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【第1話】ふぁーすとみーつ⑤

・・・翌日、あまりよく眠れなかった重たい頭を抱えながら登校。

教室に入りざっと見回すが絵入さんはまだ来ていないようだった。

「うぃーす、なんだあ?随分と眠そうだな」

席に鞄を置くと俊介が話しかけてきた。

「昨日ちょっと・・・いやちょっとどころじゃないな。まあ・・・いろいろあってね」

内容までは言及しなかったが餓死寸前の人に簡単な中華料理を振舞っててあげたと話した。

「なにそれ、どういう状況だよ」といまひとつピンと来ていない様子で俊介が笑う。

「どうもなにもそのまんまだよ」

実際は体のあちこちに打ち身や擦り傷があるけど伏せておいた。

俊介と雑談を交わしているうちに朝の喧騒とともに教室内に人気があふれてきた。

昨日の今日なので誰かが教室に入ってくるたびに無意識に確認している自分がいた。

クラスの全体を見渡すと大半の生徒がすでに運動着に着替えているのに気づく。

・・・そういえば今日の1時限目は体育だったな。

教室の後ろにあるロッカーから運動着を引っ張り出してきてささっと着替えた。男子はこういう時便利だなあと実感する。

着替え終わってひと段落つけていると精神衛生上よろしくないクラスの女王様の声が急に耳に飛び込んできた。

「見てみてこれチョーきれいじゃなぁい?」

立華さんがどっかからとってきたと思しき白いチューリップを片手にクラス内に聞こえるような声量で取り巻きに同意を求めている。

「どうしたんですか?そのお花」

取り巻きの一人が尋ねると意地悪そうな表情を浮かべて話し続ける。

「今日の朝登校中にね、なめくじ女見かけてさー」

なめくじ女とは想像に容易いがおそらく絵入さんのことだろう。似ているからという無茶苦茶な理由でバケツ一杯の塩水をかけたのだから。

「病み上がりだろうからお供えしてあげようと思ってさー」

あたしってほら優しいからさー、と。

もう一方の手には水の入ったガラスの牛乳瓶。

取り巻きを引き連れ絵入さんの席に向かう。

何のためらいもなく机の上にその白い悪意は飾られた。

知らないふりをしつつ息をひそめてみているクラスメイトもその行動に異を唱えはしない。

異を唱えはしないが同時に嫌な気持ちで聞き耳だけを立てているのがわかる。

自分がまきこまれるのが嫌だから。自分が標的になるのが嫌だから。

僕も一緒だ。気持ち悪いもやもやとした感情を押し殺し見て見ぬふりをした。

「女子ってやることえげつねーよな・・・」と、俊介もギャラリーの立場は崩さない。

白い悪意が飾られて間もない始業チャイムのなるギリギリのところで絵入さんはやってきた。

あちこちについた小さな葉っぱと一部擦り傷。心なしか若干息も切らしているようだ。

いったいどこを通ってきたらそうなるんだか・・・。


絵入さんが入ってきたとたん教室の音が止まる。

自分の席にたどり着いた絵入さんは飾ってあるチューリップに気が付き一瞬立ち止まる。

はて?といったような表情を浮かべた後に特にどかすわけでもなくストンと着席した。


異様な光景であった。


彼女はチューリップをじーっとみつめた後、萎れて力なく項垂れているチューリップを指で支えあげ愛おしそうにフフッと微笑んだ。

鳴り響くチャイムが恐ろしく無機質で、まるで白昼夢でも見ているかのような錯覚すら覚えた。

「・・・まじできもいんだけど」

期待していたリアクションが返ってこなかったせいか、これに気に入らなかった人物が約一名、捨て台詞を吐いていた。

間もなくして担任の藤崎がHRのために教室に入ってきた。

「うおーし、出席とるぞー」

名簿の順に名前を読み上げていく。

「絵入ー・・・、おっ体調良くなったのか?ん?なんだその花は?」

チューリップに気付いた藤崎が特に何も考えず絵入さんに尋ねた。

「チューリップ。綺麗だからみてた」と何の迷いもない表情で返した。

「お、おお・・・そうか。水こぼすといけねーから授業始まる前には後ろの棚に避難させとけよ」

小さくコクンとうなずいて絵入さんが瓶ごと床に移動させた。


HRが終わると一時限目は体育だったため移動があった。

クラスの女子はすでに大半が運動着に着替え終わっていた。

絵入さんはおそらく遅刻寸前だったためか制服のまま。

HRが終わるとすぐに何かを思いだしたかのように何も持たず教室を出て行った。

これを立華さんは見逃さなかった。

取り巻きとともに教室から絵入さんの行方を確認したのかトイレに向かったのを察知した。

「今度こそ消滅させてあげるわぁ」そんなことを言いながらバケツを持って水飲み場のほうに向かっていった。

・・・家から持ってきたのだろうか、片手に塩の袋を持って。


立華さんが教室を出てすぐ、僕は衝動的にそのあとを追った。


案の定というか、立華さんは水飲み場で鼻歌を歌いながらバケツに水を溜めていた。

その姿を見て、怒りだかなんだかよくわからない感情に支配される。


絵入さんがこの人になんかやったか?


なんで人を不愉快にさせることを平気でするんだろう?


クラスのみんなはなんでだれも止めようと思わないんだろう?


この役割は僕じゃなくてもいいんじゃないかな?


なんなら今からでも遅くないから思い直してやめてくれないだろうか?


