【第3話】といれっとなーばす①
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「これどこのコーヒー?」
「エチオピアだ」
仮設科学実験室の管理責任者でもある西園さんはコーヒー豆の産地を答えた。
……放課後。部活や委員会、下校とそれぞれの生徒が各々の時間を過ごす。
僕、絵入さん、寧斗の3人は渡り廊下の近くの自販機にジュースを買いに行く途中、なんとも香ばしい匂いにつられてここ仮設科学実験室にお邪魔していた。
「ブラックでもすごい飲みやすい」
「酸味もありますが結構フルーティな感じしませんか?」
ビー玉のような目を輝かせて配給用の丸いお盆を抱えたアンドロイドの美多さんが感想を聞いてきた。
確かにいかにもコーヒーという苦々しさよりは爽やかな酸味が感じられる。
「うん。なんとなくわかる気がする」
「そうかぁ?コーヒーなんて全部一緒だとおもうけどな」
味の違いの判らない寧斗ががぶ飲みしながら言う。
「だって寧斗ミルクと砂糖どばどば入れてたじゃん」
あんだけいれたら元のコーヒーが違えど全部同じ味になりそうなものだ。
「俺複雑な味の違いとかわかんねーんだよな」
おそらくその場にいる全員が寧斗の見た目からしてそうだろうなと思ったが誰も口にはしなかった。
もともと無くなりかけていたミルクと砂糖は寧斗によって使い切られてしまった。
僕は普段からブラックで飲むことが多いから平気だったが絵入さんに関してはこれが死活問題だったらしく、それはそれは不満そうに寧斗を睨みながらちびちびと分けられたコーヒーを飲んでいた。
「いや……悪かったって!」
気まずそうに平謝りする寧斗を一瞥し絵入さんが西園さんに割り下を求める。
「牛乳とかないのか?」
「牛乳はちょっと置いてないな。買うなら一番近いところで購買の自販機か」
渡り廊下の自販機は缶ジュースのラインナップが豊富だが紙パック系の飲み物は少し遠い購買の自販機まで行かねばならない。
絵入さんは目を閉じて少し考えた後にいちいち買いに行くのが面倒だと思ったのだろう。
立ち上がるそぶりはなくまたちびちびとコーヒーを飲み始めた。
「私買ってきましょうか?」
美多さんがひょこっと絵入さんのとなりから提案する。
「いやいい。自分でなんとかする」
そして静かに目の前にあるコーヒーを見据えて何かを考え始めた。
「そういえば魔界トイレ使えるようになったんだってな」
コーヒーをがぶ飲みしながら寧斗が言う。
(ぎゅっ、ぎゅっ)
「ああ、なんか今朝のHRで藤崎が言ってたね」
職員会議で話し合った結果、某女子生徒が遭遇した一連の出来事は目撃証言も少なく確証がないこと。
そして同じ階のトイレが休み時間に混雑してしまうという苦情があったため使用解禁となったらしい。
(ぎゅっ、ぎゅっ)
「……ねぇさっきから何してんの?」
先ほどからあまり触れないように努めていたが制服の上から両手で自分の胸を押したり放したりしている変人に声をかける。
「乳搾りの練習」
美多さんが笑顔のまま固まり明らかに困惑している。
「……一応聞くけど、なんで?」
どうせろくな思い付きではないだろうが一応聞いてみる。
「牛乳の代用になるかと思って」
やっぱりろくでもなかった。
「そもそも出ねえだろ」
出ること前提でそう答える絵入さんにバッサリと切り捨てる寧斗。
「何かのギャグか……?」
半ば本気で心配する西園さん。
冷ややかな視線でその光景を眺めつつも絵入さんの奇行に慣れ始めている自分がいることに順応ってこういうことを言うんだなあとしみじみ思う。
普段あまりかかわらない人にとって絵入さんは宇宙人そのものだ。
「初めてここで会った時もちょっと変わったやつだとは思ったが、普段からこうなのか?」
怪訝そうな表情で尋ねてくる西園さん。
「ええ、普段からこうです」
僕たちの誹謗中傷を聞いてるのか聞いてないのか、ふう……とため息をついてこちらを見て絵入さんがいった。
「……出そうにない」
「出たとしたらそれは一大事だよ」
