激戦
〜アビスブルク〜
「はぁっ! って、あれ?」
魔神の背後から、シャルルが刺突を繰り出した。が、魔神はそれを気にすることもなく、衝撃だけ破壊して進んでいく。
フランたちがいる方向ではなく、街の人間たちが逃げ惑っている方へ。
「させへんで! 砂塵嵐!」
家屋の影から、フランは魔法を発動する。
魔神が破壊し、塵と化した街並み。フランの魔法がその塵を巻き上げ、魔神を閉じ込める。
「雷光放電!」
そうして視界を封じて、アイリスが魔法を放つ。
息の合った連携である。
「フランちゃん、戦線離脱よ」
「おっけ」
そして、魔法が解けるより早く離脱し、魔神の射程圏外へ。
砂嵐から抜け出した魔神は、ほぼ無傷。逃げ惑う人々を追いかけている。だが、連携の甲斐あって、魔神の体に小さな火傷を与えることは成功した。
「リリ! ガラナを頼む!」
「は、はいっ」
その間にロキは、リリの元へガラナを連れ込んだ。下半身が破壊されたガラナである。
魔法によって傷口を火傷状態にし、失血死だけは防いだ状態だ。
「回復」
ガラナの下半身が再生していく。だが。
「きゃぁぁぁああ!」
失った衣服までは再生しない。つまり。
アレが、リリの前にモロだしなのである。
そのことに気づいたロキは、リリがハッキリと見る前に魔法による炎でモザイク処理をした。
「お、落ち着けリリ! 見えてはいないだろう!」
「は、はひ。これは医療行為なのです。いかがわしいことは何もありません、はい。ふーっ、ふーっ」
「よりリリ。治療が終わったら他を向いていろ。この露出狂をどこぞの民家に放り込んでくる」
「はい」
「好きで露出をしているわけではない」
目を覚ましたガラナを、ロキは放り投げた。
ガラナにも羞恥心はあるらしく、そそくさと不法侵入をしている。
「リリ。ついでに治療を頼む」
「も、もう見ても良いですか?」
「ああ」
リリはロキの方へ振り返った。
そして息を呑む。
「これはっ」
「少し失敗してな」
四肢の皮膚が消え去り、ダラダラと血を流していた。
魔法は自分に影響を及ぼさない。自分で止血は出来ないのである。
魔神の破壊を炎で防いだときのことだ。実は、あれで症状を緩和出来た程度だったのである。
炎が破壊された後、皮膚が破壊されたところで着地、攻撃が止んだからこそ、この程度で済んだと言える。
「回復」
「助かる」
礼だけ言って、魔神に向かおうとするロキ。
その彼をリリが呼び止めた。
「ロキ様」
「あ?」
「シャルル様や皆様をお止めになるつもりですか」
「まあ、そうだな。特にフランは回避の方法もない。危険というか、無茶だ。これでも友人だからな。止めてやらねばならん。お前も、早々に離脱しろよ」
「そう、かもしれません。ですが、私たちも覚悟は出来ているんです。ロキ様と一緒に戦う覚悟が。現に、先程アイリス様とフラン様は魔神に傷をつけました。どうか、認めてくださいませんか」
真摯に頼み込むリリ。ロキはポリポリと頭をかいた。
「はぁ。わかっている。あいつらは変なところで意固地だからな。注意こそするが、本気で止めるつもりはない」
「よかったです」
「だが、戦う覚悟を持つことは、死ぬ覚悟を持つということだ。それを忘れるな。もし足を引っ張るようなら、容赦なく切り捨てるからな」
「はい。承知しています」
「なら、好きにしろ」
ロキは魔神の元へ駆けた。
リリは気づかなかっただろう。ロキの嬉しそうな表情に。
共に戦ってくれる仲間という存在に、互いに命を預ける緊張感。強者と殺し合う高揚感。その全てを、ロキは楽しんでいた。
「しゃらぁっ!」
シャルル、フラン、アイリスの攻撃に、ロキも加わる。
魔神は衝撃を破壊できる。だが、四人から同時に攻められては、衝撃を破壊することしか出来ない。
このまま住民が逃げ切ってしまえば、ロキたちの勝ちはほぼ確実である。
「あぁ! 鬱陶しいなぁ!」
が、魔神も甘くはない。全方位爆砕により、ロキとシャルルを遠ざける。その間に、魔法での負傷を無視して突き進んでいた。
「ちっ。迂闊には近づけんか。シャル、お前、今アレは出来るか」
「うん。お姉さんとも連絡取れるし、やってみるよ。氷造形」
ロキとシャルルも、指をくわえて見ているだけではなさそうだ。
さて、逃げ惑う住民たちが魔神の射程に入るまで、残り数メートル。
「させへん! 砂塵嵐!」
フランの魔法が視界を塞ぐが、すぐに爆破。散り散りになる。
「空間投影!」
アイリスの魔法が発動した。砂嵐を抜けた魔神の前に、巨大な壁が出現する。と言っても、幻影だが。
「僕を騙せると思っているのか!」
さすがと言うべきか。魔神は怯むことなくその壁を無視して通り抜ける。だが、爆発の発生は遅らせることができた。
「ようやくだ。やっと生贄にありつける」
「させないよっ!」
シャルルの声が響く。
魔神の直上から近づく黒い翼があった。
「よせ! シャル!」
遅れて、ロキの静止が響いた。
ロキの注意通り、魔神の目が背後ないし上に向く。魔神はシャルルの行動を予想していたのだ。
必ず住民を守る行動に出る、と。
「ようやく一人!」
バァンッ!
