【第6話】バッドラックジハード②
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「失礼するわよぉん」
予定より少し遅れて校長室に入る。
常日頃から理事長の娘である立華美咲に振り回され頭を抱えている校長だが、今日はさらに拍車がかかったように眉間を抑えながら唸っていた。
「おお、来てくれたか。いや、困った案件がまた舞い込んできてな…」
「愛しの孫娘と離れたばっかりだっていうのにね」
「はあ…孫娘にも関わってくる事だからこそこうして頭を抱えておるんだ…」
校長、西園試験は西園風美の実の祖父だ。
この度の帝麗技術開発部の引継ぎという名目で半強制的に孫があちらに戻されてしまったことを先日から悔やんでいた。
「詳しく聞いてもいいかしら」
対面にある革張りの黒いソファに許可をもらって腰かける。
「単刀直入に言うが…立華と帝麗の姉妹校合併の話が早まりそうなのだ」
姉妹校合併…というより帝麗への立華の吸収が表現的には正しい。
かねてより学園の営業不振により以前より校舎統合の話は上がっていたが、
本校の理事である立華美信とその娘 立華美咲の学園の私物化に近い実態がダメ押しとなり学園倫理委員会による合併の話が本格化してきたというのだ。
「まあ無理もないわね。いち生徒である私から見ても異常だもの」
親子ともども権力にものを言わせた言動が多すぎる。
当初は立華美咲の在学期間だけ乗り越えれば看過できるという意見で見逃されていたが、そうもいかなくなってしまったらしい。
「合併の末には当校は分校扱いになり部活動や実習で利用する施設になるらしい」
「はぁ、困ったわね…」
問題は合併後の規則である。
帝麗の学則は生徒主体制というかなり独特な校風をもちあわせている。
教員は最低限しかおらず、学園の方針や行事、校則などは生徒会役員が独裁的に決定する権利がある。
学年の隔たりを重視せず、3年制ではあるものの全校生徒の中で学業および身体能力が一番優れていると評価された生徒が生徒会長となりすべての決定権を手にするのだ。
一般生徒にその校則への拒否権はなく、数少ない教員も例外ではないのだ。
つまりは帝麗が主体で合併するということは必然的にその校則に従うこととなる。
「近いうちに帝麗生徒会から数日間、一人の生徒が派遣されることになった」
恐らく立華高校の現状の視察と報告のためだろう、と。
「あっちの生徒会のメンツなら名前だけはほとんど知ってるけど…いったい誰が来るのかしら?」
毎年姉妹校交流と称した生徒会役員のみでの食事会が開かれる。
食事会と言ってもそれぞれの高校の年間行事のスケジュールを話し合うだけの社交辞令の様なものだがこれがまたひどい。
あちらの高校は代理の生徒をよこすだけで実際の生徒会役員が出てきたことは私が知っているうえでは一度もない。
ゆえに名前だけは知っているという状況なのだ。
今回の派遣生徒もどうせ代理の一般生徒が来るのかと思っていたが、校長の顔色を見るにどうもそうではないことは明白だった。
「まあ…君が他に漏らすことはないだろうが一応ここだけの話にしてもらえると助かる」
そう前置きしてから校長からその派遣生徒の名前を打ち明けられた。
「…はぁ。頭を抱えるわけだわ…」
一番上がってきてほしくなかった名前が告げられたのであった。
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夏休みが明けて間もないというのに、教室はテストの話題で持ちきりだった。
確かに藤崎が休み明けにテストがあるとがぼやいていたような記憶もうっすらあるが…そういう嫌なことは忘れてしまうのが人間の性だと僕は思う。
「テストがあるなんて聞いてねえよぉ!」
前の席で寧斗が悲鳴を上げる。
「ま、まあ避けて通れないし明日までに範囲予測して勉強するしかないよ」
かくいう僕も全く勉強はしておらず、人んちで肉野菜炒めなんて作っている場合ではなかったのだ。
「赤点なんかとったらばあちゃんに家から閉め出されちまう…」
割と本気で困惑している様子の寧斗を見て他人ごとではないなと気落ちする。
「ほら、こんな状況でも一心不乱に練り消し作ってる人もいるくらいだからさ…」
そう言って隣の席でマイペースに創作活動をしている人を流し目で見る。
なんなら集中しすぎてちょっと舌がペロッと出ている。…子供かっ。
「それだけ余裕があるってことなんじゃねえの?」
万が一にもなさそうな予想を寧斗が口にする。
