殺伐とした贈り物
〜夜〜
パーティー用の衣装を決めたロキたち五人は、招待客ということで、王城の来賓用客室に泊まることを勧められた。
朝早くから支度をしなければならない女性陣にとっては、願ってもない申し出であった。
「こちらでございます」
宰相直々の案内を受け、部屋に入る。
「うわぁ! すっごーい! キラキラしてる!」
「とても広いですね。さすが、国賓をも招き入れる客室です」
「最近は諸侯の力が強いと聞いていたけれど、それを疑う豪華さね。やはり国王の権力は凄まじいわ」
「置物も装飾も全部高級品やで。ほんま恐ろしいわ」
「お前ら、はしゃぎすぎだ。宰相までいるんだぞ」
「あ、あはは」
キングサイズの天蓋付きベッドにダイブしようとしたシャルルが、振り返って照れくさそうに笑う。
「それでは、ワタクシはこれで」
全ての部屋を案内した後、宰相は一礼して去っていった。
「まさかこれが一人一部屋とは、大層な扱いね。今までろくに情報交換もしなかったくせに」
「国王陛下には公務が沢山ありますから。情報が一方的になるのも仕方がありません」
「ええやんか。今はこんなええ部屋に泊めてもらえるんやから」
「そうだね。一日あと寝るだけなのが惜しい部屋だよ」
「夜更かしはするなよ。お前らの準備に付き合わされるのはゴメンだ。さっさと起きてさっさと準備しろ」
「わかっているわ。けれど、こうも広いと落ち着かないものね」
「そうですね。何せ、今までがテントか小さな宿でしたから」
「ごめんね、リリちゃん。もう少し良い宿とか取れてたらよかったんだけど」
「シャルちゃんらの借金返済にお金使ってもうたもんな」
「その話は掘り返さないでくれ」
「うふふ。それでね、リリちゃん。話を戻すけれど、お姉さんと一緒に寝てくれないかしら。広いベッドは寂しくて眠れないわ」
「はい。構いませんよ。私もその方が落ち着きます」
「お姉さん、一緒に寝るって、リリちゃんの寝込みを襲う気なんやろ? ここやったらいくら声出しても防音やし」
「お姉さん、リリちゃんを気持ちよくするのは良いけど、ちゃんと寝ないとだめだよ?」
「あ、アレク様。何をする気なのですか? その、き、気持ちよくというのは?」
リリは顔を赤くして、そろりと後ずさった。
その反応を見て、アイリスがからかわないはずがない。
「そうねぇ。リリちゃんはどんなことだと思う?」
「ふぇっ?! そそそれはっ、その」
「リリちゃん、気持ちよすぎて昇天してまうかもな」
「そうだね。フランちゃんの乱れよう、凄かったもん。まるで本当にシてるみたいな」
「シャル、顔が赤いぞ」
「うふふ。リリちゃんはどんな声で喘ぐのかしら」
「あ、喘っ?!」
「忘れられへん夜になるで」
「そうみたいだよ。私はされたことない、けど」
「どうしてそこで俺をチラ見する」
「さぁ、リリちゃん。これだけヒントを出したのだから、何をするか、分かるわね?」
「はぅぅっ」
リリは顔を茹でダコのように赤く染めて、俯いた。
アイリスの攻勢は止まらない。
「二人で一緒に寝るって言ってくれたものね? お礼に気持ちよくしてあげたいのだけれど」
「はうっ、うぅっ」
そう言われると、優しいリリは、無理に断ることができない。
「じ、女性同士だなんておかしいですよぅ」
「あら? そうかしら。それならロキ君も誘う? リリちゃんのよがる姿、見てもらおうかしら?」
「やめろアイリス。またビンタされる」
「ロキ君、ビンタしたんはシャルちゃんやで」
「うぅ、け、結構です。恥ずかしすぎますっ」
「そう? ならお姉さんのお礼、二人っきりで受け取ってもらえるかしら」
「え、えと。やっぱりダメですぅ。そんな、その、恥ずかしいですっ」
「何も恥ずかしいことはないわ。声は少し出てしまうかもしれないけれど」
「こ、声だけで済みませんよ! シようと思ったら、その、全裸、に、ならないといけませんっ」
言っていて恥ずかしくなったのか、リリは縮こまってしまった。
アイリスはその姿に満足したのか、ネタばらしをすることにした。
「全裸って何の話かしら?」
「はへ?」
「お姉さん、リリちゃんのためにマッサージをしようと思っていたのだけれど」
「マッサージ?」
「ええ。ねぇ、フランちゃん?」
「そうやで。お姉さんのマッサージは格別や」
