真紅の夜
〜メルト〜
ロキ、リリ、シャルルと別れたフランアイリスチームは、魔法を使ってメルトの街まで移動していた。
その郊外で、魔物の殲滅を行っている。
「はぁ。はぁ。キリがないわ」
「前線まで移動するだけで、結構な魔力消費やろ? うちと他の冒険者に任せて休んどきや」
「いいえ。こうしている間にも、凄い速さで前線は進んでいるもの。少しでもダメージを与えておかないと、大都市が地獄と化すわ」
そこへ近づく鎧の音。
「魔女殿、休んでおくべきではないか」
「うげっ、ガラナ」
「不甲斐ないが、前線に追いつけるのはあなただけだ。ここらの魔物は俺たちが引き受けさせてもらおう」
「そう、ね。わかったわ。少しでも回復して、早く前線に向かいましょう」
「お姉さん、うちもついて行こか?」
「馬鹿を言え。その分だけ魔力消費が増えるじゃないか」
「せやかて、前線で魔力がすっからかんになったら死んでまうわ。お姉さんを守る人員が一人は必要や」
「リリちゃんがいれば、そんな心配もないのだけれど」
アイリスは空を見上げた。竜が舞う空を。
「まあいい。俺は魔物をなるべく殲滅する。前線は任せた」
ガラナは街のさらに遠くへ、魔物の対策に戻った。
アイリスとフランはメルトの街へ入り、しばしの休息を取ることとなる。
「それにしても、シャルちゃんはどこへ行ったんや。いつもやったら独断専行なんて絶対せえへんのに」
「そうね」
ぼうっと空を見上げていたアイリスは、フランの言葉に生返事をした。
というのも、空に何か、薄ぼんやりとしたあかりが見えるからである。
「あれ、リリちゃんかしら?」
「え? 向かってくるにも、竜を倒してからやろ? 見間違いちゃうん?」
「いいえ。見てちょうだい。フランちゃんの方が目が良いでしょう」
「どこどこ?」
フランはアイリスが指さす方向を見た。
「あ、あれ。リリちゃんだけとちゃう。ロキ君もおる」
「そうなのね。何か不味いことがあったのかしら」
「そうやと思う。ロキ君の服が所々で破けとるわ。やけど、竜と戦って逃げたにしては、傷が細かすぎる気がする」
「いずれにせよ、迎えに行ってあげた方が良さそうね。少し行ってくるわ。リリちゃんに魔力回復もしてもらいたいしね」
「うん。頼むで。うちはちょっと魔物殲滅に手ぇ貸してくるわ」
「ええ」
アイリスは魔法で飛び上がった。眼下には大量の魔物がひしめき合っている。
そしてすぐ、リリの元へ到着した。
「リリちゃん、何があったのかしら?」
「アレク様! ご無事で何よりです!」
「説明している時間はない。ガラナの所まで連れて行ってくれ。話は後でリリに聞け」
「アレク様、お願いします。私の速さでは足りません」
「ええ。わかったわ。必ず話を聞かせてちょうだい。ロキ君が追い詰められている訳をね」
阿吽の呼吸。理由さえ話さずとも、アイリスは指示通りに動いた。彼らの信頼関係がなせる技である。
アイリスは取り急ぎ、ガラナの元へ向かった。
「ガラナさん」
「魔女殿? どうしてここに。前線はどうしたのか」
「ガラナ。頼みがある。俺の重力を消してくれ」
「なに?」
「あれを倒すために必要なんだ。それをしてくれるだけで良い。調整はこっちでやる」
「何を馬鹿なことを。落ちて死ぬのがオチじゃないか」
「いいから早くしろ! あいつが来る前に!」
ロキは焦りを見せていた。
ロキが放つ緊迫感に押され、ガラナは魔法を使うことにした。
「消滅!」
「よし、行ってくる」
ロキは大地を全力で蹴った。
通常であれば、重力のせいで数十メートルまでしか上がらないロキのジャンプ。
ガラナの魔法によって重力を消すことで、それがなんと、百メートルの大台を軽々と超えることになる。
「届けっ」
上空に佇む竜に向かって、ロキは燃え盛る拳を振るった。
