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【第3話】といれっとなーばす④


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「今思えば、短い人生だったかもしれません……。でもここまで育ててくれた両親に感謝の気持ちでいっぱいです」


 そういって保健室のベッドから木漏れ日の差し込む外を眺め、何かを諦めたような遠い目で話し出す御手洗さん。

 その眼にはうっすら涙が浮かんでおり、まるで懺悔でもするかのように……


「ちょいちょい。思いつめすぎだから」


 僕たちは教室で気絶した御手洗さんの具合を見に保健室に来ていた。

学年発表会の代表に選出された衝撃が大きすぎて御手洗さんの思考は完全に停止と逃避を繰り返しているようだ。


「抜戸さん、そちらの棚からオキシドールを取ってもらえますか? ちょっとのどが渇いたので一気飲みを……」


「そんなナチュラルに死のうとしないでよ……」

なだめる僕の隣で無表情なりに心配そうに御手洗さんの顔を覗き込む絵入さん。


「まあ俺たちもできることは協力するからよ」

寧斗が心ばかりの励ましの言葉を贈る。


「ありがとうございます。気持ちはうれしいんですが全校生徒の前に立つって考えただけで私はもう呼吸ができなくなりそうです」

 昨日今日の御手洗さんと関わった印象から、なんだかそれは容易に想像できてしまう。


 発表の日は今日から2週間後と結構短く、内容は自分のクラス紹介という単純なものだ。

選出されてしまったからにはその責任を全うしなければならないが、まさか御手洗さんが選ばれるとは……運命は残酷である。


 御手洗さんの気分は晴れないままだったが、体調には問題ないのでその後教室に戻った。


 教室に入るとほかのクラスメイトの視線が一気に僕たちに向けられる。

ひっ……と反射的に恐怖を感じた御手洗さんが声を漏らした。

 御手洗さんはいままでひっそりと平穏な毎日を享受していたのに、不幸のスポットライトは彼女を急に照らした。

 追い打ちをかけるように取り巻きを連れた立華さんがこちらにずかずかと歩み寄ってきて言う。


「御手洗さん、で合ってるわよねぇ? ごめんなさいね、あたし今日まであなたのことなんて知らなくてぇ」

予想はしていたが分かりやすいくらい威圧を込めたエールが始まった。


「学年発表会、くれぐれも失態のないようにお願いするわね。このクラスのみんなの将来に関わることなんだから~」

 震えながら俯いている御手洗さんは今にも消えてしまいそうだった。


「そんなこと言うためにわざわざ来たのかよ?」

寧斗が低い声で立華さんを威嚇する。


「な、なにかしら?わたしはみんなで頑張りましょうって意味で言ったのよぉ?」

少したじろぎは見せたものの依然と屹立とした態度で言い訳する立華さん。

寧斗に威嚇されたのもあってか、言いたいことだけ言うと自分の席へと戻っていった。


……と、突然。


「いやあああ!!何よこれえ!」


立華さんが自分の席に戻るや否や、絶叫に近い悲鳴を上げていた。


「きゃああ! 立華さんの机にイカの塩辛がぶちまけられているわ!」


 あるはずもないものが突然出現して立華さんは軽くパニックになっていた。

なんとなくやりそうな人物に心当たりのある僕は先ほどまで姿を消していた無表情の少女をちらっと見る。


 彼女は僕の視線に気づくとまだ何も言っていないのに「違うんだ、わざとじゃない」と弁解をはじめた。


「あの塩辛に身に覚えがあるんだね?」


「ほんとは熱々のご飯にのっけて食べようとしたんだけど思いのほか蓋がきつくて……」

開いた勢いで手を滑らせてこぼしてしまったのだそうだ。


「なんで立華さんの席で塩辛ご飯食べようと思ったんだよ……」


「残り香であいつの精神を揺さぶってやろうと思ってな」


「なんちゅう微妙な精神攻撃を……」

結果的には相当な精神攻撃になっていたが、そんな僕らの会話を聞いて御手洗さんが少し元気を取り戻したのかくすくすと笑っていた。


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 残りの授業を終え僕たちは帰路についていた。

学年発表会当日は2週間後。気が付けばすぐに当日を迎えてしまいそうな現状に御手洗さんのため息が増える。


「はぁ……」

もうなんだかそういう鳴き声の動物にすら見えてしまうほどだ。


「なにを発表するのか大体のイメージはできてるの?」


 御手洗さんのこの一大事を乗り越えるために僕たちは協力することを約束した。

