【第6話】バッドラックジハード⑤
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自宅に帰るなりベッドに倒れこむ。
精神的に参ってしまっていたのだろう。僕はそのまま気絶するように眠りについた。
或いは何も考えないようにするためにだったのかもしれない。
寝ても覚めても逃げ場がなくなったとしたら、僕は今までのように生きていくことが果たしてできるのだろうか?
…できることならば。
夢も見ないくらいに深い眠りにつきたかった。
しかし、その願いは叶うことはなかった。
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幼少の頃、スーパーヒーローに憧れた。
正義を貫き、悪に立ち向かう。
そんな単純明快なストーリーに心躍らせた。
中学3年の時にクラス内で弱い者いじめが起きた。
いじめが起きていることは全員が知っていたが、自分が巻き込まれたくないという一心で見て見ぬふりしていた。
人一倍正義感の強かった僕はいじめを行っている男の子にある日我慢が出来なくなって食って掛かった。
体格的にも僕の方が小さかったし、正直足の震えを誤魔化すのも必死だった。
勝てるはずないと思いながらもここで引っ込んだら負けだと無理やり自分に言い聞かせて。
そこからはもう無我夢中だった。
クラスの女子が先生を呼びに行くまで取っ組み合いの喧嘩をした。
鼻血と涙で訳が分からなくなりながらも馬乗りになったり逆に馬乗りになられたり…。
そんなことをしているうちに相手が堪らずに降参したのだ。
まあ、そのあとは両親も学校に呼ばれてこっぴどく怒られたのだが…。
それ以降その生徒へのいじめはきれいさっぱりなくなった。
「ありがとうらっくん」
その感謝の言葉をもらった時の充実感はいままでに体験したことのないほど特にとりえのない僕にとっては甘美なものだった。
さながら自分が憧れていたスーパーヒーローにでもなった気持ちでいっぱいだった。
いじめをしていた男の子もその後は行いを改めて、とても仲の良い同級生でそのまま高校へ進学した。
自分に酔っていたと言えばそうなのかもしれない。
クラスメイトと充実した日々を過ごしながら高校の1年目は過ぎていった。
そんな余韻も残しながら、両親の仕事の影響で地元を離れた高校へ転校することになった。
「お前ならどこでもうまくやれるよ」
いじめをしていた男の子の激励に似た言葉が胸に響いた。
ぶつかり合った仲間との別れは非常に寂しいものだったが、こればかりはどうしようもない。
転校先である私立帝麗学園。
知り合いの一人もいない学園での新生活が始まるのだ。
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「悪いな楽。父さんの仕事の都合でお前にも迷惑かけて」
「仕方ないよ。前から言ってたじゃん、転勤とかもあるかもしれないって」
高校に進学の際に転勤の可能性は父から予め話に聞いていた。
実際にイメージはなかなかつかなかったが、高校を卒業するまでなければいいなぐらいの気持ちだったので立ち直れないショックを受けたりということもなかった。
引っ越し先の近辺には大きく分けて二つの高校があった。
立華高校と帝麗学園。
姉妹校である二つの高校はいずれも編入試験があったが、もともと勉強は苦手ではなかったので偏差値の高い帝麗に編入することになった。
引っ越ししてきたばかりで土地勘もあまりない。
荷ほどきもまだ済んでいないような状況だが今日が登校初日だ。
「いってきます」
「行ってらっしゃい、気を付けてね」
まだ朝食を食べている両親に挨拶を済ませ家を出た。
家からさほど遠くない距離なので余裕をもって学校にたどり着く。
事前に運営室という場所に来るように言われていたので、玄関から入ってそちらのほうに向かった。
「初めまして。転校生の抜戸楽さんですね? 生徒会運営委員の野々村早紀です」
「は、初めまして」
「びっくりしたでしょ? 職員室がないのよこの学園」
眼鏡をかけた大人びた女子生徒が自己紹介とともに帝麗学園のシステムについて話してくれた。
この学園は基本的に学生主体の規律を重んじるため基本的に教師が存在しないとのこと。
各科目の授業はオンラインでの受講。学校での年間行事なども生徒が主体の委員会で相談して決定催行されるらしい。
「私自身も今年3年生になるけど、転校生や新入生などの手続きや学園案内を主に管轄しているわ」
「へぇ…学生だけですごいですね」
「もちろん校長や理事長はいるけど主体は学生よ。毎年全学年で順位付けが行われてトップになった生徒が生徒会長として学園を取り仕切るの」
先輩に学園の大まかなオリエンテーションを受けながら教室に向かう。
すれ違う生徒が会釈や挨拶を交わしてくれた。
学園内も綺麗だし風紀が乱れているような印象も今のところない。
この学園で今日からまた高校生活が始まると思い、期待とも不安ともとれる高揚感に包まれる。
先輩に紹介されるままに教室内に入り自己紹介を済ませる。
温かい拍手の中、何の気はなしこれから共に過ごすクラスメイトの顔ぶれを見るため教室内をざっと見渡す。
…その中に明らかに異質な生徒が一人いることに気が付いた。
教室の後方一番奥の窓際の席にいる一人の生徒。
そこだけなぜか机がない。
スカートではなく学校指定のジャージを履いているが恐らく男子生徒なのだろう。
さながら下駄と警告色のちゃんちゃんこを着たかの有名な妖怪少年のような髪型で、片目が隠れており表情がほとんど見えない。
「…ッ!」
ふと目が合う。
見てはいけないものを見たような気がして咄嗟に目を逸らす。
他のクラスメイトの先ほどまでこちらに向けていた笑顔がまるで張り付けられたものように感じて思わず背筋が凍る。
この状況をなんとも思っていないのか?
「ん? どうかした抜戸君?」
先輩が異変に気付いた僕に話しかけてきた。
いやいや、どうしたじゃないだろう…。
「あ…いえ…」
しかしなぜか聞くことを躊躇う。
そうすることが正解だと僕の中の何かが警鐘を鳴らした。
先輩の指示するままに指定された席へと向かう。
なんだこの気持ち悪さは…。
まるでなにも考えるなと圧をかけられているかのように。
…着席。
すぐ隣の異質をなるべく意識しないように教壇の方を見る。
先ほどまで親近感を覚えていた先輩が同じ人間ではない何かのように感じて吐き気に似た嫌悪感を催す。
「では皆さん、ガイダンスに従って今日も一日を始めてください」
そう言って先輩が教室を後にした。
ほぼ同時に朝のホームルーム終了のチャイムが鳴り教室内のクラスメイトが僕の席に集まってきた。
「はじめまして! 抜戸君で合ってる?」
「え…? ああ…うん」
「僕は○○! どこから引っ越してきたの?」
いやいや…
「分からないことがあったらなんでも聞いてね」
「あ、うん…どうも」
そうじゃなくて…
「最初は移動教室だから一緒に行こうよ。まだどこに何があるか分からないよね?」
「そうだね…」
一番聞きたいことがあるのに聞けない。聞いてはいけない。
次々と自己紹介をしてくるクラスメイトの名前もロクに頭に入らないまま講義会場へと移動を始めた。




