【第5話】しんぎゅらりてぃですとらくしょん④
「そしたら行ってくる」
「み、美多さん。元気出して…ね?」
絵入さんと御手洗さんに慰められながら、がま口のお買い物財布を握りしめて号泣する美多さん。
「う…うう…すたんふぉーどがよかったのに…!!」
見事に撃沈している美多さんを両脇から支え、絵入さんと御手洗さんが実験室から出て行った。
改名記念パーティーということで商店街にこれから大量のお菓子を買い出しに行くらしい。
改名した本人があんなに悔やんでいるのにパーティーとはいささか不遇な気もするが。
「見事に女子だけで買い出しに行ったね。西園さんは行かなくてよかったの?」
先ほどからどこか心ここにあらずな表情でいる西園さんに尋ねる。
「あ、ああ…。あの三人で行ってもらうように私がお願いしたんだ」
少し考えた後に君たち三人に相談したいことがあってな、と西園さん。
「相談? 珍しいわね。ふうちゃんって大体のことは自分で解決しちゃうイメージがあるから」
もしかして恋愛相談かしらぁ~?と花ちゃんが嬉しそうにニマニマしながら茶化す。
「ふっ、そうだったらよかったんだがな…」
西園さんの雰囲気から何かを感じ取ったのか、先ほどまでふざけていた花ちゃんが聞く姿勢になった。
僕と寧斗も花ちゃん同様に聞く姿勢になる。
話し出しを躊躇っているのか、西園さんの口はなかなか開かない。
実験室の空調の稼働音をかき消すかのようにそとの蝉の喧騒が響く。
「話というのは、ミタのことなんだ。彼女がアンドロイドなのは知っているな?」
「そういえばそうだったな。一緒にいると忘れそうになるぜ」
寧斗がそんなことを言ったが、僕も花ちゃんも同じだ。なんなら僕よりも人間らしいとすら思える。
「ふふっ。そうだな。あんなに人間らしいアンドロイド、なかなかいないよな」
自分で製作したにも関わらず嬉しそうに言う西園さん。
「この度、ミタの記憶消去が命じられた」
「……」
花ちゃんが依然変わらず静かに西園さんを見据えて聞いている。
僕は何を言われているのか理解できなかった。
「…は? 記憶を…消す?」
初めに異を唱えたのは寧斗だった。
「シンギュラリティ…という言葉を君たちは聞いたことがあるか?」
聞き覚えのない言葉に僕と寧斗は首を傾げる。
「技術的特異点ってやつね」
花ちゃんが何かを察したかのように西園さんの問いに答えた。
「そうだ。さすが元生徒会長、知っていたか」
「まあ言葉の意味を知ってるくらいよ。ポカンな様子のお二人に簡単に説明すると、科学技術の急速な進化で私たちの生活にも大きな変化を及ぼすことを言うのよ」
花ちゃんの説明に納得できない寧斗が食い下がる。
「それがなんであいつの記憶消去になるんだよ。技術が進化する分には別にいいことじゃねーか!」
「そうね。でも問題視されたのは多分リスクの方よ。それを題材にした映画とかもあるけど、分かりやすいところで言うとシュワちゃんのターミネーターね」
ロボットやアンドロイドが自分が人間より優れていると自覚したときに、それらによる反乱がおこる可能性があると、西園さんが補足する。
「まあ、そういうことらしい。端的に言ってしまえばミタが高性能すぎるから一度リセットしろってな」
「冗談じゃねぇ! あいつがそんなことするわけねえだろうが!!」
怒りを抑えられずに寧斗が勢いよく机を叩いて立ち上がる。
「そんなのは私だって知ってる」
「じゃあその決めたやつに言ってやれよ! 勝手なこと言ってんじゃねえって!!」
「…私がなにも言わずに黙っていたと思うのか?」
熱くなってしまっている寧斗に静かに低い声で西園さんが言う。
「言ったさ!! 何度も! …何度もっ!!」
西園さんも立ち上がって声を張り上げた。
「まともに話なんか聞いてくれる連中じゃないんだ…」
この場の全員のやりようのない感情が教室内にじっとりと停滞している。
そんな雰囲気を仕切りなおそうと花ちゃんが口を開いた。
「ふう…。納得できるはずもないけど一旦落ち着きましょう。ここで言い争ってもしょうがないわ」
花ちゃんに言われて少し冷静になったのか、寧斗も肩を落として西園さんに謝罪する。
