【第5話】しんぎゅらりてぃですとらくしょん①
夏が本格的に近づいてきて夜なのに少し蒸し暑い。
私は博士の指示でとある人物の追跡調査していた。
立華高校から少し離れたご当地コンビニ、【キャトルマート】。
町のあちこちで営業しているこのコンビニは、ここ木屋取町の名前から付けられたとどこかで聞いた。
それぞれの店内に自慢のパン工房があり焼きたてのパンを香ばしいかおりとともに提供するなんとも飯テロなコンビニエンスストアだ。
私はそのコンビニの屋根の上から先ほど店内に入っていった対象が出てくるのを見張っていた。
「ミタ、聞こえるか?」
耳元に内蔵されている通信装置から聞きなれた博士の声が届く。
「はい! なんでしょう、博士?」
「恐らくこの場所で多見寧斗に関する不適な取引が行われているのは間違いない。先ほど入店した媚山裕司の動向を調査・記録してくれ」
媚山裕司…、私たちの通う立華学園の生徒指導を担う教師である。
生徒指導の立場を利用して気に入らない生徒を停学や退学に追い込むことに執着しているらしい。
その矛先は中でも素行不良、俗にいうヤンキー的な生徒に向けることが多く、調べによると彼が高校時代に不良に嫌な思いをさせられたことが起因しているそうだ。
生徒指導の立場として間違ったことはしていないが、実情としては過去の憂さ晴らしに近い。
弱みを握った他校の不良を使役して、自校の気に入らない生徒と無理やりトラブルを起こさせて停学や退学に追い込むこともしばしばあったり…。
例によって今回も私たちの友人で、見た目…いや内面も…オラオラ系である多見寧斗さんを無理やり退学に追い込もうとしている。
それを阻止するためこうして行き過ぎた生徒指導の証拠入手のため隠密行動をしている。
「目標、買い物を終了し出てきました。そのままコンビニ脇の喫煙所に向かう模様」
喫煙所に到達するも、どこか落ち着きなく周りをキョロキョロと見回す媚山教諭。
懐から取り出した電子タバコを吸い出しながらも、あからさまに苛立った様子でパタパタとせわしなくつま先で地面をでタッピングしている。
「誰かと待ち合わせでもしているのか?」
「むっ! こちらに向かって誰か来ます! 待ち合わせ相手でしょうか…」
内臓しているレーダーにこちらに真っすぐ向かってくる生体反応をとらえた。
顔などの特徴からデータベースに登録されている情報をもとに対象のデータを割り出す。
「シルエット、服装や歩き方などの特徴も加味して葉軋高校の万上稀千代である可能性が99%です」
「…ちなみに残りの1%はなんだ?」
「万上稀千代の姿をした宇宙人の可能性です」
「その可能性は考えなくてもいいんじゃないか?」
自分で意地悪な質問をしておきながら博士が通信越しに鼻で笑う。
「会話の様子をキャプチャーします」
「ああ、頼む」
博士の次の指示を予測し実行に移す。判断が間違っていなかったことを誇って勝手に一人でドヤ顔を決める。
幸い表情は通信されることはないので最近のちょっとした娯楽であったりする。
「決め顔する必要あったか?」
「ぴぃっ!!? な、な、な、何のことですか!?」
ドヤ顔をしていたのがバレてあからさまに取り乱してしまう。
まさか私の知らぬ間に表情を通知する機能でも搭載したのだろうか。人工心臓が感情に合わせて大きく拍動してしまう。
「いや、なんとなくそんな気がして言ってみただけだ」
「……」
自称IQ300の博士が冗談だか本気だかそんなことを言った。
……まぁIQ300もある天才なんて歴史上いないんですけど……。
ひそひそ声で博士とそんなやり取りをしたのち、気を取り直して対象の調査に戻る。
「随分と遅かったですねえ。あなた、私を待たせられるような立場なんでしたっけ?」
媚山教諭が嫌味な言いまわしで万上に詰問する。
「し、しかたねぇだろ……、さっき学校が終わったばっかりなんだからよお」
大柄なその体躯には見合わないほど委縮した様子で弁解する万上。
「はあ…遅れてきた挙句に言い訳ですか? 別にいいですけどね、私は。あなたのお仲間が学校に無断でアルバイトしていることを学校側に通達するだけですから」
そういって媚山教諭が自身の携帯に保存してある画像を万上に提示する。
画像をみるやすぐに難色を示しだす万上。
「か、勘弁してくれよ! あいつら兄弟が多いから少しでも家のためになるようにやってんだからよお!」
「それは前にも聞きました。でもアルバイト禁止の学校ですから、規則を守ってない訳ですしねえ」
にたにたと相手を見下すような笑みを浮かべながら媚山教諭が言う。
「あなた達は私が言うままに例の生徒と揉めてくれればいいのです。先日のように学校周りでトラブルを起こすのは、ほかの生徒にも目立ちすぎてしまうので中止にしましょう」
「はあ…次はどうしろって?」
「そうですねぇ…。果たし状で呼び出すって言うのはどうです? たしか…彼には小さいご兄弟がいましたよねえ…」
「おいおい…そんなの誘拐じゃねえかよお!」
媚山教諭の無茶苦茶な提案に声を荒げる万上。
「いえいえ、誘拐なんて物騒なことしませんよ。何か理由をつけて連れ出してトランプでもしてればいいのです。あとは勝手にあっちが勘違いしてくれれば手を出してくるでしょうから、私は現地でそれを証拠に収めます」
……それを誘拐と呼ばずして何と呼ぶのか?
