【第1話】ふぁーすとみーつ④
ガシャガシャと無機質な音を響かせながら再度地獄の入り口へと向かう。
「予想はしてたけど・・・やっぱ動きづらいな」
でも勇ましくて素敵ですよ、と道代さんが本気だか冗談だかわからないお世辞を言う。
階段を上り終えるだけで甲冑の重さですでに息が上がっていた。
ふぅ、と息を整え廊下の先を見据える。
先ほどの僕の顔面に炸裂した真っ赤なパイの残骸に冷ややかな視線を送りながら用心して歩を進める。
相変わらず馬鹿にするように竹刀が高速回転しているがこちらは全身甲冑。当たったところで痛くもかゆくもない。
おそらく今日が人生最初で最後の甲冑に心から感謝する日になるであろう。
廊下の三分の一ほどのところまで来たところでどこからかノイズ混じりのラジオ音声で警告が流れてきた。
「ザザッ・・・恐れを知らぬ儚きものよ・・・命が惜しくば立ち去るのだ・・・」
突然のことにビクッと身構えるが甲冑の防御力を信じて進むことにした。
「この命知らずめが・・・」
そう言い残した後に、前方からロープでぶら下がったトゲトゲの鉄球がものすごい勢いで迫ってきた!!
・・・が、甲冑が重くてとっさに動けない!!
「うわあああ!?避けれなーーい!!」
あきらめて衝撃に備えて構えたとほぼ同時に避けきれずとげ鉄球が僕の体に激突した。
しかし思ったような衝撃はなくバインっとゴムボールのような鈍い音がしてとげ鉄球は跳ね返った。
「・・・鉄じゃないのか?」
おそらく中も空洞なのだろう。僕のほうはほとんどその場から動くことなくいられた。
体は無事だったが恐怖心はもちろんあるため心臓が異様なビートを刻んでいる。
先ほどのバナナトラップのトラウマもあってか追撃を予測しその場で様子を伺ってみたが、なんの反応もないようだ。
前方をぶらぶらとしている巨大なゴムボールの鉄球を手で押し避けると思いのほか簡単に外れて床に転がり同時にどこかからカチっという機械音が聞こえた。
「あっ、なんか嫌な予感」
そう思った時には手遅れだった。鉄球の真ん中あたりがカポッと開いて明らかに体に有害そうな紫色の煙をものすごい勢いで放出しはじめた・・・。
「か、かんべんしてくれぇえ!」
煙を浴びないように逃げたいところだが甲冑が重くて移動も遅い。煙はすでに周囲を包み込んでいた。
息も持たずあきらめて吸ってしまったが、なんだろう・・・これでもかというほどのラベンダーの香りだ。
トイレの芳香剤みたいな感じ、これで神経毒とかだったらどうしよう・・・。
煙の濃度が濃すぎて前後左右すらわからない。気のせいかだんだん眠くなってきた気がする。
「抜戸さん、大丈夫ですか!?」
後方から機械音ととも登場した道代さんがアームで扇風機のようなファンを稼働し周囲の煙を吹きとばしてくれた。
「抜戸さんが甲冑で床にあるあらかたのトラップを起動させてくれたのでやっと私もここまでこれました」
「煙を吸ってからなんだかえらく眠いんだけど大丈夫かなあ・・・」
おそらく催眠ガスか何かだと思いますと。そんなもんどっから仕入れたんだ。
「そんなことよりあそこが杏さんの部屋です!やっと辿りつきましたね」
しれっと催眠ガスを食らっていいる僕のステータスをそんなことで片付けられたことに少しムッとしたが、たしかに甲冑の隙間から目を凝らすと≪あんず≫と書かれた表札がある部屋が見えた。
部屋の目前までたどり着いたところでわひゃあっと声を出して道代さんが落とし穴に落ちていった。
眠気で頭のまわらない僕はゆっくりと落とし穴を迂回し部屋の入り口に手をかけた。
がちゃっと、特に鍵などはかかっておらずドアノブが回る。
部屋を開けるとすぐそこに彼女はいた。
パーカーとスウェットの上から毛布と布団に身を包みがたがたと震えている・・・。
「うわ、さむっ!」
