物です」


 機械的な音声。


 差出人の欄に表示されている名前を見て、眉がわずかに動く。


 叔父。


「……なんだこれ」


 受領を済ませ、箱を受け取る。拍子抜けするほど軽い。掌に収まる重さ。中身の存在感よりも、差出人の名前のほうがよほど重かった。


 扉を閉めると、外の気配が切り離される。部屋の静けさが戻ってくる。冷蔵庫の低い駆動音だけが、やけに現実的だ。


 リビングのテーブルに箱を置く。


 しばらく、そのまま眺める。


 品名欄に並ぶ文字。


 R2UNIT。


「……なんだよ、それ」


 独り言が、やけに乾いて聞こえた。


 カッターを手に取る。刃を出す音が、夜の部屋に細く伸びる。


 テープを切る。繊維が裂ける小さな感触が指先に伝わる。


 蓋を開ける。


 緩衝材の下に、白があった。


 板状のパーツ。薄く、滑らかな表面。


 指の腹でなぞると、抵抗の少ないマットな質感が返ってくる。深さの違う溝が、光の当たり方で微妙に表情を変える。


 縁には細い濃紺のラインが妙に目に刺さる。


 端部に埋め込まれた接続端子は見覚えのある規格で、だからこそ胸の奥が嫌な形に理解してしまう。


 用途は分からない。


 だが、分かってしまう部分がある。


 白。


 装甲の曲線。


 無駄を削ぎ落とした、あのフォルムに似た意匠。


 叔父が作ったのだ。


 似ていて当然だ。


 そう頭では理解するのに、胸の奥が拒絶する。


 手に取る。


 重さは知れている。機械部品としては軽い部類だ。


 それでも、持ち上げた瞬間、指先がわずかに震えた。


 喉の奥が、ひりつく。


 あの日、動かなくなった白い体。


 視線が合わなくなった瞳。


 胸の奥に押し込めたはずの記憶が、表面を削るように浮き上がる。


「……なんなんだよ」


 今度の言葉は、さっきよりも低い。


 古傷を抉られる、というより。


 まだ塞がっていなかった傷口に、指を突き入れられるような感覚。


 静かに、息を吐く。


 パーツを箱に戻す。


 蓋を閉じると、白が隠れる。


 それでも、痛みは隠れない。


 箱の上に、しばらく手を置いたまま、動けなかった。


 その瞬間。


 ——ピンポーン。


 もう一度、インターホンが鳴った。


 さっき鳴ったばかりだ。


「……今日は多いな」


 小さく息を吐き、玄関へ向かう。


 ドアノブを握る。冷たい。


 汗で、わずかに滑る。


 自分の鼓動が、掌に伝わっているのが分かる。


 そのまま回す。


 指先が、一瞬だけ力を失う。


 扉が、静かに開いた。


 夜の空気が、流れ込む。


 廊下の蛍光灯の白い光が、扉の隙間から細く差し込む。


 その線の向こうに、白があった。


 最初に視界に入ったのは足先だった。玄関のたたきに揃えて置かれた靴。底が、雨上がりの湿り気をまだ薄く連れている。床に落ちる影は、機械の輪郭みたいにくっきりしていた。


 視線が、ゆっくりと上がる。


 白い装甲。黄味を含まない、冷たい白。


 スカート状の装甲が細い足を覆っている。


 腰。

 胸。

 装甲の隙間から、ほんのりと青い光が漏れている。

 蛍光灯にかき消されるほど弱い光が。


 そして髪。


 長い銀白の髪が肩から落ちる。外の空気で少しだけ冷えているのが分かる。光の当たり方で、ただの艶じゃない淡い青の微光が糸の中に滲む。反射じゃない。内側で点いている。


 その顔。


 目が、こちらを見ている。


 瞳は人間のそれじゃない。虹彩の中に層があり、薄いリングが重なっているのが見える。中心は六角形の光。周囲には微細な機構の線が走っていて、冷たい青緑の発光が均一に滲んでいる。


 呼吸が浅くなる。


 言葉が出ない。


 アリスが、そこに立っていた。


 長時間待機していたのか、重心がほんのわずかに揺れる。袖の端に微細な埃。髪の先に、外気の匂い。




 触れてしまえば消えてしまいそうで。


 動けない。




 アリスが瞬きをひとつする。内部の小さな駆動音が、耳のいい静けさの中でかすかに鳴る。


 そして、静かに口を開いた。


「識別番号 AL-H-013」


 いま、玄関にいるのに。

 あの日の匂いが戻る。


「アリス」


 いま、目の前でいるのに。  失った時間が重なる。


「再起動シークエンス、完了。」


 青が瞬く。


「マスター。」


 その呼び方は。


 胸の奥に、遅れて落ちる。


「ただいま帰りました。」


 その直後。


 口元が、ほんのわずかに動く。


 記憶よりも確かに。


 微かな笑み。


 喉がうまく動かない。


 胸の奥で何かがほどけるのに、声だけが追いつかない。


 伝えたいことは。


 いくらでもあるのに。


 それでも。


 今は。


「……おかえり」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