意外なことに、蒼帝は避けなかった。
正面からロキの拳を受け、鱗を何枚も砕かれた。
そして近くの木を薙ぎ倒しながら墜落した。
実に呆気ない幕切れである。
「殺ったな。これでシャルも元に」
「私が、何?」
消滅が解除された重力に従って落下するロキの前に、シャルルは現れた。
九割方赤く染まった月を背に、黒い翼を広げて。
三日月のような、醜悪な笑みと共に。
「無防備だね、ロキ」
「お前っ!」
「ふふふふっ。ありがとう。これでこっちの操作に集中できるよ」
蒼帝は、本体をシャルルの体に移していたのである。
蒼帝は自らも魔物。魔物を操る能力は、自らの魂にも有効なのであった。
「じゃ、バイバイ」
落下するロキへ、神速の刺突を繰り出す。
「ぐっ!」
ロキは残った片足の靴底と四肢の全てを使って、致命傷を避けた。
代わりに、四肢は風穴だらけで使い物にならない。
が、墜落するまでにはまだ数秒の猶予がある。
「ふふっ。もう両手両足、使えなくなったね。よく頑張ったけど、これはどう足掻いても躱せないよ」
シャルルはロキの胴へ貫通スキルを放った。
その瞬間。
「ロキ君!」
もはや死まで一秒の猶予もないロキを、アイリスが抱え込んだ。
「電磁加速! 最大出力!」
あと数ミリでロキの心臓を蒼帝のスキルが食い破るというとき。
アイリスはシャルルと同等の速度でロキを連れ帰った。
「ちぇ。逃しちゃった。まあいっか。人間達のところへ連れて行ってくれるみたいだし」
シャルルの姿をした蒼帝は、また気味悪く笑った。
〜メルト〜
「ロキ君っ! 大丈夫なんか?!」
「リリちゃん! ロキ君を早く! 失血死するわ!」
「はいっ。回復!」
ロキの傷はすぐに塞がった。
痛みでほとんど無くなっていたロキの意識も戻ってきた。
「ぐっ」
「良かった。間に合いました」
「蒼帝は倒したはずよね。どうしてシャルちゃんがまだ攻撃してくるのかしら」
「蒼帝はまだだ。シャルルに本体を移していた」
ロキは俯いて、拳を握りしめていた。
「魔物に魂を移すって、そんなんチートやんか!」
「全ての魔物を淘汰しなければ、蒼帝を止めることは出来ない、ということですか」
「そうだ。あの娘を殺さなくては、終わることがない」
「ガラナっ! そんなんっ!」
「出来ないよね?」
フランはハッとして振り返った。
そこには、夜空に佇むシャルルの姿。
「あははっ。愚かな人間たちが勢揃いだね。皆一気に始末しちゃおっか」
シャルルはロキたちの集まる前へ降り立った。
「シャルちゃん! 蒼帝なんか追い出して、いつものシャルちゃんに戻ってや!」
「そうよ。いつものロキ君ラブなシャルちゃんに戻ってちょうだい」
「殺すなんて、そんな悲しいことを言わないでください!」
リリたちの説得も、涼しい顔で受け流す。
「無駄だろう。殺すしかない」
ガラナはそう言って、姿を消した。
「そうだね。私を殺すしかないよ。まあ、出来ればだけど」
シャルルの形をした蒼帝はくつくつと笑った。
「吸血鬼ってね、血の匂いに敏感なんだよ。こんなふうに、ね」
「なっ?!」
蒼帝はガラナの目の前へ移動し、無慈悲に貫通スキルを繰り出した。
それから一秒と経たずして、腹から無様に血を流したガラナが現れた。
「あはははっ。姿を消したくらいで勝てると思ったの?」
「ぐ、がはっ」
血を吐き、蒼帝の前に頭をたれるガラナ。
蒼帝は剣を振り上げ、下劣な笑みを浮かべた。
ロキには、その光景を黙って見つめていることは出来なかった。
「シャルっ!」
ガラナの首をはねようとする蒼帝に、ロキが拳を振りかざした。
蒼帝は髪を翻しながらそれを躱す。
「俺の声が聞こえるか、シャル! 俺が教えてやった技術は人を殺すためのものじゃない! お前の夢を叶えてやるために、俺が約束を守るために教えてやったものだ! 魔物如きに操られて俺の献身を無駄にするなど許さん!」
