神の座を賭けた戦い
〜天上界〜
ロキは草原に横たわっていた。
天は暗い。夜と呼ばれる時間である。
体は人間世界を訪れる前のもの。等身が変わってしまったことに若干の違和感を覚えつつ、ロキは起き上がる。
「すぅー、ふぅー」
深呼吸を一つ。草原の青い空気が肺を満たす。
「行くか」
ロキが腕を振れば、目の前に金色の円が現れる。
口を固く結び、強い眼差しで円の先を見つめ、そして飛び込んだ。
「親父」
ロキがワープホールを繋いだ先は自宅。
たった数十年前に、百年間も住んでいた場所。それなのに、どうにも懐かしく感じていた。
廊下を抜けて、父親、最高位創造神の部屋へ入る。
「親父、頼みたいことが」
「すまなかった」
怒鳴られることを承知で部屋に入ったロキであったが、待っていたのは謝罪であった。
「全て儂の醜い心持ちが原因だ」
「何の話だ?」
「人間世界でのことは見ておった。弟がお前を殺そうと襲いかかったことも」
申し訳なさそうな表情の最高位創造神。
ロキはそれ以上責めることはしなかった。
「で、親父は俺に何を謝りたいんだ?」
「弟がそんな暴挙に出たのも、全て儂の感情が問題だった。弟だけではない。お前もな」
「あ?」
「神の力で創り出したものは、創った者の精神状態を少なからず反映する。学校で習ったな」
「ああ」
「弟は、儂の憤怒が生み出した存在ということだ」
父親は息子に目が合わせられずにいた。顔の下、胸辺りをさまよっている。
「儂も未熟だ。どうにも思い通りにならんお前に怒りを抱き、代わりとして弟を創ってしまった。お前の怠惰も、儂が創り出したものだというのに」
百数十年前。ロキを生み出したとき、最高位創造神は仕事に追われていたのだという。
少しでも負担が軽くなれば良い。忙しい状況に立たされた者は誰しもそう思う。
最高位創造神の場合は、それを実現するだけの能力があっただけのことだ。
「お前は儂が惰性で生み出した神。そんな神が、積極的に勉強をするなど有り得ないのだ。そんなことはわかりきっていたはずなのにな。本当に、すまない」
最高位創造神は頭を下げた。
「今まで喧しくして悪かった。弟の件も、儂から詫びよう」
ロキはそれを黙って見つめていた。
拳を体の横で固く握って。
「今度は失敗せん。この謝意を使って従順な神を創り出そう」
プチン。何かが切れる音がした。
ロキは父親に飛びかかった。
「ふざけんじゃねえ!」
ロキは最高位創造神の胸ぐらを掴み、自分の顔の近くまで引き寄せた。
必然、二人の目が合う。
そこで最高位創造神は気がついた。
ロキの目に炎が宿っていることに。
「テメェは父親失格だクソ野郎! 何が心配しただ! 結局自分の後釜のことしか考えてねぇんだろうが!」
至近距離で父親に向かって叫ぶ。
「何が怠惰だ! 何が憤怒だ! 馬鹿馬鹿しい! 俺たちの気持ちを! 人となりを! そんな言葉で勝手に決めつけんじゃねえよ! 確かに俺は怠惰で馬鹿だ! それがどうした! テメェの心持ちなんざ関係ねえ! 俺は俺だ! テメェの分身でも何でもねえ!」
最高位創造神の襟首を掴む手に、力が入る。
「その上、次を創るから勝手に生きろだと?! つくづく父親失格だ! 親なら最後まで責任持てよ!」
ロキは父親を突き放した。
最高位創造神はよろめいて机に手をつき、驚いたようにロキを見た。
「お前、それは」
最高位創造神が声をかけるより早く、ロキはその場で膝をついた。
「頼む! あの世界を救ってくれ! 俺のことを大切だって言ってくれた奴らがいる世界なんだ! 頼む! 親父!」
ロキは床に頭を擦り付けた。
「俺がこんなことを頼めるほど親孝行じゃねえことは、親父のことを言えねえほど息子失格だってことは分かってる! でも頼むよ! 俺が俺として生きていられる世界なんだ! 二度と神に戻れなくたって構わない! 頼む!」
息子からの、全力の土下座。この世で一番と言われる神でも、味わったことのない状況である。
「頼む、親父!」
了承するまで動かないとばかりに、ロキは頭を地に擦り付けていた。
しばらく答えなかった父親であったが、言いにくそうに口を開いた。
「すまない」