まだ知り合って日は浅いがどこか放っておけない彼女の印象がそうさせるのか。


「発表原稿のほうは特に厳しい添削はないようなので、頑張って書けばなんとかなりそうですが……」


そう、問題は御手洗さんの極度のあがり症の方だ。


全校生徒の前で発表なんて僕だってしたくはない。

原稿を読むだけだとしても注目されているという状態だけで緊張してしまう。


「よく言うのは観客を野菜だと思えっていうけどな」

寧斗がどこかで聞いたようなアドバイスをしてみた。


「実際に人に見られてるわけですから、とても野菜には思えそうにないです……」


「当日みんなに大根の着ぐるみを着てもらうのはどうだ?」

条件の厳しいよくわからない提案をする絵入さん。


「それはそれでカオスな状況だと思うんだが……」

そもそも発表者が緊張するので全員着ぐるみ来てくださいという意見自体が通らないだろう。


……となると。


「やっぱり御手洗さん自身のメンタルを強化するしかないな」


「メ、メンタルですか……」


 僕の提案に考え込む御手洗さん。

そんなこんな話し合いをしているうちに気が付けば御手洗さんの自宅、焙煎堂にたどり着いた。


「そうだ、作戦会議しよう」

絵入さんがどこかで聞いたような観光キャッチフレーズを言ってきた。


「し、しましょう! 作戦会議!」

思いのほか食い気味に提案に乗っかってきたのは御手洗さんだった。

なにか打開策を見つけたいのかもしれない。

玄関でもあるお店の扉を開けると見知った顔の来客が来ていた。


「む……」

だぼだぼの白衣で眠そうな目をこすりながら彼女も僕らの存在に気づいたようだ。


「なんで君たちがここに?」


「西園さんこそ……あと美多さんも」

 香ばしいコーヒーの香りがする紙袋を抱えた美多さんがまるで花が咲くような笑顔とともに僕たちに気づいて話しかけてくる。


「あ! 抜戸さんたちじゃないですか! こんなところで偶然ですね!」

 コーヒーを飲みに来たんですか? と人懐っこく近づいてきて絵入さんと寧斗にも話しかける。

前に仮設科学実験室で振舞ってもらったコーヒーは焙煎堂のものだったのか。


「重要な作戦会議がこれから行われるんだ」


「な、なにやら事件の香りがしますね……!」

無駄に意味深な表情で美多さんを脅かす絵入さん。


「お、お知り合いですか?」

どう立ち振る舞ったらいいのかわからず蚊の鳴くような声で御手洗さんが聞いてきた。


「えーっと、こっちの不健康そうなのが西園さんでこっちの元気100倍な感じなのが美多さん」

仮設科学実験室に入り浸っている同級生ということを伝える。


「悪かったな、不健康そうで入り浸ってて」

さも気にした様子もなく西園さんが軽く挨拶をした。

同級生だと分かって御手洗さんも少しほっとしたような表情をしていた。


「華子、おかえり」

珍しく人口密度の高い店内で埋もれていた御手洗さんに気づいてマスターが声をかけた。


「ただいま、お父さん」


「マスターのご息女であったか」

西園さんがハッとしたような表情を浮かべ御手洗さんに丁寧に挨拶を交わす。


「ここのコーヒーにはいつも癒しをもらっていてな……」


「そ、そうだったんですか」

初対面の西園さんとのコミュニケーションに少し戸惑っている御手洗さん。

何かの準備をしながらマスターが西園さんたちに声をかけた。


「御覧の通り消極的な娘でね。仲良くしてもらえると助かるよ」


「いえいえそんな、何か協力できることがあれば遠慮なく言ってくれ」

猫背をぴんと伸ばしながら西園さんが胸を張って言った。


「あ、俺いいこと思いついたかも」

寧斗が肘で僕のことをつつきながらそんなことを言ってきた。


「ん?なんだ?」


「早速西園達にも協力してもらおうぜ」

御手洗さんの学年発表会の件か。

まあ、人数が多い方がいろんな意見が出て御手洗さんのあがり症克服の何かいい方法が閃くかもしれない。

さっそく御手洗さんにも提案し、二階の部屋で作戦会議をすることになったのだった。


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「ちょっと散らかってて、少し時間をください……」

そういって先に御手洗さんが部屋に入っていった。


一階の喫茶で焙煎したコーヒーの香りが二階にもふんわりと香ってくる。


「はぁあ……この香ばしいかおり、癒されますね~」

そういって目を閉じながら深呼吸する美多さん。


「ああ、香りだけで目が冴えてくるようだ」

西園さんも同じ気持ちだったのか、いつも通りの寝不足の目をこすりながら答える。


「西園、美多、急なお願いだったのに協力してくれてありがとな!」

