精神破壊
〜上空〜
真っ赤な満月が燃える空。
その中を駆け巡る、二つの影。
「おら神獣! よくもやってくれやがったな!」
「絶対許さないからね!」
シャルルと彼女に掴まったロキは、空を飛ぶ青い竜、蒼帝を追いかけていた。
蒼帝は魔物の軍勢の指揮を執るべく、高速で飛行している。だが、一度叩き落とされている上に、速さでシャルルにかなうはずもない。ただひたすらに逃げ回っていた。
今の彼女らは鬼神。復讐鬼となった二人は、地の果てまでも蒼帝を追いかけていく。
「待ちやがれー!」
「観念しろー!」
相互間の距離、およそ十メートル。蒼帝がフルボッコにされる未来まで、秒読みとなった。
蒼帝は最後までしつこく逃げる。吸血鬼には劣るが、そこそこ住みやすい肉体。みすみすやられるわけにはいかないのである。
「かくなる上は!」
蒼帝はその巨体を停止させ、シャルルに目を合わせた。
もう一度シャルルを操る気である。
一度復活した前例があるため、無謀な賭けであるが。
「うっ!」
二度目と言えど、魔物操作の効果は発動し、シャルルの飛行は停止した。
彼女の瞳からは、だんだんと理性の色が薄れていく。
「シャル。血を飲め」
その対策は単純。ロキが血を差し出せば良いのである。
腕の傷や切り傷こそリリに治してもらったが、首筋の傷はあの時蒼帝に齧られたまま。そこから少しだけ血が漏れていた。
「うんっ」
「むぐっ?!」
蒼帝が逃げ出すより早く、シャルルはロキの唇を奪った。
唇を啄むような、濃厚なキス。
「おまっ、むぐぅっ」
流石のロキも、これには動揺した。
シャルルの行動理由は単純。一番最初に目に入った血が、ロキの唇にあったのである。
リリの治し忘れが仇となった。いや、シャルルにとっては得だろうか。
「んっ。ふぅっ。はぁあっ。ロキが入ってくるぅ」
「ぷはぁっ。お前、自分が何をしているか分かっているのか!」
「うん。おかげで理性は戻ってるよ」
「理性の前に貞操観念をどうにかしろ!」
「ん? あ。えへへ」
「えへへじゃねえ! あれを吹っ飛ばしてから説教だ!」
「えー。せっかくファーストキスを捧げたのに」
「いいから飛ばせ!」
「はーい」
高度数百メートルの世界でも、愉快な二人である。
キスによって、シャルルのやる気はマックス。蒼帝はあっという間に追いつかれた。
「覚悟は出来てんだろうなぁ!」
「たとえどこの魔物に取り憑いても、絶対消滅させてあげるから覚悟してよね!」
二人は蒼帝の上に降り立ち、各々得物を構えた。
「おらあっ!」
「せやあっ!」
真紅の炎とシャルルの剣が互いに混ざり合い、一体の魔剣となる。その剣閃は、見事に蒼帝の心臓を撃ち抜いた。
「神を害するなんぞ百年早い」
〜地上〜
「速いですぅっ!」
「全速力だもの。我慢してちょうだい」
アイリスは魔力効率など少しも気にせず、フルスロットルで魔物たちの軍勢の最前線に向かっていた。
「リリちゃん、回復を」
「はいぃ」
アイリスはまさしく雷のようなスピードで、魔物の頭上スレスレを高速飛行していた。
リリの翼による浮遊と、アイリスの魔法、電磁加速。その併せがけによる移動であった。
アイリスの背中におぶさったリリの手に、光が灯る。
「ありがとう、リリちゃん」
「いえ。仕事ですから」
高速での移動に腕をぷるぷる震えさせながら、リリは言ってのけた。案外精神力がある。
「ロキ君たちが上手くやってくれれば良いけれど」
「願わくば、蒼帝が消滅して、この軍勢を指揮するものがいなくなれば良いのですが」
「そこまで上手くはいかないでしょうね。魔物であれば憑依することが出来るのだから」
「そうですね。いっそ、ロキ様の血を撒けば良いのでしょうか」
「リリちゃん、仮にも聖女とは思えない発言よ、それは」
そうこう言っているうちに、魔物の切れ目が見えた。相変わらず、魔物の限界を無視した高速で進んでいる。
「着いたわ。早速始めましょうか」
アイリスが魔力を練り始める。以前と同じ、超大規模の魔法を放つつもりだ。
その練成が終わる数秒前。
上空で真っ赤な花が咲き、竜の巨体が落下する様を捉えた。
「上手くやったみたいね」
「はい。私たちも」
「どの魔物に乗り移ろうと関係ないくらい、全て抹殺してしまいましょう」
「はい。頑張ってください」
リリはアイリスの背で、目と耳を塞いだ。
アイリスが近距離でこの魔法を使う際の、最低限の自衛である。
