蹂躙
〜約一週間後〜
ロキたちは、メルトに着いてから今日まで、来る日も来る日も依頼をこなした。
「今日で一週間くらい経つけど、魔物が増えとるってわけでもないやんな」
「依頼が絶えない程度にはいるみたいだがな」
「でも、特別多いってわけじゃないよね」
「そうね。お姉さんの街の周りと変わらないくらいかしら」
「依頼をこなしているこの辺りは近郊ですから、適度に間引かれているのかもしれません。あるいは、もっと南に溜まっているのかも」
「それって、ロキ君らの故郷は大丈夫なん?」
「魔物避けが自生しているからな。大丈夫だとは思うが」
「そう言われたら、ちょっと心配になってきたね」
「お金は十分稼いだのだし、そろそろ向かっても良い頃ではないかしら?」
「手土産も購入できる程度の額は手持ちにあります。不安に思ったのでしたら、すぐにでも向かいましょう」
「いざ出発やで」
「なんだよお前ら。グイグイ来るな」
「行くことは既に決定されていたんだね。私の意思は無視で」
善は急げと言わんばかりにロキとシャルルを急き立てるフランたち。
実はこの一週間ほど、ロキとシャルルの溢れ出る思い出話を延々と聞かされたのである。それはもう、常人であれば、いい加減うざったいと思う程に。
しかし、ここにいる者でまともな感性を持った者などいない。
その上、二人、特にシャルルがあまりにも楽しそうに話すもので、フランたちも行きたくなってしまったのであった。
映画を観て、舞台探訪をしたくなるようなものである。
「そんなに良いところでもないよ?」
「そらわかっとるけど。こんなけ話聞いとったら行きたくもなるて」
「そうよ。それに、いつまでも魔物を放っておくわけにもいかないわ。調査をしないと」
「国王からの勅令をおまけみたいに言ってやるなよ」
「私たちには南へ向かう大義名分があるのです。さあ、行きましょう。ロキ様たちの故郷へ」
「リリちゃんもノリノリだし。はぁ。仕方ないかぁ」
むしろ、これだけ熱意のある、言い方を変えれば影響されやすい三人を前に、シャルルはよく制止し続けたものである。
「たしかに、魔物の動向を調べなきゃならんのも事実だ。諦めろ」
「そうだね。これは任務。国王からの任務であって、里帰りではない。だからお母さんもお父さんも紹介しなくて良い。うん、完璧」
「別にシャルちゃんがしてくれんでええで。うちら勝手にシャルちゃんち行くし」
「ロキ君に案内をお願いするわ」
「要所要所で小噺もお願いします」
「はぁ。まあ、構わんが。本分を忘れるなよ?」
ロキにも裏切られたシャルルは疎外感。
「えっ」
「よう考えたら、親を見られる恥ずかしさはわかっとるしな」
「恥ずかしいなら来なくても良いわ」
「そうですね。無理をする必要はありません」
「とのことだが?」
畳み掛けるように、シャルルを突き放す。
皆、この後シャルルがどういう反応をするのか分かっているのだ。
「寂しいこと言わないでよ。私も連れてって」
「よっしゃ。言質取ったで」
「うふふ。シャルちゃんは素直で可愛らしいわ」
「また思い出話、聞かせてください」
「リリはそればっかりだな」
「でもでもやっぱり恥ずかしいなぁ」
「言っとらんと。ほら行くで」
〜メルト南方〜
森に入る前に、ロキは振り返って仲間たちに注意を促した。
「言っておくが、ここから先は面倒な魔物ばかりだ」
「もしかしたら数も増えてるかもしれないし、気をつけてね」
「ロキ君に言われたらそら気いつけなあかんわ」
「この辺りはそのことで有名だものね。気を引き締めないと」
「は、はいっ。頑張りますっ」
「緊張しすぎだ。フラン、リリのそばについていてやれ」
「魔物避けを持たせてるから大丈夫だとは思うけど、フランちゃんがいてくれたら安心だよ」
「あいあーい。ちゃんと見張っとくわ」
「ここはお姉さんも出ていいかしら? 魔物の素材がどうとは言っていられないと思うけれど」
「そ、それほどなのですか」
「ああ。むしろ、殲滅する気で行く。国王の命令というのもそうだが、こいつの夢がかかっているからな」
「うんっ」
「ほんまや。シャルちゃんの夢って、故郷への道を開通することやったな」
「それなら、邪魔な木まで焼いても良いかしら?」
「切り倒すだけならまだしも、火事は困りますよ」
「故郷に火を放つのはやめてくれ」
「道を作るって息巻いてるんだから、いずれはやらなきゃいけないのかもしれないけどね」
