世界の最後
〜モンテブルク〜
「殺しに来たぜ、親友」
魔神の体を乗っ取った親友の彼は、ロキに向かって堂々と殺害予告をした。
実際、ロキは少し前に殺されている。
「天上界へ連れ戻しに来たのか。クソ親父め、余計なことを」
「いや、違う。最高位創造神様は関係ない」
「なに? なら誰が」
「そもそもが違う。天上界へ連れ戻すんじゃない。殺しに来たんだ、親友」
「あ?」
「まったく、馬鹿なところは変わってないな。ここで死んだら天上界へ戻るなんて嘘っぱちだったんだよ。しぶとい上に蘇生してくれる人まで見つけてさ」
「冗談はやめろ。腕を失って気絶したとき、天上界へ行ったはずだ」
「冗談なんかじゃないぜ。確かに、一度こっちへ来たときは驚いたが、たまたまだな。こいつはそういう道具だ」
「それは」
「そう、転生機。もう一度神に戻るにはこれが必要だ」
親友の彼は手のひらで、その黒電話のような物体を弄ぶ。
「帰れと言う気か?」
「まさか。さっきから言っているだろ。殺しに来たってな。だから、これは必要ない」
親友の彼が手を握れば、その中にあった転生機は塵と化す。
「どういうつもりだ」
「はぁ。いい加減理解しろよ。殺しに来たんだって」
彼が首を掻っ切るポーズをとれば、ロキは赤い塵となった。
そこでようやく、その場の五人は、彼が敵なのだと理解した。
「蘇生!」
「っ! 岩石砲!」
「雷光放電!」
一斉に魔法を発動する。
赤い粒子が集まり、末端からロキの体を再生していく。
そして岩石が親友の彼の前から飛来し、背後からは稲妻が向かう。
「意味ないよ」
彼の周囲に黒い円が現れ、魔法攻撃の一切を取り込む。そして真上に向けた円から射出した。
「せこいやろあれ!」
「そうね。人間業ではないわ」
「そりゃそうだ。神だからな。これは創造神の基本技能、ワープホール。と言っても、親友は使えないけどな」
ニヤリと笑う。その背後から、神速の剣閃が襲った。
「貫通!」
「意味ないって」
しかし、シャルルの攻撃も、黒い円、ワープホールに逸らされてしまう。
「君たちを殺す気はない。ただ、蘇生する気がなくなるまで親友を殺させてくれれば良いだけ」
「それが意味わからんねん! なんでロキ君を殺すんや!」
「親友と呼ぶほどの仲なんでしょう?」
一切が届かないと悟ったフランとアイリスは、ひとまず説得することにした。
同時に、蘇生の終わったロキが体を起こした。
「ちょうどいい。親友も起きたところで、説明してやるよ。どれだけ邪魔な存在かをな」
「邪魔だと? お前の邪魔などした覚えは」
「黙れ。せっかく説明してやろうってのに、塵にされたいのか?」
指鉄砲の銃口をロキに向け、凄む彼。
実弾よりも恐ろしい魔法が放たれるというのだから笑えない。
「はぁ。そろそろ親友なんて呼び方はやめるか、兄さん」
「あ?」
「ロキ君が、兄さん?」
「ロキ君自身は知らないようね」
親友を名乗っていた彼は、ここで急に弟を名乗り始めた。
「人間に分からないのは仕方ないけど、兄さんは分かるべきだろ。本当に馬鹿だな」
「うるせえ」
「馬鹿な兄さんに教えてあげよう。俺は兄さんと同じ、最高位創造神様に創られた神なんだぜ」
自慢げに胸を張る弟の彼。
「そうだったのか」
「なんだよ、反応が薄いな」
「当たり前だろう。親父が俺を見限って、新しい息子を創ることくらい予想出来ている。そこまで馬鹿じゃない」
「ぷっ。はははっ」
冷静なロキに対し、吹き出した弟の彼。
「何が可笑しい?」
「はははっ。そりゃそうだ。だって兄さん、何も分かってないんだから」
「あ?」
