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【第6話】バッドラックジハード③

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殺伐とした朝のホームルームが終わった。


実の妹がクイーンとバトルを繰り広げた直後、姉はどんな気分でいるのだろうと。

ふとその様子が気になり横眼に見てみると、絵入さんはカバンからお気に入りの味付きパンの耳を取り出して食べていた。


「ん、なんだ? 楽も食うか?」


「えっ!? …ああ、じゃあ一つ貰おうか」

全然動じていない様子にこちらのペースが乱されてしまうようだ。

久しぶりに会ったというのに妹さんとの会話とかはないんだろうか…。


補色さんは補色さんで絵入さんに話しかけるわけでもなく、次の授業の準備に取り掛かっている。

その何とも言えないドライな関係性に僕を含め他のクラスメイトもどう反応していいか若干困惑している様子だった。


そんな中、数名のクラスメイトが興味の対象である補色さんの周囲に集まりだして話しかけていた。

僕と同様に絵入さんとの関係性なんかは迂闊に地雷を踏むのを警戒してか控えた感じで話しているみたいだが…。

絵入さんとはまた違った雰囲気で淡々と質問などに答える補色さん。

ややダウナーな印象の絵入さんと比較してクールで無駄なことはしなさそうな印象を受ける。


そんなことを考えながら眺めていると先ほど不完全燃焼だったのか、クイーンがズカズカと補色さんの方へ取り巻きを引き連れてやってきた。


「ちょっといいかしらぁ」

集まっていたクラスメイトが人災に巻き込まれまいと、さながらモーセの十戒のように道を開ける。

…うん。何だろう。ものすごい既視感だ。


「何?」


威圧的な態度に微塵も臆することなくクイーンを見据える補色さん。


「さっきはいきなり突っかかっちゃってごめんなさいねえ」

白々しくも先ほどの非礼を詫びるかのように立華さんが頭も下げずに補色さんに本当に形だけの謝罪をする。

それで謝ってるの?とでも言いたげな表情で口を開かずにいる補色さん。


警戒されていると思ってか、反応もないままに立華さんが続ける。


「お姉さんには転校してきたときに色々手を焼いたから妹さんも同じだったらどうしようって警戒しちゃったの」

立華さんは弁明してるようだが補色さんの身内を貶しているのに変わりはなかった。


「おい、言われてるぞ」

ヒソヒソ声で黙々とおやつに興じている絵入さんに耳打ちする。


「ふっ」

何がおかしいのか懐かしむような余裕の表情でほくそ笑む絵入さん。

幸い立華さんは補色さんに向き合っていたのでこちらには気づいていない様子だった。


転校当初の嫌がらせはそれはそれは陰湿なものだったが、絵入さんに関わると毎回災難な目にあうためちょっと前から立華さんの直接的な嫌がらせはなくなっていた。

今回みたいに陰口…(まぁ本人の前で言ってるから陰でもないのだが)は思い出したかのように言うことはあるが、

絵入さんもほとんど真に受けていないし、なんなら自分が言われてると思っていない節すらある。


「何って言ってるんだけど?」


しかし今回はどうも相手がまずかったらしい。


「何って…え? 謝ってあげてるんですけどぉ?」


射殺すような視線で立華さんを睨む補色さん。

それもそうだ。事実、謝罪とは程遠い言い訳を述べて相手がちょっかいをかけてきているだけなのだから。


「今の流れを謝罪って思っている蕩けた脳みそしてんなら自主退学して保育所からやり直した方がいいわよ」


「はぁ?」


怒りを通り越して気の毒そうに見つめる補色さんに立華さんが切れた。


「残念だけどぉ、あんたの学園視察は今日で終わりよ…! パパに言いつけて帝麗に送り返してもらうわぁ」


「パパ?」


