魔神の復活
〜王城〜
「僕は、魔神だよ」
侵入者。銀髪の少年はローブを脱ぎ捨て、姿を現した。
瞳は髪と同じ白。しかし、片目が黒い。それも角膜ではない。結膜がだ。
肌も体の構造も、人間と違って見えることはない。
「魔神だと?」
「嘘や。だって神獣はうちらの手で全部倒したんやで」
「そうだよ。なのになんで」
動揺を隠せないロキたち。
魔神はくつくつと笑って言った。
「大いなる瞳が紅く染まるとき、彼の君は再臨する」
「その言葉はっ」
「くく。僕がヒントとして入れてあげたけど、ちゃんと覚えているみたいだね」
「あなたが魔神だとするなら、その言葉の内容は達成されたということよね」
「そうだよ。外を見てごらん。と言っても、ここからじゃあ見えないか」
ここはパーティー会場。窓はあるが、見晴らしはそう良くない。
魔神は地を蹴り、上へと飛び上がった。
「飛べるだろう。神の御使い。その従者。見てみなよ」
天井には直径一メートルほどの穴が空いていた。
王城の砦部分。その屋上で、自称魔神はその穴を見下ろしている。
「シャル」
「うん」
ガラナは重力を消して。シャルルはロキを背負って、リリはフランを、アイリスはそのまま屋上に上がった。
「ここでもまだ低いね。もう少し上って見てみようか。それくらいの力はあったはずだ」
自称魔神はふわりと浮き上がった。
そして、謁見の間がある尖塔の頂上へ降り立つ。
ロキたちもそれに続いた。
「ああ、これならちょうどいい」
「なっ」
「なに、あれ」
「でっかい蛇?」
「アレク様、大丈夫ですか?」
「ええ。少し気分が悪いだけよ」
荒く削られたように、東から一本道が出来ていた。
その道の先、マリアブルクには、巨大な蛇が暴れ回っている。すでにマリアブルクは壊滅状態であった。
全長は、マリアブルクを縦断できるほど。直径で言えば十メートルほどだろうか。
「見えるよね。くくっ。神の御使い。この国がどんな形をしているか、知っているかい?」
「楕円形だ。それがどうした」
ロキの言う通り、東西に長いラグビーボールのような形をしている。
「この大都市はそのどこにあるかな?」
「そんなんど真ん中に決まっとるやんか」
「っ、まさか!」
リリは気づいたらしい。
「くっくっく。そうさ。大いなる瞳。それはこの大都市のことだよ」
「あの蛇はっ」
「そ。この大都市を血で染め上げてるってわけ。というかオジサン、生きてたんだ。別に構わないけど」
「だが、あの蛇はどこから出てきた? この国の至る所を旅してきたが、あんなものが隠れられる場所はなかったはずだ」
「不思議だよね、神の御使い。あんな大物、とぐろを巻けば山みたいな大きさだよ」
「山? もしかして、亀の中に住んどったんか!」
「くくっ。ご名答。死んだ上帝の中身を食べて生きていたんだ。それが今、殻を破って出てきたんだよ」
「亀の魔物ですって? じゃあ、ミルクの街は」
「進行経路にあった街は、全部轢かれてるんじゃないかなぁ? くっくっく。可哀想に。もしかして、君たちの故郷もあったの? あはははっ。これは傑作だ」
魔神は下劣な笑みを浮かべた。
そのとき。
「ミルクの街を、壊した、ですって?」
突如として雷雲が発生した。
「お父様も、そのお父様も、必死に守ってきたあの街を、壊した?」
「そうだよ」
ピシャァンッ!
すぐそこに、雷が落ちた。
「そう、なのね」
「お、お姉さん?」
「落ち着いてくださいアレク様っ」
アイリスは杖を取り出した。
先に宝石のついた、禍々しい杖。
「アイリス。やめておけ」
「勘違いをしているわ、ロキ君。お姉さんはね、今魔神とやり合う気は無いの。ただ少し」
恐ろしいほど、魔力が収束していく。
「あれを、消すだけよ」
アイリスは杖を掲げた。
「雷竜咆哮」
轟音と共に、世界は白く染まった。
目を開いたロキ達が見たものは、先の大蛇の焼死体。もはや、本当にそれかどうかもわからないほど炭化し、そこにあったということしかわからないが。
「すごいね。この面積を全部灰にするなんて」
魔神はパチパチと手を叩いて称賛した。
「だけど」
魔神は突如としてスピードを上げた。
ロキ達からすれば普通の速度でも、アイリスに反応できる速度ではない。
ましてや、大魔法行使後の疲労状態だ。
「なっ!」
「お姉さんっ!」
「僕にまで流れ弾を当てようとしたのは感心しない」
魔神は、アイリスの掲げていた手首を掴んだ。
このままでは、アイリスも兵士たちと同じ末路を辿ってしまう。
「シャル! 腕を切り落とせ!」
「うんっ。ごめんね、お姉さんっ」
鮮血が宙を舞う。アイリスはシャルルの手により、肘から先を失った。
切り離された腕は、赤い粒子となって落下していった。
「ぐあああああっ! あああっ! がああああっ!」
「リリっ!」
「回復!」
アイリスの腕が再生する。
「はぁあ。はぁあ」
「大丈夫ですか、アレク様」
「いい判断だね。さすが神の御使い。だけど、杖は返してもらったよ」
魔神は愛おしそうに杖を撫でた。
「まったく。買い戻そうと店に行ったら、もう売られていたなんてね。怒りに任せて滅ぼしちゃったじゃないか」
魔神は杖を掲げて、魔力を込めた。
バァンッ!