「最高位創造神様、お父様は兄さんを見限ってないぜ。ほんと、見限らない理由がないってのにな」
「腹は立つが、その通りだ。親父は何を考えている?」
「何をも何も。それが親子愛ってものだろ? あぁ、羨ましいねぇ」
「真面目に答えろ」
「俺は真面目だぜ。兄さんに愛着があるから、お父様は兄さんの帰りを待っている」
「俺は帰らないぞ」
「だろうな。でも、お父様はそれじゃ納得しないんだ」
「帰る手段ならお前が今壊しただろう。それで納得させられないのか」
「無理無理。神をも創る最高位創造神だぜ? 転生機ぐらい何台でも創り出す。兄さんが生きている限りは納得しない」
そこでようやく、ロキは理解した。どうして彼が殺しに来たのか。
弟の彼はニッと笑った。
「やっとわかったか。俺は最高位創造神の座が欲しいんだ。そのために兄さん、死んでくれ」
再びロキが赤い粒子へと破壊される。
「蘇生!」
リリの蘇生魔法がまた発動した。
しかし、リリの額にも汗が浮かんでいる。体力への負担が大きいのであろう。
「なんでロキ君を殺すことしか考えへんの? お父さんを説得すればええやんか。ロキ君自身がこんだけ嫌やって言うてんねんから」
「お父様は納得しない。どうしても俺に後釜を任せる気はないらしくてな」
「頭の堅い神様ね」
「まったくだぜ。生まれで俺を決めつけやがって」
弟の彼は、拳を握った。
「本当にロキ様を殺すおつもりですか」
「ん?」
「どうしてもロキ様を殺したいのであれば、最初に私を殺すのではないですか。心の奥底では、お兄様を殺したくなどないと」
「あー、ないない」
リリの説得というか、それ以前の問いかけを、彼は軽くあしらった。
「この体、神の力を使って死体を乗っ取っているんだ。兄さんみたくまるっきりここの住人になるならまだしも、この状態で人殺しなんてすれば神の法に抵触するぜ」
「それで私は殺せないと」
「その通り。まあやり方はいくらでもあるけどな。ここまでの説明は冥土の土産ってやつだ」
彼が手を振り下ろせば、再生したロキとリリの間に透明な壁が出来る。
「これでその蘇生魔法は届かない。万事休すだな、兄さん」
再生したロキは、のそりと起き上がった。
どこか疲れたような様子である。
「遺言ぐらいは聞いておくぜ? どこかへ行った銀髪にでも聞かせてやるよ」
先程からシャルルの姿はなくなっていた。
「はぁ。人間世界でようやく俺向きの生活を手に入れたと思っていたら、まさかここでも邪魔扱いが来るのか」
「悪いな。文句ならお父様に言ってくれ」
「ああ。死んだ後でたっぷり言わせてもらう」
「ロキ君?! 受け入れるんか?!」
「ロキ様! 蘇生魔法は届かないのですよ!」
「死を受け入れるなんて、ロキ君らしくないわ!」
まるで処刑を待つかのように項垂れるロキへ、三人が声をかける。
「別に死にたいわけじゃねえよ。逃げてきた先でさえ追われるハメになるんなら、もういいかと思っただけだ」
「もういいって、そんなわけないやろ!」
「ロキ様! 正気に戻ってください! 悔しくはないのですか! 相手の都合で殺されるのですよ!」
「ロキ君がそんな理不尽、許すはずないでしょう!」
言葉がロキの体を突き刺す。
「それに、こいつは異常に強い。抵抗したところで、瞬殺されるのがオチだ」
「正解だ。今の俺は魔神とやらの万物破壊と、神の力も使うことが出来る。万が一にも、人間の身で勝てる相手じゃないぜ」
「そんなん、やってみなわからんやんか!」
「ロキ様に勝てない相手などいません!」
「そうよ! ロキ君は最強だもの!」
彼女らの言葉に耐えかねたのか、ロキも声を荒らげた。
