満月の夜
〜クルス村・晩〜
満月の夜。空には翼を広げて飛ぶ竜。地上には溢れかえる程の魔物。
「ついに来たか」
「みたいやな」
「あれが竜、ですか」
月光に照らされた竜の鱗は、青く煌めいている。
厳しい顔つき、鱗に覆われた四肢、自身の全長の三分の一を占める尻尾。どれをとっても、堅牢極まりない。
が、ロキたちは迷いなく討伐の計画を立てる。
「あの飛んどる竜もそうやけど、この村の周りを北に進んどる魔物もどうにかせなあかんで」
「リリちゃんの翼があれば、たとえ相手が飛んでいようと関係ないわ」
「そうだな。リリ、俺を運んでくれ。タイマンなら俺が一番強い。それか、たたき落としてリンチにしても良い」
「わかりました。頑張ります」
「まあ、異論は無いやんな。リリちゃんとロキは竜班ってことで。ほな、うちらは魔物の殲滅やね」
「リリちゃん、気をつけて。いざとなれば、ロキ君を盾にしても構わないわ」
「はぁ。相変わらずだな。回復出来るのならそれでも構わんが」
「良いのですか」
ロキはゴキゴキと手を鳴らした。
「ほな、早いとこ作戦開始と行こか」
「はいっ」
リリの背に光の粒子が収束。翼の形を成した。
「ロキ様、行きますよ」
「ああ」
「リリちゃんが空を飛ぶということは、パンツが見放題ね」
「っ! ロキ様、押さえていていただけますか」
「こんなときまでいらんこと言わんでええねんで、お姉さん」
互いに抱き合うような形で、リリとロキは飛び上がった。
真っ黒な空を背景に、淡い光がだんだんと高度を上げていく。
「ロキ君、リリちゃんをお願いね」
「ほな、うちらも始めよか。殲滅なんて初めてやわ。範囲攻撃はあんまり得意とちゃうんやけど」
「お姉さんに任せてちょうだい。手加減の感覚は覚えたわ。お姉さん一人に任せてくれても良いのよ?」
「お姉さん、さすがに魔力が持たへんて。うちもシャルちゃんも手伝うわ。なぁシャルちゃん。シャルちゃん?」
「あら? 先に行ってしまったのかしら?」
「うちらも追いかけなあかんな。お姉さん、連れてって」
「余計な魔力消費は避けたいわ。走って行きましょう。足音から察するにすぐそこよ」
アイリスとフランは、村の外へ駆け出した。
〜上空〜
「ふむ。前線はメルト辺りの森か」
「予想以上の速さで進んでいますね」
「メルトには冒険者もいる。ガラナもいたんだったか。フランとアイリスも加われば、殺れないことはない」
「そうですね。数ばかりは多いですが、私がアレク様の魔力を回復すれば良いことです。そのために、ロキ様にはあの竜を早々に」
倒してもらわなければなりません。
そう言いかけたとき、リリを抱え込むようにして、ロキが叫んだ。
「リリッ!」
「ひゃっ?!」
ロキの小盾が火花を散らした。
「ちっ」
強い衝撃。リリはたまらず、フラフラと空中でよろめくことになった。
「リリ、一度降ろしてくれ。あれはまずい」
「ロキ様、一体何が」
「聞く前にだ。急げ」
「は、はい」
〜地上〜
ロキの指示に従い、急いで地上へ降り立つ。
そして、リリが振り返ると、そこには。
「どうしてっ?!」
満月を背負った黒い翼。対照的な白銀の髪。
「どういうつもりだ」
ロキだけを映す、真紅の瞳。
「シャル」
空中で翼をはためかせ、ロキを見下ろすシャルルの姿が、そこにはあった。
「リリ、下がっていろ。お前ではあいつの速さにかなわん」
「ですが、本当に今の一撃はシャルル様が?」
「ああ。金属がこんな抉れ方をするなんて、貫通スキルしか思いつかん」