色んな言い訳と自問自答が次々と浮かんで消えてを繰り返す。

徐々に自分の心音が大きくなってきているのに気が付く。

なんなら息が苦しい。

今なら引き返せる。

取り巻きが僕に気付く。

ああ・・・終わった。適当な言い訳してこの場を去ろう。



・・・そうすればよかったんだけど。



「ねぇ、それどうすんの?」


取り巻きと一緒に手洗い場でバケツに塩水をためる立華さんに少し苛立ったような声調で尋ねた。

「は?だれあんた?」

自分のこれからしようとしていることに注意を受けと解釈したのか怪訝そうな目つきで睨まれる。


というか何気に立華さんの反応に衝撃を受けずにはいられなかった。

え、まじか・・・。おなじクラスなのに顔すら覚えられてなかったのか・・・。

軽く傷つきつつそういえば絵入さんがメインで絡まれてたから転校してきてから一度もまともに会話を交わしたことはなかったことに今更ながら気づいた。

「もう一人の転校生だよっ」

戸惑いを隠しきれなかったとはいえ我ながら情けない指摘だったと思う・・・。

立華さんは本気で最初誰だかわかっていなかったのだろう、少しの間考えるような反応をしたのちに言った。

「ああ、そういえばいたわね。存在感ないからおぼえにくいのよ」

うわあ、イライラする。ここまで絵に描いたようにいじめっ子なキャラって逆に貴重なんじゃないかと思うくらい。

「で、なにしにきたわけ?あんたには関係ないでしょお?」

話しかけただけなのに相手もイライラしている。

「確かに関係ないけど・・・・」

みっともないからやめろよ。

と、自分では言ったつもりだったが確証はない。

「部外者はどっかいってくれる?」

「・・・・。」

会話終了。我ながらみっともなかった。

・・・・が、

依然僕の沸点は下がらないむしろ沸騰してなお温度は上昇中だ。

もうどうなろうが知らん。

・・・絶対にこの女に恥をかかせてやる。

その場を離れた僕は教室には戻らず絵入さんの行ったであろう女子トイレのほうへと立華さんに気づかれないようにスニークダッシュで向かった。


道草しながらトイレに向かったのだろうか、トイレに入ろうとしている絵入さんを見つけてギリギリのところで呼び止めた。

「ストップ、止まってくれ」

「?」

話しかけられることを予測していなかったのか、絵入さんは一瞬びくっと驚いたような反応をした。

「待って、うんこ踏ん張ってくる」

「女の子が真顔でうんこ踏ん張るとか言うな」

ジェラシーのかけらもない発言に思わず注意を喚起する。

「僕たちのクラスに意地の悪そうな女王様がいるだろ?」

「うん」

「今あいつが絵入さんを溶かす塩水をバケツ単位で準備してる」

「ちょっと何言ってるかわからない」

要件を伝えたつもりが逆効果だったようだ。

「だぁー!時間がない!僕の鬱憤を晴らすためにもちょっと協力してくれ!」

少し考えたのちによくわからないが分かったと返事をする絵入さん。

「で、どうするの?」

最終決戦を目の前に控えた戦士のような面持ちで僕は言った。

「僕がトイレの妖精になる」



僕たちの教室の出たとこすぐに手洗い場がある。

立華さんはそこで宇宙人を蹴散らすための液体を作成している。さっきまで塩が溶けないとかやかましく叫んでいたが多分これはだんだん終わる。

僕たちの2年生の教室がある2階にはトイレが2か所。