室内から恐ろしく冷たい空気があふれ出てきている。えっ、この部屋だけ真冬なの?ってレベルで。
冷気で一瞬にして眠気が醒めると同時に部屋の入り口付近にいた絵入さんと思しき塊から声がした。
「し、しぬ・・・」
「杏さーん!!」
先ほど落とし穴で落下した道代さんが後方からマッハで駆け付けた。
「うわ、さむいっ!なんですかこの部屋!?」
温度センサーでも搭載してるんだろうか、道代さんも同じようなリアクションをしていた。
「低体温症になりかけてる・・・。とりあえず暖かい場所に連れて行こう」
身動きしづらい甲冑を脱ぎ捨て絵入さんを背負って一階へ。帰る途中に人ひとり背負って必死だったため竹刀トラップの存在を忘れてまた脛を打たれたが我慢した。
なんとか一階に下りてきて、道代さんと一緒に大根試し食い部屋に絵入さんらしき物体を安置した。
巨大な雪見大福みたいになっている絵入さんを急遽道代さんが運んできたファンヒーターで温める。
二階から降りてくるまで必死だったので気づかなかったが、ものすごいショートスパンで絵入さんのおなかがなっている・・・。
「な、なにかカロリーを・・・」
蚊の鳴くような声で雪見大福からSOSが発せられている。
「カロリーって言ったって・・・大根でいいかな?」
台所にあったふろふき大根を布団のすきまから絵入さんに与えた。
「う、・・・うまうま・・・」
まずい、衰弱のせいか言葉が原始的になってきてしまっている。
「だ、大根だけじゃだめだ・・・!なにか炭水化物を与えないと・・・」
「ば、抜戸さん・・・この家にはもう大根しかないんです!」
絵入さんが体調を崩した日が本来買い出しの日だったため食材を買えずに本日に至ってしまったらしい。
・・・この家に備蓄という概念はないのだろうか?
まあウダウダ言っていても仕方ない。
今から買い物をしていては間に合わないと判断した僕は道代さんに雪見大福をアームで抱えてもらい、僕のアパートへ向かった。
部屋に入ってすぐにエアコンで暖房を入れる。
絵入さんと道代さんに居間で待機を指示してからさっそく調理に取り掛かる。
昨日の夜ちょうど作っていたチャーシューを刻んで即席で焼豚チャーハンと胡麻たっぷりの卵スープを作る。
時折居間のほうから、あぱぱぱ・・・という絵入さんが香ばしい匂いに反応するような声とそれをなだめる道代さんの声が聞こえる。
完成した料理をテーブルの上に置くと雪見大福の隙間から萎んだ絵入さんが顔だけわずかに覗かせる。
「抜戸さん、衰弱して自分で食べれないようです!」
「手のかかるやつだなぁ・・・」
レンゲにとろみをつけた卵スープをひとすくいし、少し冷ましてから絵入さんだったものの顔の前に持っていく。
立ち上る優しくおいしそうな香りにじゅるっとたまらずスープをすすった。
「・・・・!あち・・・!あち・・・!」
「あ、ごめん。まだ熱かったか」
かなりの猫舌なのだろうか、冷ましたつもりだったが熱そうなそぶりを見せてから再度ゆっくりレンゲに吸い付いた。
「・・・うまうま・・・」
ぽろりと涙を流し、スープをすするたびに萎んでいた姿が徐々に生気を取り戻してきた。
体が温まってきたのか、もぞもぞと雪見大福の装甲をちょっとずつ自分で引っぺがしていく絵入さん。
「コーポ酵母」という文字とカビが密集して生活するアパートのイラストが書かれたよくわからないTシャツとスウェットという謎の部屋着だったが深くは詮索しないでおいた。
卵スープをあっという間に平らげ、今度はチャーハンに手を伸ばす。
待ちきれないようにレンゲを打ち鳴らしながらできるだけ多くすくいあげたチャーハンをバスッと頬張る絵入さん。
一気に詰め込みすぎたのかうぐうぐ言い出したため慌てて水を持ってきて飲ませた。
ごくごくと一気に飲み干し一息ついたのちに恍惚の表情を浮かべて一言。