ロキはがむしゃらに拳を振るった。
しかし意識をせずとも、基本を突き詰めたその型は崩れていない。
現に、何故か魔法を使わない蒼帝は回避することしか出来ていない。
「お前だけは、お前だけは! 何があっても俺を裏切らないと思っていた! 俺を害するなど考えつきもしないと! 俺の期待を裏切るのか! シャル! 答えろ!」
ロキは自分の生死もシャルルの生死も考えず、ただ感情に任せて拳を振るった。
「俺はお前のことを好いていたんだぞ! シャル!」
ロキの気あいの篭った一撃が、蒼帝の体を打ち据える。
そのはずだった。
「ぐっ、ああっ!」
ロキは腕を貫かれていた。
突き出した拳を突き抜かれていたのである。
「あはは。あははははっ! 何を言い出すのかと思ったら、こいつを諭すつもりだったの? 無駄無駄。私が全部の主導権を握ってるんだから」
ロキは串刺しになった腕を押さえて、キッとシャルルの姿を睨みつけた。
「じゃあ、ロキ。もう終わりにしよっか。氷剣」
ロキに突き刺さった剣をそのままに、氷で出来た鋭利な剣を作り出した。
「ロキの次はリリちゃんかな。蘇生されるのは厄介だし」
「やらせるわけあらへんやろ! 岩石槍!」
蒼帝の足元から岩の槍が突き出した。
が、その槍は蒼帝を貫くことが出来ない。
「出来ないよね? 親友だもんね。私を殺すなんて出来ない。愚かだねえ」
フランの良心につけ込んで、蒼帝は笑みを深める。
「邪魔しないんだ? そうだね。ロキは蘇生するもんね。こいつの命に比べれば軽い命だよ。それじゃ、遠慮なく」
「っ!」
「なに?」
アイリスは、ロキを庇うように、蒼帝との間に立った。
「シャルちゃん。殺せるものなら殺してみなさい。ロキ君は復活する。けれど、お姉さんは違うのでしょう? シャルちゃんはそれでもお姉さんを斬れるのかしら。お姉さんは、そんなことないって信じているわ」
「何? 馬鹿なの? 主導権は私が全部握ってるって言ったよね? そんなに死にたいなら、お姉さんから殺してあげるよ」
蒼帝は氷の剣を構えた。
「先にお別れだね、お姉さん」
「シャルちゃん!」
アイリスの瞳には、迫り来る氷の刃がハッキリと映っていた。
しかし、アイリスは目を逸らさない。
「バイバイ」
氷の刃がアイリスの首の皮を一枚切り取った。
蒼帝は、そのまま氷の剣を振り抜いた。
あわや、アイリスの首が飛ぶかと思われた。
実際、アイリスもそう錯覚した。
が、現実はそうならなかった。
「なんで?」
「熱っ!」
呆ける蒼帝。
氷の剣は、全て溶け切っていた。
アイリスは、背後から来る恐ろしいほどの熱量に振り返った。
「ぐおぉぉぉぉ!」
獣かと錯覚するような慟哭。
「退いていろ、アイリス」
「え、ええ」
アイリスは退いた。いや、後ずさったと言った方が正しいか。
「な、なに?」
蒼帝が狼狽える。嫌な予感に従い、ロキの腕を貫いていた剣を引き、距離を取って構え直した。
ロキは燃えていた。
全身に青い炎の鎧を纏い、その瞳ですら、強い意志の炎を灯している。
「もう、わかった。お前はシャルじゃない」
「な、何を今更。知っているでしょ? それを知っていて、ロキは私を殺せないの」
「ああ。そうだ。シャルはもう死んでいる。それに気が付かなかった俺の失態だ」
蒼帝が乗っ取っている限り、シャルルの魂は表層に現れない。かと言って、肉体を壊し、蒼帝を追い出したとて、シャルルが戻る器はない。
シャルルは既に、死んだも同然なのである。
「神の御使いも今は人間。どうせ私を殺すことなんて出来ない」
「いいや。殺してやる」
「あはは。言うのは簡単だよ。でも、ロキに私を殺せる? その腕で。リリちゃんに治してもらう時間なんて与えないよ?」
「必要ない。弟子の一人ごとき、片腕一本で十分だ」
