26. 明日の約束
「ジゼラ様、いかがでした!? 私の舌鋒、稲妻のごとき鋭さではございませんでしたか?」
「自分を自分で上げ過ぎるな。ジゼラ殿が、返答に困るだろう」
「……怖かった。あんなに人がたくさんいて、怖かった」
「お主はもっと自分を肯定しろ。よくやっていたではないか」
「あなたもなかなか堂々としてましたわよ。憧れのジゼラ様に見ていただけて、よかったわねえ」
「勝手に人の心を開示するな!」
わあわあと三人喧しい。慣れれば可愛らしいものだが、当初は自分の発案に自信を失ったものだ。
だが、ひと月の間言葉を交わし続けて、今、ジゼラは手応えを感じている。
毒を制するものは毒。聖女の暴走を、誰も止めるものがいないのであれば、聖女を増やせばいい。
聖女選定の基準はそのままに、平等な聖女を複数名選定する。聖女は聖女を諌め、また互いに足りないところを補うだろう。そう、導いていく。それが、王と王宮とがジゼラの案を取り入れて選び取った、これからの聖女制度だ。
これならば、聖女マールの暴挙を呑み込んでくれた魔王にも、胸を張れるのではないか。
そう思うと、この一年の苦労も浄化されるようだ。
「それにしても想定通りの腐った女だったな。ジゼラ殿はよかったのか。直接、ガツンと言ってやらずに」
キリッとした顔を曇らせて気遣う黒髪の聖女に、ジゼラは首を振った。
「いいのよ。私はあくまで裏方ですもの。事前に場を整えて、本番ではなんの心配もなくやるべきことをやってもらえたら、それが一番嬉しいの」
「そう、か」
まだ言い足りない顔をした黒髪の聖女を、赤髪の聖女がつついた。
「さすがじゃない。それでこそ、ジゼラ・プレジュでなくて? 聖女の同志はそうでなくては。私たちだって、遠慮なく全力でやっていくのですから。ねえ、ジゼラ様、あんな人でも、今後の暮らしの保証はあるんでしょう?」
「ええ、そうね。しっかりと生活の保証はされるわ」
「手厚過ぎるとか文句を言われないように、私たちも頑張らないといけませんわね」
こくり、と少女達が揃って頷く。
それを見て、ジゼラの中には、素直に、彼女達と共にやっていきたいという思いが湧いてきた。あたたかく、力強い思いだ。
「まあっ、ジゼラ様の全開笑顔! 私、初めて見たわ」
「うむ、私も……」
「あ、あの人来る……」
金髪の聖女が震えながら言った「あの人」に、聖女たちは瞬時に姿勢を正した。「取ったりしないのに」「伝わらない」「大人気ない」ぼそぼそと囁きあっている。
「ジジ」
「トール」
「おつかれ」
「おつかれさま」
足早に姿を現したヴィットールはいつもと変わらず、爽やかに笑顔だ。ジゼラには、聖女たちが何を緊張しているのかいまいちわからない。
ぎくしゃくと挨拶をするうちに、聖女府の侍女たちが今代聖女たちを迎えに来た。
これから初めて聖女府に入り、それから国王と宰相に挨拶と予定が詰まっている。今日から、彼女たちは忙しい。
不安そうな顔で、黒髪の聖女が一瞬振り返った。が、他の二人に声をかけられて、一転、堂々とした態度になった。
侍女たちも、こちらへ目礼を送って付き従う。
ジゼラは、同行しない。
今日、今ここで、聖女付きの任務は終了だ。
「ジジ」
「うん」
「心配?」
声をかけられて初めて、ぼんやりと三人の去った方角を眺めていたことに気がついた。
「そうでもない。とてもしっかりしてるもの。——でも、気になっちゃうね」
ジゼラは魔王に指名され、今後は魔王との交渉担当となる。その任務は、聖女担当と掛け持ちできるものではないし、ジゼラとしては、楽しみでもある。
とはいえ、彼女たちと過ごした一ヶ月はとても濃密で、寂しく感じるのは確かだ。