「もし勝てたとして! このまま逃げ続けて生きて何になる! どうせ俺は落ちこぼれの馬鹿だ! 天上界に戻っても居場所なんてねえ! ここでだってこいつにも親父にも追い立てられるんだろうが! どこにも俺の居場所なんてねぇんだよ!」
珍しく怒鳴ったロキに、三人は押し黙った。
ロキは息を切らして、弟の彼に向き直る。
「殺せよ」
「ああ。じゃあな兄さん」
彼は指鉄砲をロキに向け、形ばかりではあるが、その引き金を。
「ロキ君っ!」
「ロキ様!」
「ロキ君!」
ロキを慕う少女らの叫びがこだまする。
「ロキぃーっ!」
大音響での呼び声に、弟の彼さえもが空を仰いだ。
その視界に入ってきたのは、超巨大な氷の塊。
直径およそ百メートルの球状。隕石かと錯覚するような大きさである。
「なにぃっ?!」
これには神様二人もビックリ。
弟の彼が、慌てて下層を破壊し始める。
「ロキが生きる場所ならあるよ! 私たちがいつだってロキのそばにいるから! 他の全員が敵に回ったって、私たちの周りがロキの居場所だよ!」
氷の塊を上で押しながら、シャルルは叫ぶ。
弟の彼は破壊に勤しんでいるが、この大きさでは一気に消し去ることもできないらしい。
ロキは呆然とシャルルの姿を見つめていた。
「それにロキ! まだ約束果たしてないよね!」
「魔神と渡り合うような人間が、世界一強くなくてなんだと言うんだ」
「まだだよ! だって私、ロキに勝ってないもん! ロキに勝つまでは人類最強じゃないよ!」
「馬鹿を言え。俺は神だぞ。人類最強に神は関与しない」
「昔は神でも、今ここでは人間だよ! 私たちと同じ! 一緒に笑える人間だよ!」
氷の塊も半分が破壊された。
「私をもっと強くしてよ! 神様とだって戦えるくらい! 約束でしょ! 守ってよ!」
残り、四分の一。
「ロキと一緒じゃなきゃ嫌なんだよ! だからお願い!」
氷の残りはほんの少し。
「一緒にっ、生きてッ!」
氷の塊は全て破壊された。
シャルルはそのまま弟の彼へ直進したが、ワープホールで逸らされてしまう。
「はぁ。邪魔が入った。それじゃあ兄さん、気を取り直して、死んでくれ」
彼の引き金代わりの指が止まった。
彼の目は捉えた。ロキの目に、金色の炎が宿っているのを。
「じゃあな、兄さん」
気にしないことにしたらしい。彼は引き金を引いた。
パァンッ!
ロキの体は赤い粒子となった。
「ロキ!」
シャルルの声に、その粒子の一粒一粒が燃え上がる。金色に。
その炎は逆再生のように、ロキの体を形成した。そして、炎が止まれば、そこには無傷のロキの姿が。
「なっ、どうなっている?!」
驚愕に目を見開く。
その瞳には、高速で迫り来るロキの姿が映っていた。
「くそっ!」
すぐさまワープホールを形成した。
が、その次の瞬間、目の前に金色の円が現れた。
その中から、炎を纏ったロキの拳が飛び出してくる。
「がっ!」
「悪いな。生きる理由が出来た」
「ワープホールっ。兄さんは使えないはずっ」
そう。金色の円は、ロキのワープホールであった。
「今使えるようになった。悪いが、お前には帰ってもらう」
「馬鹿を言うな! 俺がどれだけこの計画のためにっ!」
「悪いな。シャルのためだ」
「かはっ!」
今度は鳩尾へ。渾身の一撃は、魔神のものである体を食い破った。
「俺はシャルと、仲間に望まれた。ここで死ぬわけにはいかない」
「おのれっ! 勝手なことを!」
「簡単なことだった。神は誰かに望まれてこそ、生きる価値がある。そして、俺を望むかどうか決めるのは俺じゃない。こいつらだ」
肩から上だけとなった魔神の体が、空から降ってくる。
