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【第3話】といれっとなーばす③

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 帰り道、きらめき商店街にて。



「好きな干物はなんだ?」


「えっ、ひ、干物ですか?あ……アジかなぁ」


「家のトイレは和式か? それとも洋式か?」


「と、トイレ!? よ……洋式ですけど……」


「結婚はしてるのか?」


「えっ!? け、結婚??」


 校門を抜けて4人で下校していると絵入さんが良くわからない質問を御手洗さんにこれでもかと浴びせていた。


「絵入さん、終始質問の意図がまるで分らないし御手洗さん困ってるよ」


 御手洗さんも若干涙目になってきている。


 絵入さん自身が御手洗さんに興味津々なのは伝わってくるが、手札となる会話の引き出しが少なぎるのかさっきから天気の話か突拍子のない謎の質問のオンパレードになっていた。

 御手洗さんもまじめな性格のおかげで一つ一つの会話に真剣に答えようとしてくれている。

商店街に差し掛かりとある喫茶店の前で御手洗さんが立ち止まる。


「あのー、今日はありがとうございました。皆さんと帰れて楽しかったです。私の家ここなのでよかったら何か飲んでいきませんか?」


 焙煎堂と書いてある喫茶店はレトロな雰囲気を醸し出していた。


「あれ……」


「ん? どうした?」


ふと何かを思い出したような反応をした絵入さん。


「前から気になっていた喫茶店だ」


 御手洗さんに誘われ店内に入る。


 カロンカロンとどこか癒されるドアベルの音とともに涼しげな空調に冷やされた空気と外の陽気が混じり合う。


「いらっしゃ……ああ、華子か。おかえり」


「ただいまお父さん」

カウンターの向こうでマグカップを拭いている御手洗さんのお父さんが僕たちに気付いて会釈した。


「えーと、そちらの方々は?」


「おなじクラスの……人」

御手洗さんは友達と言って迷惑にならないか躊躇ったようだ。


「そこは普通に友達でいいんじゃないのか?」

寧斗がそう告げると絵入さんも無言で御手洗さんを見つめコクコクと頷いている。


「……あ、う、うん。そうだね!」

気恥ずかしいような嬉しいような表情で御手洗さんが照れていた。


「華子が友達を連れてくるなんて珍しいな、いつもは死んだ魚のような目でひっそりと帰ってくるからね」


「そ、そんなことないから!」


余計なこと言わないでよと耳まで赤くして照れる御手洗さん。


 僕たちは御手洗さんに案内されるままに店内のテーブルに座った。

店内に他にお客さんはおらず、ゆったりとしたジャズがほどよい音量で流れていてどこか心地いい。


「カウンター越しにごめんね、みんな何か飲みたいものはあればごちそうするよ」

御手洗さんのお父さん・・・マスターがそう言ってオーダーを取り始めた。


「いつものを頼む」

絵入さんがメニューも見ずに爆弾をぶっこんだ。


「あほたれ、そういうのは常連しか通用しねーんだよ」

寧斗がお店に迷惑かけんなとでも言いたげな表情で絵入さんに注意した。


「ちなみに思い描いたいつものってなに?」

ふと疑問に思ったことを聞いてみた。


「瓶ラムネ」

夏の風物詩だった……。


「あるよ」

マスターがカウンターの奥からあまり表情は変わらないが心なしかドヤ顔で答える。


「……!! ……じゃあいつものを」

絵入さんは感動を覚えたような表情で瓶ラムネを注文した。


「夏限定だから時期が過ぎるとおいてないんだけどね。いろいろ試行錯誤して完成した自家製だから自信はあるよ」


え、なにそれ。超気になる。


「美味しいですよこれ。私も好きでよく飲むんです」


「じゃあ俺もそれで!」


「じゃ、じゃあ僕も」


初めて訪れた喫茶店でコーヒーを嗜まないという変な状況だったがマスターと御手洗さんはどこか楽しそうだった。


「何気にこれ裏メニューなんですよ」

御手洗さん少し自慢げに教えてくれた。


「自家製で瓶ラムネってどういうことなの?」

僕は気になったことを聞いてみた。


「瓶は別注なんですけど中身のラムネを入れてから瓶をうまくひっくり返すと炭酸の圧でビー玉が栓になるんです」


 たぶん市販の瓶ラムネの容器でもできますよ、と御手洗さんが豆知識を話してくれた。

そんな会話をしているとマスターが4人分の自家製ラムネを持ってきた。


「開けるとき炭酸が噴き出るから気を付けてね」


 ほぼ4人同時にビー玉を押し込むとぷしゅっ!という爽やかな音とともにほんのりジンジャーとサイダーの混じった透き通る甘い匂いがした。

 喉が渇いていたのか寧斗が真っ先に喉を鳴らして自家製ラムネを飲み干した。

CMに起用したら購買意欲をそそりそうな飲みっぷりだ。


「な、なんだこれ! う、うますぎる!!」


それを横目に絵入さんがジト目で言う。


「節操のないやつめ……味わって飲めばいいものを」

そういって絵入さんも瓶ラムネを口に含んだ。


「……!!」


ゆっくり味わって飲むのかと思いきや、そこから一気に口も離さずに飲みきってしまう。


「おまえもがぶ飲みしてんじゃねえか」


そういいながらどこか嬉しそうな寧斗。

ふう・・・やれやれ、節操のないのが二人になった。


 確かに喉は乾いていたのかもしれないがこの二人は恥じらいというものがないのだろうか。


「……いくら僕たちだけだからって行儀が悪いったらありゃしない」


 二人を骨抜きにした魔の瓶ラムネに僕も立ち向かう。

……だ、大丈夫。確かに喉は乾いているがたかだか飲み物ごときで取り乱す僕じゃない。


 震える手で瓶ラムネを乾いた喉に優しく流し入れる……。


……うっ! これは……!!