シャルルの体が透明の粒子状に爆散した。
そう。無色透明の。
「贄を食らった後で、他の従者も、神の御使いも、殺してあげるからね」
くつくつと笑い、杖を住民に向ける魔神。
そこへ急接近する赤い影。否、光源。
「よくもシャルを!」
「はははっ! 愚かだよ、神の御使い! わざわざやられにくるなんて! 君の行動も読んでいたさ!」
燃えながら飛来するロキに対象を変え、彼の拳が届く寸前で杖を振りかざす。
「じゃあ、これは読めたかな?」
「がっ?!」
魔神の背後から、先程殺されたはずのシャルルの声。
破壊されたシャルルはフェイク。氷で形成した体に、アイリスの幻影を載せて、あたかもシャルルが魔神へ特攻を仕掛けたように見せたのである。
まんまと引っかかった魔神は、振り上げた腕を切り落とされた。
もはや、杖を持つことさえできない。
「くそっ!」
「くらいやがれ!」
動揺する魔神の元へ、ロキの拳が迫る。
真紅の炎を纏った拳は魔神の鳩尾を捉え、吹き飛ばした。
「おっしゃ! ようやったロキ君!」
「ええ。けれど、方向は考えて欲しかったわ」
ロキが魔神を吹き飛ばしたのは、まさに魔神が向かおうとしていた場所。アビスブルクのゲート付近へである。
「やべっ」
「早く追いかけないと! もう! 肝心なところでどうしてミスするかなぁ!」
ロキとシャルルを筆頭に、アイリスとフランもゲート付近へ向かった。
そのしばらく後で、ロキたちに比べればゆっくりとだが、リリも追いかけていく。
〜アビスブルク・ゲート〜
突如として飛来した、両腕を失った少年。
当然ながら、その周囲は騒然としていた。
「くくっ。僥倖だよ」
魔神はニッと笑い、自分の周囲一帯を爆破した。
その現場へ、遅ればせながらロキたちも到着する。
「遅かったか」
「まだ生きてたの。しぶといなぁ」
「首を刈り取るまで安心できないみたいね」
「めっちゃ物騒やでお姉さん」
爆煙の中、残っていたのは魔神ただ一人。
ロキたちの方は向いておらず、どこか虚空に向かってケタケタと笑っていた。
「君たちに僕の魔法の真名を教えてあげよう」
爆煙を振り払い、魔神は振り返った。
「万物破壊。それが僕の魔法。決して完全ではないけれど」
「っ! 退避しろっ!」
ロキが叫んだ直後。
彼らがいた場所周辺数十メートルは、クレーターと化した。
「君たちを殺すには十分すぎる」
クレーターのへりに立って、魔神は両手を広げた。
そう。切り取られたはずの両手を。
万物破壊。その魔法は、過去に彼の身に起こった事象さえも破壊してしまうのである。
「ぐ、あ、はっ」
「ロキっ! しっかりして! ロキっ!」
「あれ? おかしいな。完全に破壊したつもりだったのに」
奇跡的に、三人は無事だった。
魔神の魔法が発動する瞬間、ロキが咄嗟に放った金色の炎が彼女らを守ったのだ。
ただしその代償として、ロキの魔力は枯渇。また、受け切れなかった分の皺寄せがロキの体へ。
服は残っている箇所の方が少なく、至る所の皮膚が爛れ、血が吹き出ている。
「まあいいや。もう一回やれば、受けきれないよね」
魔神は杖を振りかざした。
紛れもない死の宣告。
ここからどれだけ速く動こうと、数十メートルを一瞬で駆け抜け、避けることは叶わない。
三人は動けなかった。
ただ一人、シャルルを除いて。
「ごめん、ロキ」
シャルルはロキの腕にかぶりついた。
溢れ出る神の血液が、シャルルの喉を通り、全身を駆け巡る。
