24. 聖女選定の儀
聖女選定の儀式。それは、新旧の聖女が顔を合わせる日だ。
隙なく整えられた会場、場を清めそして盛り上げる聖歌隊の歌声、事前の打ち合わせ通りに整然と動く人々。その動きを監督する宰相府の事務官たちは、過酷な準備期間の総仕上げの日に抜かりがあってはならぬと、各所にて気を配っている。
ジゼラは会場の前方で、全体を眺めてぼんやりと立っていた。
「ジゼラ殿、いよいよですな」
「ロイド団長。ええ、今日はよろしくお願いします」
そっと隣に並んだ長身の男が、頼もしく頷く。
騎士団は、やや強硬な若返り施策と団の規則を改訂した。閉鎖化だの独裁化だのと反対する意見もあったが、大公閣下に比べれば可愛いものだとバサバサと切り捨て、推し進めたのだから、よほどこれまで耐え忍んでいたのだろう。信じてついていく騎士も多いと聞いている。
外部の者を容易に招き入れないというのは、機密保持の大前提だ。これまでは、騎士団の事情は貴族どころか市井にまで容易に伝わっていたが、それでは重要な任務を任せることができない。せっかくの騎士団を有効には使えず、王と王宮は不満を感じ、騎士たちは軽視されていると憤慨していた。
「それが、こうして会場警護だけでなく、貴人の警護まで任せてもらえるようになるとは。いや、いつかはと希望を持ってはいたが、曖昧で、実現はもっと先の話だった。ジゼラ殿、こんなに早く機会をいただけて、かたじけない」
「いえ、私の力ではありません。最近は鍛錬にも力が入り、実力が高まっているとか。陛下も宰相閣下も頼もしいとお考えなのでしょう」
「それでも。それでも、ジゼラ殿には感謝をせねば」
会話の間も、それぞれが監督する事務官や騎士たちの動きを目で追っている。
けれど、ふと、ジゼラは隣から強い視線を感じた。
「ジゼラ殿、こんな時になんだが、できれば今度、私のために少し時間を取ってもらえるだろうか」
「え、はい。もちろん。なんでもお答えできるようにしますよ」
名指しで相談されたと意気込んだが、ふ、と小さく笑われて、違ったかな、と思う。
けれど考え直すより前に、ロイドが騎士に呼ばれて離れていった。
「ジジ」
こちらにも、背後から呼び声があった。
「朝から何か食べた?」
「ううん。昨日寝落ちしちゃって」
「やっぱり。ほら、飴」
トールにひょい、と口に甘い粒を入れてもらい、すぐに別れる。このところ、忙しさが極まって、同じ宰相府で働いているはずなのに、互いにまともに顔を見たのは三日ぶりくらいかもしれない。
ちょっとでも顔が見れて、よかった。
そんな嬉しい感情が、つい、顔に出た。
「ああこれは、完璧に攫われたな」
とロイドが離れたところで苦笑していたのを、ジゼラは知らない。
やがて、久しぶりに聖女府から出ることを許された聖女マールが、跳ねるような足取りで会場に現れた。
聖女はこれまで、およそ10年に一度選定されてきた。だから聖女マールは、今年は新たな聖女は選出されないと、思っていたのかもしれない。すでに何度も、引退後の生活について話し合いが持たれているにも関わらず。
ジゼラは、話し合いをまともに受け止めないマールをその場に立会って見ていたが、何も言わなかった。それは、マールの今後のための話し合いであり、ジゼラが口を出すものではなく、またマールも、ジゼラとは頑なに目も合わせずに拒否していたからだ。
結果、ドレスの裾を揺らして上がった壇上で待ち構えていた娘たちを見て、マールは表情を削ぎ落とした。
「なによ、これ」
マールの左右に、聖女府の女性事務官二人が、すかさず並んだ。
「聖女マール様、聖女選定の儀です。貴方様が先代の聖女様からお役目を託されたように、貴方様が次の聖女様へお役目を託す、大切な儀式ですよ」
「どういうこと? だって私が聖女になったのは去年よ?」
「聖女は、いつ選定されるか決まっておりません。今回は、一年という短い期間でしたが、おかしなことはございません」
「でも……でも、なによ、これ。——どうして、聖女が三人いるの?」
そう、聖女マールに向かい合ってこれを迎えた娘は、三人いた。
三人、同じ年頃ながら顔立ちも姿形も違う。だが、いずれも聖女に相応しい、白く眩い衣装を身につけている。
「次代の、聖女様方です」
事務官は、マールに冷静に返した。
「マール様。これを無事にこなしてこそ、今後安心して、平穏な生活を送れるようになると」
「はあ? 脅してんの?」
どん、とマールが躊躇いなく事務官を突き飛ばした。さすがに怯んだ事務官二人を相手に舌打ちをして、会場を見まわす。
「話になんない。ジゼラ・プレジュ! ちょっと、説明が欲しいのだけど」
静まり返っていたものの、すでに会場には、人が満ちていた。花祭りとは異なり、神聖で厳粛な秘された儀式だ。観衆は王侯貴族と、王宮の要人たち。
彼らの温度のない視線がマールに向けれらたが、今代の聖女は怯まずにさらに一歩、前に出た。
「追い払うみたいに聖女交代なんて、酷すぎる。認められないわ! 私が思い通りにならないからって、こんなの。しかも、次の聖女が三人なんて、何か、おかしくない? ジゼラ・プレジュ、何を企んでいるのか説明をして!」
いつもの、聖女マールだ。