その気持ちが一時昂じて、後任の聖女担当としてヴィットールを検討したくらいだ。けれど、ヴィットールはそれを見越したように、密かにあの聖女府の青年を鍛えまくり、聖女たちの補佐役に推薦してきた。きっと今日も、聖女府で事務官たちの一番前で待っていることだろう。
だから、少し寂しさを感じても、聖女たちは大丈夫だ。それはよくわかっている。
「楽しかったの。ただ会話ができるってだけでも、すごいことなんだな、なんて思ったりして」
「それが、普通だからね。あの女がぶっ飛んでただけだから」
「そっか、なんだか、ずっと苦労したから、話したら伝わるのがとても嬉しくて」
「ジジ……辛かったね」
ふと、報復する?と聞こえた気がして、ジゼラは高いところにあるヴィットールの顔を覗き込んだ。
「今は全然大丈夫よ。ちゃんと、辛い時は話を聞いてもらえたし」
「それはもう。一緒に居れて嬉しかったし」
今度はヴィットールから顔を近づけられて、ジゼラの方が、たじろいで息を止めた。
「今日だって、もう先代聖女の行き先に送る手紙に今日の報告も追加したし、日常業務の方の急ぎは終わらせてある。聖歌隊への礼状も手配済みだし、各国の祝辞への返辞はまとめて閣下の署名待ち」
「え、早い」
「ジジが、明日休みを取れるようにと思って」
宰相閣下の許可も、取ってある。
そう言われて、ふふっと笑いが溢れる。
「許可を取るのが、だんだん早くなってない?」
くすくすと笑い合って、手を取り合って、歩き出したけれど。
「そうだね。もう求婚する許可も貰ってる」
さらりと言われて、足が止まった。
「もちろん、返事はジジ次第だけど。俺は、もう決めてるから。求婚していいって許可だけは、もう取ってある」
「と、トール」
「——いつか、近いうちに、ね」
仕事のできる後輩は、あっという間に隣に立って支えてくれる恋人になった。だから、きっとその日は、あっという間にやってくる。
聖女たちと過ごした時間は仕事の楽しさとやりがいを満たしてくれたけれど、仕事を続ければすぐにまた壁にぶつかって、無力感に打ちのめされることだろう。
ヴィットールとの関係だって、楽しいばかりではないかもしれない。考えたくもないのに、本当に自分でいいのかと、自分に向かって問い続けてしまう時もあるはずだ。
でも。
「悩んだっていい、間違えかけても、いい。よね。なら、大丈夫」
諦めずに努力を続ける根性だけは、自信がある。
「やった、俺ももっと頑張るよ」
「トールがもっと頑張ると、どうなっちゃうの?」
「どうかな、何ができるといいと思う?」
「うーん、もう何でもできるでしょう? じゃあ、今日、どんな美味しいものを食べるか、よい案を十通りくらい出してくれるとか?」
「今日は、ジジが気に入ってた魚介料理の店に決まってるし予約してあるけど、十通りくらいは簡単に挙げれるな」
「じゃあ、明日! 明日は何食べるかも、決まってる?」
「明日は一日中休みだから、日中何をするか予定を決めてから、食事をじっくり考えよう」
「それも、楽しみかも」
いつの間にか、止まっていた足は動き出していた。
隣同士で、同じ歩幅で。
何も、恐れる未来はない。
——このわずか一年後、魔王はそれまで魔族の概念になかった国家の樹立を宣言し、国名をジェミジゼラと名乗った。
その記念式典の場で、両国の結びつきを深める婚姻が発表され、人間、魔族問わず大いに祝福し、世界がその後の永の平和を維持する土台を成した。
世界は今も平和で、食事を共にする相手、愛を誓う相手、共に長く生きる相手との平穏が暴力で奪われることはなく、人も魔族も明日を憂うことなく微笑むことが——できるという。




