裸の付き合いと夢の続き
〜アビスブルク郊外・街道〜
「いつも悪いなぁシャルちゃん」
「それは言わない約束でしょう、フランちゃん」
「アレク様、いつもすみません」
「それは言わない約束よ、リリちゃん」
「なんだそれ」
ボケから始まる街道爆走劇。馬車などよりよっぽど速い。
シャルルはフランを背負い、アイリスはリリを背負って魔法を使い、ロキは全員分の荷物を持って進む。
「いつもありがと、ロキ」
「荷物持ちありがとうな、ロキ君」
「ロキ君には感謝しているわ」
「ありがとうございます、ロキ様」
「お、おう。今度はどうした」
「もうロキ! ノリには乗ってくれないと!」
「お前ら、それは言わない約束だろ。が正解やで!」
「知らねえよ!」
煽るようにロキと並走するフランとシャルル。
と、そこでフランが行く手に何か見つけたようだ。
「あ、そろそろあそこ通るやんか」
「ん? ああ、あそこか」
「懐かしいなぁ。もう何年か経つよね」
「何の変哲もない森に見えるけれど?」
アイリスが首を傾げる。
「あそこはな、うちらが育成教室時代に狩場にしとった場所やねん」
「良い小遣い稼ぎだったな」
「最終的に、ほとんど狩り尽くしたんだけどね」
「ひとつの森を丸々狩り尽くすって、一体何をしたのよ」
「週一で狩りに入って、手当り次第に抹殺しとったな」
「毎週返り血塗れになっていたな」
「思い出せばヴァイオレンスな光景だよね」
「へ、へぇ」
さすがの東の魔女も、この会話には困惑である。
「他に思い出とかあったっけ?」
「ただひたすらにお前らを訓練し続けた覚えならあるぞ」
「それもそうだけどさ。他にも授業のこととかあるでしょ」
「ロキ君は勉強が嫌いだと言っていたかしら」
「そうやで。なんちゅうか、覚えることが苦手みたいやな」
「ああ。どうせすぐに忘れるものを、時間をかけて覚える意味がわからん。使う時になって調べた方がよっぽど早い」
「こんな感じで、全然勉強しようとしないんだよね」
「そうなのね。可愛らしいところもあるじゃない」
「そういえば、さっきからリリちゃんが一言も喋らへんけど、どないしたん?」
フランの疑問に答えるべく、ロキはスピードを落としてアイリスの後ろを走った。
アイリスの背中には、彼女の長い髪へ顔を埋めるリリの姿があった。小柄な彼女は、母親の背で眠る子供のように安らかに脱力していた。
「どうやら眠っているらしい」
「あー。昨日は激しくしすぎたもんね」
「眠くなるのも無理はないわ」
「あ、ロキ君。今やらしいこと考えたやろ」
「考えてねえよ。どうせ枕投げでもしたんだろ」
「え、凄い。なんでわかったの?」
「お前ら角部屋で良かったな。俺が迷惑するだけで済んで。ドタバタうるせえんだよ」
「あら、申し訳ないことをしたわ」
「でもロキ君も自慰しながら起きとったやろ?」
「してねえよ」
「フランちゃん、リリちゃんが寝てるからって、その発言はどうかと思うよ」
「せやかて、半裸のシャルちゃんと密着しとった経験の持ち主やで? ネタとしてはバッチリやんか」
「わー! わー! 余計なこと言うと振り落とすよ!」
「ちょっ、やめて! この速度で地面に激突したら割とシャレにならへん!」
「リリちゃんがいるから大丈夫よ」
「そういう問題とちゃうて!」
「お前ら、リリが眠っているんだからもう少し静かにしようとは思わないのか」
至極もっともなロキの意見であった。
〜数時間後〜
「はえ? ここは?」
「リリちゃん。起きたみたいだね」
「今日はもうすぐ移動を終えて、野営の準備を始めるわ」
「もう少し寝ていても良いぞ」
「フランちゃんなんて、さっきまで元気だったのに今はぐっすりだし」
「それだけシャルちゃんの走行が安定しているということね」
「ああ。足さばきが様になってきた」
「そう? やったね」
