思わぬ再会
〜深夜〜
風呂にも入り、皆がテントで寝静まった頃。
フランだけがテントの外へ出て、焚き火の燃え滓を弄っていた。
そこへ、テントの中から人影が這い出てきた。
「リリちゃん? リリちゃんも寝られへんの?」
「はい。昼に寝すぎてしまいました。こんな生活ではいけませんね」
「昼夜逆転してまうな。今日頑張って寝て、明日は起きてられるようにせなあかんわ」
明るい月と星々の光の下で、フランは優しく笑う。
しかしリリは、それを神妙な面持ちで見つめていた。
「その前に、少しお話しませんか?」
「ん? ええで。なんかあったん?」
「ええ、まあ。悪戯を仕掛けたときのフラン様の表情が」
「あれは演技やって。お姉さんも言うとったやんか」
「それが、私にはそう見えなかったのです。フラン様が本当に辛そうに見えました」
リリの真剣な目に、フランが目をそらす。
「あのときも言うとったけど、言葉は嘘とちゃうねん。表情はちょっと盛ってあるけど。でもな、うちはシャルちゃんらを信じとるから。あれは確かに演技やで」
「そうなのですか」
「それはそれとしても、早くパパとママには会いたいわ」
「どこにいらっしゃるのでしょうか」
「わからへんけど、こんだけ探してるんやから、そろそろ出てきてくれてもええやんな」
「そうですね。どこかですれ違ったのでしょうか?」
「元気やったらええけど」
「きっと元気ですよ。フラン様のご両親ですから」
「そうやね。なんてったってうちは元気が有り余っとるもん」
「ふふふ。そろそろ眠りましょうか。また明日も居眠りしてしまいます」
「あーい。おやすみー」
「おやすみなさいませ」
〜翌日・昼間〜
ロキたちは、昨日にも増して速い移動を続けていた。
「戻ってきたなぁ。この辺り、見覚えがあるよ」
「そうか? 通ったと言っても一度きりだろう。よく覚えているものだな」
「まあね。記憶力だけはロキより良いから」
「そんなことはないわ、シャルちゃん。シャルちゃんの料理の腕は最高だもの。味も匂いも見た目も」
「ロキ君の料理って、味はともかく匂いと見た目は最悪やからな」
「そうなのですか」
「味は保証してやる。何なら今日作ってやろうか?」
ちょうど、村が遠くに見え始めた。
「やめてや、頼むから。せっかく村に行くんやったら、そこで何か食べようや」
「ちっ。逃げたか」
「逃げるような臭さなのね」
アイリスが苦笑していると、シャルルが声を上げた。
「あれ? ロキ、あの村って」
「どうかしたか? 村なんて沢山あるだろう。余程のことがないと覚えていないぞ」
「あるよ、余程のこと。そのテント貰ったのってここじゃん」
「ん? ああ、そういえばそんなこともあったな。たしか、フレアラビットとやらを殴り飛ばした村だったか?」
「ヘルプ村だよ。覚えてくれてるかな?」
「無理だろう。少なくとも俺は無理だ」
「ロキ君はともかく、フレアラビットが村を襲っとったところを助けたんやろ? 誰かは覚えとるって」
「あわよくば、歓待されると嬉しいわ」
「追い出されることは避けたいですね。食料も残りは心もとないですし」
〜ヘルプ村〜
ロキとシャルルが村の敷居を跨いだ途端、村内はざわつき始めた。
「これは覚えて貰えてるパターンかな?」
「このざわめき様やし、きっとそうやと思うで」
「その割には、どこか避けられているようですが」
「畏敬の念、というわけでもなさそうね」
「なんだって良い。だんだん思い出してきたぞ。ここの村長は気が弱かったな。注文すれば、何でも寄越すと言っていたはずだ」
「部分的すぎるよ。フレアラビットのお礼としてだから、有効期限切れも甚だしいって」
「うわぁ、今のロキ君、悪そうな顔やったで。めっちゃ好みやわ」
「感動詞と二文目が合っていないですよ」
「それで、どこに向かうのかしら?」
「村長の家だ。あの一番大きい家だったか。直接助けてやったのはあいつだ。さすがに覚えているだろう」
「村長さんに会って何する気?」
「まさか、食べ物分捕ったりせえへんやんな?」
「フラン様、さすがにそれはロキ様に失礼です」
「そうよ、いくらロキ君でも、そこまではしないわ」
「お前らの俺に対する評価はよくわかった。せっかく値切ってやろうと思ったが、やめにするか?」