「そうよぉ。ここ立華学園の理事長、立華美信たちばなよしのぶは私の父よぉ。今後二度と帝麗からは交流生徒が来れないようにしてもらうわねぇ」

勝ち誇ったような嫌らしい嘲笑を張り付けて立華さんが吐き捨てた。


「ああ、そう。あなたがあの有名な馬鹿理事の馬鹿娘だったのね」


「馬鹿…理事…?」

思った反応が返ってこないどころか、さらに噛み付いてくる補色さんに怒りを通り越して固まる立華さん。


「いいことを教えてあげよっか?」

「この立華学園だけど、近いうちに帝麗との合併になる予定よ」

相手の反応も待たずに補色さんが続ける。


「合併ですって…?」


「そう。あなたのお父さん、勝手言ってこの学園を創設したけれどずっと赤字で経営してきているの」

「帝麗が大幅に黒字だからプラマイゼロでなんとかなっているけれどそれもそろそろ限界」

「あなたが入学してきてからはさらに赤字。それもそうよね。気に入らない生徒や教師は片っ端から我儘で除籍してきたんだもの」


心当たりがあるのか明らかに顔色が悪くなる立華さん。

反論できなくなるも補色さんは追い打ちを続ける。


「別に私を追い返しても構わないわ。私だってあなたみたいな精神衛生上よろしくない人と同じ空気を1秒たりとも吸いたくないもの」


「あんたねぇ…っ!!」

平手うちをしようと手を振り上げた立華さんだったが、そのまま力なく手を下ろして補色さんの前から引き返して行った。


終始その様子を見ていたクラスメイト達がとんでもないものを見たような表情で全員固まっていた。


「いやぁ…えらいもん見たなぁ…」

まさに度肝を抜かれた俊介が感嘆している。


「でも合併か…どうなっちゃうんだろうな俺たち」

急な合併の話に不安を隠しきれない。


「おい楽、大丈夫か? …めちゃくちゃ顔色悪いぞ」

先ほどから一言も発せずにいる僕の異変に気付いた俊介が心配そうに顔を覗き込んできた。


「いや…ちょっとダメそう」

吐き気にも似た黒いものが全身を覆うような不快感に襲われる。

そう思った矢先に視界が徐々に暗転していった。


「楽…?」

遠くで寧斗と絵入さんの声が聞こえたような気がしたがそこで僕の意識は途絶えた。


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途絶えていた意識が徐々に戻ってきた。

どこからか雑踏が聞こえてくる。

倦怠感の余韻を残した体が硬いパイプベッドに沈んでいる。

うっすら目を開けると白を基調とした空間にカーテンで囲まれて横たわっていた。


「…知らない天井だ」


一応言ってみた。


なんだか知らないが口の中が変に甘ったるい上に奥歯に何か貼りついている。


「なんだこれぇ…肝油ぅ?」

食べた記憶のない肝油が口の中でにちゃにちゃしていてものすごく不快な気分になる。

同時に消毒液のツンとした匂いに自分が保健室にいることを知る。

もぞもぞと寝返りをうっていると養護教諭の保科看取ほしなみとり先生がカーテン越しに話しかけてきた。


「あ、あのぉ…目が覚めましたか?」


「え、あ、はい…」


「ひっ…! 同じクラスの怖そうなお友達がここまで運んできてくれたんですよ」

なぜか怯えながらに今に至る経緯を話してくれる保科先生。

怖そうな友達とはきっと寧斗のことだろう。


「ほ、他にも変わった子と声のやたら小さい子も一緒でしたが…」

それは多分絵入さんと御手洗さんだろう。


「僕どのくらい寝てたんですか?」


「ひぃっ…! 1時間ちょっとくらいってとこですかね…」

この先生会話のキャッチボールごとに怯えていてなんだかこっちが申し訳ない気持ちになる。

ついさっきまで絵入さん達がいたらしいが次の授業もあるので教室に戻っていったらしい。

僕も起き上がって戻ろうとしてみたが…ダメだ、まだ気分がすぐれない。