ロキ達の後方。王都にある豪邸の一つが爆散した。
「くくく。あの蛇はよくやってくれたよ。こんなに簡単なことが、どうして神獣には出来ないのかな。まったく、呆れ果てるよ。まあいいや。これで力の半分が戻った」
「お前の目的はなんだ」
「おや、わからないのかい? 神の御使い。君と僕の仲じゃないか」
「勘違いをしているようだ。俺は御使いじゃない」
「は?」
「俺は神そのものだ」
「ぷ。く、あはは。面白い冗談だよ」
「あ?」
「だってさ」
魔神はにっこりと笑んだ。狂気を孕んだ笑みを。
「神は僕一人だ」
「あ?」
「忘れたのかい? 君は僕が作り出したんじゃないか。神の御使い」
「寝言は寝て言え」
「それはこっちのセリフだよ。僕が楽しめるように、君を創ったんじゃないか」
魔神はロキに手を差し伸べた。
「ロキっ、どういうことなの?!」
「ロキ様、本当ですか」
「ロキ君っ」
皆がロキに視線を向ける。
そんな視線に、ロキは溜息で答えた。
「何のことだ? 俺は神だぞ」
「あれ、本当に忘れているのかな」
「忘れていない。俺を創ったのはお前じゃない。クソ親父、最高位創造神だ」
「ん? そんな設定は追加していないはずだけど」
「いいから目的を吐け」
「まあいっか。じゃ、改めてインプット。僕の目的は、殺し合いを楽しむことさ」
魔神は杖の先をロキに向けた。
「はぁ。いいだろう。本物の神というものを教えてやる」
「ロキ君っ」
「心配するな。自称神には負けん」
「ロキ、私もたた」
「魔神。条件がある」
「何かな?」
「こいつらが安全地帯に行くまで手を出すな」
「ロキっ!」
「ふーん。まあ、生贄が五人減ったくらいじゃ変わらないし、いいよ。確かに、愛着のある従者を庇いながらじゃやりにくいよね。その代わり、街は自由に壊させてもらうけど」
「好きにしろ」
「ロキっ! 私も戦うよ!」
「だめだ。さっさと行け」
「ロキっ!」
「シャルちゃん、うちらじゃ足手まといや。あのバケモンに触れることもできんやんか」
「逆に、触れられただけで私たちは死ぬわ」
「そんなの、ロキだって一緒じゃん! なら少しでも人数が多いほうが」
「シャル。俺はお前に生きていてほしい。無駄に命を散らすな」
「無駄って、そもそも死ぬわけじゃ」
「いいや。死ぬ。あいつはまずい。俺以外なら、目を合わせただけでな」
「くくっ。よく見抜いたね。そう。僕は視界内の全てを破壊できる。まだ距離には限界があるけどね。それより、早くした方がいいよ。そうじゃないと、どんどん僕が強くなる」
ペン回しでもするように、魔神は杖を振り続け、すでに王都は半壊していた。
「わかるだろう。攪乱なんてする前に死ぬ。わかったらさっさと行け」
「嫌、だよ」
「シャル!」
駄々をこねるシャルルに、ロキは怒鳴った。
「俺が絶対にぶっ飛ばしてきてやる。だから待ってろ」
「ロキっ」
「俺は神だ。神は約束を守る」
「う、ん」
「じゃあな。ちゃんと逃げろよ」
そう言って魔神へ振り向くロキの袖を、シャルルが掴んだ。
潤んだ瞳を、ロキの目に合わせる。
「絶対、帰ってきて」
「ああ」
シャルルは翼を広げ、リリやアイリス、フランと共に飛び去った。
「待たせたな」
「いいさ。僕もこの辺りの破壊が終わったところさ。ああ、心地よいねえ、悲鳴っていうのは」
「言っていろ」
ロキは真紅の炎で出来た鎧を全身に纏った。その熱量は、尖塔の屋根を焦がすほど。
尖塔の頂上で向かい合う、ロキと魔神。
「それじゃあ、始めようか」
先に動いたのはロキだった。
というより、そうせねば、いつ爆散させられるか分かったものではない。
「はぁっ!」
「ぐっ」
重力を味方につけ、魔法の炎でブーストまでかけた、正真正銘、最高速での縦回転蹴り。それも、視界の外となる背後から。
