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聖女も過ぎれば毒となる  作者: 日室千種


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23/26

23. 知りたいこと、わからなくてもいいこと

「ところで、聖女について、宰相府内でも一月前までは極秘だ。他言無用。ヴィットールにも平等にな」

「はい、わかっています。えっ、どうしてトールいえ、ヴィットールが出てくるのです?」


 慌てたジゼラに釣られたように、宰相が口元に拳を当ててわざとらしい咳払いをした。


「あれは随分、お前にべったりだと聞くからな」

「——っ」


 以前なら、なんとも思わずに否定できたはずだ。

 けれど今は否定もできず、もごもごと口ごもったジゼラに、宰相は複雑な顔をした。


「ジゼラ、その、な」

「閣下、ヴィットールは」

「ん?」


 あの場で魔王の息子だという指摘を笑い飛ばしたヴィットールを思い出す。

 ヴィットールを受け入れた立場で、今まで彼の経歴は決して明かさなかった宰相が、今さら教えてくれることはないと思うが。

 尋ねてみるのは、許される。そんな気がした。


「ヴィットールにはどういう事情があるのですか? あの時聖女様はヴィットールを意図的に巻き込もうとしていました。何の理由があったのでしょう」


 宰相はジゼラと同じ色の目を、思案げに二度瞬いた。


「ヴィットールの情報については、私からお前に開示する許可は出ていない。親しい仲ならなおさら、私の口からではなく直接聞くのがよい」


 誰の許可かは、宰相は口にしなかった。


「聖女の目的は、あれの魔力だったのだろう。どう嗅ぎつけたかわからないままだが、神殿の秘宝を手に入れた聖女は、絶対無効の魔具があってもなお、秘宝を起動できず、自分以外の膨大な魔力を巻き込む必要があると知っていた」


 魔力、と聞いて思い出す、黒い炎。あれが魔力ならば、確かに桁違いだった。何しろ、魔王陛下と遜色ないほどの大きさと勢いだったのだから。

 思い出していたジゼラは、宰相の小さな呟きを聞き逃した。


「神殿長から聞き知ったようなことを言っていたが、神殿長は半分夢の国にいる御仁だ。王女の遺産を管理するだけの神殿に、そんな情報があったとは思えんがな」


「あれほどの人数の転移魔法ですから、大変な魔力を使うのでしょうね」


 ジゼラは、素直に賞賛した。

 ヴィットールはきっと、魔力に応じた魔法も使えるのだろう。魔王の前で、瘴気を遮断してくれたことを思い出した。

 人間の国にいる限り、魔法は使えないはずだけど。





「ジジ、今日はもう仕事は終わり?」


 宰相の部屋を辞すと、すぐにヴィットールが駆け寄ってきた。

 いつもタイミングが良い。

 ジジと呼ばれるだけで照れていたのに、さらに敬語も使わない宣言をされ、以来毎日これなので、かなり慣れた。むしろ呼ばれるたび、自分だけの口調を聞くたび、胸に花が咲くような気持ちになる。


「今日はあと、いくつか出金の依頼書を確認したら終わりかな」

「それならさっき確認しておいた。あの様式はもう任せて」

「そうなの? 助かる。それなら、もう帰れるわ」

「それなら、食事に行こう。美味しい肉料理の店があるって聞いたんだ」


 閣下に許可をいただいてくる、とヴィットールは律儀に宰相の執務室をノックした。

 もう成人しているしそこまで毎回しなくてもと思いつつ、大事にしてくれている証拠のようで気恥ずかしい。今更、父親に「べったりだ」と言われたことを思い出して、ジゼラは居た堪れずに、自分の髪をいじった。

 ヴィットールはすぐに機嫌良く出てきたので、腕を時々触れ合わせながら隣同士で廊下をいく。確実に、前より距離が近い。


「ねえ、ヴィ、じゃなくてトール」

「うん、なに、ジジ?」


 問い返してくれる声が甘すぎて、恥ずかしい。恥ずかしいのに、頬が勝手に緩むから、困る。


「あの、答えにくかったらいいんだけど、トールは、どこかの王族、なの?」

「えっ」

「あっ、言いにくかったらごめんね。さっき閣下から、トールの魔力が高いって聞いて。高い魔力を持つのは魔族が定番。でも、トールは魔王陛下の息子説を笑い飛ばしてたし、なんとなく忠誠心がある感じではなかったから、魔族でないかなと。

 でも、魔王陛下に対しても堂々として怯まなかったし、魔法も扱えるみたいだったから、もしかして人間の国の王族か貴族だから魔力が高くて、魔族の国にも行ったことがあるのかと思って」