「…絵入さん、テスト勉強とかやった?」
一応聞いてみる。
「えっ、テストなんてあるのか?」
やはり万が一はなかった。
「はあ…。似た者同士だったか」
なにかを諦めたかのように寧斗がつぶやいた。
「まあテストの存在すら認知してなかったあたりは僕たちとは一線を画しているような気もするけど…」
気が付けばまた練り消しづくりに没頭してるし…。
「あとで御手洗にでも聞いてみるか。あいつは真面目に授業受けてそうだしな」
寧斗の言う通り御手洗さんであればテスト範囲などもしっかり把握してそうだ。
僕も後から一緒に聞いてみることにしよう。
そんなテストの話をしていると予鈴が鳴った。
少し遅れて担任の藤崎が寝ぐせだらけの暴発頭をポリポリ搔きながら教室に入ってきた。
「あー、おはよう。休みの前に言ったと思うが明日は夏休み明けテストだ。くれぐれも補習要員だらけにならないように気張ってくれたまえよ~」
教室内のあちこちからため息が出ていた。
「あ、そうそう。そして急遽決まったんだが姉妹校の帝麗の生徒がなんか学園…視察?とかいうのでうちのクラスに1週間ほど来ることになったぞ」
そういうと僕たちの反応も追いつかないうちに教室の入り口に向かって藤崎が「おーい入ってきていいぞ」と一言告げた。
「失礼します」
行儀よく静かに教室の入り口が開かれると帝麗の制服の女子生徒が教室の中に入ってくる。
ちょちょいと制服の裾を引っ張られたかと思うと、俊介が「おいおいめちゃくちゃ可愛くねえか!?」と興奮した様子で僕に話しかけてきた。
遠目にもわかるピンと伸びた背筋に整った顔立ち。
…でもなんだろう。形容しずらいのだがどこかで見覚えがある様な気もする。
先ほどまでざわついていた教室内が静まり彼女の一挙手一投足に注目している。
それに微塵も臆することなく教壇の前まで進んでいく。
教壇の前に立つとこちらへと向き直り、教室内を一望するかのように見渡す。
僕とも一瞬目が合ったような気がした。
「じゃあみんな興味津々だろうから自己紹介でもしてもらおうかな」
藤崎が気だるげに彼女にそう告げる。
「はい」
そう言うと黒板の方へと向かい白のチョークで自分の名前を書きだした。
あまり聞かない苗字を書いた段階で僕は何かを察する。
動悸に近い心拍の跳ね上がりを自覚する。
他の生徒もその違和感に気づいたのか喧騒に近いざわめきが波立つ。
黒板に名前を書き終えた彼女が再び教壇の前に戻りその名前を読み上げる。
「絵入補色です。今日から一週間どうぞよろしくお願いします」
確かにそう言った。
「あらぁ~? なんだか聞き覚えのある苗字なんですけどぉ?」
クラスの大半が抱いたであろう疑問を代弁するかのように立華美咲が我先に声を上げた。
「まぁ、なんとなく察してるやつもいると思うが…」
藤崎が教室全体を見渡しながら、
「絵入の双子の妹さんだそうだ」と告げた。
「おいおいマジかよ!?」
僕同様に初耳だった寧斗が思わず後ろを振り向いて驚く。
「おまえ妹なんていたのか?」
「いる」
当の本人は別段驚く様子もなくいつもの調子で受け答えている。
「妹さん来るって知ってたの?」
「いや、知らなかった」
それでこのリアクションって逆にすごいな…。
「ちょっとちょっとぉ~! 勘弁してよぉ~。まさかアレと同じ性格とかいうんじゃないわよねぇ?」
言いながらもニヤニヤと下卑た嘲笑を続ける立華さん。
あからさまに聞こえるように言っているので絵入さんの妹である補色さんへの牽制の意味も込めてのことだろう。
「はあ…どこの誰だか知らないけど、程度が低くて嫌になるわね」
氷のように冷たい視線とともに立華さんを卑下し、一瞬にして教室の空気が凍り付いた。
「はあ? それってあたしのこと言ってんのかしらぁ?」
一触即発ともいえる空気の中、立華さんが補色さんに食って掛かる。
「自覚がなかったの? あの流れであなた以外にいないでしょ?」
「……ッ!!」
自分から吹っ掛けといてよほど頭に来たのか、思わず席から立ち上がる立華さん。
「おいおい! なんで出合い頭で喧嘩はじめちゃってんだおまえら! もういいから席に着け!」
さすがにその険悪な様子を見て藤崎が仲介に入った。
「はぁ…勘弁してくれよ。あとで怒られんの俺なんだからさあ…」
至極めんどくさそうに頭を抱えながら補色さんに着席を促す。
指定された絵入さんの後方の席に向かって歩き出す。
「久しぶりね、お姉ちゃん」
僕と絵入さんの机の間を通り過ぎる際に一言だけそう言った。
絵入さんは絵入さんで一言「ん」と小さく反応するだけだった。




