第二十話 重なる青
——ピンポーン。
インターホンが鳴った。
「こんな時間に誰だよ」
玄関のモニターを確認する。
映っているのは、人型の宅配用アンドロイド。
無機質な白い外装。無駄のない動作。胸部に配送会社のロゴ。
手に抱えているのは、小さな段ボール箱。
扉を開ける。
「お届け物です」
機械的な音声。
差出人の欄に表示されている名前を見て、眉がわずかに動く。
叔父。
「……なんだこれ」
受領を済ませ、箱を受け取る。拍子抜けするほど軽い。掌に収まる重さ。中身の存在感よりも、差出人の名前のほうがよほど重かった。
扉を閉めると、外の気配が切り離される。部屋の静けさが戻ってくる。冷蔵庫の低い駆動音だけが、やけに現実的だ。
リビングのテーブルに箱を置く。
しばらく、そのまま眺める。
品名欄に並ぶ文字。
R2UNIT。
「……なんだよ、それ」
独り言が、やけに乾いて聞こえた。
カッターを手に取る。刃を出す音が、夜の部屋に細く伸びる。
テープを切る。繊維が裂ける小さな感触が指先に伝わる。
蓋を開ける。
緩衝材の下に、白があった。
板状のパーツ。薄く、滑らかな表面。
指の腹でなぞると、抵抗の少ないマットな質感が返ってくる。深さの違う溝が、光の当たり方で微妙に表情を変える。
縁には細い濃紺のラインが妙に目に刺さる。
端部に埋め込まれた接続端子は見覚えのある規格で、だからこそ胸の奥が嫌な形に理解してしまう。
用途は分からない。
だが、分かってしまう部分がある。
白。
装甲の曲線。
無駄を削ぎ落とした、あのフォルムに似た意匠。
叔父が作ったのだ。
似ていて当然だ。
そう頭では理解するのに、胸の奥が拒絶する。
手に取る。
重さは知れている。機械部品としては軽い部類だ。
それでも、持ち上げた瞬間、指先がわずかに震えた。
喉の奥が、ひりつく。
あの日、動かなくなった白い体。
視線が合わなくなった瞳。
胸の奥に押し込めたはずの記憶が、表面を削るように浮き上がる。
「……なんなんだよ」
今度の言葉は、さっきよりも低い。
古傷を抉られる、というより。
まだ塞がっていなかった傷口に、指を突き入れられるような感覚。
静かに、息を吐く。
パーツを箱に戻す。
蓋を閉じると、白が隠れる。
それでも、痛みは隠れない。
箱の上に、しばらく手を置いたまま、動けなかった。
その瞬間。
——ピンポーン。
もう一度、インターホンが鳴った。
さっき鳴ったばかりだ。
「……今日は多いな」
小さく息を吐き、玄関へ向かう。
ドアノブを握る。冷たい。
汗で、わずかに滑る。
自分の鼓動が、掌に伝わっているのが分かる。
そのまま回す。
指先が、一瞬だけ力を失う。
扉が、静かに開いた。
夜の空気が、流れ込む。
廊下の蛍光灯の白い光が、扉の隙間から細く差し込む。
その線の向こうに、白があった。
最初に視界に入ったのは足先だった。玄関のたたきに揃えて置かれた靴。底が、雨上がりの湿り気をまだ薄く連れている。床に落ちる影は、機械の輪郭みたいにくっきりしていた。
視線が、ゆっくりと上がる。
白い装甲。黄味を含まない、冷たい白。
スカート状の装甲が細い足を覆っている。
腰。
胸。
装甲の隙間から、ほんのりと青い光が漏れている。
蛍光灯にかき消されるほど弱い光が。
そして髪。
長い銀白の髪が肩から落ちる。外の空気で少しだけ冷えているのが分かる。光の当たり方で、ただの艶じゃない淡い青の微光が糸の中に滲む。反射じゃない。内側で点いている。
その顔。
目が、こちらを見ている。
瞳は人間のそれじゃない。虹彩の中に層があり、薄いリングが重なっているのが見える。中心は六角形の光。周囲には微細な機構の線が走っていて、冷たい青緑の発光が均一に滲んでいる。
呼吸が浅くなる。
言葉が出ない。
アリスが、そこに立っていた。
長時間待機していたのか、重心がほんのわずかに揺れる。袖の端に微細な埃。髪の先に、外気の匂い。
触れてしまえば消えてしまいそうで。
動けない。
アリスが瞬きをひとつする。内部の小さな駆動音が、耳のいい静けさの中でかすかに鳴る。
そして、静かに口を開いた。
「識別番号 AL-H-013」
いま、玄関にいるのに。
あの日の匂いが戻る。
「アリス」
いま、目の前でいるのに。 失った時間が重なる。
「再起動シークエンス、完了。」
青が瞬く。
「マスター。」
その呼び方は。
胸の奥に、遅れて落ちる。
「ただいま帰りました。」
その直後。
口元が、ほんのわずかに動く。
記憶よりも確かに。
微かな笑み。
喉がうまく動かない。
胸の奥で何かがほどけるのに、声だけが追いつかない。
伝えたいことは。
いくらでもあるのに。
それでも。
今は。
「……おかえり」