寧斗がおそらく買い出しに来ていただけの西園さんと美多さんにお礼を言う。


「私たちに何ができるかわからないが頑張るよ」

と、西園さんと美多さんが快く了承してくれていた。


そうこうしているうちに御手洗さんが片付け終わったのか自室から出てきた。


「お、お待たせしました。ど、どうぞ。狭い部屋ですが……」

絵入さんを先頭に御手洗さんの部屋に入っていく。


 部屋はもともとさほど散らかっていなかったのか、きれいに整頓されており全体的に落ち着いた女の子らしい色合いの家具と、中央に丸いテーブルがあった。

全員が囲むには小さめのテーブルだったので絵入さんと美多さんはベッドの端に腰かけた。


「それではこれより第一回あがり症撲滅会議を開始する」

絵入さんが勝手に脈絡のない議題を提示して作戦会議が始まった。

状況再確認も込めて西園さんと美多さんに現状を説明した。

問題自体はシンプルであるがゆえに彼女たちの理解も早かった。


「つまり御手洗氏が無事に発表が終えられればいいんだな?」

今回の達成目標である条件を西園さんが僕たちに確認する。


「そうですね。今のままでは壇上に立っただけで頭が真っ白になってしまいそうで……」

御手洗さんが当日を想像したのかナーバスなトーンで返答する。


「そういえばこないだテレビでやってたんですけど、視界って結構大事みたいで目に見える範囲が広がると心に余裕ができて落ち着いて行動しやすくなるそうですよ」

美多さんがそんな心理学的な知識を提案してきた。

御手洗さんの長い黒髪は綺麗ですけどねとしっかりフォローも入れるところはさすがだなと思った。


確かに御手洗さんは某和製ホラーに登場する幽霊を彷彿させるほどの長い黒髪であり、前が見えているかどうか怪しいほどだ。


「最初は目が合わないように伸ばしてて、鼻より少し上くらいの長さだったんですが……安心感を得るためにどんどん伸ばしていくうちにこんな長さになっちゃって……」

 申し訳なさそうに話す御手洗さんを見ていた西園さんがポケットをごそごそ漁って何かを取り出した。


「モノは試しだ。御手洗氏が良ければ色々試してみよう」

そういって、西園さんがお化けの飾りのついた髪留めを白衣のポケットから取り出して御手洗さんに手渡した。


「商店街の福引で先ほどもらったものだ。良かったら差し上げるよ」


「か、髪留めですか。付けてみます……。ちょっと慣れるまでは落ち着かないかもしれませんが……」


御手洗さんが西園さんから渡された髪留めで前髪を掻き分けて固定する。

色素の薄い透き通ったな目を落ち着かなそうに床のあちこちに彷徨わせた。


「あ、うう……逆に緊張します」

本当に緊張しているんだろう。薄っすら涙目になりながらもじもじしている。


「まあこればっかりは慣れていくしかないな」

そういって西園さんがすかさずフォローを入れた。


そのままの状態で作戦会議を続行することに。


「影武者作戦はどうだ?当日に誰かが御手洗になりすまして発表とか」

寧斗が思いついた作戦を考案した。

このメンバーでそれをやるには背丈がほぼ一緒くらいの絵入さんが適任だが……。


「……わたしか」


 自分のうちでもないのにベッドにくつろいで横たわる絵入さん。

口が半開きで何を考えているのか想像できない……。

日々の奇行を考えると案外物怖じせずに発表できてしまいそうな気はするが……。


「当日学校に爆破予告するとかダメか?」


「ダメに決まってんだろ。問答無用で警察沙汰になっちまうよ」

真顔でこんなことを提案するような絵入さんに代役は難しそうだ。

バレた時のリスクも考慮すると現実的ではない。


しばらくみんなの意見を聞きつつも考え込んでいた御手洗さんが不意に口を開いた。


「皆さんにいろいろ考えてもらって本当に恐縮なんですが……結局は私自身がもっと緊張を克服できないとダメなんだと思います……」


 それは僕たちもうすうす気付いていた。今回を乗り越えられたとしても根本的な解決にはならないことを。


「じっくり問題と向き合っていきたいところなんだけどね……」

思っていたことを口にするものの、発表当日まで2週間の猶予もない状況に難渋してしまう。


「御手洗に絵入くらいの図太さがあればなあ……」

ため息混じりの空気の中、寧斗が何気なく言った一言に僕はある一つの提案が浮かんだ。

日々よくわからないゲリラ的なタイミングで奇行をする絵入さんと行動を共にすればあるいは……。


「みんなちょっといいかな?」


完全に荒治療としか思えないが、猶予もない今……迷っている暇もなさそうだ。


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