「むふふ。リリちゃんってば勘違いして。可愛いなあ」
「はぁ。お前ら性格悪いな。シャルに至っては、お前がやられる側だったってのに」
「うふふ。リリちゃんは何を想像していたのかしら?」
「うっ?! そ、それはっ。知りませんっ」
「教えてくれても良いじゃない。全裸じゃないと出来ない、気持ちよくなることってなぁに?」
「うっ。うううぅっ!」
リリはカリスマ性溢れる防御姿勢を繰り出した。
「うふふ。それじゃあ、一緒に寝ましょうか、リリちゃん」
アイリスはしゃがみこんだリリを大荷物かのように抱えあげ、部屋へと撤収していった。
「それやったらシャルちゃん、うちらも一緒に寝ようや」
「いいよ。ロキも一緒にどう?」
「馬鹿を言え。わざわざ淫魔の手中に行くやつがあるか」
「安心してやロキ君。今夜はうちがシャルちゃんを寝かせへんから。お姉さん直伝マッサージを披露したるで」
「えぇ。不安だなぁ」
「何でも構わんが、くれぐれもシャルを俺の部屋に入れるなよ」
「はいはーい。手錠しとくわ」
「えー。あれはロキにされないと興奮しないよ」
「まあまあ。そんなことが言えんくらい気持ちよくしてあげるわ」
今日はマッサージデーらしい。
フランに連れられて部屋を出ていくシャルルに、ロキが声をかけた。
「シャル、ちょっと来い」
「え? どうしたの?」
「なんやロキ君。大事な話か? ほな、シャルちゃん、うちは先部屋戻っとるで」
「うん。わかった。で、ロキ。話は?」
「ああ。ずっと渡しそびれていたものがあってな」
ロキは荷物の中から、細長い箱を取り出した。
「何この箱。ネックレス?」
「まあ似たようなものだ」
「もしかして私に? プレゼント?」
「そういうことだ」
「え、ほんとに? 婚約の印?」
「そうは言ってねえよ。お守りみたいなものだ」
「ふーん、そっか。ね、開けていい?」
「ああ」
シャルルは箱を開けた。中にはたしかにネックレス。首から提げるようになっている。
だが、宝石がついているわけでも、模様付きの金属というわけでもない。
指の先程度の、小さなガラス瓶。それも、中身は空。
「何これ?」
「お守りのようなものだと言っただろう。ちょっと貸せ」
「うん。わかった」
ロキは受け取った小さなガラス瓶の、コルク製の蓋を開けた。
そして、荷物をガサゴソと漁り、裁縫道具を取り出す。
「何をする気?」
「黙って見ていろ」
ロキはそこから針を取り出すと、躊躇うことなく自分の指を刺した。
「ちょっ! 何してんの!」
「黙って見ていろと言っただろう」
「むぅ」
ムスッとした様子で、シャルルはロキの隣に腰掛けた。
「何してるの?」
「俺の血を入れている」
「そりゃ見たらわかるけど。もしかして、マーキングみたいなそんな感じ? 自分の血を持たせておくとか、情熱的だね。やっぱり婚約の印じゃん」
「ちげえよ馬鹿」
「馬鹿じゃないもーん。ロキより賢いもーん」
「はぁ。子どもかよ」
言いつつ、ロキは苦笑した。
「お守りだと言っただろう。もしまたシャルが操られることになっても、すぐに元に戻すためのな」
「あ」
「間違っても、お前に死んでもらっては困る。約束を反故にされるわけにはいかん」
シャルルはジッと、ロキの横顔を見つめた。
ロキはその視線に一瞬だけ目を合わせ、また瓶に目を戻した。
「そういうわけだ。やばいと思ったらいつでもこれを飲め。補充くらいいつでもしてやる」
「うん。ありがとう」
ロキは、ニッコリと微笑むシャルルを横目に、血が溜まった瓶の蓋を閉めた。
「ほら。首に付けてろ。特製のお守りだ」
「うんっ。ずっと肌身離さず付けておくね」
首の後ろに手を回すシャルル。
「あれっ。あれ?」
「はぁ。貸せ。付けてやる」
「あはは。ごめんね。ありがとう」
シャルルは自らの髪を体の前に集め、ロキに項を晒した。
「ふむ。綺麗なものだな」
「やんっ。息がかかって擽ったいよ。嬉しいけど」
「悪い。ほら、付いたぞ」
「うん。ありがと」
シャルルは髪を後ろにふわっとなびかせた。
特有の甘い香りがロキの鼻腔をくすぐる。
「さて、用は終わりだ。フランが待っているぞ」
「そだね。行かなきゃ」
シャルルは立ち上がった。が、すぐにロキの方へ振り返った。
「あ、そうだ。ロキ、手を出して」
「あ? 何故だ」
「いいから。針刺した方の指」
「ああ」