 目の前がホワイトアウトしたかと思うと懐かしいような幼い頃の記憶に包まれていく。

こ、これは……。いったい……。

 小さい頃、おばあちゃんと縁側で日向ぼっこした時の感覚に似ている。


「……どさん、ばつどさーん!?」


「……あ……へ……?」


 御手洗さんに呼びかけられていたことに気づき我に返る。

手に持ったラムネの瓶は空になっている。いつの間に飲み干したのかすらもわからなかった。


「な、なんて恐ろし飲物なんだ……」

忽然と余韻だけ残して失われた瓶ラムネに思わず恐怖する。


「急にラムネ一気飲みしたかと思ったらフリーズして、忙しいやつだな」


「おまえ虚ろな目でおばあちゃんがどうのこうの言ってたぞ」


絵入さんと寧斗が気持ち悪いものを見るような目で意識のなかった間の僕の様子を教えてくれた。


「み、身に覚えがないんだが……」


 この中で唯一の良心である御手洗さんを見たがひきつった笑みを浮かべ困惑していた。


……心なしか、いや明らかに席の間隔がラムネを飲む前より離れている気がする。


「マスター。この飲み物は危険です。メニューから廃止すべきだと思います」


 自分の痴態を棚に上げて責任転嫁しようとした僕も含め絶賛を得られたオリジナルメニューを提供できたことにマスターは嬉しそうにしていた。

美味しいラムネで一息ついた僕たちは御手洗さんと別れ喫茶焙煎堂を後にした。


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……翌日。


 絵入さんと寧斗といつも通り商店街経由で通学していたら、焙煎堂に差し掛かったところで丁度御手洗さんが家から出てきた。


「あ、おはようございます」


「おはよう」「うーす」「ん」


それぞれ挨拶を交わして一緒に登校することになった。


「昨日はどうもありがとうございました。父もなんだか喜んでました」


「いやいやお礼を言うのはこっちでしょ。飲み物もサービスしてもらっちゃったし」

少し照れながら話す御手洗さんに僕たちは昨日のラムネのお礼を言った。


「禁断の飲み物」

「おいやめろ、むやみに古傷を抉るんじゃない」

絵入さんの茶化しにトラウマを呼び起こされそうになって僕はやや食い気味に拒絶した。


僕と絵入さんのやり取りをみて御手洗さんがくすくすと笑っていた。


「そういえばさ、昨日藤崎が言ってたこと覚えてる?」

学年発表会。その話題について僕は触れてみた。


「収穫感謝祭……か」


「うん、ちがうね。なんで夏に芋煮会すんのさ……」」

ナチュラルに間違える絵入さんの間違いを正す。


「学年発表会ですよね……。体育館で作文発表のある……」

入学時から立華学園にいる御手洗さんが去年の学園発表会の様子を教えてくれた。


「クラス代表の選出って推薦で行われるんでしょ?」

 僕は俊介に聞いた情報を御手洗さんに確認する。

選出者は代表として功績が残るから受験などで優位になれるのだそうだ。

うちのクラスではクイーン……立華美咲が取り巻きを利用し推薦で自分を選出する流れが今のところできつつあるそうだ。


「なんだよ、それならなんも面倒くせえことねえじゃん」

寧斗があくびをしながら呑気に言う。


「そ、そうなんですか。なんだか安心しました」

御手洗さんがそういって胸をなでおろした。

もし仮に御手洗さんが選出されたりなんかしたら冗談抜きで身投げしてしまいそうなものだ。

そんなことを考えながら学校へと向かった。


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 教室につくと朝の喧騒に混じって取り巻きと美咲さんの会話が聞こえてくる。