アイリスはそんなリリの可愛らしい姿にうふふと笑い、魔法を放つ。
「電子光線、最大出力」
杖から放たれた極太の光線は、目の前の一帯を焼き払った。
魔物だったものがプスプスと音を立てている。焦げたような匂いと煙が辺りに充満していた。
「リリちゃん、次へ行くわ」
「は、はいっ」
アイリスは次の軍へ瞬く間に移動した。
そして、極太レーザーが地を焼く。
見たもの全てが言葉を失うような蹂躙。いや、もはや災害であった。
みるみるうちに土地は抉れ、魔物は灰塵に帰していく。
「うふふ。気持ち良いわ」
普段からのアイリスの笑顔が、今はとても恐ろしい。
目も耳も塞いだリリは、回復魔法を使うのみ。アイリスの様子など知る由もないのであった。
その頃。蒼帝はというと。
「くそっ。くそくそくそっ!」
他の魔物へ移る度に、その数秒後には灰になる。そんな地獄を体感していた。
いったい何度、憑依しては死んでを繰り返しただろう。
「もう、もうやめてくれぇ!」
ついに、蒼帝は泣き喚いた。
しかし、そうしたところでアイリスが手心を加えるはずもなく。
「うふふ。ダメよ。シャルちゃんとロキ君を苦しめたんだもの。お姉さんの怒りが収まるとは思わないことね」
その言葉は蒼帝に届いたのだろうか。それとも、鳴り響く爆発音に掻き消されてしまったか。
いずれにせよ、二度と蒼帝の声が聞こえることはなかった。
〜暁〜
「ふぅ。スッキリしたわ」
「途中から私たちも手伝ったけど、何だったのあれ」
「物凄いことが起こっていたのだけは分かります」
地平線まで埋め尽くしていた魔物たちは、綺麗さっぱり居なくなった。
代わりに、およそ一キロにも及ぶ大峡谷が誕生することとなったが。
「恐ろしいな。リリとアイリスを組み合わせるとこうなるのか」
「回復魔法って怖いね」
「ロキ君たちもお疲れ様。なんとか、魔物の侵攻を食い止めることが出来たわ」
事が終わり四人ともすっかりお疲れムードである。眩い朝日もゆっくりと登ってきた。
「真っ赤だねぇ」
「ああ」
「そうね」
「真っ赤? ハッ!」
リリは思い出したように声を上げ、顔を青ざめさせた。
「リリちゃん、どうかしたの?」
「どうかしたではありませんよ! 大いなる瞳が紅く染まるとき、彼の君は再臨する。あの言葉、果たされてしまったのではないですか?!」
「もし大いなる瞳というのが、昨日の月のことだったとするなら」
「もう遅い、のか?」
峡谷のそばに立つ四人のそばを、そよ風と嫌な予感が巡る。
「全速力で大都市圏まで戻りましょう。お辛いでしょうが、支援はお任せ下さい」
「そうね。途方に暮れていても仕方がないわ」
「うん。急ごう」
〜王都〜
久方ぶりに戻ったような気分の王都は、いつもと変わらぬ姿をしていた。
薄汚れた服装の四人が目立つほどには。
「あれ? 何ともなさそうだけど?」
ちなみに、シャルルの翼は収納可能である。
街で吸血鬼が露呈することはない。
というのも、シャルルの吸血鬼化は、リリと同じスキルによるものらしい。
らしいというのは、あくまでアイリスの見解である。
今度二人で教会へ行き、確かめてみようという話になって落ち着いた。
閑話休題。
「魔神どころか、魔物も全く見つからないわ」
「どこか別の場所で復活したのかもしれません。情報を集めましょう」
四人は王城へと向かった。
〜王城〜
蒼帝を倒したという情報を伝えると、国王は謁見の時間を作り、彼らをもてなした。
「よくやってくださいました。これで神獣の件は一件落着ですね」
「国王陛下。魔神復活の報告などはございませんか?」
「はい? ありませんが。神獣を全て倒して、魔神が復活するものですか?」
「大いなる瞳が紅く染まるとき、彼の君は再臨する。あのクソ竜もそう言っていた」
「それが昨日の赤い月だと言うのなら、既に復活しているのではないかしら」
「あぁ、昨日の赤い月ですか。綺麗でしたね。二時間程で元に戻ってしまいましたが。しかしなるほど。そういった考え方も出来ます。神獣を倒して安心していてはいけません。引き続き、魔神の調査を続けましょう」
「私たちはどうしたらいいんですか?」
「可能性があるとは言っても、伝承の中では神獣と揃って魔神は存在していますから。それに何より、あなたがたにこれ以上負担を強いるわけにはいきません。調査はこちらの方で手を打っておきます」
「つまり、どういうことかしら?」
