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聖女も過ぎれば毒となる  作者: 日室千種


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25. 生きる喜び(ヴィットール視点)



「大好きよ」


 心を明け渡すように、ジゼラが微笑む。

 素直な笑顔は、信頼と好意に満ち溢れているのに、柔らかな緑の目はこちらは見透かすようでも、まるごと懐に包むようでもある。


 灯りを映して暖かな輝きをのせた真珠色の髪に触れたい。

 なんだって、してやりたいし、与えたい。

 自分の正体だって、隠さず打ち明けて——もしもの時は、逃がさないよう連れ去ってもいい。

 だが、それにはまだ、準備がいる。


 ここまで、のめり込むとは思わなかった。





「このたびは聖女を御することができず、そちらにもご迷惑をおかけした」

「すでに謝罪は魔王が受け取ったので、不要です。それより、ご用件は?」


 魔王の前まで飛ばされて、ケイルード王国まで戻った日の夜、事前の取り決め通りに呼び出した宰相と、同席する国王を前に、ヴィットールは淡々と頷いた。

 すでにジゼラは王宮内に与えられている私室で休んでいる。部屋の前まで送った時には、すでに目が開いていなかった。よく休めるといいのだが。


 こほんと咳払いをされて、意識を戻す。

 目の前に立つジゼラと同じ色の目をした男は、上司と部下として話す時も、魔王の使者と宰相として話す時も、温度が変わらない。

 目の色だけでなく、その根底からの公平さもジゼラに似ていると思えば、態度も柔らかくなろうというものだ。


「遠慮なく尋ねてもらって結構ですよ」

「……では、大公殿下と聖女の関係をなぜ知っていたのか教えてもらいたい」

「そんなに難しいことは何も。王宮内の細かくて些細な証言を合わせていくと、答えは絞られます。俺は人より耳が良いので、容易なことですが、同じ情報を、そちらでも掴んでいたのでは? ただ、突きつける有効な証拠が、なかっただけでは?」

「……そうだな。恥ずかしながら」

「俺が提供したのも証言だけなので、いざ証拠にするとなると弱いなら、魔力による血縁鑑定ができる魔具もあります」


 宰相の目が鋭く輝いたので、釘を刺す。


「魔法なので、当然魔族の領域でしか働きません。対象が生きていないと確度も落ちる」

「なるほど。それでも有用だ。では早急に」

「何人です?」


 踏み込んだが、宰相はいささかも揺らがなかった。


「今のところは、聖女マールの前に産ませた子供が一人確認できている。大公家では、別に何か掴んでいるかもしれぬ。あの家では、ある時期から、金髪青眼はどれほど優秀でも、使用人としては雇わないそうだ。——嫁いだ女性たちにも、金髪碧眼はいない」


 それは大公家の人事や婚姻について権限を持つ誰か、たとえば夫人、あるいは子息が、何かを知っていたということだ。

 金の髪と青い目の女性を家に入れると、何かよからぬことが起きると。


「夫人が大公の行動を、王女の面影を慕っているとでも思っていたか、それとも聖女選定こそ狙いだと知っていたかまでは、おそらくわからぬままでしょうが、支払うものは莫大なものとなるでしょう」


 黙したままだった国王が、隣の宰相の肩に手を触れた。


「我が大叔父がすまぬ」

「いえ陛下、彼は王権には手を伸ばしませんでした。陛下が確かな治世を敷いておられるからこそです。その意味では、しっかりと御されていたと考えてよろしいかと」


 そこで珍しく、宰相が俯いた。


「私こそ、私情を挟むまいとして打てる手を誤ってきたかもしれません。あの男は、王女の系譜で子が生まれると誰よりも先に祝いに出向いていた。ジゼラが産まれた時も、当家の親族より早く来た。産まれたばかりのあの子の髪色を見るや、すぐに興味をなくしたのは良いことだと思った。もし金の髪だったら、産まれた日を改ざんしろと言われかねないと感じていたのでね。だがジゼラが長じて王女への憧れを口にするたびに、あの男は過剰なまでの否定と反発を繰り返した。これを呑み込むのに、どれほど苦労したことか」

「デ、デリック、すまぬ」

「いえいえ。夫人は手強いですが、庇う気など捨てさせて、徹底的に絞りますのでそれはお許しを」

「もちろんだ。存分にやってくれ」


 主従でありながら、兄弟か親友のような二人を見ていると、ふと暗い玉座の間に一人待ち構えていた魔王を思い出した。

 同じ頃に生まれたはずが、ずいぶん年の差が開いてしまった、義兄弟の末の弟。


「ヴィットール、もうひとつだけよいか。魔具について」

「何でしょう?」

「あれは引き続き神殿で預かって良いものだろうか」


 ヴィットールはわずかに首を傾げた。


「管理を徹底するなら、特に返す必要はないかと」

「そうか」

「ええ、良いように」

「そうだな、管理の人員を確保しよう。……時に、今の神殿長は古道具の蒐集家で王家ゆかりの方ゆえその地位におられるが、魔具には詳しくなかったはず。それがなぜか、あの壺の使用法をご存知だったのは、不自然なのだが」


 ここは、隠すべきではないだろう。


「お話しする機会がありましたよ。王女や魔具について、密かに尋ねてみるといいと国王陛下からご助言があったとかで、神殿長に呼ばれましたので、少し。その時の話題に、出たかもしれませんね」