結構本気で落ち込んでる様子の絵入さんに冷静につっこむ。
諦めてまたちびちびと飲み始める絵入さん。
「無理して飲まなくてもいいからな?」
西園さんがすかさずフォローを入れる。
「無理はしてない。ブラックが得意じゃないだけ」
「今度来るときは牛乳用意しておきますから」
蚊の鳴くような声でありがとうと言って絵入さんがこくりと頭を下げた。
「そういえばさっき話してた魔界トイ……だっけ。それはなんだ?」
絵入さんのせいで脱線していた話を西園さんがもとに戻す。
「二年のフロアのはずれに古いほうのトイレがあるんだけど、怪奇現象が起こって使用禁止になってたんだ」
「怪奇現象とはなにかね?」
「うっ……」
まあ気になるところはそこだろうな。
まさか僕と絵入さんの仕業ですなんて軽々しく言えたもんじゃない。
「俺が聞いたのは腐りかけの半魚人とワカメの妖怪に襲われたって話だったけどな」
「へ、へぇ……そうなんだ」
不自然な感じにならないように相槌を打つ。
恐らく俊介から聞いたのだろう、寧斗の聞いた話はほとんど真実である。
「ワカメなんて使ってないぞ」
「えっ」
ここでまさかの絵入さんが口を滑らした。
言った後に同意を求めるかのようにそうだったよなぁとでも言いたげな顔で僕の方を見てきた。
ほんとこの人何考えてんだろう。
僕はそれ以上喋るなという無言の圧力を目力のみで絵入さんに訴えかけた。
「い、いや。なんでもなかった……」
多分今一つ理解はしていないが何か危険な気配を本能的に感じ取ったのか絵入さんはそれ以上喋らなくなった。
「ふーん、なんだか非科学的だな」
今一つ腑に落ちないような反応を西苑さんが示す。
「ま、まぁ怪奇現象ってそんなもんじゃない? ホラ話に尾ひれ羽ひれ付いて拡散したりとかさ」
これ以上深く詮索されると絵入さんがまたボロを出しかねない。
そう思った僕はやや早口で話をまとめの方向へとそらす。
「うーん、まあそっちはホラ話だったのかもしんねぇけどよお」
そっち・・・?
寧斗が不意に気になるような物言いで口を開いた。
「使用再開して間もなく、今度はトイレの花子さんが出るようになったらしいぞ」
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翌日の昼休み……
僕たち三人は寧斗の話をもとに俊介に事情聴取をしていた。
「で、被告人。デマを流した理由はなんだ?」
「おいおい勝手に決めつけんな。デマじゃねーよ」
「……あやしいなぁ。退屈な学園生活にスパイスを加えようと企んだんじゃないのかぁ? んん~?」
過去の痴態を繰り返さないようにあの魔界トイレに関する事案は僕としては何事も穏便に済ませたかった。
そんな思いもありこれ以上あのトイレ関連で校内が盛り上がってしまうのは極力避けたく、まずは俊介のデマの方向性で疑ってかかってみた。
「かつ丼でも食うか?」
絵入さんが早すぎるかつ丼の導入を提案していたがちょっとよだれが垂れかけていたから多分自分が食べたかっただけだと思われる。
「俺も部活の友達から聞いたんだけどさ」
「ほれみろ、やっぱり噂じゃないか」
「話を最後まで聞けって。俺も疑って確かめに行ったんだよ」
俊介の話によると昼休みの時間になると女子側の魔界トイレから、どこともなく女性の啜り泣く声が聞こえてくるというものだった・・・。
実際にトイレを利用していた女子生徒が勇気をだして個室トイレを一つずつ開けて確かめたらしい。
しかしトイレはすべて鍵がかかっておらずいずれの個室トイレには中に誰もいなかったというのだ。
トイレ内には変わらず嗚咽のようなすすり泣く声が続いており気味が悪くなり女子生徒はパニックになりながら逃げ出したらしい。
「……ガチのやつじゃん」
思った以上に学校の怪談だった。
「な! こえーよな!」
寧斗が同意を求めるように僕にそういった。
「まあ俺は入り口にいっただけだからうっすらとしか聞こえなかったけど」
そりゃそうだ。僕たちが中に入って確かめたらもれなく変態認定案件だ。