時間がないときは大抵教室の最寄の綺麗な方のトイレを利用するが、さすがは変わり者の絵入さん。教室から離れた旧女子トイレのほうを好んで利用していた。

後々理由を聞いてみたところ便座に保温機能がないから座った時ヒヤッとして気持ちいいという今年一番どうでもいい理由を聞かされることになることをこの時の僕はまだ知らない。

前回塩水をかけられた場所もそのトイレである。

俊介に聞いたが、オバケが出るという誰が流したかわからない噂もあり、よっぽど切迫した状況でなければ好き好んで利用するのは絵入さんくらいだった。

このお化けトイレ、3つあるうちの2つが扉の鍵が壊れていて閉まらなくなってしまっており必然的にトイレに入った人しか使っていないことがばれてしまうのだそうだ。

まあ、それが故に女王様に必中の攻撃を喰らってしまったわけだけども・・・。


余談はさておきそんなお化けトイレでの作戦はこうだ。

絵入さんには先にトイレに入ってもらい、その場面を女王様かその取り巻きに目撃してもらう。

一番奥のトイレが唯一鍵がかかるためそこに入って内側から鍵を閉める。

お化けトイレは上部に結構な隙間があるためそこから前回はバケツの水をぶち込まれてしまった。

・・・・今回はそれを逆手に取る。

鍵をかけたのちに絵入さんはなんとか頑張ってよじ登って一つ手前の鍵が壊れてるトイレで息をひそめるという寸法だ。

これならばダイレクトに塩水をかぶることもないし現状は打破できる。

作戦を伝えると絵入さんはやや興奮気味に「面白そう」と乗り気で賛成してくれた。

・・・あくまで一時凌ぎにしかならないのが問題だ。

立華さんのことだから被害があろうとなかろうと絵入さんが学校に来なくなるまで今後も繰り返し同様の嫌がらせを行うだろう。

それではだめだ、根本的な解決にならない。


なにかないか・・・打開策は。


時間もない中そんなことを考えているとふと覗いた男子側のお化けトイレに古びたビニール傘と薄汚れた半魚人の着ぐるみのようなものが置き捨てられているのを発見した。

演劇部かなんかの不要になったものだろうか・・・、ご丁寧に胸元にワッペンで「はんぎょくん」と名前まで付けられている。

捨てられたのは最近のようだが、夢破れた怪人がそこに力尽きて横たわっているようにも見える。

「ちょいちょい」

トイレの外から絵入さんの呼ぶ声が聞こえてきた。

「バケツ女がこっちに向かって来てる」

「げっ!まずいな」

腐りかけの半魚人と目があったような気がした・・・。

「ええい!もうどうにでもなれ!」

制服を脱いでパンツ一丁になる。ぼろぼろになった傘のビニールをはんぎょくんにコーティングし、おぞましさを増した状態でやけくそのまま僕は半魚人とドッキングした。

心なしか生臭さを感じるが今はそれどころではない。


そうして一人の変態がそこに誕生したのである。


「絵入さん!作戦開始だ!」

「えっ!か、かわいい・・・」

絵入さんが予想と反したリアクションを示しつつトイレに入っていった。

「待機中はうんちしててもいいのか?」

「いいわけねえだろ!少し我慢してくれ!」

そして先ほどの手順通りに事を済ませた。

僕もおぞましい姿のまま男子トイレの入り口付近で息をひそめる。

ちゃぷちゃぷと水の揺れる音を携えて立華さんがトイレの入り口まで来ていた。

心臓の音がバイノーラルで聞こえてくるようだ、緊張感が際限なく高まっていく。


と、ここで計算外その1。


なんと取り巻きも2人ついてきちゃっていた!