「聖女マールを、唆したか」

「いいえ」


 マールを、唆してはいない。

 古道具に興味津々の神殿長に道具の使い方を説明して、魔族ほどの魔力があれば使用できるかもしれないと囁きはしたが。

 くだらないことに、聖女の関心を買おうとする者はどこにでもいて、漏れ聞いた情報を愚かな女に手柄のように伝えたかもしれないが。


「そうか。ところで其方はジゼラと共に魔王陛下に拝謁したわけだが、ジゼラが何も知らぬ様子なのは、まだ明かせない事情があるからだろうか」

「そうですね」


 即座に肯定しておく。決して、ジゼラを蔑ろにしているつもりはないからだ。


「まだ混沌としているのでお話しできることがないですが、王女との邂逅以来変わりつつある魔族をまとめる時期が来ています。俺の存在は魔族に対しても隠されているので、今はまだ内密に。魔王と張り合う兄弟がいては、まとまるものもまとまらない。王族相手でも、秘密は保持していただきたいですね。魔族がまとまらず崩れれば、魔王だとて纏め直すのに苦労しますよ」


「……承知した」

「肝に銘じる」

「まとめることができたなら、その時は全てを明かしたいと思います」


 では、とその場を辞す。

 大公と聖女の処分も、今後の聖女制度についても、ケイルード国とジゼラの領分だ。

 もちろん、処分が甘い場合は、いくらでもこちらでやりようはある。

 魔族の領域に連れ去ってしまえばいい。


 本当に連れ去りたいのは、ジゼラだけだ。けれど彼女は、今はまだ、この国で走っていたいようだから。

 魔王に対峙した細い背と、触れたところから伝わった震えを思い出して、ヴィットールの中を黒い炎が駆け回った。


 かつて、魔族から選りすぐりの子供たちを集め、十分に育ててから食らっていた先の強大なる魔王をも焼き尽くした炎は、時にヴィットール本人の制御すら効かないというのに。

 ジゼラに縋られただけで、炎は何者をも骨にするまで嬲る舌を他愛なく収めてしまった。

 予めこちらの事情を伝え、聖女を追い込むようにと指示してあった魔王も、あれには度肝を抜かれていただろうと思うと、今でも笑いが込み上げる。


 前魔王を焼き尽くし、その再生を防ぐためにその炭化した体を喰らって眠りについてから何年経ったのだろう。

 目覚めなくても、構わなかったのだ。生まれてこの方、楽しいと思えることは何もなかった。

 喰らった魔王から流れ込んできた膨大な世界の知識も、それを自ら感じてみたいと思わせるものは何もなかったのだ。

 だから。


「あれから色々あって、今や魔族は国という概念を知り、ただ気ままに生きるのではなく、魔族の中の一人、国の中の一人という意識を持つ者も増えてきた。そろそろ一人ではやっていけぬ段階でな、また助けてほしい」


 などと勝手なことを言って起こした弟分への嫌がらせも兼ねて、国作りを手伝えと言うなら人間の国の仕組みを学びに行ってからだと、無理矢理この国にねじ込んでみたものの、何の期待もしていなかったのに。


 見習いとして紹介された明らかな異分子を、何の偏見も先入観もなくただ見習いの青年だと受け入れてくれたジゼラには、ずいぶんと警戒心がないなと呆れたものだが。

 どの部署の誰であっても、平民にも、聖女にも、魔族に対しても、誠実な眼差しが変わらない。それを希少だと感じ、得難い善性だと思い、やがてその中で、自分だけに少し親しみを多くこめてくれることに気づいてからは、あっという間だった。


 ケイルードの食事に慣れてないと判断したジゼラが店に頼んで作ってもらった透明なスープを美味しいと感じてからは、戻れなくなった。


 ジゼラは、ヴィットールが初めて得た、生きる喜びだ。

 手放すことなど、できない。


 ヴィットールが、目覚めてから一度も食事を受け付けなかったのを知る弟は、何と思うだろう。

 どれほど飢餓を感じても、前魔王の黒く粘ついた腐敗した汚泥のような体を口にしてからは、呪いのように食物を受け入れられなかったのに。


 いつかは、魔族の国作りに手を貸すことになるだろう。その心境の変化もまたジゼラによる影響だが。

 ただ、今はまだもう少し、ジゼラの走るその横で、続く未来を信じて共に笑っていたい。

 ヴィットールは初めて「願う」ということをした。




 あれから、三月。

 いまようやく、ジゼラの支えた大舞台がひとつ、成功したことに、満足の吐息をついた。


 視界の端で、大公夫人がひっそりと会場から去るのを確認した。大公は、足の腱を切られて監禁に等しい扱いと聞いている。

 聖女マールを救う者はなく、この後その足で、終生をすごす住処へと移送される手はずだ。穏やかに生きようとするなら叶うはずだが。あの女が改心するとは思えない。周囲を監視者に囲まれた自由のない暮らしが続き、慢心すれば大公家に潰される可能性が高い。


 だが、もはや事務官としての手続きを全て終えたヴィットールの知ったことではなかった。


 今日の仕事は終わりだ。

 ジゼラを迎えに行こう。



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