今すぐにでも飛び出していって取り押さえてやりたいが、状況証拠が弱い。
この場で最も重要な名前がまだ出ていない。
「もうこれっきりにしてくれよ…。俺たちは別に多見寧斗に対してなんの恨みもないんだからよお」
そう思った矢先に万上がファインプレーをかました。
思わず小さくガッツポーズを決める私。
「まぁ、それはあなた達の頑張り次第じゃないですか? せいぜい一生懸命働いてください」
チッ!と不満げに舌打ちをしながら万上が踵を返してもと来た道を帰っていった。
同時に博士から通信が入る。
「よくやったなミタ。状況証拠としては十分だろう。明日にでもこのデータを媚山本人と校長に開示しよう」
「そうですね。今からそちらにキャプチャーしたデータを転送しますね……んっ?」
と、ここで録画したはずのデータがないことに気が付く。
「うえっ!? あれェ!? おかしいなぁ!」
「おい、どうした?」
混乱する私の思考をよそに内部スピーカーから音声ガイダンスが流れる。
---デストロイキャノン充填完了、右腕変形開始します---
どうやら先ほど録画開始操作で押したつもりのボタンは護身用のビームガンの起動ボタンだったようだ。
「えっ、ちょっ」
私の意思に反して右腕が禍々しい形状の銃身に変形していく。
「おいミタ…、まさか証拠のデータが撮れてなかったんじゃ…」
あきれ果てたような博士の声が通信される。
「……」
オイルの冷たい疑似汗が頬を伝う。
「あ。ああ~!! 高負荷なデータ処理に伴うノイズが~!!(棒)」
すかさず通信モードを消音にして博士にこちらの音声が漏れないようにする。
「と、とうっ!!!」
周囲に第三者がいないことを確認してから身バレしないようにフェイスガードを展開しすぐさま媚山教諭の前に飛び降りる。
「そこまでです! 先ほどの会話は記録させてもらいました!」
突然頭上から戦隊ヒーローの様な格好で舞い降りてきた私に驚いて媚山教諭が電子タバコを落として動揺している。
「な、なんですかあなたは!?」
「とある情報網からあなたが不良を使役して不当な職務を実行しているとタレコミがありました! さあ! もう一度自分のやったことを白状しなさい!」
録音できていなかった言質のデータを再度取るために媚山教諭の口から自白を催促する。
「え…録音してたんですよね? もう一度言う必要あります?」
「……」
まずい。録音できていないことがバレそうだ。
「しかたがないですね…」
すかさず護身用のビームガンの出力を最小にして媚山教諭にぶっぱなす。
「えっ…あぎゃああああ!!!!!」
最低限の出力でも若干立ってられなくなるほどの電流が流れてしまっている。
「さ、さあ! 白状するんだっ!」
「ぎええええええ!! 言いますうううう!! 言いますから電流をとめてええええ!!」
ま、まずい。人が集まってきてしまう。
「御託はいいから早く言いなさーい!!」
「や、やりましたっ!! 私が多見寧斗に不良をけしかけましたああああああ!!!!」
しっかり動画でキャプチャーできていることを確認して媚山教諭を解放する。
電流が止まると同時にその場にドサッと昏倒した。
「……」
媚山教諭の絶叫を聞きつけたのか近くから人の集まってくる気配を感じる。
「…反省なさい。悪が栄えたためしはないのです…!」
どこかで聞いたような捨て台詞を吐いて私はその場から素早く撤退した。
キャトルマートから少し離れた場所の路地裏にて消音モードを解除する。
「…おっ、おほん! は、はかせー。お待たせしましたー。すみません急に動作が重たくなっちゃって。あはは…」
「ミタ! 無事だったか…。心配したぞ、何かトラブルに巻き込まれたのかと思って…」
博士の指摘はあながち間違っていなかった。
まぁ、主に巻き込まれたのは媚山教諭の方だが。
「だ、大丈夫ですよぉ!? データの方もノイズとかのトリミングが完了したのでこれから転送しますね…」
同様の色を隠しきれずにすこしどもりながら博士に再度キャプチャーした動画を転送する。
「おお、きたきた。ご苦労だったな、こちらに帰還してくれ。……ん?」
動画を再生しつつ何か違和感に気づいた様子の博士。
「なぁ、ミタ。私が記憶してる証拠だと媚山はこんなに悲鳴を上げてなかった気がするんだが…」
ぎくっ。
「……おまえこれ撮りなおしたろ」
「……」
沈黙がもはや肯定であった。
「しかも対人用の護身武器を使っただろ…」
「す、すみません…」
これに関しては言い訳のしようがなかった。
「はぁ…。まぁ、今回は媚山にも天罰が下ったってことで目をつむるか…。証拠は手に入れられたし、媚山もこれに懲りて理不尽な不良への生徒指導も改めるようになるだろ」
そう言って博士は呆れながらも私に再度帰還命令を出すのだった。
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仮設科学実験室に戻ると、博士が焙煎堂の珈琲を淹れているところだった。
「ご苦労。若干の紆余曲折はあったみたいだが…」
そういってまだ暖かい珈琲をいつものマグカップに入れて差し出してくる。
「あ、ありがとうございます。すみません、ミスを隠すために勝手な行動をとってしまって…」
「ん? ああ、そんなに謝らんでもいい。人間らしさということで目をつむろう」
あっけらかんとした態度で博士がそうフォローしてくれた。
「それに私が電流を喰らったわけじゃないしな」そう言って意地悪そうな笑みを浮かべていた。




