22. 父であり、宰相であり
「次の聖女選定の日に、聖女を代替わりをさせる。聖女マールは王宮から遠い土地にて、身寄りのない聖女に対する定めの通り、年金を与えて生活をさせる」
宰相から一人呼び出され、国王の決定を聞かされたのは、次代の聖女についてジゼラの提案が受け入れられたからだ。
これは、極秘事項だ。なにしろ、聖女選定の日を迎える前に「聖女が選ばれること」が決まっているのだから。
「聖女マールが、年金暮らし、ですか」
「聖女は受け入れたそうだ。大公家は彼女の引き取りを拒否したからな、他にいくあてもないのであろう。今代の聖女と大公家は私的にはなんの繋がりもない、ということになる。かわりに、大公は隠棲させ、今後五十年、大公家は聖女たちのための予算の半額を引き受けるが、聖女の後見としては名乗りをあげることはできない約束となった」
それはつまり、資金提供だけをして、聖女を後見するあるいは夫人として迎え入れて自家の権威を増すことは許されないということ。百年の縛りは、重い。
「すべて、聖女制度の意義と尊厳を保つための決定だ。それは国の今後のため。ゆえに、聖女マールが国の指示に従う限りは、生涯その暮らしは保証されるが、従わないか、大公家や国の意向に反して、聖女制度を貶める言動をした場合は彼女を守る者はない」
普通に考えれば、命を惜しむなら受け入れるだろう。
だが、聖女マールの「受け入れた」は、本当に大丈夫だろうか。
ジゼラには一抹の不安があったが、宰相は無駄な議論を打ち切った。
「聖女マールの判断に問題があったとしても、そこまでだ。聖女は交代するのだから。一月前からは、内々に情報規制を緩め、式典の準備を進めるように」
例年、選定がなくとも式は行われる。毎年同じように、準備をしてきたが、今年は違う。何食わぬ顔で同じように準備をし、ただし選定と代替わりを前提に、警備を緻密に、式後の布告は潤滑になるよう、そっと補強するということだ。聖女の代替わりが決定していることは秘したまま、聖女マールの引き起こすかもしれない不測の事態にも対応を用意しなければならない。
「……わかりました」
「一年か。あの聖女相手でこれは、上手くやれたな」
上手く、という言葉に、ジゼラは顔を上げた。
半年ほど前にも、その言葉を聞いた。あの時のジゼラは、聖女マールを上手く導かなければ、そのためには聖女マールともっと向き合って信頼を築かなければ、とそれしか考えられなかった。
だが、それ以外の道があったなら。
「もしかして、この代替わりは計画されていましたか?」
「いや。だが選択肢の一つとしてはあった、と言おうか。聖女選定は専門の担当官らによって、毎年行われている。厳密な規則に則って、な」
「はい、毎年の聖女選定の儀」
「そこで選定があったとしても、代替わりをするかどうかは別だ」
「っ、それは、聖女に相応しい方が選定されても、場合によっては代替わりはしないまま、ということでしょうか。それは、知りませんでした」
「聖女選定のあらゆることは、王宮でも極秘扱いだ」
大公に聖女選出の秘を洩らした者は、確認できなかった。介入も、操作もなし。
長年の執着と、余人より代々の聖女の情報を知ることのできる立場から導き出した法則が、たまたま当てはまっただけだったらしい。
「……聖女選定の情報を知ってしまったら、娘を聖女に据えようと思うものでしょうか。名誉に思う親が多いのは知っていますが」
「くだらんな」
迷う様子もなく、宰相はため息のように答えた。
「生まれた日だけで子供の運命を決めるなど。元より多くの選択肢を持って生まれる赤子に、聖女となる選択肢をことさら与えることが重要か? まして生まれる日を操ってまで。それは親の押し付けでしかない。それは子にとって、魔族の脅威と、何が違う?」
自身の哲学が滲む回答だった。
ジゼラはよく知っている。侯爵家に生まれた娘でありながら、婚約も拒否して、事務官となる夢を押し通した。押し通せたのは、この父の許しがあってこそ。それを有難いと思いつつも当たり前に享受してきたジゼラは、この時初めて、その対応が放置でも、諦めでもなく、父の信念に基づくものだと知った。
思いがけず、ジゼラがずっと周囲から感じ続け、自分では跳ね除けた奇妙な哀れみを、根底から薙ぎ払う答えでもあった。
王女のようになりたいと語るたびに、気の毒そうな顔をされた幼少期。聖女にはなれないのだよと、母方の祖母に頭を撫でられた時。宰相府に入るまでは、誰もがジゼラを聖女になれないのに憧れ続ける不憫な子として見た。
そうではない。ジゼラは聖女になりたいわけでも、王女になりたいわけでもない。王女が走り続けたように、走り続けたいだけだ。王女と、見る方向が違ってもいい。
そう思うたびに微かに、父はどう考えているのだろうかと。父もまた、ジゼラを憐んでいるのだろうか。聖女になれずにかわいそうな娘だと、思っているのだろうか、と胸が軋んでいたのが。
「人はしがらみと無縁ではおられぬ。国にも、家族にも、自分の心にも縛られる。だからこそせめて、私が取り除けられる不安や恐れは取り除く。その思いで、私も王女の後を歩んでいるつもりだ」
聞いてみれば、宰相としての父は、自分より遥かに思慮深くはあれど、同じような動機で国のために働いているという。
親と子で、同じ宰相府に務めるようになってからも、家で食事を共にしても、こんな話をしたことは一度もなかった。
厳しく、言葉少なく、褒めることもなく、だが、否定はしない、そんな父だと思っていた。
いや。
家で議論をもちかけるのは、他の事務官に対してずるい気がして質問を呑み込み。実力不足が露呈するのを恐れて相談を持ち越し。何も成していない立場で烏滸がましいと怯えて意見を引っ込めてきたのは、ジゼラだ。
それこそ、父に比べてなんと自分本位な、幼い態度だったことか。
自分を振り返ったら、心に、風が吹いた。
どこか遠いところの香りを孕んで、周囲の靄を吹き払ってしまう、誘いの風だ。
「父上、いえ閣下」
「うん?」
「私は、いつか『聖女』に頼らずに、この平和を当たり前に思えるようにしたいと、そう思います。そう、魔王陛下にも申し上げました」
宰相は、ジゼラが初めて、王女様みたいになると宣言をした時と同じように、少し目を見開いて、やがて薄く、唇の端を緩ませた。
「やってみるといい」