「ああ、そういう」


 要するに、少しヴィットールのことが知りたくなっただけ。それを、我ながら長ゼリフで推理など披露したりして、言い訳じみたことをしてしまったとジゼラは顔を熱くさせた。

 ヴィットールはその様子を眺めながら、目を細めた。


「嬉しい。ジジ、何でも聞いてよ。そうだなぁ、王族とか考えたことなかったなぁ。そんなにたいして国として機能してないし」


 おかしなことではない。だからこそ、ケイルード国へ見習い事務官として来たのだろうし。

 ジゼラは頭の中でいくつか小さな国を思い浮かべたが、しっくりこなかった。

 ケイルード国を取り囲むように存在する小さな国々には、きっちりとした身分制がある。では、魔族の領域に近い端にいくつかあるという、自治領のひとつだろうか。だが魔族に近い立地ゆえ、魔族への警戒心がいまだに強かったり、あるいは逆に魔王を崇拝していたりと自治領ごとに極端だと聞く。

 とても魔王陛下を前に泰然とはしていない、はず。


「ねえ、国の名前は? 知らないかもしれないけど」

「名前? 名前はないなあ、そういえば。付けるといいかもね。付けるように言おうかな」

「え、国の名前を?」


 そんな気軽に?


「そう。今は、乳兄弟みたいなやつが王様になってるから、言っておくよ」

「えっ、あの、そういうのはよく検討したほうが」

「大丈夫、ケイルードと違ってゆるゆるだから」


 ははっと悪戯そうに笑うので、つい可愛いなどと思ってしまって、自分を疑った。

 このところ、自分でも浮かれていると思うのに、止められない。


「こうして社会勉強を許されるくらいには放置されてるし。おかげで最近は毎日が楽しい」

「社会勉強?」


 ジゼラは、幸せな気分から一転、胸が冷たいものに塞がれるのを感じた。

 うかつにも、ふらりと現れたヴィットールが、またふらりといなくなる可能性を、全く考えていなかった。社会勉強が終わったら、いつか自国に帰るのだろう。


「え、ちょっとなんでそんな可愛い顔してるの?」

「えぇっ、か、かわいい?」


 心は暴風雨なのに、ヴィットールが何をかわいいと思うのかは聞いてみたい。熱くなった鼻先を手で隠して見上げると、ヴィットールのとろりとした目とぶつかった。


「あー、ごめんね、言い方が悪かった? ジジが嫌なことは何もしないよ。でもかわいい。顔が赤くて、目も潤んでるし、なんだか俺が、泣かせてるみたい」


 独り言のように呟くのに合わせて、目の色が、紫から、徐々に深い緋色に——。


「お疲れ〜」


 後方で挨拶を交わしながら廊下に出てくる音がして、ジゼラははっとした。

 ここは、宰相府の主廊下だ。ぼんやりと見つめ合っていていい場所ではない。

 ヴィットールに目を向ければ、そこにはいつもの、爽やかな青年がいた。


「そろそろ出ないと、呑み客で混んで来ちゃうね。行こうか」


 大きな手のひらを差し出されて。

 なんとなく。

 なんとなく、相手が自分より遥かにうわ手だと感じる。同時に、それでもなお、自分には譲ってくれることも、わかる。その目のもっと奥に、まだジゼラの知らない一際温度の高い熱がありそうなことも。それに気がついて怖気付く前に、絡め取ろうとされていることも。なぜかわかる。

 何故だろう。

 ジゼラは、ヴィットールに何が気に入られているのか、わからない。

 ぽろぽろと彼の言葉の端に上がる褒め言葉は、好意にはなっても、ここまでの執着にはならない気がする。

 たまたま、宰相府で一緒になったから。

 歳の頃が同じだから。

 仕事をよく教える先輩後輩だったから。

 よく愚痴を言って慰めてもらったから。

 どれも、ジゼラでなくてもよいことだ。

 仕事と同じ。

 何も特別なことはしていない。特別扱いをされる理由がない。

 わたしなんか、とできないことを数えてしまう。


 ——でも。

 仕事と、恋は、別だ。

 ヴィットールがジゼラに恋をしてくれているなら、ジゼラはその理由を知らなくてもいいのかもしれない。ヴィットールは、信じられる。信じたいと、思うから。


 ジゼラにできるのは、反対にヴィットールへ向いているこの気持ちを、大事に大事にすることだけ。

 そう思うと、ジゼラの頬が自然と上がった。

 そっと、差し出された手のひらに手を置いて。


「トールは、優しいね」

「は、不意打ち?」

「いつも思ってる。仕事もできるし、頼りになるし、凹んでるときは寄り添ってくれるし、足りないところばかりを見てしまう私の、いいところをたくさん、教えてくれる」


 好ましいところは幾つでも挙げられる。けれど、どれだけ言葉を尽くしても、結局全てを言い表すことはできないと、突き付けられるだけ。

 そうか。

 同じだ。

 ジゼラが自分の気持ちを全て言葉にできないのと同じように、ヴィットールの言葉から恋する理由を知ることなど、元より無理なことなのだ。


「全部、好きよ」


 ふわりと浮くような心地のまま、ただ気持ちを溢してみたら、ヴィットールの目がゆらゆらと色を揺蕩わせる。

 その底知れなさもまた、快くて、ジゼラはきゅっとヴィットールの手を握った。


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