ロキの小盾は、見事に真っ二つであった。
シャルルのスキルもさる物ながら、ロキの受け流す技術も並大抵のものではない。
「まったく。利き手じゃないから良いものを。お灸を据えてやらねばならんな」
「待ってください。シャルル様に攻撃を加えるなんて」
「気にするな。毎朝やっていることだ。それに」
「それに?」
「今のあいつは、シャルじゃない」
その言葉がシャルルに届いたのか、空に浮かんでいたシャルルはニヤリと笑いながら、地上に降りてきた。
「さすがはロキ。いや、神の御使いだったかな?」
「何の話だ? 最後の神獣」
「ありゃ、バレちゃったの? 面白くないなぁ」
最後の神獣、蒼帝の魔法は魔物操作。その名の通り、魔物を操る魔法である。
「まさか神の御使いが、側近に魔物を置いていたなんてね。笑いものだよ」
「その黒い翼。やはり魔物のものか」
「一応言っておいてあげるけど、これは私が外から付けたんじゃないよ? こいつの生まれ持ったもの。こいつはヴァンパイアだったんだ」
「シャルル様が、魔物っ?」
同様を隠せないリリ。ロキは訝しげな目を向けていた。
「信じられない? もしかして、気づかずに連れていたの? ぷっ、くく。これは本当に面白いね。それとも、余程こいつの擬態が上手かったのかな? ごめんね、操作権を奪って暴露までしちゃって」
「シャルが人間だろうが魔物だろうが、どうでも良い。敵対するならぶっ飛ばす」
「強がっちゃって。動揺が出てるよ?」
ロキは知らぬ間に、拳を強く握りしめていた。
シャルルの体を乗っ取った蒼帝は、笑みを濃くして続ける。
「それにしても不甲斐ないなぁ。他の神獣たちは、みんなロキにやられちゃったなんて」
「安心しろ。お前もすぐに不甲斐ない集団の仲間入りだ」
「それはどうかな?」
「言ってろ。雑魚ほど口が回るものだ」
「くふふっ。じゃあ、体で分からせてあげるよ」
シャルルは飛び出した。
「っ!」
「えいっ」
可愛らしい掛け声からは想像もつかない、神速の踏み込み。
ロキでさえまともに捉えられないような動きで、ロキの懐に潜り込んだ。
そこから放たれる剣閃も、また速い。
至る所に掠らせながら、ロキは紙一重で避けていく。
「あははっ。その驚いた顔っ。最高だね」
「はぁ。悪趣味なやつだ」
「余裕ぶっていられるのも今のうちだよ。すぐに殺してあげるっ!」
またシャルルの攻勢が始まった。
ロキは防戦一方で、ろくに反撃も出来ていない。ロキをして、躱すことで手一杯なのである。
「ちっ」
「ふふふふっ」
舌打ちをするロキと、狂気を感じる笑みで彼に迫るシャルル。
リリは、その目にも止まらぬ戦闘を、見守ることも出来なかった。
「凍結」
「くっ!」
シャルルは片手でロキを攻撃しつつ、地にもう片方の手を翳し、魔法を発動した。
ロキは凍りつく足元に向かって、拳を振るう。炎を纏った拳によって、足が止まることを防いだのである。
が、それは同時に、大きな隙を晒すことになる。
シャルルの細剣が迫る。その剣閃はあまりの速さに、幾重にも重なって見えていた。
「終わりだね、ロキ」
しゃがんだ姿勢のロキ。ロキよりも速いシャルルの前では、中途半端なバックステップも悪手である。
「はっ」
そこでロキは、どうしたことか、篭手をした方の拳を突き出した。
金属音が響く。
あわや、シャルルのスキルがロキを貫くかと思われたが。
「いくら中身が変わっていようと、突っ込みすぎる癖は直っていないな」
ロキはまたもや、シャルルのスキルを受け流した。