苦笑するシャルル。
そこでフランが森の中に人影を見つけた。
「ん? あの鎧ってまさか、ガラナ?」
「あら、そうみたいね」
「あの方もこの辺りを調査しているのでしょうか」
「だろうな。まあ、あいつから縁を切ってきたんだ。わざわざ話しかけてやることもない」
「そうだね。それより進もう」
「最後の神獣がどこにおるかわからんし、気いつけて行こか」
「そうね。と言っても、わざわざ魔物を集めるような神獣なのだから、前線に出てくるとは思えないけれど」
「将軍気取りでしょうか。いずれにせよ、魔物の数は多いはずです。慎重に進みましょう」
リリの言葉に、強く頷いた。
〜道中〜
「ふっ!」
「はぁっ!」
森に入ってから早数時間。ロキとシャルルは休むことなく動いていた。
「出てくる魔物は全部二人が何とかしてくれとるけど、全然進まへんで」
「休む間もないですし、辛そうです」
「辛いというほどではない。ダークウルフなんかに比べれば、雑魚共ばかりだ」
「その分、数は多いけどね。強いのはもっと奥に固められてるのかな」
「魔物の種類も整っているし、本格的な陣形が組まれているようね。なんにせよ、この分だと、日が暮れそうだわ」
アイリスはそう言いながら、ロキとシャルルの前に出た。
「アイリス?」
「お姉さん、何をする気?」
「うふふ。火事は避けたいけれど、燃え移る前に全て灰にしてしまえば大丈夫だと思わないかしら?」
「そら、一瞬で灰にするような出力があればやけど」
「もしかして、アレク様っ」
「耳を塞いで、目を閉じていてちょうだい。じゃないと、神経まで焼け焦げるわ」
「マジか。デタラメだな」
ビックリ人間その一が何かを言っている。
日本人高校生の平均体躯のような体つきながら、ここまでの数時間で倒した魔物を、全て背負っている人間には言われたくない。
アイリスは杖を掲げた。魔力が高まっているのを、肌でも感じることができる。
「いいわね? 電子光線。最大出力」
その一言で、質量さえ伴っているような、膨大なエネルギーの塊が、アイリスの杖から放出された。
太陽にも似た光線は、爆音と共に地面を抉り取った。
まさしく、天変地異。アイリスの目の前、およそ百メートル四方が、火の海、否、灰の海となった。
「うわ、すごい。地形変わっちゃったよ」
「さすがやね、お姉さん」
「まさかここまでとは。お見逸れしました」
「その分、魔力消費が激しいのだけれどね。さあ、進みましょう」
「そうしたいのは山々だが、そうはいかないらしい。はぁ。面倒だ。里帰りを敵襲と勘違いしているのか知らんが、こんなに寄ってこられてもな」
ロキたちが滅された土地の真ん中を歩いていると、その四方から魔物の気配があった。
一触即発。すぐにでもロキたちの元へ襲いかかりそうである。
「良いじゃない。殲滅しに行く手間が省けるわ」
「この数はそんなことを言ってもいられませんよ。それに、ダークウルフやメタルキャット、ウツボカズラまでいます」
「どいつもこいつも厄介な魔物ばっかしやな」
「なんでも良い。消し炭にしてやる」
「ロキも大概、影響受けやすいよね」
ロキは先陣を切った。
それに合わせるようにして、魔物たちも、四方八方から押し寄せる。
「わあわあ! めっちゃおるやんか!」
「お姉さんは東をやるわ。シャルちゃんは西ね。フランちゃんは北よ」
「はーい。ささっと終わらせちゃおう」
「皆様、余裕がありすぎです。すごいです」
「後ろにリリちゃんがおるんやもん。通すわけにいかんし、なんかあってもリリちゃんが回復してくれるしな。岩石砲」
フランの手から射出された岩石が、魔物の一匹を吹き飛ばした。
魔物の猛攻が彼女に迫る。が、その悉くを短剣で受け流し、リリや他の皆に当たらぬよう躱し、隙が出来た瞬間に魔法で反撃。
地味だが堅実である。
実際、フランの防御を突破している魔物はいない。リリはおろか、フランにもかすり傷一つ負わせることが出来ていない。
「うちの戦闘スタイルのせいもあるけど、先は長いなぁ。シャルちゃん、援護してくれへんかな」
フランはちらりとシャルルを見た。
「よっ。氷矢」
シャルルは、フランと正反対のスタイルである。
魔法を牽制として使い、動きが止まったところを、視認出来ぬ速さで突き殺す。
ダークウルフすら歯牙にもかけない速さで敵を翻弄し、戦場をみるみるうちに赤く染め上げていく。