「い、生きててよかった・・・」
何とか復活をとげた絵入さんを見て道代さんも安心をあらわにしていた。
「もう!杏さん!心配したんですからね!抜戸さんがいなかったら今頃凍死してたかもしれないんですよ!」
「ご、ごめん・・・」
道代さんに謝りつつ僕のほうを見る絵入さん。
「どこの誰だか存じあげませんが、このたびは・・・」
「いやいやついこないだあってるからね?」
「・・・・・?」
どうもピンと来ていないようなので転校初日のことを説明するとやっと思い出したのか一瞬ハッとしたような表情を絵入さんは見せた。
・・・なんでプリントを届けるだけだったのにここまで苦労をしなくてはいけなかったのか、はなはだ不満である。
食事もひと段落ついたところで絵入さんに今回のいきさつを聞いてみることにした。
「あの日は・・・」
「トイレにいたら急に上から水が降ってきて、ずぶぬれに・・・」
それはクラスの女子が話していて知っていた。立華美咲による嫌がらせを受けたと。
「それで風邪をひいて寝込んでたと」
「いや、それでは体調崩してない」
「え?」
道代さんが困り顔の表示をしながら補足する。
「絵入さん、風呂上りに急に自作トラップの動画を見てはまっちゃって、バスタオル一枚で朝まで二階でトラップを作成してたんです・・・」
「え、馬鹿なの?」
「一度やりだすととまらなくて・・・」
いやいや限度ってものがあるでしょ。
「途中で一階に降りようとしたけど、どこにどのトラップ仕掛けたか分かんなくなって」
あきらめて部屋で寝ることにした、と。
「寒気がしてたから暖房をつけてベッドにもぐりこんだんだけど冷房だったみたい」
「ほんとあのまま死んじゃうのかと思ったよ」
ははは、と力なく絵入さんが笑う。
「まあよかったじゃないか死なずにすんで」
「そんな命の恩人から学校の課題プリントだ」
そういって藤崎からまかされたプリントを渡す。
「チャーハンとスープ食べたら元気になったし、明日からまた学校いけそう」
「とにかく今日はゆっくり休んでください、絵入さん」
道代さんが体調を気遣った声掛けをしていた。
「ん」
返事をすると絵入さんは立ち上がって帰り支度を始めた。
学校・・・か。
基本無表情なので何を考えているかは読み取れなかったが、僕は自分の立場だったらと考えた末に気になったことを彼女に聞いた。
「あのさ」
「ん?」
「学校に行くの嫌じゃないの?」
少しの空白の後に彼女は聞いてきた。
「なんで?」と。
「いや、だって他のクラスメイトとかから冷たい態度とられたりとかしてるじゃん」
道代さんが黙って僕たちの会話を聞いている。
僕の問いかけに絵入さんから帰ってきた答えはシンプルなものだった。
「学校って、勉強するとこだよね?」
「え・・・、まぁそうだけど」
「私は友達作りに学校に行ってるわけじゃないし」
そんなシンプルな答えだった。
「まあ、消しゴムのかけらを投げつけられるのはあんまし好きじゃない」
髪の毛の中に入ってっちゃうし、と少し不服そうな顔で言った。
「私は変わってるらしいからしょうがない」
「それとも・・・」
ふふっと無邪気に笑って彼女は僕に言った。
「助けてーって言ったら助けてくれる?」
「・・・・・」
返事は返せなかった。
無責任なことは言えない。新参者の僕にあの教室で何ができる?
「・・・ごめん」
「なんで君が謝るの?」
不思議そうに彼女はそういった。
「変な人だね、君は」
「絵入さんにだけは言われたくないけどね」
そんな他愛のない会話を交わし絵入さんは自宅へと帰って行った。
食べ終わった食器を片してからもやもやした気持ちを抱えながら僕は眠った。
これでよかったんだ。同じ過ちは繰り返すべきじゃない。
・・・そう思うことにした。




