【第5話】しんぎゅらりてぃですとらくしょん㉕
…ギデオン暴走事件から数日が経った。
購買で買ったパンをもって実験室に向かう。
「うおーい。飯持ってきたぞー」
戦利品で両手がふさがった寧斗が行儀悪く足で実験室のドアを開ける。
「言えば開けたのに」
「落っこちそうなんだよ、パンが!」
絵入さんの買ったビッグバンパン(特大)がアンバランスに寧糸の手の中で揺れている。
横幅もかなり大きく実験室にそのまま入ろうとした寧斗が手持ちのパンに妨害されていた。
「あ、土星のわっかが引っ掛かってますよ」
御手洗さんが引っ掛かりの原因を手で誘導してやっと実験室内に入ることができた。
「おまえなんでこんなパン買ったんだよぉ…!」
「抽選で勝ったんだから仕方ないだろ」
自分の買ったパンなのにここに来るまでに数名に激突させながら歩く絵入さんを見かねて僕と寧斗で運ぶことになったのは言うまでもない。
このとんでもない見た目に反して500円という破格である。
「ここの購買、たまにこういうチャレンジャーな催しするわよね」
遠巻きに見ていた花ちゃんがしみじみと見据えながらつぶやく。
「どうやって食うんだそのパン…」
カチャカチャと工具を選別しながら僕たちを一瞥して西園さんが言った。
様々な工具とケーブルの散らかった空間に目を閉じた美多さんが安置されている。
エピローグっぽくなるが事の顛末を振り返る。
あの戦いの直後、動かなくなった美多さんを僕たち全員で実験室まで運び込んだ。
ギデオン暴走の責任を問われた帝麗の技術部は取締役の御子柴雫の解任と停職を発表した。
これに伴い美多さんのフォーマットの指令は白紙となった。
…ただ美多さん自身も過度のエネルギー放出により内部の損傷が生じ起動できない状態になってしまった。
西園さん曰く僕たちで言う植物人間の状態に近いらしい。
ギデオンとの戦闘で損傷した部位のメンテナンスは日々西園さんが行っているけど、記憶領域にもダメージが及んでる可能性がありこちらは繊細な領域のため闇雲に手を出せないらしい。
ちなみにギデオン戦での決定打となった絵入さんの策略だが、あの場の絵入さん以外の誰もが何が起こったか理解できていなかった。
後日聞いてみてその真相もはっきりした。
…以前この実験室で起こった覚醒ゴキブリ事件を覚えているだろうか?
その時のゴキブリだが実験室から逃げおおせた後に昇降口付近で路頭に迷っているのを絵入さんが見つけて保護していたらしい。
なぜか「しげる」という名前まで付けていたのは謎だったが。
そのしげるさんがギデオンのわずかな装甲の隙間から侵入して精密な回路を破壊してくれたらしい。
ギデオン破壊後に満身創痍で戻ってきたしげるさんだったが、本人曰く「電磁波攻撃の前に侵入を試みていたら確実に死んでいた」と震えていた。
こればかりは運が僕たちの味方をしたとただ素直に喜ぶしかない。
以上がざっくりだがギデオン暴走事件から数日たった今日までの顛末だ。
「美多はまだ眠ってるのか?」
眠っている、という絵入さんの表現は正しい。
依然目を覚まさない美多さんだがその胸は呼吸をするようにゆっくりと上下している。
仮死…というかリカバリーモードに近い状態の美多さんは自分で手足を動かすことはなくただその場に座り込んでいる。
あの時ギデオンに破壊された美多さんの片足も西園さんの修理によって元通りに復元されている。
「ああ。そうだな。体は元通りになったんだから早く起きればいいのに」
どこか寂しげに西園さんが作業の手を止め美多さんを見て言う。
「どのくらいかっていう目安も分からない感じかしら?」
「こればっかりは自己修復の範囲だからなんとも分からない。今日かも知れないし、はたまた数年後…もしくは…」
花ちゃんの問いに粛々と答える西園さん。
途中まで言いかけて何かを思い直したように顔を上げた。
「いや…あまり悪いほうに考えるのはよそう」
少し前まではこの教室内で聞いていた美多さんの声が今では聴くことができない。
全員が心のどこかにぽっかりと穴が開いてしまったような喪失感に戸惑っていた。
そんなまわりの様子を察知してか絵入さんが美多さんに歩み寄って言った。
「ちょっと小突けば起きるんじゃないか?」
「ふふっ。案外起きた時に覚えていて怒られるかもしれないぞ」
肩の力が抜けたのかそう言って西園さんが笑っていた。
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「何人前になるのこれぇ…」
絵入が持ってきた正気の沙汰とは思えないほど巨大なパンを教室の全員で平らげた。
ジャンケンで負けて運悪く一番巨大な中心の超新星部分を担当した抜戸が破裂しそうな腹を労わって横たわりながら言った。
「うっぷ…、横になっても起きてても気を抜くと吐き出してしまいそうだ…」
気のせいか顔色も若干土気色だ。
しかも爆発をイメージしてか所々鋭くとがっていたため口の周りが一部出血していた。
「ばかめ。欲張って食うからだっ」
「喧嘩うってんのか! 僕もジャンケンさせられてただろっ!」
500円にして実験室のメンバー全員の空腹を満たしてしまうコスパの良さにただただ驚く。
「赤字になっちゃうから向こう数年は店頭に並ばないって購買のおばちゃんが言ってましたよ」
御手洗が慰めのためかそんな情報を抜戸に告げていた。
そんな会話をしていると昼休み終了5分前の予鈴が鳴った。
「やべえ! もうこんな時間じゃねえか!」
そう言って各々が教室に帰る準備をしだした。
「じゃあまたな、風味、美多」
絵入が名残惜しそうに教室から出ていく。
「ちょっとまて! だれか肩を貸してくれ! 苦しくてまともに一人じゃ動けないんだぁ!」
食いすぎて動けなくなってる抜戸が悲痛な叫びをあげる。
「しょうがねえなあ…ほらよ」
戻ってきた多見がやれやれといった様相で抜戸の肩を担いで教室から出ていった。
先ほどまでの喧騒がスッと失われ、開け放った窓から中庭にいる鳥のさえずりがきこえてくる。
いつもならここでミタと悪態の一つでもつくのだが、それもままならない。
…このまま目覚めなかったらどうしよう…
一人になると良くないことばかり考えてしまう。
不意に滲んできた何かを強引に白衣の裾でごしごしと拭き消す。
「もういいだろ…。早く起きろよぉ…」
起きていつもみたいにその声を聴かせてほしい。
そんな弱気になる自分を振り払うかのようにぶんぶんと頭を振って深呼吸。
「絶対に元通りにして見せる…。どれだけかかろうと、私が必ず…!」
動きこそないものの、ミタの表情が少し笑っているように見えた。