ここに、怯え震えていた彼女はいない。
あるのはただ獲物を狩るハンターのみ。
「貫通!」
メタルキャットの硬い外殻も、スキルの効果で難なく突き破る。
もはや彼女自身が一つの剣閃のようにさえ見える。
厄介と呼ばれる魔物でさえ、相手にもならない。
彼女の十数年の研鑽は、見事に花開いていた。
「終わんないなぁ。お姉さんはどうだろ?」
シャルルは背後に目を向けた。
先程から乾いた破裂音が連発している。
「キリがないわ。電撃球体、出力最低限、多重展開」
アイリスが杖を振りかざせば、魔物の直上に小さな、されど絶命させることさえ容易い、雷の球が出来上がる。
それはすぐさま魔物を捉え、感電死させていく。
「あら、手加減も、やればできるものね。消耗しているからこそかしら」
そうしてアイリスは、魔物が近づくよりも早く多くの魔物を処理していった。
しかし、これは綱渡りでもある。
アイリスは、補助系のスキルがない。つまり、ロキやシャルルの動きを捉えることが出来ないのである。
それはダークウルフが全速力でやってくるのも同じ。
だからこそ、アイリスは魔物が来る前に潰しているのである。
「あら。まずいわ」
言っているそばから、一匹のダークウルフが魔法の網を突破してきた。
残像を捉えることは出来ても、ハッキリと姿は捉えられない。
「消費させないで欲しいのだけれど。面電磁波」
アイリスは前方百八十度へと魔法を放った。
避けることの叶わない面攻撃がダークウルフを無慈悲にとらえた。
ダークウルフはその動きを止め、地面に這いつくばる。
「うふふ。面倒をかけてくれたわね。さようなら。雷光放電」
サディスティックな笑みで、アイリスは瀕死のダークウルフへ魔法を放った。
「ロキ君は大丈夫かしら。戦いっぱなしだけれど」
先に言っておこう。その心配は杞憂である。
ロキは猟奇的な笑みで、魔物を蹂躙していた。
手に炎を纏い、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。
トゲのある魔物もなんのその。手の甲にはめた小手で防ぎ、殴り殺す。
「雑魚どもが!」
ロキが腕を振るえば、魔物は肉塊と化し、死体が他の魔物を轢き殺すこともある。
ロキはまさに鬼神であった。感情はないとされる魔物ですら、怯えて逃げようとするほど、強い。
速さで翻弄し、腕力で圧倒し、持久力で凌駕する。
魔物の天敵とさえ言えるだろう。
「らあっ!」
一匹、また一匹と死んでいく。まさしく、死屍累々。ロキの近くでは、死体の山が生産されていた。
「ん? なんだ?」
ロキが手を止めた。ロキだけではない。他の皆も同様に、魔物を屠る手を休めた。
「なんや? 魔物が逃げてく?」
「そんなことってあるんだね」
「無いことではないわ。一定以上の知能を持った魔物は、たまにそういった行動を起こすのよ」
「ですが、全ての魔物が一様に撤退というのは、異様な光景ですね」
「指揮官がいるということで間違いないな。そいつが神獣か」
「追いかけるん? しんどくない?」
「そうだね。さすがにちょっと、疲れたかも」
「今本陣を叩いても、奇襲にはならないわ。どう考えても警戒されているもの」
「それに、こちらも疲弊しています。戦うにしても、体調を整えて、万全の体制で臨みましょう」
「だが、あの魔物共を見失うぞ。本陣の場所さえ特定できなくなる」
「うふふ。安心して? こんなときのために、魔物に発信機をつけておいたのよ」
「ほんまに?! さすがお姉さんやわ!」
「これでちょっとはゆっくり出来るのかな」
「皆様、お疲れ様です。歩きながらですが、回復魔法を使いますよ」
「ありがとう、リリちゃん」
ひと段落ついた。
と、思われたその矢先、ロキが声を上げる。
「この死体の山、どうするんだ?」
「そりゃあ、まあ」
「ロキ君がなんとか持ってって?」
「村への手土産にしてはどうかしら」
「生のまま放置しては悪臭が発生しますし、ここで焼却するか、持ち帰って素材にするかですね」
「お前ら、少しでも俺を手伝おうという気はないのか」
結局、ロキは死体の山を一人で運ぶことになったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
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