「俺は生きる価値がある。こいつらがそう教えてくれた。お前の望み通りにはなってやれない」
ロキは拳を構え、その眉間に狙いを定めた。
「俺はこいつらと一緒に生きるっ!」
ロキが拳を振るえば、魔神の体は四散した。
「神を害するなんざ、百年早い」
ロキはパタリと倒れた。
「ロキっ!」
「ロキ様っ!」
「ロキ君っ!」
ロキを望んだ仲間たちが駆け寄る。
仰向けになったロキは、拳を天へ突き上げた。
「はぁ。やれば出来るものだな」
ロキはフッと口角を上げた。
「もぉ、倒れないでよ。心配するでしょ」
「ほんまやで」
「いろいろあったけれど、ようやく一件落着というところね」
三人はすっかり祝勝モードである。
が、そこへ。
「うわぁっと! 何なに?!」
「凄い揺れやで!」
「地震かしら?」
先程から浮かない顔のリリが、手を挙げた。
「こんなときですが、ロキ様に申し上げたいことがあります」
リリは仰向けに横たわるロキへ視線を落とす。
「天使の力が顕現したとき、気づいたんです。その力には、ロキ様を天上界へお送りする力も備わっていることを」
「えっ?」
「なんで黙っとったん」
「ロキ様は神獣討伐に必要不可欠です。それに、ロキ様は自ら望んでこの世界に来られたということでしたから、伝える必要はないと思っていました」
「どうして今明かしたのかしら?」
「それは、この揺れが、この世界の最期だからです」
「はっ?」
四人全員が口を揃えて、疑問符を発した。
「どうしてそんなことがわかるの?」
「実は私、アレク様のスキルを奪ってしまったのです」
「ど、どういうこと?」
「そんなことが出来るはずがないわ」
「分かりません。天使スキルの副次効果なのかもしれません。ですが、私が視る未来では、世界が崩壊しているのです」
にわかには信じられないことである。
が、冗談を言うような状況でないのも確か。
収まらない地震も加味して、信じるしかない空気になった。
「ですから、ロキ様だけでも天上界へ戻って頂こうと」
「断る」
「はい?」
即決であった。
ロキは心中するつもりらしい。
「俺はお前らと一緒に生きる。死ぬ時も一緒だ」
「ロキ様」
「ロキ、それはダメだよ」
ロキの思いを否定したのは、シャルルであった。
「なぜだ」
「だって、まだ生きる道はあるじゃん」
「あ? 世界が崩壊するんだろう? 俺は助かることが出来ても、お前らは天上界には」
「そう。だから、ロキがなんとかしてよ」
「は?」
「ロキが天上界に戻って、なんとかして」
無茶苦茶である。
「ロキ、神様でしょ? 私たちと一緒に生きるって言ったよね」
「あ、ああ」
「じゃあ、少しでも一緒に生きるために、ロキは天上界に戻るの。いい?」
「いや待て。それはおかしい」
「リリちゃん、お願い」
「はい」
「おいお前ら。俺の意思というものをだな、おいっ!」
言葉は途切れ、ロキは白い光の粒子となり、天に昇っていった。
「シャルちゃん、いくらなんでも強引すぎちゃう?」
「いくらロキ君を生かすためとはいえ、ね?」
フランとアイリスは苦笑気味である。
「でも、もう時間がないでしょ?」
「はい。おそらくは」
「なんか呆気ないなぁ、世界の終わりっちゅうんも」
「魔神は最後まで厄災だったわね」
「あはは。そうだね。世界滅亡だもんね」
荒野と化した大都市で、四人がぽつんと座っていた。
「ロキ、幸せになってくれるといいな」
シャルルは、ロキが消えていった天を仰いだ。
お読みいただきありがとうございます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