都合が悪くなると、自分を被害者に仕立てて、ジゼラへの不信感を煽って、最後は責任を押し付ける。
大公が与えた魔具を失って大人しくなるかと思われたが、まるで気にしていない。
魔具があろうとなかろうと関係なく、これがマールの本質なのだ。
「説明責任てものがあるでしょう? 私にだけじゃなくて、みんなに向けても。だって私は、聖女としてやれることを精一杯やってきたもの。それをいつも否定してた挙句にこんな交代にするなんて、理由をちゃんと教えてくれないと、納得できない。みんなもきっとそうよ。私が都合良くないからって、都合のよい聖女をでっちあげようなんて、そんな恐ろしいことを、ジゼラさんが思ってるとは思わないけど、ね。説明、してほしいわ。ね、みんなそうよね」
会場は変わらず静かだが、ちらほらと、目を交わし合う者がいる。
聖女マールの口元が、慈愛の笑みのふりで、にんまりと上がった。
会場を見渡す張り台の上で、ジゼラは息をついた。
気は重い。だが、わずかに安堵が含まれていたのは、否定できない。
何しろ、今日の聖女選定の進行における肝は、マールがこうした行動を取るかどうかだったのだから。しかもマールは計算高くも、この後の自らの立場は傷つけないように、聖女の意義については語らない。
上々だ。
ジゼラは静かに見守った。
「先代聖女マール様にご挨拶いたします」
「「ご挨拶いたします」」
マールに向かって、というより、三人の少女は舞台の上から観衆に向かって、優雅に寄り添って進み出た。
真ん中の少女は小柄で、輝く金の神と宝石のような青い目を持ち、王女ジゼライシスを連想させながらも、圧倒的に、美しい。
だが口上を担当するのは、その両脇にすらりと立つ黒髪と、赤髪の、趣の違う少女二人だ。
「先代様にお認めいただけないのは残念ですが、私たち、厳かなる取り決めに従い、公正に、次代聖女として選定されました。そこにはなんら疑いを挟む余地はなく、先代様の選定からわずか一年というもの含め、すべては思し召しですわ。もちろん、そのようなことは一年の間聖女であられた先代様に向かって語ることでもございませんが」
「私たち三人が選ばれた理由など、後で分かるし、それでいいはずだ。聖女の選定に誰かの意図など、入る余地はない。おかしなことを言う」
聖女たちの語る「選定の公正さ」は通る声で会場の隅々まで届き、マールの主張をすっぱりと切り落とした。
ぎり、と音がするほど歯がみをしたマールに向けて、中央の少女が、女神の如く美しいかんばせに、真実慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「先代様、ご安心くださいな。もう苦しまれる必要はありませんわ。私たち、先代様よりもっと、いろいろできますから」
「は、はああ?」
「まあ、怖い」
「先代先代とうるさい。いろいろって何よ。いい加減なこと言ってんじゃないわよ」
「いい加減ではありませんわ。私たちは、三人いますから」
三人、似たところのない少女たちは、それだけは共通した静かに覚悟を決めた目を、互いに見交わした。
「私たちは、それぞれが聖女です。聖女の仲間がいると言うことですわ」
「支え合える。だがさらに重要なことに、同じ聖女同士、諌め合えるということだ」
「私たち、自省しつつ共に高みを目指しますわ。それが、これからの聖女の在り方」
先代様、これまでさぞ荷が重たかったことでしょう。
お疲れ様でした。
もう大丈夫ですよ。
慈しみの言葉がマールを慰撫する。その度に、マールの顔が歪んでいく。
「あんたたち、さてはジゼラの犬ね」
唸るように噛みついたマールにも、三人は動じなかった。
「まあ、先代様。先ほどから名をお呼びのジゼラ・プレジュ様は、聖女府のご所属でもない、歴とした宰相府の上級事務官でいらっしゃるのですよ」
「本来は、宰相府で思う存分、力を発揮していただくべき方だ」
「今までのように、自分で律せない部分をジゼラ様に頼り切っていては、とんでもないご迷惑です。聖女として、いただけませんわね。聖女は聖女府で、ジゼラ様は宰相府で、王宮の皆様とともに、誰もが国のために働く同志ですのよ」
一つ一つの発言がマールを慰め、諌め、諭しながら、自律も自省も、同志として尊重することもできていなかったのかと、マールの不足とジゼラの無実をこれでもかと叩きつけている。
任せたのだから文句はないが、思ったより好戦的だ、とジゼラは額を押さえていたが。
「そうですわよね、みなさん」
小柄な聖女の問いかけに、静まり返っていた会場、壁際に彫像のように控えていた騎士たちが、革手袋を嵌めた手をバンバンと叩き合わせた。遅れて、客席の後方を占めていた王宮各所の事務官たちが、同調した。
「そうだ、我らもまた同志だ!」
「同志たる聖女を歓迎する!」
「歓迎する!」
喝采の輪は会場中に広がり、聖女たちがそれぞれ手を挙げて応じると同時に、聖歌隊が寿ぎの歌を歌い始めると、観衆もそれに唱和した。
マールが叫びの形に口を開いていても、もう、何も聞こえない。
侍女達に引きずられるようにして、先代聖女はいつしか退場し。
聖女選定の儀は、滞りなく、かつてない温かな熱を観衆に分け与えて、無事に幕を下ろしたのだった。