「まあまあ。日頃の行いだよ」
「お前もか」
〜ヘルプ村・村長宅〜
「いるか?」
「は、はいっ?! どちら様でしょう?!」
やけに上ずった声が、中から聞こえてくる。ドタバタと慌ただしい音がしてから、家の扉が開いた。
「げっ!」
「出会い頭に、ご挨拶な奴だな」
「しし失礼しましたっ。どのようなご要件でしょうかっ、恩人様っ」
「すごく怖がられていますね」
「ロキ君、いったい何をしたのかしら」
「何もしてねえよ」
「恐喝みたいなものだったよね」
「バッチリしとるやんか」
「そ、それでご要件は?」
「ああ。ん? 今何か動かなかったか?」
ロキは視界の隅で、何かが動いているのを捉えた。村長の肩越しに屋内を見るが、何も変わったものはない。
「かかか勘違いで御座いましょう」
「ふむ。そういうことにしておくか。要件だが、食べ物を売ってくれないか。出来れば安い価格でな」
「食べ物ですね。わかりました。すぐにご用意致します」
「案外スムーズな取引になりましたね」
「貧しそうなものだから、てっきり値切りは上手くいかないかと思っていたのだけれど」
「ありがとう、村長さん」
「いえいえ。貧しいことに変わりはありませんが、なぜか最近少しだけ魔物が少ないのです。被害が減って嬉しい限りですよ。ほんの少しですが、物を売る余裕もあります」
ビクビクしていた姿とは打って変わって、朗らかに話す村長。
「良かったね、村長さん」
「しかし、ここでもまだ魔物は南進しているのか」
「そうみたいやね。このままやと、シャルちゃんとロキ君の故郷まで行けるんちゃう?」
「ん?」
ロキは、また視界の隅で動いた何かを捉えた。
「フラン、もう一度喋ってみろ」
「へ? 別にええけど。なんて言ったらええの?」
「そうだな。好きな食べ物の話でもしたらどうだ。村長が持ってきてくれるかもしれんぞ」
「そんなっ。無茶振りはおやめ下さい! 後生ですから!」
「ロキ様、人が悪いですよ」
「冗談だ。フラン、なんでも良い。喋ってみろ」
「そうやなぁ、シャルちゃんお手製のハンバーグが食べたいなぁ。うちハンバーグが好物やねん。って、ロキ君らは知っとるか」
「上出来だ」
ロキは村長を軽く押しのけ、宅内に踏み込んだ。
「ここだな」
「あっ! そこはっ!」
ロキが止まったのは、クローゼットの前。
狼狽え出す村長。
お構い無しにロキはその扉を開いた。
「っ!」
そこに縮こまって座っていたのは、人。
しかし、顔のいたるところが腫れ、見える限りの体の部分は青い痣が出来ている。髪や歯はおよそ全て抜け落ち、喋ることもままならないだろう。
思わず目を逸らしたくなるようなその姿を目にして、ロキは村長へ振り返った。
見るものを震え上がらせるようなギラついた瞳で。
「お前がやったのか?」
「いいいいえ違います! この奴隷と思しき人間は、どうやらメルトから逃げ出してきたらしく、ここで匿っていたのです!」
冷や汗をダラダラと流す村長。
ロキはプレッシャーを解いて、嘆息する。
「はぁ。リリ、治してやれ」
「はい。回復」
翼を生やしたリリは、クローゼットから這い出た彼に魔法をかける。
すると、たちまち傷は癒えた。
肌は褐色。恐らく骨が折れていたであろうひん曲がった鼻も、折れたり抜けたりしていた歯も元通り。桃色の髪も。
そして、驚くべきことに、尻尾と耳が生えてきたのである。
この元奴隷は、獣人であったのだ。
さらに驚くべき言葉が、フランの口から漏れた。
「パ、パ?」
フランの呆けたような声が、やけに明瞭に響く。
「ありがとう、ございます」
フランの父親と思しき人物は、リリに向かって、まず礼を言った。
そして、フランへと向き直る。
「フラン。大きくなったな」
「パパっ!」
目に涙を浮かべながら、フランの父親、桃髪の美丈夫は手を広げた。
フランがそれへ飛び込む。
そして、彼の胸をポカポカと殴りつける。
「フラン。幸せそうで何よりや」
「何を言うとんのやアホ! パパとママがおらんくてうちがどんな気持ちやったかわかっとるんか!」
「こうでもせんと、俺らにベッタリやったフランは独り立ちせんやろ?」