「あなた方はお役御免。今までよく頑張ってくださいました。魔神が復活でもしない限りは、あなた方を再び呼び出すことはないでしょう。どうぞ、自由にお過ごしください」
国王はそう言って、笑顔で謁見の間を後にした。
「なんというか、釈然としない終わり方ね」
「気にするな。終わりは終わりだ」
「みんな無事で良かったね」
「はい。一時はどうなることかと思いました」
「まあいいわ。これでようやく自分の領地に帰ることが出来るもの。溜まっている仕事を思うと、頭が痛いけれど」
「まあ落ち着け。今日くらいは良いだろう。早めに宿を取って疲れを癒そう」
「そうだね。昨日からずっと寝てないし」
「全速力で飛ばしてきましたから、お疲れでしょう。しっかりおやすみください。回復魔法では取れない疲れもあると思いますから」
たわいない話をしつつ、謁見の間を辞する四人。
ここでふと、アイリスが気づいた。
「そう言えば、フランちゃんはどうしたかしら」
「あっ」
三人揃って、声を漏らした。
そう。フランをメルトの街においてきてしまったのである。
「さーて、戻るか」
「そうだね。いやー、辛いなぁ」
「お姉さんだけミルクに戻っても良いかしら」
「何をおっしゃいますか、アレク様。私たちはもはや家族です。一蓮托生です」
「その家族を忘れてきたわけだが」
「そうだけど、謝る時はみんな一緒だよ。ね?」
「シャルちゃん、同意を求めるような言葉遣いで後ろへ回り込むのはやめてもらえるかしら」
「行きましょう。フラン様が待っています」
〜数日後・ヘルプ村〜
「ほんま! 何してくれてんの!」
村長の家で、フランの前に四人が正座していた。
「今まで何回かネタで一人にされたことはあったよ! その度ちょっと美味しいと思いつつやっとったわ! せやけどまさか! まさか本気で忘れられるとは思わんわけやん?! ほんまにびっくりしたで! いつまで経ってもみんな戻ってこうへんし! せやから恥を忍んで、一緒に暮らすんは後回しにする言うたパパのとこまで来て、村の修復も手伝って! どんな思いやったか分かるか?! あぁん?!」
「本当に、申し訳ございませんでした」
「フラン、何だかママに似てきたな」
パーティメンバー四人を土下座させる娘に、戦慄を隠せない父親であった。
〜夜・女子部屋〜
フランの説教は一日中続き、夜を迎えた。
「あー、ようやく眠れます」
「そうね。まさかフランちゃんが長々と説教をするタイプだったとは思わなかったわ」
「普段はせえへんよ。ことがことやもん。怒りもするわ」
五人はメルトまで移動し、宿を取っていた。
移動中にも、フランの説教は耐えなかったが。
「ほんと、ごめんね」
「もうええよ。それより疲れとんのやろ? 早めに寝たらええわ」
フランは不貞腐れたように、布団を被った。
そんな彼女の様子に苦笑しつつも、言葉に甘えて眠りにつく三人であった。
〜深夜・男子部屋〜
立て付けが悪いらしく、音を立てて開いたドア。
静かに寝息を立てるロキの元へ、忍び寄る何か。
月の光がその影を照らし出した。
シャルルである。
「んふふふっ。ロキぃ」
「おいシャル。何事だ」
彼女の気配に気づいたロキは、ベッドから起き上がった。
「さてはまた神獣か? 懲りない奴だ」
「んへへぇ。違うよぉ。ロキぃ」
「おいシャル? どうした?」
構えたロキの目に映ったシャルルは、下着姿だった。
ついでに、背中に黒い翼も生えている。
「ロキぃ。えっちしよぉ」
「は? おいこら」
酔っ払ったように、シャルルはロキを押し倒した。
「ちゅー」
「おいごら!」
「もぉ。なんで抵抗するの。私の事好きって言ったくせに」
「言ったが、あれは人としてという意味だ。女としてじゃない」
「嘘! あれは絶対そういう意味だったもん!」
「言った本人の言うことを聞けよ」
「やだよー。ロキは私のこと好きでしょ。私もロキのことが好き。ってことはつまり、えっちでしょ?」
「仮に俺がお前を好きでもその理屈はおかしい」
「いいからえっちさせろぉ。愛を確かめさせろぉ」
「黙れ痴女!」
ロキはシャルルを蹴りつけた。
その足に、シャルルが噛み付く。
「血ぃ吸っちゃうぞお」
「今更吸血鬼っぽさを出すな! この淫魔が!」
翌朝、全裸のシャルルが椅子に縛り付けられて発見されることとなった。
お読みいただきありがとうございます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