「あたしもぉ~、別にやりたいってわけじゃないんだけどさあ~。ほらぁ他に誰もやりたがらないじゃな~い?」


 仕方なくやってやろうという態度を前面に出して周囲にアピールしている。

さすがです立華さん、といった取り巻きのよいしょまで聞こえてくる。


「うちのクラスもさぁ、仲がいいほうだと思うけどぉ~、ほらぁ協調性のない変な人も何人かいちゃったりするでしょお?」


 そういって立華さんが僕たち……主に絵入さんをあからさまに横目で見ながら言う。


 絵入さんは……というと、聞こえないふりをしているのかやや俯きながらなにか考え事をしている。


 御手洗さんは立華さんの話す内容に悪意を感じとったようで、どこか落ち着かない様子でそわそわしている。


 寧斗はご飯を食べ終わったライオンの如く大きな欠伸をしている。

……うん、多分寧斗に関しては聞こえてないな。


 そんな分析をしていると、おもむろに絵入さんが顔を上げて「やっぱりだ」と言う。

そして立華さんのほうにキッと向き直し、一直線にそちらに向かっていく。


「え!? はぁ? なんなのぉ!?」


 身構える立華さんのほうどんどん歩み寄っていく絵入さん。

クラス内の空気が張り詰める。

僕たちが何かを言う間もなく絵入さんは突き進み……そして立華さんの横を素通りして黒板の前までたどり着く。


「今日は私が日直じゃないか……!」

そういってちょっと嬉しそうにこちらを振り返った。


 黒板消しを裏返すとこれでもかってくらいチョークで汚れていたのか、それを見てややご機嫌に黒板消しクリーナーのもとに駆けていった。

 汚れた黒板消しを入念にクリーナー掛けして綺麗にすると、無表情ではあったがものすごく満足げな鼻息をふすーっ!と吹いて自分の席に着いた。


 いきなり自分に向かってきたと思った立華さんは、勘違いで驚いたことを悔しそうに悪態ついていた。

まぁ、もちろんその悪態も絵入さんはキャッチしてなさそうだったが。


「朝から逞しいな君は」

僕が思ったことを絵入さんに伝えると一瞬何のことかと考えたのちに、


「ああ。黒板消しか。あのリセットする感じがたまらないんだ」と微かに恍惚の表情を浮かべていた。


僕の言いたいことはそっちじゃなかったけど少し興奮気味に話す様子を見てそれ以上は何も言わなかった。


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「おーす。朝のHRはじめるぞー」


 予鈴ののちにガラッと教室の戸を開けて藤崎が入ってきた。


 簡単な連絡事項の伝達が終わるとめんどくさそうに後頭部をさすりながら藤崎が言った。


「あー、そういえば学年発表会のことなんだが……職員会議で話し合って今年から代表者の選出がくじ引きになった」


 なんでも学年が変わっても毎回同じ人ばかり推薦されるから面白みがないとの理由らしい。

藤崎の報告に教室内から不満と不安の入り混じった私語が飛び交った。

そりゃそうだ。クイーン立華の君臨するこの教室で彼女以外が代表になったならばトラブルなしに発表準備を進めることは避けて通れないことなのだから。


