甘いミルク
〜数週間後〜
その後、魔神に関する情報が入ることもなく、平和な日常が繰り返されていった。
「シャルちゃんの故郷、また貿易が遠ざかったな」
「あんな峡谷が出来たんじゃあ、どうしようもないよね」
「橋をかけるか埋め立てるか。魔物の方こそ絶滅レベルだが、新しい問題が現れたな」
「峡谷を越える準備が整ったとしても、また魔物が湧いていそうですね」
「はぁ。道のりは遠いなぁ」
今は移動中。久々に、アイリスの故郷、ミルクへと訪れるつもりである。
貯まった仕事の恐怖に耐えかね、全速力で先行してしまったアイリス。その彼女を追いかけて、ロキたちも移動をしていた。
「いやー、にしても平和やね」
「はい。街道でも全く魔物に出会いません」
「冒険者としては致命的だがな」
「いいじゃん。私たちは国王陛下から恩賞を貰ってるんだから」
「そうやね。ほんま助かるわ」
「おかげで再び魔物が発生するまでの期間は凌げそうです」
「まったく、アイリスが全て灰にしていなければ、素材でもっと儲かったんだが」
「しょうがないよ。フランちゃんがメルトの辺りで倒した魔物の利益は入ったし」
「もし死体があっても、持って帰られへんかったやろしな。他の冒険者に横取りされるくらいやったら、燃えてもうたほうがええわ」
「あの峡谷に橋をかけるため、冒険者は仕事が与えられることでしょうが、誰一人飢えないことを祈ります」
「リリはさすがだな」
「うん。このご時世、他人の心配なんて普通しないよ」
「聖女やね」
「いえ。自分の生活があればこそ、他人を気遣えているのです。その点では、私もまだまだですよ」
ロキの荷物に掴まりながら、リリは微笑んだ。
〜ミルク〜
夕暮れ頃になってロキたちはミルクへ到着し、以前と同じ、街に入ってすぐの宿に入った。
「あれ、お姉さん。仕事があったんじゃないの?」
「ほんまや。なんでこんなとこにおるん?」
「やけに嬉しそうですが」
「うふふ。それがね。市民の皆がお姉さんの代わりにやってくれていたのよ。集まって議会を開いたりしてね。昔は市長様市長様って頼ってくれていたのに、立派になったものね」
「統治者が留守にしていたんだ。自分たちで街の運営くらいするさ」
「そうだよ。魔物だって移動してたんだし」
「というか、セリフがママっぽいで」
「アレク様の年齢がますますわからなくなりましたね」
「だからと言って、聞くのは野暮というものよ?」
冷たい笑顔で、アイリスは釘を刺した。
「ということは、ここで俺たちを待つほど、アイリスは暇なのか?」
「仕事、街の人に取られちゃったんだもんね」
「シャルちゃん、言い方容赦なさすぎん? そういうセリフはうちの好みやけど」
「街の民主化は良いことです。それはさておき、アレク様を追いかけて来ましたが、やることが無くなってしまいましたね」
「そうでもないわ。観光がてら、視察しておきたいものがあるのよ。経過観察のようなものだけれど」
「一緒に行くよ、お姉さん。暇なのは私たちの方だし」
「またあのザッハトルテ食べたいわ。連れてってえや」
「厚かましい奴だな。勝手に行けよ」
「おっふ。さすがロキ君。ええ攻め力やで」
「ザッハトルテ? なんでしょうか」
「そうね。リリちゃんにも食べて貰いたいもの。あの喫茶店へ行きましょうか」
「やったー! 美味しいケーキだー!」
恍惚とするフラン。彼女にジト目を向けるロキ。謎のケーキに首を傾げるリリ。そんな彼女を微笑ましく見つめるアイリス。無邪気に喜ぶシャルル。
相変わらず、目立つ五人組である。
〜喫茶店〜
「マスター、ザッハトルテを五人分お願いね」
「かしこまりました」
五人は並んでカウンター席に座った。
左から、リリ、アイリス、ロキ、シャルル、フランの順である。
「なんかええなぁ。やっぱ雰囲気あるわ」
「少し椅子が座りにくいですが」
「あらあら。リリちゃんには少し高かったかしら。倒れないようにね。倒れても支えてあげるけれど」
「アレク様、体型はともかく、いくらなんでもそこまで子供ではありません」
「ねえロキ。これって実質デートだよね?」
「んなわけあるか。二人ですらねえだろうが」
「男女で喫茶店だよ? デートじゃん」
「男女比を見てから物を言えよサキュバス。毎日全裸で押しかけてきやがって」
「夜になると勝手に吸血鬼モードになるんだもん。仕方ないじゃん。不可抗力だよ不可抗力」
「吸血鬼が全裸になるわけないだろ」
「言ったそばから雰囲気壊すんやめへん?」
珍しく、フランがロキたちを御する、という状況が発生していた。
「お待たせしました。ザッハトルテとコーヒーです」
「ほわぁ。美しいです」
「うふふ。目を輝かせて。可愛らしい反応ね」
「クールなマスターが頬を綻ばせとるわ。余程可愛いんやろな」
「テーブル席にしておけばよかったね」