よく考えてみればわかったことだが切迫する状況で考えが及んでいなかった。

そして立華さんの口から希望を絶つ一言。

「二人はここで誰か来ないか見張ってて」

あ、詰んだわ。これ逃げられないやつだ。

当初の予定では水かけが終わった時点で立華さんを驚かせてパニックの最中に絵入さんと逃げる予定だったのに。

どうする・・・。

考える猶予も与えずに塩水バケツを構えたままお化けトイレに入っていく立華さん。

と、ここで取り巻きのひとりが立華さんに声掛けをする。

「美咲ちゃん、大丈夫?バケツ重たいでしょ?」

「平気よぉ、前と同じで隣のトイレの便器に登ってやるから」

・・・・え。今なんて?

ちょっ、まずいまずい。

視界がかすんでいく。

し、失敗だ。

立華さんが向かおうとしているトイレは絵入さんが待機中で、このままじゃ鉢合わせになる。

まさかの計算外その2。

思考回路がまとまらない。なんならちょっと泣けてきた。

・・・・いや、まだだ。

どうせ失敗に終わるんだったら、もうどうにでもなればいいさ。

薄れゆく意識の中で、はんぎょくんに「いっそのことひと暴れしようよ」と言われたような気がした。


・・・僕の思考はここで停止した。


「おっぴょっぴょっぴょっぴょおおおおおおおおお!!!」

決して人のものとは思えない怪奇声とともに女子お化けトイレの入り口にグネグネとした奇妙な動きで勢いよく飛び出した。

「ほぎゃああああああああああああああああああああ!!!!!」

入り口で待機していた取り巻きのうち、スマホをいじっていたずるがしこそうな一人は絶叫とともに全力疾走でその場を号泣しながら恐ろしい速度で走り去った。

そしてあたりを見回していたゆるふわ系の方は僕のほうを黙ったまま硬直し直視している。

冷ややかな視線で変人を見るような・・・。


・・・くっ、万事窮すか。


と思ったが数秒の後に目がグルん!と上転しその場に気絶して崩れ落ちた。

その際にゆるふわさんの手がなぜかはんぎょくんの胴体に引っかかりびりびりという音とともに破け落ちた。

「どえええ、何でっ!?」

最悪のタイミングで誰も喜ばないラッキースケベが起こってしまい、さらにパニックに陥る僕。

上半身は薄汚れた半魚人、下半身はパンツ丸出しというあまりにも危機的な外見である。

こんな状態で見つかったら言い訳のしようがない。

「えっ!!なになに!?どうしたの!?」

女子トイレのほうから急な奇声の連続に不安になった立華さんがこちらに安否の確認をしてきた。

「ひなこー!?みほー!?」

声を震わせながら入り口のほうへ立華さんが向かってくる気配がした。


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待機中のトイレの中で私はあることを思い出した。

前回ずぶぬれにされたときに、次やられたらお化けの格好をして脅かしてやろうと思って小道具を準備していたことを。

トイレの後ろに置いておいた小さな段ボールから幽霊っぽい白い服と黒い長髪のかつら、血糊を取り出しさっそく準備に取り掛かる。

時間がなかったため少々雑な出来栄えにはなったが和風な幽霊っぽくなった。

さっきからなんだかトイレの入り口のほうが騒がしい。

こころなしか少しドキドキしている。

お化け屋敷で息をひそめているみたいだ。・・・・まぁお化けは自分なんだけど。

扉を隔てた向こう側から・・・誰だっけ。名前がわからない。(女ボスでいいや)の声が聞こえてくる。

「平気よ、前と同じで隣のトイレの便器に上ってやるから」

うっ・・・。これはまずい。

逃げ場を失った私は動きにくい白い服を一旦脱ごうとするが変なところで結んでしまったためかかつらと絡まってうまく脱げない。

「ほぎゃあああああああああああああああああああ!!!!!」

突然の絶叫に身構える。

扉越しにいる女ボスも「ひっ!な、なに?なんなの!?」と取り乱した反応が伺える。

「ぐ、ぬ・・・ぬげない。く、くるしい・・・」

あちこちもつれて息苦しくなってきた・・・!

座ってやってたら埒があかなそうだったので私は立ち上がって白い服を脱ごうとした。

・・・が、履きかけていたスカートを踏んづけたのかバランスがつかめずよろめいて

・・・・そのまま倒れた。

バタンっ!と鍵のかかっていない扉を豪快にぶちあけて。


「でっ、でたああああああああああ!!!!!」


ボス女の気絶しそうな絶叫が響き渡った。

「もがもがもがああああああ!!!」

何が起きたか把握できない私はその場でうずくまって震えるしかなかった。


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