「勘弁してくれよぉ、俺ぜってぇやだよぉ……」

後ろの席の俊介が心底いやそうに愚痴をこぼす。おそらく……いや、確定で立華さん以外同じ気持ちであろう。


「そしてなんと今回は発表者個人もそうだがクラス全体として評価されるから責任重大だぞ」


 藤崎が余計なことを口走ったせいで教室の空気が信じられないくらい淀んだ……。

立華さん以外の皆が神様に自分だけは選ばれないようにと願ったに違いない。


「時間も押してるしもう決めちゃうからな~。選ばれた出席番号の奴は……まぁ頑張れよ」


 そういって藤崎があらかじめ準備していたであろう紙切れのいっぱい入った袋を取り出す。

立華さん以外誰一人として心の準備ができないままに選出が始まってしまった……。

まぁ恐らく心の準備なんていつまでたってもできないだろうけど。


「よしっ、これだ……えーと……6番……かな!?」


なんだかものすごく嫌な予感がする……。


「6番は……絵入! 絵入杏子だな!」


クラス中の視線が小さな侵略者へと注がれる。


 僕も例に倣って隣の席の当事者に目を向ける。

当の本人は机の奥にあったものだろうか……これでもかというほどクシャクシャになったお知らせのプリントを引っ張り出している最中だった。


「おいっ! 呼ばれてるぞ!」


奥で引っ掛かっているのか、無心でプリントと格闘している絵入さんの脇腹を肘で小さくつついた。


「……にっ!?」


 ここでやっと周囲から自分への視線に気づき不意打ちを食らった猫のようにビクッと身を縮める絵入さん。

 その様子を見て笑う寧斗。御手洗さんは心配そうにこちらを見ている。

クラスの中で自分が選ばれなかったことに対する安堵のため息があちこちから上がっていた。


 気づかれないようにちらっと立華さんの様子も伺う……。

うわあ、ハンカチかみしめてすげえ不満そうな顔してる。


「もしかして何か起きてる?」


「死刑宣告に近いことが起きてる……」

まるで状況が呑み込めてない絵入さんに説明をする。……ていうかどんだけ自分の世界に入ってたんだよ。


「なんだ、そんなことか。作文書いて大勢の前で読むだけでいいんだろ?」


「ま、まあ言っちゃえばそうなんだが……」

案外物怖じしていない絵入さん。


と、ここで……


「ん……?ん~?」

藤崎が自分の引いた紙を見つめて唸りだした。


「あ。ちょっとタンマ。今のなし! これ俺がインク出なくて試し書きした紙だわ」

そういって教卓の真ん前の生徒に紙切れを見せつけた。


「6……じゃあないですね。豚のしっぽみたいな……」

「というわけで……仕切り直しだ」

そういって有無を言わさず、僕たちの気持ちも追いつかないまま速攻で次の紙を引いて番号を読み上げる藤崎。


……。


 一瞬教室の空気が沈黙に包まれた直後、まるで何者かに狙撃でもされたかのようにドサッ!と御手洗さんが席から転げ落ちたのであった……。



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