そして、隙が出来たシャルルの脇腹を、一発強く殴った。
それだけで、シャルルの軽い体は容易く真横へと吹き飛ぶ。
「ぐっ、うっ」
「シャルの体のことは知り尽くしている。染み付いた癖というのは、操作主が変わったところで抜けないものだ。さて、しばらくは動けないだろう。リリ、その間にあれをたたき落とすぞ」
「は、はいっ」
「くっ、ふふっ」
木に叩きつけられ、這いつくばった蒼帝は、なおも笑みを浮かべる。
「何がおかしい」
「もうすぐだよ。もうすぐで、私は覚醒するんだ」
「あ? 負け惜しみも大概に」
「ロキ様っ! あれを!」
リリは天を指さした。
そこには満月が浮かんでいる。
徐々に赤く侵食されて。
「なんだあれ」
「くふふふっ。ああ、力が戻ってくる。やはり月の力は偉大だ」
倒れていたはずの蒼帝は、赤い月の光を受けて、すっくと立ち上がった。
「自動回復ってか。厄介だな」
「くふふふっ。ロキは私を殺せないでしょ? 殺さない限り、私は倒れないよ」
蒼帝は笑みを深めた。
「勘違いをしているようだ。俺はお前を殺すことが出来る」
「勘違いをしているのはどっちかな? リリちゃんの蘇生は、神の御使い専用なんだよ?」
「なに?」
「魔物に蘇生なんて効かないよ。ハッタリだと思ってくれても良いけど、そしたらこいつはどうなるかなあ?」
「ちっ」
ロキは奥歯を噛み締めた。
「ほらほら、行くよ!」
「ぐっ」
また神速の攻撃が始まった。
浅い切り傷をいくつも作りながら、ロキは全ての攻撃を避ける。
貫通スキルが常に発動している状態では、一撃まともに食らうだけで致命傷になりかねない。
「あははっ! 必死だねぇ!」
「くっ。こんのっ!」
ロキは拳を振るうモーションを入れた。フェイントである。
実際の攻撃を加える余裕などない。
が。
「っ!」
「あ?」
シャルル、もとい蒼帝は大袈裟に避けた。大袈裟と言っても、攻撃が当たらないように、というだけであるが。
普段のシャルルであれば、髪が燃えるのではないかというほどギリギリのタイミングで避け、反撃してくる。
それを予想してのフェイントであったのだが。
「ははっ。お前も獣だな!」
「ひっ」
「形成逆転だ」
ロキは攻勢に回った。蒼帝が苦手とする炎を振りかざし、フェイントの中に本物を混ぜて連打する。
「いいのかな? こいつが焼け死ぬことになるけど」
「火傷くらいならリリが治す」
「火傷で済むのかな? 吸血鬼の弱点は炎だよ? 触れた場所から灰になるけど」
「っ!」
「あはっ。凍結」
「ちっ」
地面が凍りつく。ロキが取るべき行動は、それを自らの拳についた炎で溶かすこと。
動揺を与えられたロキであったが、その反応は完璧だった。
しかし。
篭手を両手共に両断されたロキにはもう、蒼帝の攻撃を受け流す手段がない。大きく立ち回って、劣勢覚悟で躱すしかないのである。
「逃がさないよぉ。氷矢」
ロキの目の前に鋭い氷の礫が出現した。
ロキは炎を纏った拳でそれらを打ち払うが、その間にも蒼帝は刺突を繰り出す。
「ぐっ!」
「くふふふっ。美味しそうな血だね」
「ロキ様っ!」
ロキは初めて多量の血を流した。
ロキの左腕には、一筋、深い傷が出来ていた。
「今回復をっ!」
「させるわけないじゃん。氷壁」
走り出そうとしたリリの目の前に、氷の壁が出来た。
「くっ」
「させないって。凍結」
「ぐうっ!」
翼を広げ飛び立とうとするリリの、足元が凍りついた。
「黙って見てて。リリちゃんに出来るのはそれだけだよ」