「そこをなんとか!」
「するしないではない。出来ないんだ」
「なんでだよ親父! 最高位創造神だろ! 壊れかけの世界を救うくらいわけないだろ!」
「すまない。儂にはもう、そんな力はないんだ」
「嘘、だろ?」
「嘘ではない。せいぜい、世界の時を止めるのが精一杯だ」
「じゃあ、あの世界は」
最高位創造神の答えは、沈黙。静寂が何よりも雄弁に、結末を物語っていた。
「そうだ! 時は止められるんだろ! 次の最高位創造神を生み出した後で、そいつが直せば」
「不可能だ」
「なんで!」
「次の最高位創造神を生み出すというのは、儂の全てを使うのだ」
「どういうことだよ」
「次の最高位創造神候補を生み出した瞬間、儂は力尽きる。他の者に教育は頼んでおるが、その間に世界の時間を止められる者はおらん」
「なんだよ、それ」
「詰みだ。あの世界は、もう滅びるしかない」
「嘘、だろ」
「嘘ではない。出来ることならさっさとやっておる」
呆然として、下げていた顔を上げたロキ。
「残念だが、あの世界は滅びるしかない」
「っ!」
「安心せい。転生機ぐらい何台でも創ってやる。天上界が住みにくければ、また別の世界で暮らすのも」
「馬鹿言うなよ! 俺の居場所はあそこだけだ! あいつらの隣だけだ! あの世界を置いて他に居場所なんてねえんだよ!」
「諦めろ。あの世界はもう助からん」
「クソが!」
床を強く叩くロキ。
人間世界であれば容易く壊れたであろう床板だが、今のロキの力ではビクともしない。
「うるせえなぁ。気持ちよく寝てるってときに。何事だよ」
最高位創造神の部屋に入ってくる人影、もとい神影。
ロキの弟である。
人間世界で魔神に憑依し殺された彼は、天上界へ強制送還されていたのであった。
茫然自失のロキに代わり、最高位創造神が事情を説明する。
「なるほど。はぁ。この親子は揃いも揃って馬鹿ばかりか」
「なんだと?!」
「だってそうだろ。ここには二柱、最高位創造神候補の神がいるじゃないか」
「しかし、お前たちは儂の粗悪な心持ちが」
「まだ言うかクソ親父! 俺たちの心はテメェの心持ちと関係ねえんだよ!」
「兄さんの言う通りですよ、お父様。僕にも十分最高位創造神の座は務まります」
「ふむ」
「おい。急に畏まるなよ。卑怯だぞ」
最高位創造神は納得したように頷いた。
「よかろう。二人のどちらかに、最高位創造神の座を明け渡す。が、その座に至るまでの道のりは長い。お前たちにそれが乗り越えられるのか?」
「承知しています」
弟の彼は容易く頷いた。
そしてロキも、強い眼差しで父親を見つめ返す。
「分かっている。俺は、俺の居場所を守るためなら何だってする」
「よろしい。二人とも心意気は十分としよう」
最高位創造神は二人の前に、厳かに佇んだ。
「もし途中で泣き言を言おうものなら、即刻残りの一人と入れ替える」
「承知しています」
「分かっている」
「では、お前たちから一人選ぶとしよう」
最高位創造神は二人の目を見た。
「お父様、ここはやはり僕がよろしいかと。兄さんより遥かに優秀です。きっと良い天上界を創り上げることでしょう」
流麗な動作で自己アピールをする弟の彼。
「親父、厚かましいのはわかってる。だが、どうしても俺の居場所を俺の手で守りたいんだ」
美しさの欠片もなく、ただ感情に任せて述べるロキ。
果たして、最高位創造神の決断は。
「お前たち、ジャンケンをしろ」
「は?」
突飛な提案に、二人から間抜けな声が上がる。
「それなら公平だ」
さも名案を出したかのように、胸を張る最高位創造神。
「権力闘争の起きぬよう、負けた一人はどこかの世界で村人に転生してもらうとするか」
「ぷっ、く、あははっ」
「かっはは。殺し合いまでした俺とお前の運命が、まさかジャンケンで決まるとはな」
二人は同時に吹き出した。
まるで、あの始まりの日と同じである。
「ふぅ。準備はいいな?」
「兄さんこそ。恨みっこなしだぜ」
ロキと弟の彼は、互いに握った拳を差し出した。
「ジャン負け村人転生しようぜ」
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