ロキは殺意を剥き出しにして、拳を構えた。
「弟子と師、魔物と神。格の違いを見せつけてやる」
鎧の炎を一層激しくして、ロキは蒼帝に攻撃を開始した。
フランもアイリスもリリも、それを止めることが出来ないでいた。
三人にとって、ロキの纏う青い炎が、彼の涙にしか見えなかった。
「死ね! シャル!」
「なんっ、くっ! さっきより速いっ! その傷で、どうしてっ!」
「絶対に殺してやる!」
ロキは、唇を、血が滴るほどに噛み締めていた。
今にも泣き出しそうな表情で、拳を振るう。
「ぐうあぁっ!」
シャルルの声で、悲痛な叫びがこだまする。
ロキの拳が、片方の肩を捉えた。
その肩が灰になり、その先の腕がポトリと落ちる。
ロキはその叫びを聞いても、一瞬すら拳を止めない。
蒼帝は気づいた。ロキは本気なのだと。ロキは本気で蒼帝を、シャルルを殺そうとしているのだと。
「凍結!」
ロキの足を止めようと魔法を繰り出す。
が、ロキの熱量の前では無力であった。
ロキの足元まで覆う炎は、足元を凍らせることなど許さない。
「貫通!」
スキルを発動しても、シャルルの全てを知り尽くしたロキには当たらない。
「おらあっ!」
ロキのキックが、蒼帝の大腿を捉えた。
またそこが灰に変わり、足が無残に倒れる。
蒼帝は片足片腕で、ロキと対峙した。
その状態で、勝算があるはずもない。
「ぐああっ!」
蒼帝は濁った悲鳴を上げた。
もう一方の足も灰と化したのである。
「くっ! ああっ! この体を失うわけにはいかない!」
蒼帝は醜くも、片腕だけでも刺突を繰り出した。
ロキにそれが当たるはずもない。
「があああっ!」
ロキはその残った肩も砕き、灰に変えた。
四肢の消え去った蒼帝は、仰向けに倒れた。
「さよならだ。シャル」
ロキは燃え盛る拳を掲げ、シャルルの整った顔に向けて振り下ろした。
「ロキっ!」
ロキの炎がシャルルの鼻先を捉える寸前。
彼女はロキの名を呼んだ。
「ロキ、もういいんだよ。蒼帝は滅ぼされるのが怖くて逃げ出したみたい」
シャルルの言葉に、ロキは炎を消した。
「そう、か」
「うん。ごめんね。いっぱい迷惑かけたね」
「いいや」
ロキは拳を解き、シャルルのそばで、膝をついた。
「ロキ、見えないよ。少しだけ、顔を見せて。戻ってきたって、実感させて」
きっと、蒼帝に肉体を奪われている間、苦しんでいたことだろう。
そう考えたロキは、シャルルの顔の正面へ顔を近づけた。
「すまない。俺は、お前を、殺そうと」
「いいんだよ。だって」
シャルルは、ニィッと笑った。
「私は蒼帝だから」
ロキは虚をつかれた。
「氷槌」
その隙に、蒼帝はロキの背後へ氷の塊を生み出した。
力を抜いていたロキの体に、氷の塊がのしかかる。
ロキはたまらず、蒼帝の上に倒れ込んだ。
「馬鹿で助かったよ。おかげで私は助かる。吸血鬼は人の血を吸えば、たとえ灰になっていても回復できるんだ。だからロキ、ちょっと貰うね」
蒼帝はロキの首筋に噛み付いた。
「んくっ。んくっ」
口の端から、ロキの血を少し零しながら、嚥下した。
そうすると、落ちていた四肢と灰が集まって、シャルルの体を再び形成した。
「ありがとね。おかげで全回復だよ。って言っても、聞こえてないのかな? 体力を使い果たして倒れちゃったか」
ロキの体を退け、蒼帝は立ち上がった。
「さて、これでようやく、魔神様の復活を迎えられるよ」
狂気に満ちた笑みを貼り付けて。
「手始めに、ここにいる人間は皆殺っ?!」
唐突に、蒼帝は心臓部を押さえた。
「ぐっ! はあっ! 何をっ!」
蒼帝はもがき苦しみ出した。
お読みいただきありがとうございます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