「あ、あの、皆様。申し訳ございません。皆様が走っている最中に私は」
「気にすることはない。魔物も出ていないしな。その分、今夜は俺たちの疲労を癒してくれ」
「はい。もちろんです。任せてください」
「ロキ君の言う通り、気にすることはないわ。フランちゃんなんて、屈託もなく眠っているんだもの」
「リリちゃんは真面目だよね。フランちゃんなんて起きても「あ、着いた?」としか言わないし」
「それに比べれば、俺たち疲れを取ることもできるリリは良い乗客だ」
フランへの悪評が口から漏れる中、アイリスがニヤリと笑った。
「フランちゃんはここへ置いていきましょうか」
「それ良いかもね。ちょっとビビってもらおうよ」
「お二人共、それは可哀想ですよ」
「良いじゃないか。どうせ近くで野営をするんだ。少し放置して様子を見よう」
「賛成多数で可決ね」
「リリちゃん、心配しなくても、ただのドッキリだから」
「ですが」
「リリは真面目に考えすぎだ。少しビビらせる悪戯くらい大目に見てやれ」
「むぅ。本当に少しの間ですよ?」
というわけで、草原の寝やすい場所へフランを放置し、小さな斜面をひとつ挟んでロキたちはテントを張った。
「どんな反応するかな?」
「楽しみね」
「泣き出したりしないでしょうか」
「心配しすぎだ。いつもからかわれている復讐だと思え。ほら、ちょうど起き上がったぞ」
四人は斜面の上から、フランが眠る草地を見下ろす。
「んぅ。パパ? ママ? あ、なんや夢か。そうやんな。今は探してる途中やもん」
フランは欠伸をひとつ挟む。
「ごめんなシャルちゃん。また寝てもうたわ。って、あれ?」
フランは上体を起こし、キョロキョロと辺りを見渡す。
「ロキ君? お姉さーん? リリちゃーん?」
リリは返事をしようとするが、それをシャルルが止める。
「あれ? おかしいなぁ」
だんだん眉尻が下がり、不安げな表情になるフラン。
「なぁ。出てきてえや。悪ふざけは良うないって。パパもママもおらんのに、ロキ君たちにまで見放されたら、うちっ」
「フラン様っ!」
「あーリリちゃん。良いとこだったのに」
「リリちゃん、今のは演技よ。文脈に違和感があったわ」
「さすがリリちゃん。出てきてくれるって思っとったで」
「はぁ。作戦失敗か」
「泣かせてやろうと思ったのになぁ」
「仕方ないわ。優しいのはリリちゃんの美徳だもの」
「むぅ。騙していたのですか」
「あはは。そう怒らんとってや。言ってることはほんまやで? ロキ君らがおらんかったら生きてける気せえへんし」
立ち上がってロキたちを見回してニカッと笑うフラン。
先程まで泣きそうな表情であったとは思えない。
「リリがいるから予想はしていたがな。興醒めだ。シャル、飯にしよう」
「はーい。少々お待ちをー」
「シャルちゃーん、晩御飯何?」
「お昼からずっと寝てた人はエネルギー使ってないでしょ」
「リアクションも面白くなかったし、ご飯抜きね」
「ちょっ、ごめんやんかー!」
賑やかに騒ぐフランを、リリだけは遠目から心配そうに見つめていた。
〜夜〜
ロキたちは夕食を済ませた。尚、フランも無事にありつけている。
「リリ、回復を頼む。今日は飛ばしすぎた」
「回復してくれるからって調子に乗りすぎたね」
「このままの魔力消費なら、明日には枯渇してしまうわ」
「はい。任せてください。休ませて貰った分はきちんと返します」
スキル名、天使。
白い翼を生やすこのスキルにより、リリの魔力量は格段に上がった。
それだけではない。飛翔や蘇生、自己回復もそうであるが、まだ追加効果がある。
「はぁー。効くぅー」
「疲労した甲斐が有るというものだな」
それがこれ。回復魔法の強化による疲労状態の回復である。
以前の回復では、腕の再生をするためにロキが意識を奪われていた。が、今ではその時間をかけずに、部位欠損までも治すことが可能なのである。