「む、無理はしないほうがいいですよ。来た時も顔真っ白でしたし…」


「すみません…」

無理してまた倒れてもしょうがないので諦めてまた超高反発のベッドに横になる。


「あ、朝ごはんとかってちゃんと食べてきました?」

倒れて運ばれてきたこともあり貧血などを疑って尋ねてくる保科先生。


「食事はちゃんととってますね…。今朝もしっかり食べてきました」



貧血なんかじゃない。倒れた原因なんて自分が一番わかっている。



「そ、そうですか…。こういったことは良くあるんですか?」


「いや…、多分たまたま…立ち眩みとかです。ははは…」



立ち眩みなんかじゃない。



「ま、まぁいずれにせよ無理はなさらずに…」



これは過去から来る呪いだ。



「……!!」


不意に思い出しかけて吐き気が襲ってくる。

寸でのところで堪えて必死に無心になるよう努める。


「じゃ、じゃあ私は保健だよりの掲示に行ってきますので」

落ち着くまでゆっくりしていってください、そう言い残して保科先生が保健室を後にした。

気持ち悪くてそれどころじゃなかったので返事すらまともにできなかったが、寝静まったと思ってくれたのか特になにも言わずに行ってくれた。


「はあ…しんどい」


少し気が晴れてきたものの依然として気だるさがしこりのように全身にまとわりつく。


それから少し休んでいると授業が終わり休み時間のチャイムが鳴り響く。


休み時間になってから少し経過したのち聞きなれた声とともに誰かが保健室に入ってきた。


「それ一日の摂取上限とか絶対あるだろ!」


「ない」


「一日2~3粒って書いてありますよ」

心配した絵入さんと寧斗と御手洗さんが様子を見に来てくれたみたいだ。

…一人は大事そうに肝油の缶を抱えて。


「犯人はお前だったか…」


「気ぃ失ってるっていうのに、こいつ仙豆感覚で口の中に放り込むから」

寧斗が当時の状況を説明してくれた。辛うじて窒息しなかったことを神に感謝しようとおもう。


「平気か?」

無表情ながらもどこか心配そうに聞いてくる絵入さん。


「大丈夫。もう少し休んだら戻るよ」

そう言って空元気で答える。


「びっくりしました。急に気を失って机に伏せこんじゃったから…」

御手洗さんも心配そうに具合を尋ねてくる。


「おでこがやたらと痛いのはその時できたたんこぶか…」

ぶつけた部分に手を伸ばすと保科先生が張ってくれたと思わしき小さい湿布が張ってあった。


「ちゃんと飯食ってんのか? いまさら実は病弱キャラでしたとか似合わねえこというなよ」

寧斗が茶化しながらも励まそうとしてくれているのがわかる。


「低血糖かなあ、朝ごはん抜いたのが良くなかったのかもしれない」

変に心配をかけるのも良くないと思ってそんな嘘をつく。

たまたまだからと念を押すと寧斗はそれ以上何も聞いてこなかった。


「やっぱり肝油ぶち込んで正解だったな」


「正解かどうかといわれると違う気がするけど…」

勝手に決めつけている絵入さんに御手洗さんが横やりを入れていた。


とりあえず目を覚ましたことを確認できて安心して寧斗たちは教室へと帰っていった。


「忘れ物してるし…」

ベッドの近くにあるパイプ椅子に置き忘れた肝油の缶を見つめてつぶやく。


いっそのこと打ち明けてしまった方が楽になれるのだろうか…。


一人になって改めてそんな考えが頭をよぎる。

一瞬そんなことが過ったかと思うと、保健室にまた誰かが入ってきた。


「…絵入さん?」


なんとなくそんな雰囲気を感じて名前を呼ぶ。


「まあ、間違ってはいませんけど」


淡々とそう返事をしながら入ってきたのは、


「それはきっと私のことではないのでしょうね」


妹の方だった。



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