視界から消えた時点でそれを察していた魔神は、片腕を背後にやってガード。
しかし、ロキのパワーは凄まじく、尖塔を破壊し尽くして、砦部分の屋上まで叩き落とされた。
「最初の一発は食らってあげるつもりでいたけど、予想以上のパワーだね。これは期待出来そうだ」
仰向けに打ち付けられた魔神は、杖を振って尖塔の全てを破壊した。
石材、木材などの粒子が雨のように降り注ぐ。
が、そこにロキは含まれない。
「せやっ!」
「がっ!」
魔神が視線を向けた尖塔とは反対。そこにある尖塔へ飛び移り、そこから仰向けに寝転ぶ魔神を強襲したのである。
内臓から破裂させるつもりで、火のついた拳をねじ込んだロキであったが、魔神の体は壊れなかった。
咄嗟に、体内に入ってくる衝撃を破壊したのであろう。
とはいえ、王城の砦部分の床を何階層も突き破り、ついには地上の高さまで落ちた。
「くっ、ふっふ。面白い。面白いよ、神の御使い!」
魔神はそう叫び、立ち上がりざま、くるりと回る。
王城の砦部分が、綺麗に爆散した。
「もっと僕を楽しませてくれぇ!」
狂ったように笑う魔神。
その背後からロキが最高速で近づく。
が、ロキは嫌な予感に従い、上方向へ避けた。
「ちぇっ、ハズレか。せっかく城の中にいた生贄で、視界外も破壊出来るようになったのに」
ロキがいた場所に、爆発が起きていた。
魔神のスピードも動体視力も、ロキに遠く及ばない。だが、その直感と即時の判断力は恐ろしいものがある。
「見つけたぁ」
魔神は上空を飛ぶロキを発見し、狙いを定めた。
「ちっ」
ロキは犠牲を承知で、両手両足を使い、急所を守る体勢を取った。
それだけでなく、随所から炎を出すことで、飛行の軌道を変え、撹乱している。
が、ロキが落下しきる寸前、それも捉えられてしまった。
「まず四肢をもらうよ」
魔神はニヤッと笑い、杖を振りかざした。
ロキの四肢が、赤い粒子をばらまく。
「くっくっくっ。もう少し強くなってから出直、っ?!」
四肢を失ったはずのロキは、無様に頭から着地したはずだった。
しかし、ロキの体はたしかに四肢を保ったまま、魔神の懐に潜り込んでいた。
「まず一発」
魔神が慌てて反応するが、ロキの拳は既に、魔神の腹を打ち抜いている。
魔神が破壊したのは、ロキの四肢ではなく、纏っていた炎の鎧であったのである。
あまりの密度で構成された真紅の炎は、魔神の視線をロキの体へ通すことはなかった。
「かふぅっ!」
魔神は無理やり肺の空気を吐かされ、一メートルほど吹き飛んだ。
が、そこは魔神もさるもの。そこで拳から受けた衝撃を破壊し、事なきを得た。
「はっ、や、やるじゃない、かっ?!」
片手で傷を押さえつつ、もう片手と両足で衝撃を殺した魔神は、顔を上げてロキの方を睨んだ。
否。ロキがいた方を睨んだ。
「オラァっ!」
魔神が気づいたときには、ロキは既に背後へ回り込んでいた。
真紅の炎を纏った豪腕が、魔神の背を捉える。
魔神はまた数メートル吹き飛び、衝撃を破壊して耐えた。
が、魔神はそこで膝をつく。
「本物の神の力ってやつを教えてやるよ」
炎の鎧を纏ったロキの不遜な上から目線と、魔神の睥睨が交差する。
「く、くくっ。いいぞ。最高だ」
魔神は変わらず狂った笑みを浮かべ、立ち上がった。
「やっぱり君には本気を出す必要があるみたいだ」
そして魔神はロキとの勝負を中断し、残っている大都市へと向かった。
「逃がすかっ!」
ロキは走り出した魔神に対し、何発も追撃を繰り出した。
が、全て衝撃を破壊される。魔神が守りに専念すれば、彼へ通る攻撃手段などない。
「ちぃっ!」
そうして、ロキはみすみす、大都市モンテブルクへの侵入を許すこととなった。
お読みいただきありがとうございます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