聞いたところ女子トイレだから男子はあまり実害はなさそうだが……
丁度今お昼休みだし食堂に行く前にちらっと近くまで確認しに行ってみることにした。
「絵入さん、寧斗、僕たちも行くだけ行ってみよう」
「おうよ。百聞は一見にしかずって言うからな」
「俺は一回聞いたしいいや。祟られても嫌だしな」
俊助はそういって両手を垂らしてオバケのようなジェスチャーをしながら自分の席に戻っていった。
「じゃあいこうか……って、あれ? 絵入さんがいない」
「絵入なら便所に行ったぞ」
西園さんのとこで飲んでたコーヒーの影響だろうか。カフェインには利尿作用があるというし。
「じゃあ、絵入さんを待ってから……あっ」
ここで僕は重大なことを思い出した。
彼女が愛用していたトイレの存在を。
「ん? なんだ? どうした?」
「予定変更だ。多分現地合流で大丈夫だ」
状況を理解できない寧斗を連れ魔界トイレに向かうことにした。
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「はあ、なんだか今日はすごいおしっこが出る」
人気の無いお気に入りのトイレで独り言をつぶやく。
どうせ自分しか使ってないだろうし、この静寂がなんとなく好きだった。
「う、ううっ……」
何者かの啜り泣く声が突然聞こえてきて咄嗟に声を出した。
「く、くせものだ! であえ! であえ~!!」
「えっ……」
TPOを全く考慮しない威嚇に相手も驚いたらしく、かすかな反応の後にふたたびトイレの中は沈黙に包まれた。
「……」
気のせい……ではない。明らかに自分のほかに誰かいる。
用を済ませ立ち上がる。トイレの個室から出て周りを見たが両隣のトイレは開け放たれていて誰も人がいなかった。
「な、なんだとぉ……」
そういえばさっきまで楽達が話していたのはここのトイレのことだったことを思い出した。
まさか自分が例の怪奇現象に出くわすことになるとは。
ただ何者かが襲ってくるわけでもないので特に気にせずトイレを出ることにした。
……その時だった。
シャカシャカ……シャカシャカ……
耳を澄ませないと聞き逃してしまいそうなほどの微かな音が聞こえた気がした。
これ……ヘッドホンの音漏れだろうか?
あと若干の吐息が聞こえる。
その小さな音はトイレ内の手洗い場付近の掃除用具入れから聞こえてくるようだ。
「真実はいつもひとぉ~~~つ!!!」
バターン!とノックもせず強引に開け放つ。
「ひゃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
「のわあああああああああああああああああああああ!!!」
魔界トイレの寸前に来たところで中から得体のしれない悲鳴が聞こえてきた。
「あ、すでになんか起きてる」
「片方は絵入の声だったな」
寧斗とともにトイレの入り口近くまで駆け寄ったが、女子トイレなのでそれ以上は進むことができない。
「どうしたもんか……」
まあ絵入さんのことだし、すぐに中から出てくるだろうと待っているとトイレの中から貞子が覆いかぶさった絵入さんが倒れこむように飛び出てきた。
「うおおおい!! オバケついてきちゃってんだけどおおおおお!!?」
黒く長い髪で顔が隠れた女が絵入さんに馬乗りになり震えている。
「た、たしゅけてぇ……!!」
絵入さんが絶望的な表情でこちらにSOSを出した。
「お、おれスピリチュアルなものとは戦えねえぞ……」
寧斗が今にも気絶しそうな表情で戦意喪失を申し出る。
そんなさなか、僕は絵入さんに乗っかって出てきたお化けに違和感を覚えた。
あのお化け……うちの制服を着ている?
「君……うちの生徒なのか?」
絵入さんにまたがったお化けはゆっくりとこちらをみて何かをつぶやいたようだが、声が小さすぎて聞き取れない。
というか長い髪の毛の隙間から目だけがこちらを見ていてめちゃくちゃ怖い。危うく失禁するところだった。
「……腰?」
お化けの下にいる絵入さんが何かを聞き取ったようだ。
「腰が抜けて動けないって言ってるぞ」