「んー! おいひいです!」
「はぁぁ。癒されるわぁ。リリちゃんってどうしてこうも可愛いのかしら。ねぇ、ロキ君?」
「うむ。美味い」
「お姉さんの話も聞かずに黙々と食べるロキ、可愛い」
「シャルちゃん、ロキ君やったらなんでもええんやろ」
「これがコーヒー、ですか。わ、苦いです」
「リリちゃん、お砂糖とミルク、いるかしら?」
「何を言う。この苦味とケーキの甘みが調和して美味いんじゃないか」
「己の理想を押し通すロキ、かっこいい」
「言い方はかっこいいけど、ただ単なるお菓子談義やからな。ほんまにロキ君全肯定やなシャルちゃん」
賑やかな五人に、さらに微笑む店主であった。
リリの様子を眺めるアイリスに、店主は声をかける。
「市長。久しぶりの街はどうですか」
「ふふ。そうね。変わらないわ。お姉さんが居なくても、どうにかなるものね」
「まだまだですよ。ですが、市長の負担を軽くするくらいは出来ますとも」
「あら。頼もしいわ」
店主はカップを拭きながら、ことも無さげに言ってのけた。
アイリスはその様子に、笑みを深めた。
「それでです。街内の政治はどうとでもなります。ですが、外交関係だけは、魔女の威光がないとどうにもなりません」
「そうね」
「ですから、残り短い適齢期の間にどうかお世継ぎを」
「マスター? 一言余計じゃないかしら?」
アイリスはギロりと店主を睨んだ。
「ゴホン。適齢期のうちにお世継ぎをお願いしたいのです」
「そうねぇ。とは言っても、なかなか良い相手はいないものよ。ねえロキ君?」
「なぜ俺に振る」
「ロキ君なら気心知れているし、そこそこかっこいいもの。この街の人はおじさん臭くて、あまりタイプじゃないのよ」
「はむはむ。酷い言い草ですね」
「そこそこで悪かったな」
「もー。お姉さん、ロキは私のものだって言ってるでしょ」
「お前のものでもねえよ。手を繋ぐな食いにくい」
「せっかく女の子から手を出してるのに。据え膳食わぬは男の恥だよ?」
「今食ってるだろうが」
「ケーキの話じゃないよ!」
「痴話喧嘩なら他所でやってください」
「あらあら。お姉さんが入る余地はなさそうね」
よくもまあ、何度も同じ内容の会話が出来るものである。
〜海岸〜
ロキたちは、アイリスの視察用件を果たすため、海岸に来ていた。
「久しぶりに来たね」
「前は水平線が綺麗に見えとったんやけどなぁ」
「アレク様、あれはいったい? ただの島ではないようですが」
「あれはね、魔物なのよ」
「俺たちが殺したんだがな」
彼らの視界には、巨大な島があった。
山が一つ海に浮かんでいるようなものである。
以前、ロキたちが打ち破った、超巨大な亀の魔物。名は上帝。
ロキに吹っ飛ばされた挙句、落下ダメージでお陀仏になった亀である。
「動いている様子もないし、報告もない。見たところも、大丈夫そうね」
「なんだ、そんなことを心配しているのか。安心しろ。内臓を潰すように打ち込んだはずだ」
「拳を打ち込むって言うのも変な気がするけどね」
「ロキ様が言うのですから、恐らく大丈夫だと思います」
「そうよね」
「ん? なんか動いたような気ぃするで?」
「怖いこと言わないでよ。また戦うとか嫌だよ?」
「良いじゃないか。あれは雑魚だっただろう」
「魔法がほとんど効かないのは、お姉さんにとって辛すぎるのだけれど。それでフランちゃん、本当に動いたのかしら?」
「んー、気のせいかもしれんわ。ロキ君の加減が間違ってたとも思われへんし」
「ロキの力量って、随分信頼されてるんだね」
「それはそうですよ。一滴の血も漏らさずに魔物を絶命させるなんて芸当、ロキ様にしか出来ません」
「ロキ君しか見ていないと、感覚がおかしくなるのね」
「シャルちゃんには、その感覚がおかしいことも自覚出来ひんみたいやけどな」
「ロキのせいで、だいぶ貶されてるんだけど」
「知るか。シャルの感覚はともかく、異常はないんだろう? なら戻ろう。風呂に入りたい」
「そうですね。街に着いたばかりで、観光をしていたい気持ちはありますが」
「旅の疲れもあるもんな」
用事は終わったと宿へ戻る四人を、アイリスが呼び止めた。
「ごめんなさい。もう一つ良いかしら。すぐに終わることだから、リリちゃん以外は先に戻ってもらっても構わないけれど」
「水臭いこと言わんとって。うちらも行くわ」
「リリとアイリス二人というのは、少し心配になるからな。リリが襲われかねない」
「というかお姉さん、宿に泊まる気なんだね。家あるのに」
「ええ。みんなと一緒の方が楽しいもの」
「それで、どこへ行くのですか?」
「武器屋さんよ。リリちゃんの鎧、装飾が剥げてきたでしょう?」
「ほんまやね。せっかくの模様やし、直して貰った方がええわ」
「アレク様、お気遣いありがとうございます」
「いいえ。さ、行きましょうか」