「…すまん。カッとなっちまった…」
「いや、いいんだ…。それだけ普段からミタと親しくしてくれてるってことだしな…」
西園さんも少し冷静になったのかストンと元の椅子に腰を下ろす。
「その決定をしてるのはどこなの?」
ざわざわする心を抑えられずにいるが僕も少し冷静になって西園さんに尋ねた。
「詳しい事情はいろいろあって言えないが…帝麗学院は知っているか?」
「……!」
忘れるはずもない学校の名前を不意に出され視界が閉じていくような閉塞感を一瞬覚える。
「あら楽ちゃん大丈夫? なんか顔色悪いけど…」
心配した花ちゃんが声をかけてくれた。
「あ、ああ。…大丈夫。ちょっとした立ち眩みみたいな感じ…」
「立ち眩みって、お前ずっと座ったままじゃねえか」
動揺のせいか言葉のチョイスを間違えて寧斗が思わずつっこむ。
「う、うるさいなあ。立ち眩みの親戚みたいなアレだってことだよ」
「そ、そうか…なんだか曖昧だが、まあ無理すんなよ」
ちょっと横になるか?と寧斗が僕の体調を気遣ってくれた。
「大丈夫…。西園さん、話を続けて」
「ああ…。ここ立華学園と帝麗学院は姉妹校でな。帝麗のほうが母体ではあるんだが、そっちに世界的にも技術を誇る開発部があるんだ」
西園さんの話に上がった技術開発部に心当たりがあったのか花ちゃんが言う。
「天下の御子柴グループね」
「知っていたか…。そのとおりだ。そしてその最高責任者である御子柴雫が指揮を執って帝麗で技術開発研究を行っている」
グループ名は噂に聞いたことはあるが、帝麗にそういった開発部門があることは知らなかった。
「私はその開発部の主任なんだ」
西園さんがとんでもないことを言い出した。
「しゅ、主任!? …え、でも立華学園の生徒なんだよね?」
疑問に思ったことを尋ねる。
と、すぐさま苦虫を嚙み潰したような表情で言葉を漏らす西園さん。
「はあ…。そのへんややこしいんだが…まぁ色々あってあちらの監視下では肩身が狭くてな。ミタとともにこちらに特別留学させてもらっているんだ」
こればっかりはどっかの馬鹿の恋煩いの賜物だな、と辛うじて聞き取れる皮肉らしき言葉を漏らした。
「恋煩い?」
花ちゃんのセンサーになにか引っ掛かるものがあったのか西園さんに興味津々で詰め寄りながら聞き出そうする。
「あ…いや、失言だ。忘れてくれ」
「話を戻すが、その技術開発部門で開発していた社会貢献型のアンドロイドが近々完成予定なんだが。その試作機がミタなんだ」
西園さん曰く、試作機ゆえに不安定で未知のプログラムが多いらしく自制心を失う可能性があるため定期的な記憶のフォーマットが必要という判断が下されたらしい。
「本来であれば破棄の命令なのだが、最大限譲歩してもらってその指令だ。これ以上は聞き入れてくれないだろうな…」
それにしても…だ。
「フォーマットするってことは僕たちとの記憶もなくなるってことだよね…」
いざ口にしてみるが到底受け入れられそうにもない。
「……初期状態に戻した場合は、自分自身の名前しか分からない状態になる。ミタは自立学習型のアンドロイドだからな」
「そんな…」
言っている西園さんも相当辛いはずだ。
記憶を失った美多さんを前に、いままで通り接することなど誰にもできるはずがない。
「ちくしょう! なんとかなんねーのかよ…!」
何もできないという事実に寧斗を含め、もちろん僕たちも無力感を感じずにはいられない。
「……君たちに伝えたいことはもう一つある」
「記憶のフォーマットの代案ではないが、私が御子柴雫から許可をもらった条件がもう一つある」
それは記憶のフォーマットは不要だが、
---期日をもって美多さんの電源を落とし二度と再起動しないこと。
「私はこれまでにミタと君たちと過ごした記憶および記録をなかったことにはしたくない…」
だから…と、絞り出すような声で。
「だから最後に…その日が来る前にミタに悔いのない最高の思い出を作ってあげたい」
そう言った。
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