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【第5話】しんぎゅらりてぃですとらくしょん⑥


大量にあったお菓子も、いつの間にか残すところわずかとなりパーティーもそろそろ解散という雰囲気になってきた。


「んはー! お腹いっぱいです!」

そう言いながら美多さんが満足そうにお腹をポンポンと撫でる。


「そういえば普通に食べちゃってるけど食べたものってどうなってるの?」

ふと疑問に思ったことを尋ねる。


「あ! それあたしも気になってたのよ。そっくりそのまま別の場所から出てくる感じ?」

花ちゃんも気になっていたのか僕の質問に便乗して尋ねる。


「いいところに気づきましたね~。理論はよくわからないのですが皆さんと同じものを食べても内部のハイテク回路によってうまいことエネルギーに変換されるんです!」


それは、なんというか…ノーベル賞とかもらえちゃうレベルの発明なんじゃないだろうか?


「しかも味覚センサーが搭載されてるので味もバッチリ分かっちゃうんですね~」


「それってめちゃくちゃすごいんじゃないの!?」

美多さんの説明に驚きを隠せない花ちゃん。


「それもこれも全部博士のおかげです。五感を搭載したアンドロイドなんて史上初ですから」


美多さんの説明を聞いていると思う。

それって僕たち普通の人間と何も変わらないんじゃないだろうか。

喜怒哀楽なんかにおいては僕よりも感情豊かですらあるような気がするし…。


「ん? …いやあああああああああああ!!!」


食べ終わったお菓子の袋を分別していると、実験室内の手洗い場の方から花ちゃんの絶叫に似た悲鳴が聞こえた。


「な、なにごとだ!」

花ちゃんの後方にいた西園さんが花ちゃんの絶叫に驚く。


「ゴ、ゴキブリよぉ!!! とんでもない速さだったわ!!!」


「あ、ああ…。こないだ流し場に食用油流したからそのせいかな…」


花ちゃんが目撃したゴキブリは恐らくその絶叫に驚いて身を潜めたのだろう。花ちゃんが指さす方向には既に何もいない。


「おわあ! いる! いる!」


今度は寧斗が座っていた椅子から飛び上がり、自分の足元を通り過ぎて行ったことを知らせた。


「かなりデカかったぞ…」

血の気の引いた表情でその大きさを物語る寧斗。


ここでひとつ嫌な懸念がよぎったのは周りのみんなの表情から察するに僕だけじゃなかったようだ。


実験室で発生した巨大ゴキブリ。……また西園ケミカルの副産物とかなんじゃないだろうかと疑いの目で西園さんを見る。


「おいお前ら、なんか言いたそうな顔をしているがゴキブリの巨大化と私は無関係だからな!」


僕たちの言わんとしていることを察した西園さんが慌てて周囲に弁解していた。


「で、ど、どうするんですか? どこにいるか分からないので恐怖で動けません…」

御手洗さんが半泣きでその場に硬直している。


そんななか絵入さんが何かを決心したような面持ちで僕たちにアイコンタクトを送っていることに気が付く。

しーっ、と口の前に人差し指を立てながら黒板を指さす。

黒板が保護色となって分かりづらいがその中央に近い位置にヤツがいた。

……想像以上にデカい。茶色というより黒色のそのボディーは威厳すら感じさせる。


「…あれはチャバネゴキブリじゃなくてクロゴキブリですね。寒さに強くてチャバネより産卵回数が多いんですよ…!!」


「ちょっとぉ!! 詳しく説明しなくていいわよ! 気持ち悪い!」


誰も求めていない特徴をドヤ顔で急に説明しだす美多さんに花ちゃんがゴキブリを刺激しない程度の声量で咎める。


そんな最中、ゴキブリを刺激しないように忍び足で距離を詰める絵入さん。

先ほどよりだいぶ近い位置で僕たちのほうに振り返り…

…なんだろう、もしかしてウィンクのつもりなんだろうか? 両目をしきりに開閉しているが、同時に両肩も連動して上下している。

そしてその手にはケミカルなデザインのスプレー缶が握られており、それを例のゴキブリに向けて構える。


「あいついつの間に殺虫剤なんか持ち出したんだ?」


「実験室の備品ですかね?」

寧斗の疑問に御手洗さんが憶測で答える。


「いや、ここにそんなものないぞ」

西園さんがなんだか不安になることをつぶやいたのを僕は聞き逃さなかった。


「これでもくらえーーーー!!!」


そんな殺気のこもった掛け声とともに絵入さんが手に持った殺虫スプレーをフルスロットルで噴射する。

…そして嫌な予感を後押しするかのように煙の色はケミカルなピンク色だった。


「ぐわああああああ!!! やめてくれええええええ!!!!」


大量のケミカルスプレーを浴びたゴキブリがたまらずに慈悲を求める声を上げた。


…あれ? ゴキブリって喋るんだっけ?