ロキは座ったまま、シャルルの前に、手を差し出した。赤い血がぷっくりと浮き出ている。
シャルルはその手の前に跪き、その指を口にくわえた。
「あっ、おい」
「んふふ。傷口は消毒しないとね」
ちゅぱちゅぱ、れろれろと、音を立てながら、棒付きキャンディを味わうように、丹念にロキの指を舐める。
「やめろ。体に毒だぞ」
「吸血鬼の体に血が毒なわけないじゃん。んはぁ。おいひ」
「うっ、擽ったいだろうが」
「んひひ」
「こら、吸い付くな」
口をすぼめて、傷口から血を絞り出すように舐めとる。
いつの間にかシャルルの背には、黒い翼がゆらゆらと揺れていた。
おすわりの姿勢で、ロキの指を吸い続けるシャルル。表情は次第に恍惚としていった。
ロキの血はシャルルにとって身悶えするほど美味らしい。
「はぁ。おいひぃよぉ」
「いつまでやるつもりだ」
「こんな小さい穴じゃ物足りない。ロキ、噛んでいい?」
「いいわけあるか。傷口を増やしてどうする」
「んあぁっ」
きゅぽん。音を立てて、ロキはシャルルの口から指を抜き取った。
「いいから帰れ。血が飲みたいからって、その中身を飲むなよ」
「えー。飲んでいいって言ったじゃん」
「やばい時だけだ」
「ケチだなぁまったく」
「なんとでも言え」
シャルルはロキに目を合わせたまま、名残惜しそうに部屋の外へ出た。
「おやすみ、ロキ。また明日ね」
「ああ。おやすみ」
口元の緩みには気づかないまま、眠りにつくロキであった。
〜深夜〜
ガチャリ。
ロキの部屋の鍵が、音を立てて開いた。が、ロキが起きる様子はない。
侵入者は足音を立てぬよう、眠っているロキに近づいた。
そっとロキの手を取り、手錠をはめる。
二人の侵入者は、互いに頷き合った。
そして、鈍く光る刀を抜き、ロキの首目掛けて。
「随分とやってくれるな」
目を覚ましたロキの言葉で、その動きは止まった。
「馬鹿な。校長。こいつは夜が弱いはずでは」
「宰相殿。コードネームを忘れておる」
「はぁ。シャルの夜這いで慣れていてよかったな。そこだけはあいつに感謝だ」
焦りだした二人の侵入者。宰相とオリバー。
オリバーというのは、冒険者育成教室の校長の名である。
刀を振りかざされているのにも関わらず、淡々とシャルルに感謝するロキ。
「まあ良い。手錠をしている以上、寝ていようと起きていようと変わらん。校長、さっさとやれ」
「承知しておる」
「暗殺か。殺伐としているものだな」
「黙れ。貴様の無茶な法律のせいで、どれだけの損失を被ったことか」
「腹いせに殺人か。馬鹿らしい。そんなくだらないことにお前がそそのかされるとはな、オリバー」
「私怨もある。が、これも依頼。大人しく死ぬが良いぞ」
「ふん。安い男だ」
ロキは不遜に鼻を鳴らした。
「何を言おうと無駄だ。お前の死はすぐそこにある」
宰相はニタァっと笑った。
「人間を舐めるなよ、自称神」
宰相はそう言ってケタケタと笑った。
「くく。ふはは。その言葉、そっくりそのまま返してやろう」
そんな宰相の笑みなど比にならないほど、ロキは黒い笑みを浮かべて言った。
「神を舐めるなよ。ニンゲン」
オリバーの刀が振り下ろされた。
が、その凶刃がロキの皮膚へ届くことはない。
「なっ!」
ロキは手錠を引きちぎり、一瞬のうちに、刀を破壊し、オリバーの側頭部を強打した。
何が起こったかわからないまま、オリバーはその場で意識を失い、崩れ落ちた。
「そんな、そんな馬鹿なっ! あの手錠は特別製の合金で出来ているのだぞっ!」
「そんなもの、神の前では砂塵に等しい」
ロキの拳に宿った炎が、宰相の焦りに焦った顔を浮かび上がらせる。
そして、ロキのギラついた瞳も。
「さて。神の眠りを妨げた罰、受けて貰おうか」
「ひっ!」
ロキは拳を振り上げた。
眼前に迫り来る真紅の拳を最後に、宰相の意識は遠く旅立った。
「なんだ。寸止めで気絶したか。つまらないヤツめ」
もう少し啼かせてやろうと思ったのだが、という悪役そのものなセリフを残し、ロキは二人を縛り上げた。
「どこへ捨てたものか」
翌日、王城の庭で木に吊るされた二人が発見されたことは、また別の話。
お読みいただきありがとうございます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