「はぁぁああんっ。力が漲ってくるわぁ」
極めつけは、魔力消耗の回復まで出来てしまうのである。
天使というだけあって、世の常識に囚われない壊れた性能である。
「ふぃー。ありがと、リリちゃん」
「おかげで明日も飛ばせそうだ」
極上のマッサージでも受けたかのような清々しさで、ロキとシャルルは伸びをする。
同じように伸びをしたアイリスは、あることに気がついた。
「フランちゃんがいないけれど?」
「どちらへ行かれたのでしょうか?」
「これで寝てたらそろそろ怒って良いよね?」
「ああ。二度と背負ってやらなくて良いぞ。自分で走らせる」
「不穏なこと言わんとってや。うちもシャルちゃんらの疲労を癒そうと思って色々考えてんねんで」
フランが暗闇から現れた。どうやら、焚き火から少し離れたところで何かをしていたらしい。
「何か作っていたのかしら?」
「そうやで。シャルちゃんとロキ君、ちょっと来て」
「しょうもないことなら怒るよ?」
「俺の手を煩わせるんだ。わかっているよな?」
「そんな怖い顔せんと。ちょっと手伝って欲しいだけやって」
フランは苦笑いしながら、彼女が作成していたものまで二人を案内した。
「シャルちゃんはこの中に氷入れて。ほんでロキ君はそれを溶かして、ええ感じにあっためて欲しいねん」
「これって、もしかしてお風呂?」
「そうやで。水が染み出えへんように作るんが難しいんよ」
「ほう。良い思いつきじゃないか。やはり心身の疲労回復には風呂が一番だからな」
「でも、リリちゃんに癒してもらったからなぁ」
「えっ」
「まあたしかに、必要ないと言えば必要ないな」
「そ、そんなこと言わんと。せっかく作ったんやから」
「それに仕切りも無いし。露天風呂にしたって開放感ありすぎだよ。誰か来たらどうするの?」
「誰も来うへんて。そのために街道から結構離して作ったんやから」
「俺のことはスルーか。一応男だぞ」
「ロキ君は元々心配してへんで。それに暗くて見えへんやろ」
「そんなこと言って、自分が入りたいだけなんじゃないの?」
「ぎくっ」
「図星か」
「うちな、これでも一生懸命考えたんやで? それでようやく、野宿でお風呂っていう誰も思いつかへん結論に至ったんや」
「自分で言うの? 誰でも思いつきそうだけど」
「はぁ。まあいい。せっかく作ったものを無駄にするのは気が引けるからな。沸かしてやる」
「ありがとうロキ君!」
「ロキがそう言うなら。私も体は綺麗にしておきたいし」
「ほな頼むわ! リリちゃんとお姉さん呼んでくる!」
フランは闇夜を照らす笑顔で焚き火のもとへ戻っていく。
「当然のように一番風呂は俺じゃないんだな」
「諦めてよロキ。あ、それとも一緒に入る?」
「馬鹿言え。そんなことがあいつらに許されるはずがない」
「でも、私たちを待ってたら遅くなるよ?」
「む。そうだな。はぁ。俺は濡れタオルで我慢するか」
「一緒に入っちゃえば良いんだって」
「だから、どう足掻いてもリリが許さんだろう」
そこへアイリスたち三人がお風呂セットと共にやってきた。
「お姉さんは良いと思うわ。目隠しをしていれば変わらないもの」
「かたーく結ぶけどな。シャルちゃんも見張りにつけて」
「ロキ様一人仲間はずれというわけにもいきませんし、我慢します」
「お前ら、そこまでしなくても、俺に一番風呂を譲れば済む話だろう」
「お風呂は皆で入ったほうが楽しいもの」
「リリちゃんの性教育にもなるやろし、な?」
「はうあっ?! そうでしたっ! ロキ様と一緒ということは、ロキ様のアレもっ!」
リリがボンッと音を立てて赤くなった。彼女の発したエネルギーだけで風呂が沸きそうである。
「あらあら、これはダメね。リリちゃんには刺激が強すぎたみたいだわ」
「ちぇ。しゃあないか。ロキ君、先入っといて。一番風呂は譲るわ」
「急にどうしたんだ」