すうっ…と直後にピンクの煙が無色に変わっていき依然弱っている様子の見受けられないゴキブリが露呈した。


「お、おい絵入! お前そのスプレーどこから取った!?」

室内のテーブルに身を隠しながら珍しく焦った表情で西園さんが問いただす。


「そこの薬品棚…」

絵入さんが指さす薬品棚にはこれでもかというほどに【持出厳禁】【不安定試作品】の張り紙が貼ってあった。


注意書きの意味を知らんのか、こいつは。


他にもトラ模様のラベリングが施されたスプレー缶や、薬品が羅列されておりいかにもやばそうな雰囲気を醸し出している。



いろいろなヒューマンエラーが発生しているが、今はそれどころではない。

僕の耳がおかしくなってなければ、先ほど確かにあのゴキブリは肉声を発していた。


え? 発してたよね?


辛うじて寧斗がふざけてそんな声を出したという可能性もあるが、どうだろう…。


「みなさんどいてください! これで仕留めます!」

そう言って美多さんの手が変形して電流の流れるラケットのような形状に変化した。


「…待て、殺すな。話をしよう」


流暢に宥めようとするゴキブリに僕の常識は崩壊した。


「うわあああああ!! しゃべってるうぅぅぅ!!!!」


「な、なにが起こってるっていうの?」

両膝を左右に震わせながら花ちゃんも後ずさりしている。


「は、博士。あのスプレーはまさか…」

なにか思い当たることがあったのか、美多さんが恐る恐る西園さんと話す。


少しにやりと自嘲気味に笑って、

「ああ…! 間違いない…!!【ばんぶつほんやくんMark9】だ…!」


「おい! にやりじゃねーよ! 施錠をしろ! 施錠を!」

見た感じセキュリティのセの字もない薬品棚を見て思わず指摘する。

発明品の名前に関する事態が起こっているのだと即座に理解する。

あのゴキブリは西園さんの発明品によって僕たちと翻訳されてしまったのだろう。


「君たちに危害を加えるつもりはない。ここからも立ち去ろう。どうか見逃してくれないか?」

紳士的な声根で語りかけてくるゴキブリを前に思考が停止しそうになる。


「…言い残すことはそれだけか?」


「うぉい! 変な刺激すんなって!」

ドラマのようなセリフを述べる絵入さんを必死で制止する。


「頼む。命だけは見逃してくれ」

絵入さんの言葉を真に受けた覚醒ゴキブリはなおも丁寧に命乞いをする。


実験室の入り口付近に立っていた花ちゃんが扉を開けて逃げ道を示す。

「ほ、ほら! さっさと行きなさいよ!」


「ありがとう人の子よ。この恩はいつか必ず返そう…」

そういって壁伝いに扉の方へとカサカサ動き出す覚醒ゴキブリさん。


「ひええ……」

震え上がる花ちゃんのすぐ横を走り抜けて覚醒ゴキブリさんは僕たちの前から姿を消した。


「い、生きた心地がしなかったわ…」

花ちゃんがいまだに青ざめた顔でつぶやく。多分みんな同じ心境だとおもう。

ちなみに気配を感じないと思っていた御手洗さんだったが、教室の後方で泡を吹いて気絶していた。


「ところであのスプレーの効果ってどのくらい続くんだ?」

寧斗がふと気になったことを開発者である西園さんに尋ねる。


「永続性ではないが…、対象が人間じゃないから何とも分からん。吹きかけた量にもよるが…」


…残量が気になり全員で絵入さんの方を見る。

手に持ったほんやくんを揺らす絵入さん。

スプレー缶がすっからかんになった時に聞こえる小さい玉が当たる様なカランカランというなんとも物悲しい音と僕達の大きなため息が実験室内に響くのだった。


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