蒼帝はロキに向き直った。
「無様だね、ロキ」
「ふん。図に乗るな」
「ああ、怖い怖い。私があと一回刺せば死ぬくせに」
「俺が死んでも、リリが復活させる」
「近づかせてあげないよ。ロキが死んでから三分以内じゃないと蘇生は発動しないしね」
蒼帝はくつくつと笑う。
「アレク様っ! 助けてくださいっ!」
「無駄だよ。向こうは魔物の大軍に囲まれてるんだもん。あれを止めるのは難しいんじゃないかな? 前線を止めないと、明日中にあの魔物は王都まで突っ込むよ」
「そんなっ、どれだけの距離があると思っているのですか!」
「足の速い魔物に、無理やり他の魔物を乗せて、全速力で走らせているんだよ。あの速さに追いつけるのは、お姉さんと私とロキしかいないだろうね。可能性はまだあるよ? お姉さんにそんな魔力があれば、だけど」
「その前に、俺がお前を叩きのめせば良いだけだ」
「あははっ。その傷で? 面白い冗談だね」
シャルルは手を天に差し伸べた。
蒼帝の本体である竜が、翼を広げて空を舞う。
徐々に侵食されていく月は、もう八割方赤く染まっていた。
「大いなる瞳が紅く染まるとき、彼の君は再臨する」
「その文言は」
「もうすぐで魔神様が復活なされるんだよ。素晴らしいと思わない?」
「思わんな。お前をぶっ飛ばして、魔神とやらもぶっ飛ばす」
「愚かだね。これが神の御使いなんて、信じられないよ」
「言ってろっ」
ロキは激痛を訴える体に鞭打って、蒼帝に殴りかかった。
「いいのかな? こいつを殺すことになるけど」
ロキは黙って攻撃を繰り出す。
蒼帝はそれを何でもないことのように全て躱す。
「だんまりかぁ。こいつも報われないなぁ。可哀想に。想い人に殺されるなんて」
「あなた! 言って良いことと悪いことがありますよ!」
「そうだね。殺されるのはロキの方だもん。凍結」
凍りつく足元に、ロキは飛び上がった。
「あはははっ。ロキってほんと馬鹿だよね。私の翼が見えないの?」
シャルルは、空中でも変わらぬ速度で飛翔し、ロキに刺突を繰り出す。
ロキにはそれを避ける術はない。自らを窮地に追い込む愚策であった。
そう思ったリリであったが、現実はそうならなかった。
刺突を繰り出そうとする蒼帝に対し、足を向けたロキ。彼の靴底は、何故か金属で出来ていた。
「まったく。移動で壊れないようにするための金属が、こんな所で役立つとはな」
「それは私も知らなかったよ。で、だから何? 地面に落ちるまではたっぷり時間があるよ」
落下するまでの間、何十何百と繰り出される刺突を受け流すには、全くもって足りていない。
が、それは落下するまでそのままであればの話である。
「だから、言っているだろう。突っ込みすぎる癖は直っていないな、と」
ロキは初撃を受け流してすぐ、その足を犠牲にして、次の攻撃をも受け流した。
その間に、もう片方の足で、シャルルの体を乗っ取った蒼帝の腹を、思い切り蹴りつけた。
今度は手加減などしない。ありったけの力を込めて、細い腹を蹴り抜く。
「かはっ!」
まるで流星のようなスピードで、シャルルの体は吹き飛んだ。
また、反作用により、ロキもそれに近しい速さで飛ぶ。
「リリっ!」
「は、はいっ!」
当然、リリが追いつけるはずはないのだが、治療のため追いかけなければならない。
リリはどうにか足元の氷を振り払い、飛び立った。
蒼帝の操るシャルルの体が飛んで行った方へ、時々振り返りながら。
お読みいただきありがとうございます。
アドバイスなどいただけると幸いです。