「リリちゃんを放っておくわけにいかないんだよ。お風呂は皆で入ってなんぼだから」
「お前らの多人数風呂への執着度、おかしくないか?」
ロキはもっともな疑問を発する。
「羨ましいなら、一緒に入る? リリちゃんは無理だけど、私は良いよ?」
「結構だ。多人数風呂を楽しめ。俺は一人で入る」
「そっか。じゃあ、ごゆっくり」
シャルルはリリの介抱に、テントへ戻って行った。
ロキはため息をひとつ吐き、服を脱ぐ。
「はぁ。あいつら、やけに皆で風呂に入ることに拘っていたが。風呂で何かしているのか?」
そんな疑問を口に出したが、答える者もなく、湯気と一緒に消えていった。
「ローキっ」
「シャル? 戻ってきたのか?」
「うん。やっぱりロキ一人じゃさびしいかと思って」
「そんなことはないが」
シャルルはおもむろに服を脱ぎ出した。タオルで隠しながらではあるが、ロキの横で入浴する。
「入るのかよ」
「えっへへ。寂しくないでしょ?」
「まあな」
「あんまり見ないでよって、言っても意味無いか」
「ああ。星が綺麗だからな」
「はいはい。どうせ私の裸なんて星以下ですよ」
「拗ねるなよ。見られたくないんだろ? 見ないだけで、お前も十分綺麗だ」
「ロキっ」
空を見上げながらのロキの言葉に、シャルルはジト目を向けた。
「それ、誰の入れ知恵?」
「バレたか」
「そりゃわかるよ。ロキがそんな気の利いたこと言えるはずないもん。何年幼馴染してるとおもってるの」
「酷い言われようだな」
「で、誰から?」
「フランからだ。こう言えばシャルが喜ぶと言っていたが、見当違いだったな」
「まあね。そんな薄っぺらい言葉じゃ喜ばないよ。そんな言葉が無くても、私はロキにぞっこんだから」
「そういえば、今日は裸でも殴らないんだな。前は殴られた覚えがあるが」
「あれは急だったもん。落ち着いた状態なら、ロキに体を求められても大丈夫だよ」
「ほう?」
ロキは唐突に、シャルルの肩を掴んだ。彼女の顎の下に手をやり、クイッと引き上げる。
そして、鼻先が触れ合うまで顔を近づけた。
「襲っても良いのか?」
「うぇっ?! うえええっ?!」
「冗談だ。これは効果があったな」
「またフランちゃんかぁ! おのれぇっ!」
ざばあっと音を立てて拳を振り上げたシャルル。
「ははは。お前といると飽きないな」
「む、むぅ。その言葉は嬉しいけど、なんか不名誉」
シャルルはゆっくりと拳を下ろした。
「ねえロキ、話変わるけどさ」
「ん?」
「これでもし魔物を殲滅したらさ、私の夢、叶っちゃうんだよね」
「そうだな。よかったじゃないか」
「そしたら私ってどうなるのかな?」
「どういうことだ?」
「今までさ、夢のために強くなろうって頑張ってきたけど、夢が叶ったらどうなるのかなって。強くなる必要、なくなるじゃん」
「まるで神獣討伐が夢のおまけのような言い草だな」
「あはは。そうだね。でも、感覚的にはそうだよ」
「ふむ。夢が叶って、神獣討伐も終えたとき、か。そうだな」
「新しい夢とかできるのかな?」
「そう易々とは出来ないだろう。俺を見てみろ。夢などないぞ」
「ほんとだね。あ、そうだ。夢は叶っても、約束はあるじゃん。世界一強くして貰わないといけないんだ」
「ああ、そういえばそうだな。なる必要がないと言えばそれまでだが」
「でも、ロキに約束を破らせるわけにはいかないから。世界一強くなるまで、隣にいてね?」
「まあ、約束だからな」
「プロポーズ、受け取ってもらったってことでいい?」
「それは約束していない」
「ちぇー。永久就職させてよ」
「させねえよ」
シャルルは分かっていたことだと笑った。
ロキはそんな彼女の笑顔を尻目に、風呂を上がったのであった。
お読みいただきありがとうございます。
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