〜武器屋〜
「三十分程で元通りに出来るそうよ」
「ほんま? 市長権限とかって、無理言ったんちゃうん?」
「お姉さん、リリちゃんを気に入ってるもんね」
「アレク様、無理を言ってはいけませんよ?」
「本当よ。無理なんてさせていないわ。代金は値引きしてもらったけれど」
「装飾が剥げていたと言っても、リリが強く磨きすぎたせいだからな。妥当だろう」
「三十分ほど待ってもらっても良いかしら?」
「うちはええで」
「私も。ロキの新しい装備も必要だし。未来のお嫁さんとしては、夫の命を託す装備もちゃんと見ておかないと」
「詐称するな。自分の装備は自分で見る」
三十分間、店内をぶらつくことになったロキたち。
「あら?」
「どうかしたの、お姉さん」
「何か良いものでも見つけましたか?」
なんとなく分かれた三人組、アイリスとシャルルとリリ。
アイリスは宙を見て首を傾げていた。
「いえ。今物音が聞こえた気がして」
「鎧が動いたとか?」
「ホラーですかっ?!」
「違うわ。そう怯えないで。以前魔法店に渡した人形があったでしょう? それから通信があったのよ。きちんと切って渡したはずだけれど、何かの弾みで起動したのかしら」
「なんだ。それなら納得だよ」
「ん?」
「今度はどうしましたか?」
「会話が聞こえるのよ」
「お店の会話じゃない? あんまり盗み聞くものでもないよ」
「そうですね。こちらから切れるのであれば切りましょう」
「もう遅いわ。お客さんの望みは杖みたいね」
「ありゃ。もう聞いちゃったか」
「あら? この人、お姉さんの杖と同じものを探しているみたいね」
「あの胡散く、不思議な杖ですか」
「言い直しても意味無いよ、リリちゃん」
「きゃっ。急に切れてしまったわ。不思議ね」
「勝手に聞くなって怒られたのかもよ?」
「そんなはずありませんよ。術者がなんともないのに、魔法が途切れることは有り得ません」
「そうね。まあいいわ。何にせよ、必要ない回線が切れて助かるもの」
その頃、ロキとフランの二人組は店内を物色していた。
「ん? これは」
「ロキ君、なんかええのあったん?」
「ああ。俺のではないが、シャルにぴったりのものだ」
「うっわ、今のロキ君、めっちゃええ顔してるわ。惚れそう」
「やめろドM」
〜宿・女子部屋〜
「邪魔するぞ」
「珍しいな、ロキ君からこっち来るなんて」
「そうですね」
リリのチェストプレートを修繕し、ロキが何かを購入した後、入浴を済ませた五人は部屋に集まっていた。
「そういえば、ロキ君は何を買っていたのかしら?」
「たしかに、何か買っていましたね」
「シャルちゃんにピッタリとか言うとったけど、ちゃんとは見てへんかったわ」
「え、なになに? プレゼント? 誕生日はまだだよ? もしかして、結婚指輪?」
「なんでもプロポーズに結びつけるな。これだ」
ロキが買い物袋から取り出したのは、なんと、猿轡と手錠であった。
「シャルルの夜這いを防止する策だ。今日からこれをして寝てくれ」
フランは拘束具に発情しているし、シャルルは何故か悔しそう。アイリスとリリは顔を見合わせて言葉を失っていた。
「ようそんなええもん売っとったな」
「良くないよ。なんだかんだ朝にロキとイチャイチャできる時間が増えて、吸血鬼モードも悪くないなって思ってたのに」
「私たちの注意が足りていなかったのかもしれませんが、さすがに酷い仕打ちではありませんか?」
「いいえリリちゃん。ロキ君からされることなら、シャルちゃんはなんでも幸福に変えてしまうわ」
「シャルにこれをさせたくないなら、リリが夜這いを止めさせることだ。言っておくが、やたら力が強いぞ」
「うぐっ、腕力には自信がありません」
「ならシャル、ベッドに横になれ」
「はーい。なんかちょっとドキドキするね」
寝巻きのシャルルはロキの言う通り横になった。
「両手を頭の上に上げろ」
「こう?」
「そうだ。手錠をするぞ」
カチャリ。シャルルの手はベッドのヘッドボードに拘束された。
「あとはこれだ。こいつの喘ぎ声で俺は目が覚めるからな。もし手錠を壊されても、安眠は出来るだろう」
「あ、喘ぎっ?!」
「リリちゃん、落ち着いてちょうだい」
「手錠壊すって、シャルちゃんにそんな力あるん?」
「ああ。吸血鬼モードのこいつは恐ろしいぞ」
「んー! んん!」
「よし、完成だ」
ベッドの上。手を拘束され、声も出せない少女。
シャルルがそれっぽく身を捩るものだから。
「エロい」
アイリスとフランは口を揃えて言った。
わかっていたことである。
そして二人がそう言うと、リリは過剰反応をする。というのがいつものパターンである。
結局、ロキの寝不足気味は解消されなかったのであった。
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