ジュルル。音を立てて、ロキの血を飲み続けるシャルル。
「んくっ、んくっ。ん、はぁっ。あぁんっ」
死の一瞬前とは思えない嬌声。
ロキの血が、シャルルの中を蹂躙する。
「くふふっ。ごちそうさま」
シャルルがロキの体から口を離すと同時。
破壊は訪れた。しかし。
「どうなっているんだい」
立っている。シャルルもフランもアイリスも。ロキだけは倒れ伏しているが。
「無傷なんて、ありえない」
魔神は驚愕した。
「何が起こったん?」
「シャルちゃん、いったい何をしたのかしら」
「くふふっ。みんなを眷属にしたの」
シャルルは八重歯を見せて言う。
「どういうこと?」
「どうしてそれで防げるのかしら」
「眷属化すると、見た目はほとんど変わらないのに、私の能力の一部を使うことが出来るようになるんだ。今のはそれ。霧化って言うんだけど、三人分だけあって、消費は激しいっぽい」
そうは言ってもシャルルは疲れの色を見せず、八重歯を見せて笑う。
「な、なんだ。どうせそう何度も使えまい。消費しきるまで破壊し尽くす」
「消費が激しいのはそっちもだと思うけど。私にはロキがいるし」
魔神にツッコミを入れつつ、ロキが失血死するギリギリまで、シャルルは血を吸った。
「お姉さん、ロキをリリちゃんのところまで。あいつは私が相手するから」
「調子に乗るな!」
舐めるようなシャルルの態度に怒った魔神は、杖を振った。
いや、振ったつもりだった。
「なっ」
「遅すぎるよ」
魔神の腕が落ちた。
シャルルはロキを任せた後、数秒の間で距離を詰め、魔神の腕を落としたのである。
「ぐっ!」
「まだまだこんなものじゃないよ」
シャルルの刺突が魔神を襲う。
魔神は腕を治すことさえ出来ず、ただ防戦一方。
致命傷だけは衝撃を破壊し、生き延びることしか出来ない。
「はぁぁぁぁぁ!」
芸術的な剣閃。無駄な一振りなど存在せず、残像さえ生み出して魔神を追い詰めている。
魔神に反撃の隙など存在しない。
「このまま押し切るよ!」
「ぐっ、まだ終わらないっ」
魔神は致命傷覚悟で、周囲爆散を打ち出した。
シャルルの刺突は確かに魔神の心臓を撃ったが、穿つより早く霧化を発動してしまった。
「はぁー。はぁー」
殺しきることが出来なかった以上、魔神は再生する。
「くっ、ふふっ。消耗が激しいなぁ」
霧化はまさに奥の手。回避不可の一撃を回避するためにある。
それを二回も使っては、いくら血を補充したと言っても足りない。それどころか、使いすぎた程である。
互いに荒い息を吐き、膠着状態が続いた。
「久々に滾る戦いだったよ。ありがとう」
「くっふふ。どういたしまして」
「それじゃあね」
数十メートルを二秒で駆け抜けるほどの余力は残っていない。
万事休すであったが、シャルルの胸中には確信があった。
「シャル!」
「もう、遅いよ」
全力全快のロキが、全身に金炎の鎧を纏って、文字通り飛んできた。
「ぐっ」
魔神はシャルルを攻撃する間もなく、防御に魔法を使った。けれど、魔神は数十メートルの後退を余儀なくされた。
衝撃破壊という原理を超越した力だが、神の炎はそれさえも打ち破る。
「決着をつけるぞ、魔神」
拳を振り抜いたままの姿勢で、ロキは遠くに立った魔神を見やる。
ロキは不敵な笑みを浮かべて言った。
「俺こそが神だ」
金の炎が地を焦がしていた。
お読みいただきありがとうございます。
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