「それにしたって方法っちゅうもんがあるやろ! なんで奴隷になる道なんて選んでん!」
「どっちにしろやったやろ。フランが人間の街に出てすぐ、俺らの里は人間に潰された。どっちにしても、俺らが奴隷になるのは確実やったんや」
「そんなん、うちを送り出す時はわからんかったはずやんか!」
「いいや。わかっとった。あのときのフランは小さかったからわからんかったかもしれんけどな。国が軍を集めとったんは明白やった」
「そやかて、逃げる方法なんていくらでもあったやろ!」
「里の老害共が戦争を始める気まんまんやったんや。帰っても戦争に連れ出されるだけで、逃げ出しでもしようもんやったら里の仲間まで敵に回すことになっとったわ」
「そやかて!」
「まあまあ、フランちゃん。今は再会を喜ぼうよ」
「せっかくフランちゃんに会えるまで生きていたのに、罵倒されてばかりでは可哀想よ」
フランの拳を止め、優しく微笑みかけるシャルルとアイリス。
「そう、やな」
「フラン。良い友達を持ったようで何よりや。よもやまた会えるとは思っとらんかったけど、また会えて嬉しいで」
「うん。うちも、めっちゃ嬉しい」
改めて、涙を堪えた笑顔で抱き合う二人。
そうしてしばらくの時間が経ったあと。
意を決して、フランの父親は娘に語りかけた。
「フラン、落ち着いて聞いてくれ。ママはな」
「言わんでええよ、パパ。覚悟は出来とるもん」
「そう、なんか?」
「うん。大丈夫や」
「驚いたな。あんな甘えん坊だったフランが」
「いつの話をしてんの。うちは大人になったんやで。パパとママと、それからここにおる皆のおかげで」
目尻を濡らしながら、フランは強がって見せる。
そんな健気な彼女を、父親は強く抱きしめた。
「パパ。ママのお墓、建てよか。遺物は無いかもしれんけど、安らかに眠ってくれるように」
「そうやな」
フランと父親は、手を繋いで外へ出た。シャルル、アイリス、リリも追随する。
取り残された村長とロキは、揃って嘆息した。
「はぁ。話が唐突すぎてよく分かりませんが、親子の再会だったのですか」
「そうらしい。村長。一応、礼は言っておく。フランの父親を助けてくれた礼だ。値引きはしなくて良いぞ」
「良いのですか?! ありがとうございます! 彼を養うのに作物を使ってしまったところだったんです!」
「はぁ。現金なやつだな」
ロキは肩を竦め、フランたちを追いかけた。
〜墓前〜
数分にも及ぶ間、手を合わせていた彼女らは、顔を上げた。
「ママ、ありがとうな。うちはこんなに成長したで」
石を積み上げた簡易な墓に、フランは笑いかけた。
「皆、俺の娘の友達になってくれてありがとうな」
フランの父親は、大仰に頭を下げた。
「お礼を言われるようなことじゃないわ」
「そうだよね」
「目標、叶ってもうたなぁ」
「フラン様、これからどうなさるのですか?」
「父親と暮らすのか?」
「そうやなぁ」
フランは顎に手を当てて、チラリとシャルルを見た。
そして、少し口角を上げた。
「うちを一人にしたパパには、バツとして一人になってもらおか。シャルちゃんらについてくわ。ええやろ?」
「勝手にしろ」
「もちろんだよ! また一緒にいられるね!」
「残念ね。娘にフラれてしまって」
「ええんや。父親の定めやからな。それに、フランを独り立ちさせるためにこんなことまでしたんや。むしろ本望やで。ただ」
「ただ、どうした?」
フランの父親はロキの肩を掴んだ。
「フランに手ぇ出したら許さへんからなぁ!」
「出さねえよ」
ロキは半目。
父親の勢いは止まることなく、今度はリリへ土下座で頼み込んだ。
「この度は俺の怪我まで治して頂きありがとうございました! その腕を見込んでっ、何卒っ、何卒っ、フランのことをよろしくお願いします!」
「は、はい。お任せ下さい」
「何やっとんのパパ! 恥ずかしいわ!」
「なんというか、期待を裏切らないね」
「さすがはフランちゃんのお父さんね」
「頭角を現したか」
「えっ、うちってはたから見たらこんなんなん?!」
自分の普段の言動に戦慄したフランであった。
お読みいただきありがとうございます。
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